第27話 行方不明者が広がる
報告書も終わろうとした時、ジュジュが沖田に声をかける。
その手に無線を持っていたのだ。
「沖田さん。面会したいって言う子供が来ているそうです。どうしますか?」
追い返すか、どうか尋ねたのである。
深泉組に所属して以来、沖田目当てで訪ねてくる女の子が頻繁で、耐えなかった。その結果、面会せずに、追い返すことを繰り返していたのである。
けれど、沖田が立ち上がり、外に出ようとしていた。
「今、行きますと、伝えてください」
「行くのですか。女たちが、姑息な手を使ったかもしれませんよ?」
「勘ですが、そんなことないと思います」
「……そうですか。わかりました」
「では、ちょっと出かけてきます」
あっという間に、待機部屋からいなくなってしまった。
どういうかかわりがある?と、土方が尋ねるよりも早くいなくなった。
「……」
訝しげに、沖田が消えた扉を睨んでいる。
「子供……」
「沖田が住んでいる子供たちではないかと思います。どうも、子供たちに好かれているようで、何度か見かけて、私たちとも話したことがあります」
当惑している土方に向かって、珍しく斉藤が状況説明を行った。
長文をしゃべっていると、ノールと保科が仰天している。
「そうか」
斉藤の顔を見ずに、心ここにあらずと言った返事を返した。
(子供に懐かれているのか。ソージ自身、子供と一緒のところがあるからな。しかし、何か、いやな予感がするな。……ソージのやつも同じことを思ったから、あんなに早く行ったのだろうな。ただの杞憂に終わればいいが……)
書き仕損じた紙を、きちんと折り畳んで、斉藤が下のゴミ箱に捨てながら話を続ける。
「心配ですか?」
「……いや。沖田に伝えてくれ、出て行く時は、きちんと報告してから出掛けるようにと」
「わかりました」
警邏軍のビルを出て、沖田がキョロキョロと周囲を見渡す。
すると、噴水のところで、腰掛けている光之助たちの姿を捉えた。
それぞれの顔を窺うと、いつものはしゃぎぶりはなりを潜め、心痛な面持ちで沈んでいる。
(……あれ? 草太がいない。もしかして、草太のことか?)
急ぎ足で、光之助たちのところへ駆けつけた。
「光之助」
沖田の声に、それぞれ沈んでいた顔を一斉に上げた。
強張っていた顔が緩んでいる。
「ソージ兄ちゃん。こっち」
「こっちだよ」
「早く」
「遅いよ」
大きく手を振って、葵たちが呼び寄せている。
光之助たちのところで立ち止まって、どうしたの?と声をかける前に、光之助の方が先に口を開く。
「ソージ兄ちゃん。草太がいなくなった」
「草太が?」
「そうなの。捜してもいないの」
心配している瑞希が割り込んだ。
次から次へと、子供たちが話しかけてくるので、収拾がつかない。
沖田がやれやれと肩を竦めてしまう。
(光之助たちも、どうしたらいいのか、持て余しているのはわかるけど。どうしたものかな……。ある程度まで落ち着くまで話させるか……。でも、時間がそんなにないだろうな。きっと、兄さん当たりが、怒っているだろうし……)
「光之助。僕にわかるように詳しく説明して」
リーダーの光之助に説明を求めた。
指名された光之助は目が泳ぎ、どう話せばいいのか戸惑っている。
草太がいないことだけ考えていて、話をまとめていなかったのだ。
光之助に成り代わり、落ち着きが戻った葵が前に出てきた。
「私が話す」
頼むと、頷く光之助。
「草太がいなくなったことに気づいたのが、一週間前。それまで草太、私たちのところに、来ない時もあったけれど、五日も六日も来ないことがなかったから、心配で家にいってみたの。そうしたら、ずっと帰ってこないって、おじさんが言っていたの」
「……ずっと捜していたの?」
力強く、うんと葵が頷いた。
打ち明ける前に光之助たちだけで、草太の行方を隈なく捜し回っていたのである。
それでも見つからなかったから、沖田のところに来たのだった。
「で、見つからなかった」
「うん。おかしいよね? ソージ兄ちゃん」
訴えかけるような葵の眼差しに、ことが深刻であることを悟る。それに葵の手も、瑞希の手も、高志の手も震えていたのである。そして、光之助と亮は、青ざめているみんなを気にかけていた。
沖田の予想を、子供たちも感じ取っているようで黙っている。
巷では原因不明の行方不明が続出している情報が、深泉組にも入っていたのである。
行方不明者は、みんなバラバラで特徴が一切ない。
身分の高い子息息女や、中流家庭の子どもたち、貧困に喘ぐ子供たちと何一つとして、つながりがなかったのだ。
その事件に、銃器組が携わっており、躍起になって情報を血眼になって集めているさなかだった。行方不明者が多く、いっこうに進展が見られない状況が続いていた。
草太を捜している上で、そういった情報も、光之助たちの耳に届いていたのだ。
不安で打ちひしがれている葵と瑞希の頭を撫でる。
今にも泣きそうな二人が、微笑んでいる沖田を見上げた。
「草太を、仕事の合間にも捜してみるよ」
「ホント」
貧困の子供が行方不明となっても、銃器組が動いてくれないのは、子供でも承知していた。だから、最後に沖田に頼ったのだった。
「ホントだよ」
いつもの笑顔を、心配顔の子供たちに振りまく。
持っていたキャンデーを、光之助たちに一個ずつ渡した。
「これ舐めて、落ち着こう」
「「うん……」」
完全に不安が拭えないが、話したことで気持ちが徐々に落ち着き、葵と瑞希が素直に頷いた。
「俺たちも、捜す」
決意を新たにした目を、光之助は宿している。
それにつられるように、亮も賛同していった。
すると、沖田が首を横に振って、ダメだと促す。
「どうして!」
「危ないから」
「大丈夫。俺が、みんなを危険から遠ざけるようにするから」
このグループのリーダーとして、自覚がある光之助が主張する。
「そんなことをしちゃ、ダメだ」
「ソージ兄ちゃん!」
「光之助。これは危険だ。ここで手を引くんだ」
「……」
「いつもの情報集めとは、訳が違う」
「……」
唇を噛み締め、光之助が苦渋の顔をみせる。
光之助自身、みんなを巻き込むのは、よくないとわかっているのだ。
それでも、諦めたくない気持ちもあった。
優しく、光之助を説き伏せる。
「亮、葵、高志、瑞希に何かあったら、どうする?」
「……」
「僕に任せて、待ってて。みんなもいいね」
「「「「……うん」」」」
弱々しく、亮たちが了承した。
「光之助」
諭すように声をかけた。
「……わかった」
「光之助、亮。寄り道せずに、葵たちを家まで送っていくんだよ。そして、送ったら、まっすぐに、自分たちの家に帰ること。いいね」
「わかった」
「うん」
返事をした二人に、よくできましたと肩をぽんと叩く。
「頼んだよ」
光之助たちの姿が見えなくなるまで、その場で見送っていたのである。
その間、光之助は何度か振り向いたが、そのたびに首を横に振って諦めさせた。
警邏軍のビルに入っていくと、前から芹沢と新見、それに芹沢たちを警護している数人の隊員の顔を見つける。
向こうも沖田の存在に気づいたようで、豪快に笑って近づいていった。
「沖田。外回りから帰ってきたのか?」
「いいえ」
子供たちに、呼び出された話を語った。
「行方不明な……」
どこか考える素振りをみせる芹沢。
「何か、いい情報でもありますか」
首を少し傾げ、情報を求めている沖田に、愉快そうな視線を注ぐ。
「いつの時代も、子供とは、便利なものだからな」
「……」
「それよりも、今度、昼メシでもどうだ?」
「喜んで、ご馳走になります」
「そうか。ところで、今日の夜勤は、誰になった?」
「近藤隊長と、斉藤班が務めます」
妥当の人選だなとニヤリと笑う。
自分が想像していたメンバーだったからだ。
「では、戻ります」
「じゃな、沖田」
新見たちにも軽く頭を下げ、待機部屋へ戻っていった。
芹沢は沖田の背中を、ただ面白げに眺めている。
その背中からも感じるただならぬオーラに、これからも伸びていくのをヒシヒシと感じ取っていたのだ。
(将来が楽しみだな。将来……いや、近い未来と言った方がいいかも知れぬな)
「随分と、気に入っていますね。芹沢さん、こちらに芽生えたのですか?」
茶化してくる新見に、豪快に否定する。
「ハハハ、俺は女好きだ。死んでも、男はごめんだ」
「そうですか」
「沖田を、人として面白いと思わんか? あんなやつ、見たことがない。ゾクッとするような、あの目」
「私には、わかりませんね」
どこが面白いのかと、新見が巡らせていた。
(面白みがないやつだ。どう言えば、俺のご機嫌を取れるか、考えていることだろうな。それにしても、こいつの頭の中は、幼い男の子しかないのだからな)
冷たい眼差しで、考えに耽っている新見を捉えている。
芹沢の方が千両役者だった。
新見の考えは、手に取るように読めるからだ。
でも、そんな新見との関係を切ることはしない。
バカなコマでも、使い方によっては、面白いと思っているからである。
「後、三、四歳若ければ……。おしいですね」
残念そうな新見が、沖田の尻を見ながら呟いていた。
沖田の顔は新見好みの顔をしていたのである。けれども、もう少し幼さを残している方がいいと思いながら、残念でしょうがなかった。
「あいつに手を出したら、これだぞ」
持っている大きめな派手な扇子を剣代わりにし、新見の右肩から左腹部にかけて切ってみせた。
芹沢の眼光が、妖しげに光っている。
新見の背中は、ゾクリとする悪寒が駆け巡っていた。
「行くか。新見」
「……えぇ」
鷹揚な芹沢たちは道楽しに、嶋原へと向かっていった。
読んでいただき、ありがとうございます。




