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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第29話  天帝家の内情2

 天帝家の屋敷の一角では、香茗と面会するために、岩倉智巳が控え室で順番が回ってくるのを待っている。

 屋敷内の人員が少ないために殺風景だ。


 ここに通されて、すでに一時間が過ぎていた。そして、岩倉の腹心であるジョージ・鷹司が、報告するために訪れてきたのである。

 状況が変わっていない様子に、長身で端整な鷹司が渋面していた。


「気にすることはないわ」

「ですが……」


 主人である岩倉が嘗められているようで、この待遇に納得できなかった。

 本来であれば、三条家とは格が同等のはずなのに、面会の予定時間を過ぎても、呼ばれないことに憤っていたのだ。


 そんな鷹司を気にする素振りもなく、平然としている。

 優雅に控え室で出されている紅茶を飲みながら、呼ばれるのを待っていた。ただ、紅茶を飲んでいるだけでも、男を凌駕してしまうほどの、艶やかさを持っていたのだ。


「三条殿の時間は、とうに過ぎているはず」

「そうね」

「香茗様に無理強いしているのでしょう。無駄な悪あがきにもかかわらず……」

 蔑ろにされている感が強く出ていても、鷹司の端整さは揺るがない。

 ますます男の色気が醸し出されているようだ。


「それは失礼よ、鷹司。三条殿は、三条殿なりに必死なのでしょう」

「ですが、それで、智巳様の貴重な時間を……」

 岩倉が窘めるが、苦味虫を潰したような顔を覗かせる。

 たびたび三条が貴重な岩倉の時間を考慮せずに、我を通そうと躍起になっていて、岩倉のスケジュールをメチャクチャにしている経緯があった。


「それはいいのよ。ゆっくりと、今後のことを考えることができるし、それに最近は忙しすぎて、こうして紅茶を楽しむこともできなかったから」

 様々な要人と密かに会って、話していることが多く、自分の時間がとれずにいたのが現状だ。


 クスッと岩倉が笑う。

「久しぶりに、ゆっくりできるわ」

 不満一つ零さずにいる佇まいに、さらに敬服する。

「智巳様……」


「鷹司。余裕と言うものは必要よ。いつもせわしないと、いざと言う時に動けないわ。だから、ゆっくりできる時は、その時間を楽しみましょう?」

 愛らしく、首を傾げた。

 うっとりとしている鷹司は、岩倉の毒牙に掛かった一人だ。


「……わかりました」

 口角を上げ、視線を恭しくしている鷹司に注ぐ。


「ところで、私に用があったのではなくて?」

「そうでした」

 大切な岩倉が置かれている環境に腹を立て、すっかり伝えるために天帝家の屋敷に来たことを思い出していたのだった。

 外で打ち合わせの予定を、急遽キャンセルまで足を運んだ。


「武市殿から、連絡がありました」

「で、上手くいっているのかしら?」

「多少の遅れが出ているようです」

「そう。あちらも、一枚岩じゃないから、大変ね」


 その妖艶な美しい容姿からは、その心情を読み取ることができない。

 慮ることができず、鷹司の心は悔しさが滲む。


(私が智巳様の心をもっと汲み取ることができたなら……。煩わしいことはさせないのに。何をやっているのだ、あの武市と言う男は)


「はい。処分はなしと言うところですが、おとなしくしていろと言われたようです」

「そう。武市さんは派手なお方だから。もう少し手回しを憶えた方がいいわね」

「はい。私もそう思います。そこで、武市殿以外のパイプを、もっと太くしておくべきかと思います」

 これまでのことを踏まえて、具申した。


 今までは、武市だけとパイプを強くしてきたが、少し目立つ動きを簡単にしてしまう武市では、今後どうなるのか不明瞭となりつつあるので、新しき人材とのパイプも強くした方がいいと判断したからだ。


「そうね。その必要性もあるわね。そうしたら、いつでも派手な武市さんを切れるから。今後のもあるから、よい人物をリストアップしておいて」

「西郷殿や坂本殿、高杉殿とは、個別にコンタクトしています」

 ここに来て初めて、考える仕草を覗かせる岩倉。


(真面目過ぎるのよね、西郷だと……。坂本、高杉は危なすぎるし……。鷹司は気配りができ、仕事も速いんだけど、いまいち抜けているところがあるのよね)


「……。どうかしら? とにかく、他の人も捜しておいて」

「承知しました」

 岩倉に心酔している鷹司が頭を垂れた。


「智巳様」

「何かしら?」

「菊川を、使っているようですが?」

「えぇ」

「深泉組を調べさせて、どうするおつもりですか?」

 自分を使わずに、若い菊川を使ったことに嫉妬していたのである。


「面白い人材だと思って、深泉組って」

 何でもないと言った顔で答えた。

 興味深い人材に、若手で有能な菊川を使って調査させたのだ。


「そうでしょうか?」

「ゴミ溜めって、言われているらしいけど、個々の戦力を考えたら、高いわよ。それにそんな荒れくれ者を束ねている芹沢加茂や近藤勇巳、総合的にみても、突出しているわ。それに土方駿双、斉藤始、山南圭介、島田甲斐。問題が多い人材も多いけど、とにかく面白いわ。そこへ、沖田宗司。鷹司は面白いと思わない?」

 自分が抱いている見解を、納得していない鷹司に話した。


「……確かに。ですが、個性が強すぎかと」

 深泉組を取り込もうとしているのではないかと、懸念している。

 嫉妬深い鷹司に、少々辟易しながらも、きちんと答えていく。

「そうね。それを上手く、近藤がまとめているわね」

「芹沢は、放棄しているようにみえます」


 鷹司も、それなりに深泉組については調査を行っていたのだ。

 そうした中で、危険人物として芹沢たちを見ていたのである。


「そうね、きっと警邏軍に嫌気がさしているのでしょうね。でも、あの男は自分の中に信念があるから、絶対にこちら側にはなびかない。……そう言えば、警邏軍の人たちも、随分と芹沢に対して、持て余しているわね」

「警邏軍の上層部は、何度も芹沢を消そうとしたようですが、逆に芹沢たちにやられていますね。身内同士の争いなんて、醜い」


 警邏軍の上層部の人間が、何度か芹沢に刺客を送って、抹殺を画策していたが、それらの計画はすべて無駄だった。

 ことごとく返り討ちにあって、逆に弱味を握られている上層部の人間がちらほらいる状況だ。


「それは、私たちだって同じよ」

 天帝家の家臣たちも、味方同士で足の引っ張り合いをくり返している状況だった。

 それを皮肉ったのである。

 現に、岩倉は邪魔な天帝家の家臣を、武市に暗殺を頼んだ経緯があった。


「申し訳ありません」

「鷹司を使わなかったのは、こちらで手いっぱいだと思ったからよ。それに人材を育てないといけないでしょ? 鷹司のプライドを傷つけたのなら、ごめんなさい」

 鷹司へのフォローも忘れない。

 まだ使える男だから。


「いえ。配慮いただき感謝いたします。それに人材を育成と言うことに、至らなかったこと、申し訳ありません」

「いいのよ」

 ニッコリと微笑んでみせた。


「失礼するよ」

 控え室の扉が開き、三条家、岩倉家と並ぶ姉小路斤朋が入ってくる。

「二人の逢瀬を、邪魔したかな?」

 一瞬、鷹司の眉間にしわが寄った。

 けれど、岩倉はどこ吹く風だ。


「いいえ、大丈夫ですよ。それよりも、姉小路殿は面会に入っていましたでしょうか?」

 姉小路の名前がなかったことを思い返していたのだ。

「いや。急遽、面会する自体になった」

「そうですの」

「申し訳ないが、私を先にして貰えないか」


 図々しく先を譲れと言う姉小路に、鷹司は嫌悪感しかない。

 眼光鋭く、睨んでいる。

「姉小路殿!」

 詰め寄ろうとする鷹司を手で制した。


 顔色一つ変えずに答える。

「わかりました」

「感謝する、岩倉殿。ところで、頭でっかちは、まだ終わらないのか?」

「三条殿のことでしたら、まだですよ」

 渋い顔をする姉小路。


「三条殿にも、困ったものだ。ところで、情報交換はいつものところでいいかな?」

「えぇ。構いません」

 一つの曇りなく、微笑んでいる。

 岩倉家と姉小路家は、裏で手を結んでいたのである。

 そのために、定期的に情報交換をしていたのだ。


「そうか。私は催促してくるか」

 早々に、用件は済んだと控え室を出て行った。

 その姉小路の姿を、苦々しく睨む鷹司。


「手を組む相手を、間違ったかもしれません!」

 胡乱げに、鷹司がぼやく。

 三条家よりも、組みやすいと思い、姉小路家を選んだのだ。


「姉小路殿は、浅はかさがあるお方だから」

 まったく意に返していない岩倉。

「申し訳ありません」

「いいのよ」


「頭の固い三条殿を、説得していれば……」

 自分の力不足を悔やんだ。

「しょうがないことよ」

「……」

「それより、鷹司も紅茶、飲みますか?」


読んでいただき、ありがとうございます。

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