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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第24話  振り回す弟 振り回される兄

 「トシ」

 自分の机で仕事を片づけていた近藤が、ひと段落ついたのを見計らって、土方を自分のところに呼び寄せた。

「何か?」

 いつもと変わらない無表情の顔で、返事をした。


 目を泳がし、呼び寄せたものの、どこか迷っている。

 それに対し、土方はただひたすら口を開くのを待っていた。


 意を決したようで、視線が土方を捉える。

「……沖田の様子は、どうだ?」

「……仕事にも慣れ、他の隊員とも、打ち解けているようです」

 簡潔に、日頃の沖田の様子を伝えた。だが、その内側ではムクムクと弟に対し、何をやらかしたと、強い剣幕を抱いていたのである。


「そうか……」

 それ以上、近藤の口が重い。

 どこか、思案顔だ。


(あのバカ。何をやった?)


 土方の眼光が鋭くなる。

「大丈夫だ。サノやシンパチのようなことじゃない」

 険しくなっていく様子に苦笑しつつ、朗らかに訂正した。


「では、沖田は何をやらかしたのですか?」

「そう、殺気を出すな。大したことではないのだが……」

 困った様子の近藤。

 やはり、人選を間違ったかと杞憂している。


「話してください」

 土方としては意識していなかったが、強い口調で追い込んでいった。

 強張っていた肩が、ストンとリラックスする。

「……どうも好奇心旺盛のようでな。私やトシ、移動してきた者のことを、調べているようだ」

 掻い摘んで、休憩室の出来事を語った。


(バカが。好奇心にも程がある)


 ますます目を細め、殺気を漂わせる。

「トシ。スパイとかじゃない。ただの好奇心だろう。子供のような。だから、そこまで殺気立つな」

「わかっています。大丈夫です」


「そうか。どうも、私やトシ。移動してきた者に対して、興味があるようだ。ただ、勝手に調べられるのも、追究されるのも好きじゃない」

「追究……。近藤隊長に追究してきたのですか?」

「ああ。素直にな」

 困ったと言う顔で即答した。


(何やっている! あのバカ弟は)


 殺気が消え失せたものの、剣幕が鋭く増していく土方に頼んだ。

「トシ。沖田のこと、見てくれないか。好奇心は時に災いになる時がある。芹沢さんは、今のところ、沖田を面白がっているが、いつそれが、急変する可能性もある。これ以上、深入りさせないように、様子をみてくれないか? 多くの仕事を抱えているトシに、迷惑をかけるが」


「大丈夫です。任せてください」

「ありがとう」

 頭を下げ、残っている膨大な仕事を片づけるために、自分の机に戻っていく。


 時間を作るために、はたから見ると恐ろしく感じるぐらいに、土方が仕事を片づける速度を上げていったのだ。

 不意に、沖田たちが道場から帰ってくる時間を見計らって、待機部屋を出て行った。




 道場から近い場所で、安富と沖田が話しているところを発見する。

 二人の前で、立ち止まった土方。

 安富と沖田が軽く頭を下げる。

「沖田、いいか」

 その顔は平静を装っているが、僅かに引きつっていた。


(わ、兄さん。顔、引きつっている。面白い。安富さんに、気づかれちゃうよ、そんなに露骨に怒っていると)


 チラリと隣を窺うと、いつもとは様子の違う土方を薄々感じているようだった。

 ようやく、安富の様子に気づくのだ。

 気持ちを落ち着かせようと、心の中でひと息つくイメージを抱く。


「では、私は……」

「下がらなくても、いい」

「はい」

「何でしょうか? 土方副隊長」

 愛嬌ある微笑みを、ムスッとしている土方に傾けた。


(愛嬌振りまいている場合か! お前は何をやっている)


(何、そんなに怒っているの?)


(怒るような真似した、自覚あるのか?)


(わからないな)


 沈黙している二人を、怪訝そうに安富が見比べる。

「……仕事が終わったら、時間あるか?」


(時間、必ず作れ! 拒否は許さん)


「そうですね……」

 言葉を濁し、思案する仕草を垣間見せる沖田。


(やだな)


(やだじゃない。作れ!)


「……わかりました」

「では、仕事が終わったらな」

「はい」


 不満げな沖田から安富に、視線を移した。

「安富、悪かったな」

「いいえ」

 用事を済ませると、帰ってしまった。


「何でしょうか、土方副隊長の話は?」

 困ったように、安富に話しかけた。

「うーん。何か困ったことはないかと言う話じゃないか? 新人で何かと有名な沖田を、心配して」

「ですが、結構、眉間のしわ、深かったですよ」

 その顔は、憂鬱ですとおどけてみせる。


「何かした、記憶があるのか?」

「……ないと思いますが……」

「……土方副隊長は強面だが、面倒見がいい方だ。やはり、そうした話じゃないのか」

「そうですか。安富さんにも、付き合って貰いたいです」


 子犬のような沖田。

 やれやれと言う顔を、安富が窺わせた。


「誘われたのは、沖田だぞ」

 可愛らしく怯えていた仕草をみせてから、クスッと笑みが零れる。

「わかりました。あー憂鬱です。帰りが来なければいいのに」


 今日の帰りに、土方と会うことを辟易している沖田に声をかける。

「諦めろ。シャワーしたら、メシにするぞ」

「はい。安富さん」

 二人揃って、シャワー室に向かった。




 仕事も終わり、拗ねている沖田を伴って、馴染みの嶋原にある御茶屋に入っていった。すでに連絡してあったので、すぐに用意されている部屋に通される。

 その間、二人は何もしゃべらずにいた。

 部屋に入り、障子が閉められる。


「お酒とか、ないの?」

「あるか!」

 不機嫌全開の土方が振り向き、のほほんとしている弟に突っ込んだ。

 興味津々の沖田が部屋を見て回っている。


「えっ。楽しみにしていたのに。もしかして、芸子さんもいないの?」

 不貞腐れている弟に、怒り浸透だ。

「当たり前だ」

 不機嫌そうに吐き捨てた。


「いじわる」

「お前な! いい加減にしろよ」

「何を?」

 きょとんした顔で首を傾げる。

 その仕草は、愛らしいものだった。

 対照的に、土方の表情は物凄く険しく、怒りを素直に表している。


「そんなに、怒らなくっても」

 口を尖らせ、剥れる。

「怒るに決まっているだろう。何を考えている、近藤隊長たちのことを調べて」

「そのこと」

 合点が言った顔で、はしゃいでいた。

 いろいろとやらかしている自覚があったので、どれのことだろうと思っていたのだ。


「他にも、あるのか」

 ギロッと、ひと睨みする。


「えぇ。そんなことないと、思うけど?」

 愛らしくとぼけてみる。

「……まぁ、いい。調べて、どうするつもりだ?」

「別に」

 疑いの眼差しを、飄々としている弟に注ぐ。


「ホントだよ、兄さん」

「……」


「近藤隊長のこととか、興味があったから、調べただけ。だってメチャクチャ強い人が、どうして深泉組に落ちたのかなって。でもさ、結構、深泉組にいる人って、何気に強い人が多いよね、癖があるけど。びっくりしちゃったよ。それに、兄さんのことは知ってしたけど、兄さんのだけ、調べないのは変だからね。だから、兄さんのは、ついでに調べただけ。怒らないでよ。逆に褒めてほしいな」

 あっけらかんと、ことの仔細を暴露した。


「……お前って、やつは」

 無邪気な弟に、頭を抱え込む。

「兄さんも、結構大変だったんだね」

「……俺のことはいい」

 鋭い視線を送った。


「どうやって、調べた?」

 しょうがないなと、S級ライセンスと少尉を言う肩書きを、利用ことを語った。

「本部のコンピューターに、アクセスできるなんて……。人は使ったのか?」

「人は使っていないよ。自分一人で調べました。面倒臭い資格と階級って、思っているけど、こういう時は便利だよね」


「お前な」

 詰め寄ろうとする土方を、あっさりと交わす。

「ところで。本当に女の子、呼んでいないの?」

「当たり前だ」

「ケチ」


 くだらないこと言うなと、眼光で黙らせる。

 その顔は、話がまだ終わっていないと書いてあった。


「もう、調べるのはよせ」

「えー。つまらない」

 子供のように、頬を膨らまる。


「好奇心を抑えろ。芹沢さんはお前のことを、現段階で面白いと可愛がっているが、いつそれが豹変するか、わからない」

 近藤も、そのことを危惧していた。土方も無邪気な弟の振舞いに、心配せずにはいられなかったのである。近藤に頼まれなくても、そのうちに時間を割いて、注意しようと思っていたのだ。


「何度か、誘われて、お茶屋に行ったことがあるよ」

 知らなかった話に、目を細める。

「だって、聞かなかったから、兄さん」

「報告しろ」

「いちいち、面倒臭い」

 いっこうに言うことを聞かない弟に、辟易しながらも、注意を促すことをやめない。


「芹沢さんとは、距離をとれ」

「面白い人だと思うよ。だから、いやだ」

「ソージ!」

 据わっている目で、この状況を楽しんでいる感じさえ窺える沖田を睨んでいる。


「強い人だよね。芹沢さんって」

「お前、手合わせなんか、考えているのか。そんな考えは捨てろ」

「確かに手強いね。けど、負けない自信も、あるけどな。兄さんは、どう思う?」

 どこか、頭のネジが緩い弟に、呆れてしまう。

 先程から、ずっと頭痛を堪えていた。


「いいところ、相打ちだろう」

 苦虫を潰した顔で、見解を述べた。

「兄さんと、芹沢さんでは?」

「同じだ」

 どうして、こうなったんだと熟考している。

 そんな苦渋している姿に、大丈夫なのにと小さく口角が上がっていた。


「僕は勝つと思うよ。僕も、兄さんも」

「どこからくる、その自信は?」

 無神経な発言に、苛立ちが隠せない。


(芹沢さんの強さを、知らないから言えるんだ。このバカソージが)


「確かに、強いけど、最近は小物ばかり相手にして、少し落ちていると思うんだ。だから、相打ちにはならないと思うけど。絶対に、僕たちが勝つって、兄さんは自分のこと、過小評価しすぎるって」

「もういい。絶対に、芹沢さんと距離を置け。いいな」

「えー」


「兄の命令が、きけないのか」

「兄さんのいじわる」

「ソージ。いい加減にしろ。どんな手を使っても、深泉組から、はずされたいのか」


(あー、何かするな、兄さん。まだ、深泉組にいたいのに)


「……それはいやだな」

「だったら、引け」

 芹沢の件と、深泉組の件を天秤にかけた。

「……わかった。やめたくないからね」


 了承したにもかかわらず、納得していない様子だった。

 本当に約束を守るか、不安が拭えなかったのだ。

「ちゃんと、自重しろ」

「心配性だな」

 睨んでいる土方。


「兄さんの言いつけを守り、芹沢さんとは距離をおきます」

「絶対にだな」

 くどいように念を押す。


「はい。兄さん」

「……なら、いい」

 ようやく納得してくれた土方に、やれやれと肩をすくめる。




読んでいただき、ありがとぅございます。

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