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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第2話  深泉組

 深泉組の近藤隊の隊長である近藤勇巳と共に沖田は小栗指揮官の部屋から出てきた。深泉組は小栗指揮官の下に三つの隊が編成されている。そして、その中で近藤隊は深泉組の主力であり、他の二つの隊は一切使い物にならない上にお荷物状態が続いていた。


 研修の際に何度か小栗と面識ができていたが、上司となる近藤とは初顔合わせだ。

 綺麗な人だなと単純な感想を抱く。

 落ちこぼれ集団深泉組の隊長の近藤勇巳は女性だった。

 その容姿から想像することが難しく、屈強な男たちをよく手懐けると関心と興味が沖田の中で膨らんでいった。こんな仕事をしていなければ男がほっとかないタイプと分析する。


 チラッと新品のバッチに近藤の視線が注ぐ。

 思わず沖田は苦笑する。

「すまん。これでは気にしてしまうな」

「いいえ。気にせずにビシビシ指導してください」

「助かる」

 顔に似合わずに豪快な笑みを零した。


(顔と性格は違うのか)


「よろしくお願いします」

 愛嬌のある微笑みで返した。


 新品のバッチは階級の少尉を示していたのである。

 小栗指揮官の階級は沖田より上の少佐で、それ以外の深泉組の隊員は沖田よりも下の階級となっていた。隊長である近藤の階級は曹長で下から四つ目で、沖田の少尉よりも一つ下だった。ややこしいので少尉の階級を返上したいと申し出たが、それは決まりだと押し切られる形となって、このように上司と部下の階級が逆転の事態に陥ってしまった。


 先導する近藤が歩き出す。

 沖田の鼻にベリーショートヘアから女らしい香りではなく、老若男女好かれるような香りが入り込んできた。


(やっぱり、女なんだ……)


 今日から深泉組に入隊する沖田を案内するために隊長自ら案内役を買って出た。他の人間に頼めないと言う事情もあったが、それよりも自分自身が落ちこぼれ集団と揶揄される深泉組を希望した沖田宗司と言う人間を早く目にしたかったと言う思いも強くあったからだ。


 一列になって幅の狭い廊下を歩く。

 二人の人間が横に並んで歩くのが精いっぱいな幅だ。

 通り過ぎる人たちからの視線が痛い。

 深泉組を希望した変わり者と噂が広まっていた。

 そんな視線を気にする様子もなく、先を歩く近藤の後についていった。

 沖田の視界を捕らえていたのは近藤の背中のみだ。


 研修を受けている時に近藤の噂をいろいろと耳にしていた。いい噂も流れていたが悪い噂の方が比重的に多かった。いい噂は女性ながらも幹部候補生になれたかもしれないと言うものだ。結局、幹部候補生になれずに落ちこぼれ集団深泉組の隊長をしていた。

「変わった連中ばかりだが、気のいいやつらだ。すぐになじめるだろう」

「はい。みなさんに会うのを楽しみにしてました」

「研修での報告書、読ませて貰った。すべての教科において、優秀な成績を取っていたな」

「そんなことありません。結構厳しいこと言われましたよ、教官には」

 あっけらかんとした口調で答えた。


(腹の底が深いのか、それとも……)


 上司である小栗から沖田を頼まれた際に研修での成績を見せて貰っていた。すべての教科科目に最も優れている優秀の文字が刻まれていた。教官のコメントにも研修始まって以来の天才と書かれていたことも思い出していた。

 S級ライセンスに合格するのは大変なことだったが、その後に行われる研修でいい成績を収めるのも非常に難しいと言われていた。首席で合格したのだから、研修でもいい成績を収めるのは当然だという声もあるだろうが、そんな生半可なものではないと言う話だけは知っていたのである。


 小栗の部屋で沖田と対面した時、報告書に書かれていた人物と同一人物なのかと疑念が浮かぶ。描いていたイメージと全く違っていたからだ。

 報告書を読んだだけの近藤は真面目で神経質と抱いていた。それが会った瞬間に、180度転換する。


「でも、近藤隊長にお褒めの言葉をいただき光栄です」

 思考の渦が引き戻される。

「丁寧な言葉遣いはいい。他の部署とはうちのところは違うから、もっと気楽に話してくれればいいから」

「はい」

「わからないことがあったら、何でも聞いてくれ」

「はい。そうさせて貰います」

 背中に向かって話しかけている沖田は向かい合って話しているような感覚を憶える。顔が見えないのに顔を見合わせて話している気がしていた。


(面白い感覚を味合わせてくれる隊長だな)


 さらにワクワクする気持ちが止まらなくなっていく。

「天然理心流と、小栗指揮官から聞いたのですが?」

「確かに天然理心流だが? それがどうした?」

「はい。一度稽古をつけて貰いたいと思いまして」

「稽古か……」

「興味がありまして」


 二人の間に沈黙が広がる。


 思案する近藤。

 楽しげに背中を見つめる沖田。


 無駄のない腕からは想像できないほどの剛剣の使い手と近藤は歌われている。その腕前と手合わせをしてみたいと研修中に思い描いていた。

 その願いを叶えるべきために浮き立つ気持ちのまま話を持ちかけた。

「小栗指揮官からも、近藤隊長と手合わせをして貰って学べと言われました」

「わかった、いいだろう。だが、後日だ。みんなに紹介しないといけないからな」

「ありがとうございます」




 二人が話している間に深泉組の部屋に辿り着く。

 部屋の中からは大きな声が外にいる二人の元まで伝わってきた。困ったものだと苦笑した顔を楽しそうな雰囲気だと思っている沖田に傾けた。

「いつも、こんな感じだ」

「楽しそうですね」

「まぁな。ところで、なんでうちを希望した?」

 唐突に疑念をぶつけた。

 未来を約束された人間が来る場所ではなかった。


「面白そうと思ったからです」

「面白そう?」

 不可解な解答に渋面になる。


「以前、街で深泉組を見かけて、楽しそうだなって。僕も仲間になれたらいいなって。いけませんか? そんな理由で希望したら?」


(面白い新人だな)


 嘘偽りがない答えだと見抜く。

 僅かな表情の筋肉の動きで嘘かどうか近藤は判断できた。


「……いや。沖田がいいと言うなら構わない。楽しがるのは勝手だが、仕事はちゃんとして貰うからな」

 苦言を呈した。

 階級では沖田の方が上だが、自分の下に配属された訳だからだ。

「わかっています」

「なら、結構」

 笑顔で近藤に返した。


 先導していた近藤が扉を開く。

 開口一番に騒がしい中に向かって大声を張り上げる。

「何を騒いでいる! 静かに待っていろと言ったはずだ」

 中肉中背のどこから出てくるのかと思うぐらいの声の迫力で、騒いでいる集団を一喝していっせいに静めた。夢中になってあれやこれやと騒いでいた隊員たちは近藤たちの気配に気づかずに騒ぎ続けていた。


 先ほどまで感じられなかった殺気にますます面白いと感じる沖田。

 うるさいぞと斬り込む殺気を隊員たちに降り注いでいたのである。

 突然の声に戻ってきたことを察して、隊員全員が扉に視線を集める。

 無邪気な子供のような微笑みを零しながら沖田が部屋の中へ足を踏み入れていく。


 部屋の中は広く、三つに仕切られていた。

 仕切られたつい立てガラスは目隠しが施された曇りガラスが使用されていた。ガラス越しから仕切られた部屋は見えず、立ち上がってつい立ての上から顔を覗かせるしか見ることができない仕組みとなっていた。

 あまりお金がかけられた形跡がない。


(さすがゴミ溜めと言われているだけはあるな)


 先導する近藤は仕切られた左端の部屋に足を進める。

 区切られた左端が近藤隊の場所となっていた。


 習うようにその後についていった。

 騒いでいた格好で固まっていた隊員たちの前で立ち止まる。

 少し離れた位置で沖田も立ち止まった。

「言わずとも知っていると思うが、新しい仲間を紹介する。沖田宗司くんだ。みんな、よろしく頼むぞ」

 緊張の面持ちを一切垣間見せずに、愛嬌のある笑みを振りまく。


「沖田宗司です。よろしくお願いします」

 怒られて固まっていた隊員たちに挨拶した。

 騒いでいた隊員とは別なところで仕事をしていた副隊長の土方に紹介する。土方の機嫌が悪いようで、その表情にくっきりと表れていた。


「副隊長の土方駿双くんだ」

 均整のとれた顔立ちと体格をしていた。

 仏頂面で笑みを絶やさない沖田を注視している。

「沖田です。よろしくお願いします」

「土方だ。よろしく」

 不機嫌なまま、書類書きの仕事に戻っていた。


 そんな土方の態度に近藤が嘆息を吐いた直後に説明を加える。

「こんな表情をしているが、面倒見がいい。わからないことがあったら、何でも聞くといい。眉間にしわを寄せながら、きちんと教えてくれるから」

「はい」

 大勢いる隊員たちをぐるりと近藤は見渡す。


(一人一人やっていたら、きりがないな)


「後で紹介をおのおのしてやれ」

 隊員たちはそれぞれに返事をした。

「いっせいに名前を言われてもわからないだろうから、徐々に憶えていけばいいだろう」

「はい。そうさせて貰います」

 近藤と沖田の話はいったん終わった。


 それを見計らうように、ここに残っている隊員の中で体格ががっしりして、最も長身の原田が沖田に向かって話しかける。

 話しかけられた沖田は制服をだらしなく着こなして金のボタンも取れかかっている姿に見入ってしまう。下に着る防御具の黒のアンダーがむき出しで、その上に着る白の上着を無造作に腰に巻きつけていたからだ。


「沖田。ホントにS級ライセンスに合格したのか?」

 友達に話しかけるようなラフな口調に面白い人だと感じさせる。髪もボサボサで、手入れがされていない原田の隣で容姿が際立っている永倉が原田の後に続いて質問をしてきた。永倉は目鼻立ちがくっきりしてイケメンの部類に入る男ぶりだ。

「どんな試験だ? 簡単なのか?」


 楽し気に微笑む沖田に代わって、自己紹介もせずに質問を投げかける二人に土方は渋面している。場を考えない二人の態度が許せないのである。

「原田、永倉」

「いいじゃないか。それぐらい聞いたって」

 副隊長に対する態度を原田は見せない。

 仲間同士のような軽い口調だ。

 それに同調する形で永倉が参戦する。

「そうだ。別にそれぐらい減るものではないだろう? それに誰だって興味ぐらい湧くものだろう。それとも湧かないのか?」


 原田、永倉の隣でボーと興味なさそうに藤堂が立っていた。その思考は早く外回りに出たいと思い巡らしていた。


 何だという目つきで土方は二人を睨めつけていた。

 二人はどこ吹く風で平然としている。


 三人の傍らに控えていた井上が慌ただしく二人を注意する。

「サノさんも、シンパチさんも変なこと言わないでくださいよ。ヘースケさんも、二人のこと止めてください。ボーとしてないで」

「お前だって、知りたかったくせに」

「いい子になるな」

「好きに言わせておけば、そのうち収まるだろう」

 三者三様の勝手な言い分にがっくりとうな垂れて呆れてしまう。力を落としている井上は短髪で制服も他の三人とは違い、きちんと着こなしていた。そして、その顔にはあどけなさが残っていた。三人の中では年下で、二十一歳の若さだった。


 四人の会話を沖田は楽しんでいたが、いまだに自己紹介しない状況に近藤は嘆息してしまい、隊長自ら四人の紹介を始める。暴走し始めようとしている三人を抑えるのが精いっぱいで、自分たちの紹介を促すことを井上はすっかり忘れていた。


「長身の男が原田叉乃介。その隣にいる顔のいい男が永倉信八。ちょっと問題児だが、二人ともそれぞれの班の伍長だ。その隣でボーとしているのが藤堂竝介だ。藤堂は永倉班に属している。二人のことを注意しているのが井上幻三朗。井上は原田班に属して、あの辺のお守り役だな、井上は」

「お守り役、大変そうですね」

「ああ」


 舵取りの難しい三人に手を焼いている井上の方に顔を傾ける。それに気づき、ペコリと頭を下げて会釈した。沖田も頭を下げて応えた。

 三人の対応に戻っていき、どうにか収めたのだった。


 面白くないという表情を浮かべながらも、二人は渋々ながら井上の意見を飲み込む。いろいろ文句を言うわりに最後には井上の話を聞くのだった。

 ホッとひと安心している井上の隣で、ヌッと無表情の斉藤が立っていた。

「わぁ! 斉藤さんっ」

 驚きの声を井上一人だけが上げてしまった。


 斉藤は制服にしわがないほど、綺麗に制服を着こなしていた。

「心臓に悪い出方をしないでください斉藤さん……」

 今までこの部屋に斉藤の姿がなかった。

 それに朝から姿を見せずに、いきなり気配を消して隣に立っていることに驚いてしまった。姿を見せるまでどこで何をしているのか一切にわからなかった。


(謎の人だ……)


 班は違えど、斉藤という人物をいまだに井上は掴み取れていなかった。

 チラッと斉藤が井上に視線を傾けた。

 すぐさまに視線の先を近藤と沖田に注ぐ。


「いつからいたのだろう……」

 思わず呟きが漏れてしまった。

 騒ぎが収まったところで近藤がまた話し始める。


「沖田は斉藤班に入るように。伍長を勤めている斉藤始だ」

 何を考えているのかわからないような斉藤を紹介した。

 それにもかかわらずに沖田の態度は変わらない。

「はい。わかりました」

「斉藤、よろしく頼む」

 次々と何もなかったかのように話を進めていく近藤。

「沖田です。よろしくお願いします」

「斉藤です。よろしく」

 愛嬌を振りまく沖田に対して、変わることなく無表情を貫いていた。


 近藤隊には五つの班がある。その班に伍長と言うリーダーがいる。近藤隊で伍長を勤めているのが斉藤、原田、永倉、島田、山南の五人だ。

 それぞれに二癖も三癖もあると言ってもいいほどである。

 そして、それらをまとめているのが隊長の近藤勇巳であり、副隊長の土方駿双だ。


 全員と挨拶が終わっていなかったが、終始笑顔でいる沖田が近藤に向き直って口を開く。

「近藤隊長。もう一言いいですか?」

「構わん」

 了承を得ると、一通り隊員の顔を見渡した。


「僕のこと、ソージと呼んでください」

「おう。ソージ」

「ソージ……。沖田よりいいな」

 すぐさまに呼んだ原田、永倉に親しみの微笑みを零した。


「もぉー。沖田さんの階級は上なんですよ」

 頭を抑え、何も考えずに順応している二人に井上は呆れる始末だ。

「階級は忘れてください」

「それを言っては……」

 しょんぽりと肩を落としている井上の姿に誰がもクスクスと笑い、その笑い声が部屋中に充満していた。




 沖田が隊員たちとなじんだ頃、近藤と同じように深泉組の隊長をしている芹沢と新見がゆったりとした歩調で近藤たちの前に顔を出した。芹沢隊と新見隊は外回りに出ているはずだった。けれど、外回りに行かずに噂の的になっている話題の沖田を見るために、外回りの仕事をサボって深泉組の部屋に姿を現した。


 唐突な芹沢たちの出現で、相手側に一物を抱え込んでいる土方の顔色が険しくなる。

 心の中で嘆息を吐きながら、近藤は露骨に顔に出す土方の様子を窺っていた。

 芹沢と新見の出現をどこか予測はしていたが、堂々と姿を現してほしくはないなと冷静に巡らせていた。


 憮然としている土方が何か言う前に緩和剤となっている近藤が口を開きかけるが、それを遮る形で芹沢が火に油を注ぐような真似を口にしてしまう。

「サボりだ。噂に聞く沖田を見に来た」

「……」


 チラッと土方を確かめると、目に強い殺気を漂わせていた。

 ふと、酒気を感じて、そちらに視線を送った。

 芹沢の頬がほのかにピングに染まっていた。紛れもなくここに姿を現わす前に酒を飲んでいたのは明らかだった。


 閉口している土方に、頼む、おとなしくしてくれと目で訴えるしかなかった。

 結ばれている口はそのまま続行された。


 でっぷりしている腹を揺らしながら、愉快なものを見る目で微笑みを絶やさない沖田に近づいていった。酔っている芹沢は完璧な肥満体系をしていた。けれど、体系とは裏腹に動きは俊敏で、酒に酔っている瞳で沖田を上から下まで見定めていた。生気が見られない瞳に一見見えるが、その中の眼光は鋭利な刃物のように鋭角に尖っていた。


 吐く息がいっこうに表情を変えない沖田に降りかかる。

「沖田。私が深泉組で芹沢隊の隊長している芹沢加茂だ」

「沖田宗司です。芹沢隊長、よろしくお願いします」

 値踏みしている脇では、色白の新見がおいしいものを見るような目つきで琥珀の瞳を細めていた。新人を品定めしていたのである。

 見られている沖田は舌で舐められているような錯覚を抱く。

 気味悪さを感じるも、その表情をおくびにも見せない。

「深泉組、新見隊の隊長を務めている新見尓織」

 芹沢と同じように新見にも挨拶をした。


「なぜ、深泉組にきた」

 まどろむような芹沢の視線はほのぼのとしている沖田を捕らえている。

 捕まえた獲物をなぶり遊ぶかのようだ。


「面白いと思ったからです」

 近藤に対して、した返答を繰り返した。

 何気ない視線の中に鋭さがある芹沢を気にする様子もない。

 愛嬌溢れる微笑みは変わらずだ。


 そんな仕草に度胸があって面白いやつと芹沢は気に入った。

「今度、嶋原に連れて行ってやる」

「ありがとうございます」


 沖田の正面に立った時点で、切ることに関してせっかちな芹沢はいつでも切る気満々でいた。けれど、それに対して沖田もそれを受けて立とうと対峙していた。

 そんな二人の静かな闘いに気づいていた人間は数少なかった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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