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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第26話  連日の夜勤

 機嫌悪い土方が、待機部屋に入ってくる。

 それは部屋に入る前に、笑っている芹沢たちを見かけたからだ。

 部屋に入るなり、直行で近藤のところへ行く。


「芹沢さん、何と言ってきたのですか?」

 土方の眉間のしわが深く刻まれていた。

 半端ない威圧感に、近藤が持て余す。


「夜勤交代を、頼まれただけだ」

 大したことはないと顔で訴えた。


 実際に近藤の中では、夜勤交代の位置づけは低く、いつもに比べ、大した要望ではなかったと思っていたのである。

 そんな近藤とは対照的に、土方の表情が曇っていった。


「心配するな。私も夜勤をする。大丈夫だ、トシには迷惑をかけない」

「私は大丈夫です。ですが、近藤隊長は三日連続で、夜勤しているではないですか?」

「タフだから、平気だ」

「近藤隊長」


 無理をしがちな近藤を案じている。

 どんな強硬な人間でも、四日連続の夜勤は無謀だったからだ。

 それでも、自分で夜勤をやると言ってのける。

「無理です。私が」


「いや。私がやる。頼まれたのは私だ。申し訳ないが、斉藤に夜勤をして貰えないかと、頼んでほしい。トシ、頼む」

 渋面している土方ににこやかにお願いした。

 責任者一人と、一つから二つの班で、夜勤を行っている。

 漲っている目で、近藤の意志が固いと思い知る。


 軽き息を吐き、土方が折れた。

 わかりましたと口にしようとした瞬間、背後から声をかけてきた人間がいる。

「引き受けます」

 眇めながら土方が振り向くと、喜怒哀楽が乏しい斉藤が立っていたのである。


 無表情のままで、ムッとしている土方の隣に移動した。

「ありがとう。この埋め合わせはする」

「大丈夫です」

 斉藤班は急な見張りの仕事が入り、二日連続で夜勤をしていた。

 それにもかかわらず、疲れた顔をみせない斉藤。


 斉藤班が一番妥当な選択だった。

 原田班や永倉班では文句が出るからで、山南班では山南が芹沢に対し、甘い、上に報告するべきと進言してくることが明白だった。島田班は見張りの仕事があり、交代できなかったのである。だから、無理を承知で、斉藤班に白羽の矢を立てたのだった。




 自分の席に戻った斉藤が、綺麗な字で報告書を書き始めている。

 そこへ、沖田を初めとする斉藤班が全員帰ってきた。

「安富。今日、夜勤することになった」


 淡々と用件を伝えると、安富がまたですかと目を丸くし、沖田はにこやかにわかりましたと了承し、ノールと保科はえー何ですか、三日連続になるじゃないですかと、文句を零している。


 経緯を説明しようと、近藤が口を開く前に、斉藤が胸を張って部下たちを諌める。

「仕事だ」

 その胸に原田が作ったバッチが、きちんとつけられている。

 それを見た途端、反論の口を噤んでしまった。


 困惑している安富。

 笑いを堪えている沖田。

 笑っていいのか、ダメなのか、模索しているノールと保科。

「……」


 真面目な顔の斉藤に、備品係と書かれたバッチが不似合いだった。

 安富は何度か掛け合って、外した方がいいと進言したが、頑としてバッチを外すことがなかった。ただ、外に出る時だけは、外した方がいいですよ、壊れてしまうと大変ですからと言う沖田の助言で、外では外すようになったが、警邏軍の中ではバッチをしっかりとつけていたのである。

 バッチを作って、茶化した原田さえも、異様に喜んでいる姿に笑えなくなっていた。


 沖田と安富は自分の席につき、報告書に取り掛かった。

 ノールと保科だけは、フカフカのソファに、どっかりと座り込んで、歩き回って疲れた身体を癒やしている。

 土方も自分の机に戻り、仕事をやり始めるが、書類に目を通す振りをしながら、安富と和気藹々としゃべっている様子を窺っていた。


 しゃべりながらも、沖田はペンを走らせ、報告書を書いていたのである。

 土方の視線に気づいたようで、チラッと顔を傾け、微かに微笑む。


(あのバカ。こっちを見るな。変に思うだろうが)


 斉藤班の人たちに、お茶を淹れた三上が、それぞれに配って置いていった。

「帰って、ゆっくり寝ようと思っていたのに……」

「仮眠室のベッド、硬いですからね」

 保科がノールのぼやきに相槌を入れた。

「俺は、風呂にゆっくりと浸かりたかった」

 自分の臭いを嗅ぎ、湯船に浸かりたいと保科が妄想を広げていく。


 そんな二人をほっとき、無表情の斉藤が淹れて貰ったお茶を飲んでいた。

 チラチラと、安富がどうしても外してくれない不恰好なバッチに、何とも言えぬ視線を送っている。

 斉藤も安富の視線に気づいているはずなのに、無視していた。

 このところ斉藤と安富の間に、そんな小さな攻防が繰り広げられていたのである。


 外してほしい安富と。

 外したくない斉藤。


(んー、斉藤さんが、無視しているのはいつものことか。近藤隊長や兄さんは、どうもバッチの件は、諦めたみたいだ。やっぱり安富さんだけは、どうしても、取って貰いたいみたいだな。バッチ、面白いのに)


「斉藤伍長。これ少し曲がってしまいましたね。後ろを補強しておいた方が、いいかもしれないですよ」

 何気にバッチを眺めていた沖田が、歪に曲がっているのに気づき、アドバイスを送った。

「……そうだな。沖田、ありがとう」

「いいえ。この厚紙、使ってください」

「使わせて貰おう」


 どこからか、チッと舌打ちする音が聞こえる。

 そんな雑音も気にしないで、労わるようにバッチを外し、曲がっているのを直してから、厚紙を使って裏面に補強を加えた。


 綺麗に直ったバッチを、また制服につける。

 その顔は、どこか誇らしげだ。


「厚紙も、必要だな」

 ボソッと、目を光らせた斉藤が呟いた。

 懐から一枚の紙を取り出し、何か書き込んでいく。


「それ、何ですか?」

「簡易なリストだ。備品の」

「……備品係として、常にチェックしているんですね。さすが斉藤伍長です」

 にこやかに沖田が、真面目に備品係の仕事に、取り組んでいる斉藤のことを賞賛した。


「備品係としては、当たり前だ。もっと正式なリストを作りたいと思っているのだが、なかなか時間が取れなくてな」

 部屋の備品をチェックし、どれくらいの備品を置いておくのか、把握しておきたい斉藤だったが、通常の仕事が忙しく、そこまで手が回らなかった。


「手伝いましょうか?」

「手伝ってくれるのか。それはありがたい」

「いいえ」

 斉藤と沖田の和やかな会話に、他の外野の面々は、渋い表情を醸し出していた。

「夜勤の時にでも、やりましょうか」

「そうだな」


 自分の引き出しから一つの箱を取り出す。

 それを持って、落ち込んで復活できないノールのところに、優しい微笑みを浮かべながら沖田が出向いていった。

「はい、ノールさん」

 俯いていた顔を、沖田に傾けた。

 まったくやる気が感じられない顔だ。


「元気出してください。これを食べて」

 ノールの代わりに、受け取った保科が、何でしょうかと箱を開けると、そこには彩り豊かなマフィンが入っていたのである。

「ソージ。これは?」

 マフィンを手に取って、保科が尋ねた。


「ここにくる時に、貰ったものです。なぜか、いつも貰いもの、しちゃうんですよ」

「誰から?」

「何度か、話したことがあるおばさんです。後……、とにかく、いろいろな人です。僕一人では食べきれないから、近所の子供たちに、配っているんですが。今日は食べてください、ノールさん。甘いもの食べると、元気になりますよ」


「俺は子供じゃない」

 ブスッたくれた顔で、不機嫌なノールが吐き捨てた。

「そう言わずに」

「あのなー、おき……」

「おいひぃーですよ、これ」

 すでに食べていた保科に一瞥し、ノールが呆れている。


 沖田は、クスッと笑っているだけだ。

「どうぞ、ノールさん」

 一つマフィンを手に取って、眉間にしわを寄せているノールの前に出した。

 渋々と言った顔で受け取る。


「……ありがとうな」

「いいえ」

 マフィンにかぶりついだ。

 モグモグと咀嚼し、ごくりと飲み込む。

「確かに、上手い」

「よかった」


 その光景を傍観していた安富が、沖田に話しかける。

「沖田。いろんな人と話しているから、遅刻するんだぞ」

 連日、遅刻を繰り返していたのである。


「すいません」

「他とは違うから。気にしないが。少しは慎むように」

 先輩として、安富が苦言を呈した。

「はい。気をつけます」

 素直に応じる姿に、密かに土方は俺の時も素直に従えと心の中で毒づくのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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