第26話 連日の夜勤
機嫌悪い土方が、待機部屋に入ってくる。
それは部屋に入る前に、笑っている芹沢たちを見かけたからだ。
部屋に入るなり、直行で近藤のところへ行く。
「芹沢さん、何と言ってきたのですか?」
土方の眉間のしわが深く刻まれていた。
半端ない威圧感に、近藤が持て余す。
「夜勤交代を、頼まれただけだ」
大したことはないと顔で訴えた。
実際に近藤の中では、夜勤交代の位置づけは低く、いつもに比べ、大した要望ではなかったと思っていたのである。
そんな近藤とは対照的に、土方の表情が曇っていった。
「心配するな。私も夜勤をする。大丈夫だ、トシには迷惑をかけない」
「私は大丈夫です。ですが、近藤隊長は三日連続で、夜勤しているではないですか?」
「タフだから、平気だ」
「近藤隊長」
無理をしがちな近藤を案じている。
どんな強硬な人間でも、四日連続の夜勤は無謀だったからだ。
それでも、自分で夜勤をやると言ってのける。
「無理です。私が」
「いや。私がやる。頼まれたのは私だ。申し訳ないが、斉藤に夜勤をして貰えないかと、頼んでほしい。トシ、頼む」
渋面している土方ににこやかにお願いした。
責任者一人と、一つから二つの班で、夜勤を行っている。
漲っている目で、近藤の意志が固いと思い知る。
軽き息を吐き、土方が折れた。
わかりましたと口にしようとした瞬間、背後から声をかけてきた人間がいる。
「引き受けます」
眇めながら土方が振り向くと、喜怒哀楽が乏しい斉藤が立っていたのである。
無表情のままで、ムッとしている土方の隣に移動した。
「ありがとう。この埋め合わせはする」
「大丈夫です」
斉藤班は急な見張りの仕事が入り、二日連続で夜勤をしていた。
それにもかかわらず、疲れた顔をみせない斉藤。
斉藤班が一番妥当な選択だった。
原田班や永倉班では文句が出るからで、山南班では山南が芹沢に対し、甘い、上に報告するべきと進言してくることが明白だった。島田班は見張りの仕事があり、交代できなかったのである。だから、無理を承知で、斉藤班に白羽の矢を立てたのだった。
自分の席に戻った斉藤が、綺麗な字で報告書を書き始めている。
そこへ、沖田を初めとする斉藤班が全員帰ってきた。
「安富。今日、夜勤することになった」
淡々と用件を伝えると、安富がまたですかと目を丸くし、沖田はにこやかにわかりましたと了承し、ノールと保科はえー何ですか、三日連続になるじゃないですかと、文句を零している。
経緯を説明しようと、近藤が口を開く前に、斉藤が胸を張って部下たちを諌める。
「仕事だ」
その胸に原田が作ったバッチが、きちんとつけられている。
それを見た途端、反論の口を噤んでしまった。
困惑している安富。
笑いを堪えている沖田。
笑っていいのか、ダメなのか、模索しているノールと保科。
「……」
真面目な顔の斉藤に、備品係と書かれたバッチが不似合いだった。
安富は何度か掛け合って、外した方がいいと進言したが、頑としてバッチを外すことがなかった。ただ、外に出る時だけは、外した方がいいですよ、壊れてしまうと大変ですからと言う沖田の助言で、外では外すようになったが、警邏軍の中ではバッチをしっかりとつけていたのである。
バッチを作って、茶化した原田さえも、異様に喜んでいる姿に笑えなくなっていた。
沖田と安富は自分の席につき、報告書に取り掛かった。
ノールと保科だけは、フカフカのソファに、どっかりと座り込んで、歩き回って疲れた身体を癒やしている。
土方も自分の机に戻り、仕事をやり始めるが、書類に目を通す振りをしながら、安富と和気藹々としゃべっている様子を窺っていた。
しゃべりながらも、沖田はペンを走らせ、報告書を書いていたのである。
土方の視線に気づいたようで、チラッと顔を傾け、微かに微笑む。
(あのバカ。こっちを見るな。変に思うだろうが)
斉藤班の人たちに、お茶を淹れた三上が、それぞれに配って置いていった。
「帰って、ゆっくり寝ようと思っていたのに……」
「仮眠室のベッド、硬いですからね」
保科がノールのぼやきに相槌を入れた。
「俺は、風呂にゆっくりと浸かりたかった」
自分の臭いを嗅ぎ、湯船に浸かりたいと保科が妄想を広げていく。
そんな二人をほっとき、無表情の斉藤が淹れて貰ったお茶を飲んでいた。
チラチラと、安富がどうしても外してくれない不恰好なバッチに、何とも言えぬ視線を送っている。
斉藤も安富の視線に気づいているはずなのに、無視していた。
このところ斉藤と安富の間に、そんな小さな攻防が繰り広げられていたのである。
外してほしい安富と。
外したくない斉藤。
(んー、斉藤さんが、無視しているのはいつものことか。近藤隊長や兄さんは、どうもバッチの件は、諦めたみたいだ。やっぱり安富さんだけは、どうしても、取って貰いたいみたいだな。バッチ、面白いのに)
「斉藤伍長。これ少し曲がってしまいましたね。後ろを補強しておいた方が、いいかもしれないですよ」
何気にバッチを眺めていた沖田が、歪に曲がっているのに気づき、アドバイスを送った。
「……そうだな。沖田、ありがとう」
「いいえ。この厚紙、使ってください」
「使わせて貰おう」
どこからか、チッと舌打ちする音が聞こえる。
そんな雑音も気にしないで、労わるようにバッチを外し、曲がっているのを直してから、厚紙を使って裏面に補強を加えた。
綺麗に直ったバッチを、また制服につける。
その顔は、どこか誇らしげだ。
「厚紙も、必要だな」
ボソッと、目を光らせた斉藤が呟いた。
懐から一枚の紙を取り出し、何か書き込んでいく。
「それ、何ですか?」
「簡易なリストだ。備品の」
「……備品係として、常にチェックしているんですね。さすが斉藤伍長です」
にこやかに沖田が、真面目に備品係の仕事に、取り組んでいる斉藤のことを賞賛した。
「備品係としては、当たり前だ。もっと正式なリストを作りたいと思っているのだが、なかなか時間が取れなくてな」
部屋の備品をチェックし、どれくらいの備品を置いておくのか、把握しておきたい斉藤だったが、通常の仕事が忙しく、そこまで手が回らなかった。
「手伝いましょうか?」
「手伝ってくれるのか。それはありがたい」
「いいえ」
斉藤と沖田の和やかな会話に、他の外野の面々は、渋い表情を醸し出していた。
「夜勤の時にでも、やりましょうか」
「そうだな」
自分の引き出しから一つの箱を取り出す。
それを持って、落ち込んで復活できないノールのところに、優しい微笑みを浮かべながら沖田が出向いていった。
「はい、ノールさん」
俯いていた顔を、沖田に傾けた。
まったくやる気が感じられない顔だ。
「元気出してください。これを食べて」
ノールの代わりに、受け取った保科が、何でしょうかと箱を開けると、そこには彩り豊かなマフィンが入っていたのである。
「ソージ。これは?」
マフィンを手に取って、保科が尋ねた。
「ここにくる時に、貰ったものです。なぜか、いつも貰いもの、しちゃうんですよ」
「誰から?」
「何度か、話したことがあるおばさんです。後……、とにかく、いろいろな人です。僕一人では食べきれないから、近所の子供たちに、配っているんですが。今日は食べてください、ノールさん。甘いもの食べると、元気になりますよ」
「俺は子供じゃない」
ブスッたくれた顔で、不機嫌なノールが吐き捨てた。
「そう言わずに」
「あのなー、おき……」
「おいひぃーですよ、これ」
すでに食べていた保科に一瞥し、ノールが呆れている。
沖田は、クスッと笑っているだけだ。
「どうぞ、ノールさん」
一つマフィンを手に取って、眉間にしわを寄せているノールの前に出した。
渋々と言った顔で受け取る。
「……ありがとうな」
「いいえ」
マフィンにかぶりついだ。
モグモグと咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「確かに、上手い」
「よかった」
その光景を傍観していた安富が、沖田に話しかける。
「沖田。いろんな人と話しているから、遅刻するんだぞ」
連日、遅刻を繰り返していたのである。
「すいません」
「他とは違うから。気にしないが。少しは慎むように」
先輩として、安富が苦言を呈した。
「はい。気をつけます」
素直に応じる姿に、密かに土方は俺の時も素直に従えと心の中で毒づくのだった。
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