第24話 振り回す弟 振り回される兄
「トシ」
自分の机で仕事を片づけていた近藤が、ひと段落ついたのを見計らって、土方を自分のところに呼び寄せた。
「何か?」
いつもと変わらない無表情の顔で、返事をした。
目を泳がし、呼び寄せたものの、どこか迷っている。
それに対し、土方はただひたすら口を開くのを待っていた。
意を決したようで、視線が土方を捉える。
「……沖田の様子は、どうだ?」
「……仕事にも慣れ、他の隊員とも、打ち解けているようです」
簡潔に、日頃の沖田の様子を伝えた。だが、その内側ではムクムクと弟に対し、何をやらかしたと、強い剣幕を抱いていたのである。
「そうか……」
それ以上、近藤の口が重い。
どこか、思案顔だ。
(あのバカ。何をやった?)
土方の眼光が鋭くなる。
「大丈夫だ。サノやシンパチのようなことじゃない」
険しくなっていく様子に苦笑しつつ、朗らかに訂正した。
「では、沖田は何をやらかしたのですか?」
「そう、殺気を出すな。大したことではないのだが……」
困った様子の近藤。
やはり、人選を間違ったかと杞憂している。
「話してください」
土方としては意識していなかったが、強い口調で追い込んでいった。
強張っていた肩が、ストンとリラックスする。
「……どうも好奇心旺盛のようでな。私やトシ、移動してきた者のことを、調べているようだ」
掻い摘んで、休憩室の出来事を語った。
(バカが。好奇心にも程がある)
ますます目を細め、殺気を漂わせる。
「トシ。スパイとかじゃない。ただの好奇心だろう。子供のような。だから、そこまで殺気立つな」
「わかっています。大丈夫です」
「そうか。どうも、私やトシ。移動してきた者に対して、興味があるようだ。ただ、勝手に調べられるのも、追究されるのも好きじゃない」
「追究……。近藤隊長に追究してきたのですか?」
「ああ。素直にな」
困ったと言う顔で即答した。
(何やっている! あのバカ弟は)
殺気が消え失せたものの、剣幕が鋭く増していく土方に頼んだ。
「トシ。沖田のこと、見てくれないか。好奇心は時に災いになる時がある。芹沢さんは、今のところ、沖田を面白がっているが、いつそれが、急変する可能性もある。これ以上、深入りさせないように、様子をみてくれないか? 多くの仕事を抱えているトシに、迷惑をかけるが」
「大丈夫です。任せてください」
「ありがとう」
頭を下げ、残っている膨大な仕事を片づけるために、自分の机に戻っていく。
時間を作るために、はたから見ると恐ろしく感じるぐらいに、土方が仕事を片づける速度を上げていったのだ。
不意に、沖田たちが道場から帰ってくる時間を見計らって、待機部屋を出て行った。
道場から近い場所で、安富と沖田が話しているところを発見する。
二人の前で、立ち止まった土方。
安富と沖田が軽く頭を下げる。
「沖田、いいか」
その顔は平静を装っているが、僅かに引きつっていた。
(わ、兄さん。顔、引きつっている。面白い。安富さんに、気づかれちゃうよ、そんなに露骨に怒っていると)
チラリと隣を窺うと、いつもとは様子の違う土方を薄々感じているようだった。
ようやく、安富の様子に気づくのだ。
気持ちを落ち着かせようと、心の中でひと息つくイメージを抱く。
「では、私は……」
「下がらなくても、いい」
「はい」
「何でしょうか? 土方副隊長」
愛嬌ある微笑みを、ムスッとしている土方に傾けた。
(愛嬌振りまいている場合か! お前は何をやっている)
(何、そんなに怒っているの?)
(怒るような真似した、自覚あるのか?)
(わからないな)
沈黙している二人を、怪訝そうに安富が見比べる。
「……仕事が終わったら、時間あるか?」
(時間、必ず作れ! 拒否は許さん)
「そうですね……」
言葉を濁し、思案する仕草を垣間見せる沖田。
(やだな)
(やだじゃない。作れ!)
「……わかりました」
「では、仕事が終わったらな」
「はい」
不満げな沖田から安富に、視線を移した。
「安富、悪かったな」
「いいえ」
用事を済ませると、帰ってしまった。
「何でしょうか、土方副隊長の話は?」
困ったように、安富に話しかけた。
「うーん。何か困ったことはないかと言う話じゃないか? 新人で何かと有名な沖田を、心配して」
「ですが、結構、眉間のしわ、深かったですよ」
その顔は、憂鬱ですとおどけてみせる。
「何かした、記憶があるのか?」
「……ないと思いますが……」
「……土方副隊長は強面だが、面倒見がいい方だ。やはり、そうした話じゃないのか」
「そうですか。安富さんにも、付き合って貰いたいです」
子犬のような沖田。
やれやれと言う顔を、安富が窺わせた。
「誘われたのは、沖田だぞ」
可愛らしく怯えていた仕草をみせてから、クスッと笑みが零れる。
「わかりました。あー憂鬱です。帰りが来なければいいのに」
今日の帰りに、土方と会うことを辟易している沖田に声をかける。
「諦めろ。シャワーしたら、メシにするぞ」
「はい。安富さん」
二人揃って、シャワー室に向かった。
仕事も終わり、拗ねている沖田を伴って、馴染みの嶋原にある御茶屋に入っていった。すでに連絡してあったので、すぐに用意されている部屋に通される。
その間、二人は何もしゃべらずにいた。
部屋に入り、障子が閉められる。
「お酒とか、ないの?」
「あるか!」
不機嫌全開の土方が振り向き、のほほんとしている弟に突っ込んだ。
興味津々の沖田が部屋を見て回っている。
「えっ。楽しみにしていたのに。もしかして、芸子さんもいないの?」
不貞腐れている弟に、怒り浸透だ。
「当たり前だ」
不機嫌そうに吐き捨てた。
「いじわる」
「お前な! いい加減にしろよ」
「何を?」
きょとんした顔で首を傾げる。
その仕草は、愛らしいものだった。
対照的に、土方の表情は物凄く険しく、怒りを素直に表している。
「そんなに、怒らなくっても」
口を尖らせ、剥れる。
「怒るに決まっているだろう。何を考えている、近藤隊長たちのことを調べて」
「そのこと」
合点が言った顔で、はしゃいでいた。
いろいろとやらかしている自覚があったので、どれのことだろうと思っていたのだ。
「他にも、あるのか」
ギロッと、ひと睨みする。
「えぇ。そんなことないと、思うけど?」
愛らしくとぼけてみる。
「……まぁ、いい。調べて、どうするつもりだ?」
「別に」
疑いの眼差しを、飄々としている弟に注ぐ。
「ホントだよ、兄さん」
「……」
「近藤隊長のこととか、興味があったから、調べただけ。だってメチャクチャ強い人が、どうして深泉組に落ちたのかなって。でもさ、結構、深泉組にいる人って、何気に強い人が多いよね、癖があるけど。びっくりしちゃったよ。それに、兄さんのことは知ってしたけど、兄さんのだけ、調べないのは変だからね。だから、兄さんのは、ついでに調べただけ。怒らないでよ。逆に褒めてほしいな」
あっけらかんと、ことの仔細を暴露した。
「……お前って、やつは」
無邪気な弟に、頭を抱え込む。
「兄さんも、結構大変だったんだね」
「……俺のことはいい」
鋭い視線を送った。
「どうやって、調べた?」
しょうがないなと、S級ライセンスと少尉を言う肩書きを、利用ことを語った。
「本部のコンピューターに、アクセスできるなんて……。人は使ったのか?」
「人は使っていないよ。自分一人で調べました。面倒臭い資格と階級って、思っているけど、こういう時は便利だよね」
「お前な」
詰め寄ろうとする土方を、あっさりと交わす。
「ところで。本当に女の子、呼んでいないの?」
「当たり前だ」
「ケチ」
くだらないこと言うなと、眼光で黙らせる。
その顔は、話がまだ終わっていないと書いてあった。
「もう、調べるのはよせ」
「えー。つまらない」
子供のように、頬を膨らまる。
「好奇心を抑えろ。芹沢さんはお前のことを、現段階で面白いと可愛がっているが、いつそれが豹変するか、わからない」
近藤も、そのことを危惧していた。土方も無邪気な弟の振舞いに、心配せずにはいられなかったのである。近藤に頼まれなくても、そのうちに時間を割いて、注意しようと思っていたのだ。
「何度か、誘われて、お茶屋に行ったことがあるよ」
知らなかった話に、目を細める。
「だって、聞かなかったから、兄さん」
「報告しろ」
「いちいち、面倒臭い」
いっこうに言うことを聞かない弟に、辟易しながらも、注意を促すことをやめない。
「芹沢さんとは、距離をとれ」
「面白い人だと思うよ。だから、いやだ」
「ソージ!」
据わっている目で、この状況を楽しんでいる感じさえ窺える沖田を睨んでいる。
「強い人だよね。芹沢さんって」
「お前、手合わせなんか、考えているのか。そんな考えは捨てろ」
「確かに手強いね。けど、負けない自信も、あるけどな。兄さんは、どう思う?」
どこか、頭のネジが緩い弟に、呆れてしまう。
先程から、ずっと頭痛を堪えていた。
「いいところ、相打ちだろう」
苦虫を潰した顔で、見解を述べた。
「兄さんと、芹沢さんでは?」
「同じだ」
どうして、こうなったんだと熟考している。
そんな苦渋している姿に、大丈夫なのにと小さく口角が上がっていた。
「僕は勝つと思うよ。僕も、兄さんも」
「どこからくる、その自信は?」
無神経な発言に、苛立ちが隠せない。
(芹沢さんの強さを、知らないから言えるんだ。このバカソージが)
「確かに、強いけど、最近は小物ばかり相手にして、少し落ちていると思うんだ。だから、相打ちにはならないと思うけど。絶対に、僕たちが勝つって、兄さんは自分のこと、過小評価しすぎるって」
「もういい。絶対に、芹沢さんと距離を置け。いいな」
「えー」
「兄の命令が、きけないのか」
「兄さんのいじわる」
「ソージ。いい加減にしろ。どんな手を使っても、深泉組から、はずされたいのか」
(あー、何かするな、兄さん。まだ、深泉組にいたいのに)
「……それはいやだな」
「だったら、引け」
芹沢の件と、深泉組の件を天秤にかけた。
「……わかった。やめたくないからね」
了承したにもかかわらず、納得していない様子だった。
本当に約束を守るか、不安が拭えなかったのだ。
「ちゃんと、自重しろ」
「心配性だな」
睨んでいる土方。
「兄さんの言いつけを守り、芹沢さんとは距離をおきます」
「絶対にだな」
くどいように念を押す。
「はい。兄さん」
「……なら、いい」
ようやく納得してくれた土方に、やれやれと肩をすくめる。
読んでいただき、ありがとぅございます。




