第22話 備品係
今日から、第2章 自負に入ります。
警邏軍にある備品部と言う部署に、斉藤が訪れる。
備品部は警邏軍の備品を扱う部署で、あらゆる物が揃っており、なければ取り寄せも可能となっていた。
備品部の者たちは、斉藤の存在に怪訝な表情を浮かべていた。
カウンターの女の子に、書類を提出する。
そこに、赤いペン一ダースと書かれ、深泉組斉藤始で申請されている。
「またですか?」
訝しげな顔で尋ねると、無表情でコクリと頷いた。
「……一昨日もされましたよね」
「はい」
その時も、赤いペン一ダース申請していたのである。
「それは、どうしたんですか?」
「なくなりました」
質問に即答していった。
「……もう、ですか?」
ますます怪訝していくカウンターの女の子。
それを耳にした備品部の面々。
「はい」
顔色一つ変えないで答えた。
頻繁に備品部に出入りしている斉藤に、備品部の者たちは首を傾げている状況だ。
几帳面な斉藤は、自分の身の周りの文具などの備品がなくなるたびに、自ら備品部に訪れて、こまめに申請していたのである。
「わかりました。ですが、頻繁に訪れていますが、ちゃんと使っているのですか?」
備品の横流しをしているのではないか?と、備品部の者たちが疑っているのだ。
「はい」
視線をそらせずに、まっすぐに見つめている。
カウンターの女の子の方が、逆に居心地悪くしていた。
そそくさと、赤いペン一ダースを用意する。
カウンターに置かれた赤いペン一ダースに、手をかけようとした際、表情が読めない斉藤に声をかけた。
「深泉組にいる総務組の者は、どうしていますか?」
普通、所属している総務組の人間が、こういった雑用をしているからだ。
めったに、隊員が申請しに来ることがない。
「います」
「……そうですか」
斉藤自身、何もしていなかったが、カウンターの女の子は、威圧されているような感覚に陥っていた。
それ以上、何も言えなくなって困ってしまう。
「では」
「はい」
無表情で、備品部を後にした。
姿を消した備品部で、それぞれ強張っていた肩を落とす。
無口で何を考えているのか不明な斉藤に、備品部の者たちは、何かしてくるのではないかと慄いていたのだ。
斉藤が備品部に訪れている頃、深泉組の待機部屋では……。
いつものように、うるさいぐらいに賑わっていた。
近藤隊は、ほぼ全員揃っており、芹沢隊や新見隊の隊員たちは、ちらほらと出かけずに部屋に残っている者もいた。
近藤隊長を初めとする多くの隊員は、書類を書いており、原田班や永倉班が個々におしゃべりや、賭け事に興じて、有意義な時間を楽しんでいる。
外回りから戻ってきたばかりの島田班が、報告書を副隊長の土方に提出するために、真面目に書いていた。
「有間さん、チェックお願いします」
島田班の下っ端である三浦が、島田班で補佐をしている有間に、でき上がったばかりの報告書のチェックを頼んだ。伍長である島田は、仕事後の一杯と言って、グビグビと酒を煽っていた。
快く受け取った有間が、間違っているところに赤を入れるために、赤いペンを探すが見つからない。
「あれ? 赤いペンがない」
机の中を探そうとしている有間に、近くでしゃべっていた原田が、気前よく赤いペンを取り出す。
「俺のを使え」
赤いペンを、有間目掛け、軽く投げる。
綺麗な放物線を描いて、赤いペンが有間の手に入った。
「ありがとうございます、原田伍長」
「いい。気にするな」
原田や有間のやり取りを、沖田が何気なく観察していた。
不意に、視線の矛先が土方に移っている。
書類を止めるクリップを探しているようで、自らの机にないとわかると、立ち上がり、迷うことなく、不在の斉藤の机の引き出しから、クリップを取り出した。
斉藤の机の引き出しに、きちんと整理された文房具が揃っていたのである。
当たり前のように、土方が自分の机に戻っていった。
賭け事に興じていた原田班の鳥居と永倉班の秋吉が、勝敗表を書いていたペンが、乱暴に扱っていたせいか、インクが出なくなってしまう。
「出ないな」
「だな」
無造作に投げ捨て、自分たちのテリトリーにあるペンを取り出し、書き始めていた。
提出予定の書類に、保科やノールがてこずっている間に、自分が書く書類をすべて終わらせて、暇を弄んでいる状態だった。そのせいか、周囲に視線がいってしまい、沖田は隊員たちの行動を眺めて、楽しんでいたのだった。
面白い隊員たちの行動に、顔を綻ばせていたのだ。
「安富さん、聞いてもよろしいですか?」
「何だ?」
「どうして、文房具の備品を、みなさん斉藤伍長の机からあさって、使っているのでしょうか。備品棚から出せばいいのではないでしょうか?」
これまで感じていた疑問を、きょとんしている安富にぶつけた。
「?」
言っている意味がわからず、首を傾げる。
「安富さんが使っているペン、斉藤始って、書かれていますよ」
使っているペンに、小さく斉藤始と書かれている。
ギョッとする安富。
まさか、斉藤の持ち物を、使っている意識がなかった。
「ノールさんや、保科さんのも。それに、みなさんが使っているペンにも、しっかりと斉藤始って、書いてありますよ。ちなみに、土方副隊長は、どうして備品棚ではなく、斉藤伍長の机の引き出しから、クリップを取り出したのですか?」
「……」
(あ、兄さん。固まっているぞ。面白いな)
ノールや保科、土方がそれぞれ手に持っているものに、斉藤始と書かれているのを確認した。沖田に言われても、半信半疑だったが、手にしているものに、しっかりと斉藤の名前が書かれていたので、何も言い返すことができない。
「ホントか」
少し離れているところにいた原田が、無邪気に突っ込んだ。
「本当ですよ」
「どれ」
面白がるように、自らのポケットをあさって、ペンを出して、名前を探す。
「あ! ホントだ」
目を輝かせる原田。
そして、視界は別のところに向かっていた。
「どれ」
近くで、書類を真面目に書いていた井上からペンを奪い取った。
「これにも、書いてあるぞ」
「えっ」
驚きを隠せない井上。
原田から今まで使っていたペンを返して貰うと、そこにしっかりと綺麗な文字で、斉藤始と書かれている。
自分のものに、書かれていないと高を括っていたのだ。
「嘘でしょう……」
まだどこか、疑心暗鬼な井上は、別なペンも確かめるが、そのペンにも、斉藤始と書かれていたのである。
次々と持ち物を確かめていくと、すべてに置いて、斉藤始と書かれていた。
愕然とし、持っていたペンと落としてしまう。
「……」
「これは面白い」
面白い遊びを見つけたと言う顔で、原田が隊員たちの持ち物を確かめていく。
「これも、これも、これも、これも。全部、書いてあるぞ!」
勢いのまま、山南や近藤隊長、そして、芹沢隊や新見隊の持ち物まで確かめ、そこにすべて斉藤始と書かれている。
待機部屋の文房具に、ほとんど斉藤始と書かれたものが蔓延していたのだ。
「面白いぞ。沖田の言ったとおり、斉藤の名前が書かれている」
視力のいい沖田は、それぞれの隊員が使っているものに、斉藤始と書かれていたので、目について気になっていたのである。
(指摘するまで、気づかないなんで。何て面白い人たちなんだ)
拡大していく状況を傍観しながら、楽しんでいる沖田。
ここまで広がっていくとは、思ってもみなかったのだ。
自分の予測を超えていくなりゆきに、ホクホク顔が止まらない。
「斉藤のものが、この部屋に蔓延しているぞ」
その声が、芹沢隊や新見隊の隊員まで、耳に届き、訝しげに自分たちの持ち物を確認していった。
結果は同じだ。
「沖田。お前も、斉藤のものか」
原田の矛先が、愛嬌のある微笑みを振りまいている沖田に向く。
「違います。僕は備品棚から出したものです」
「そうなのか、面白くないな」
「すいません」
自分たちの持ち物に、斉藤始と書かれているので、誰もが気味悪がって、持っていたものを手放す隊員たち。
誰もが、この異様な事態のせいで、仕事にならない。
こんな状態で仕事をしろと言っても、聞かないと思い、近藤が愕然としている事務三人組に、視線を巡らしていた。
事務三人組の持ち物も、しっかりと斉藤始と書かれていたのだ。
「三上。備品棚は、どうなってる?」
近藤に言われた三上が、備品棚を確認すると、揃っていたり、なかったりしていた。
「すいませんでした。私たちの失態です」
忙しさに追われ、備品まで手が回らなかったのだ。
「気にするな」
忙しい三上たちを気遣っていると、原田が斉藤の机に行き、無造作に引き出しを開けていく。すると、そこに備品棚以上に、様々なものが取り揃っていたのである。
それも、きちんと分類されてだ。
「斉藤のところに、全部揃っているぞ」
原田の言葉につられ、三上や近くにいる斉藤班のメンバーも覗き込む。
綺麗に整理整頓されている状態に、凄いと言わざるおえない。
「凄い。何で」
「何か、斉藤伍長らしいな」
「ザ、斉藤って感じ」
気づかないうちに、深泉組の隊員たちが、斉藤の机の引き出しを、備品棚と同じ感覚で扱っていたのだ。
「斉藤のものは、返そうか」
当惑気味な近藤が声をかけ、斉藤と書かれているものを、自分の机の上に取り出すと、全部出す羽目になって、文具が一つもなくなってしまう。
「……」
それに習って、隊員たちも斉藤と書かれたものを、机の上に出し始めると、自分たちで使う文房具がなくなってしまうことに気づき、仕事ができなくなってしまう。
「……」
几帳面で、律儀な山南が使用している文房具でさえ、斉藤始と書かれていた。
ブルブルと震えている山南に、腹心の尾形が気遣うように声をかけるが、口は卍に閉じられる。
そんな困った状態に、沖田一人だけ、笑いを堪えるのに必死だ。
(ダメだ。わ、わ、笑いが止まらない。お腹が痛い……)
いかに自分たちが平気で、斉藤の引き出しから、物を取ってきたのか、痛感させられている。
待機部屋が静寂に包まれていた。
そこへ、まったくことの次第を知らない斉藤が戻ってくる。
隊員たちは、それぞれに固まって、斉藤の行動をただ眺めているだけだ。
自分の机の引き出しが開いていたので、表情変えずに閉じていった。
備品部から貰ってきた赤いペン一ダースを出し、決められた場所に収納していく。
勿論、赤いペンにも、斉藤始と書かれていたのだ。
ここに戻る前に、休憩室で一本一本に斉藤始と自分の名前を書き込んでいた。
動けない隊員たちを尻目に、マイペースな斉藤が、自分が書く必要がある書類に手をかけようとしている。
「斉藤、ちょっといいか」
顔がやや引きつっている近藤から、声をかけられ、下げていた顔を上げる。
「すまない。どうも斉藤から、いろいろと文具を借りていたようだ」
「……そうですか」
少しの間を置いてから、返事をした。
自分の引き出しから、備品がなくなるたびに、備品部に申請して補充していたのだった。備品部の者たちも、その状況を理解できずに、ただ訝しんでいたのである。
「もしかして、それは備品部から、貰ってきたものか?」
「はい」
「……。もしかして、なくなるたびに?」
「はい」
「どれくらいの頻度でいく?」
「その時にもよりますが、毎日の時もあれば、二日に一度の時もあります」
律儀に質問に答えていった。
「そうか。それは申し訳なかった」
「いいえ」
頭を抱えたい衝動に耐えながら、近藤が小栗指揮官や上層部から、斉藤が横流しや情報漏洩にかかわっているのではないかと疑われ、そんなことは決してないと言ったことを思い出す。
だが、もしかすると、これが原因だったのではないかと、のどのつっかえが一つ消えた。
調査対象の一人として、斉藤を密かに調査していたのである。
(これ以上、備品部に行かせる訳にはいかないな)
「備品部に行くのも、大変だろう。備品が必要ならば、三上たちに頼むといい」
視線を三上たちに傾けると、コクコクと何度も頷いている。
「大丈夫です」
「……でも」
「大丈夫です」
「……そうか」
(困ってしまった。かかわらせない方がいいと思ったのだが、斉藤がここまで固執しているとは思ってもみなかった……。どうすべきか……)
「はい」
「では、備品の担当でも、やって貰おうかな」
何気ない冗談のつもりで、近藤が言ったつもりだった。
「わかりました」
即答する斉藤に、自分の目と耳を疑う。
眼光を大きくし、真面目に了承している斉藤を直視している。
それは、近藤以外の隊員たちも同じだ。
深い眉間のしわを寄せ、土方が睨んでいる。
沖田は爆笑寸前を、どうにか堪えている状況であった。
「今、何て言った?」
「わかりましたと、言いました」
(面倒な備品の担当をやりたいのか? 斉藤は)
「備品の担当だぞ。大変ではないか」
「いいえ。大丈夫です」
「そ、そ、そっか」
ぎこちなく、近藤が笑ってみせた。
(どうする。このまま、やらせるべきか、それとも……)
周りも信じられないと言う目つきで、飄々としている斉藤を凝視している。
そんな中、一人面白いことをひらめいた原田が、自分の机をあさって、目をつけていたものを見つけ、何かを書き込んで、斉藤の前に突き出した。
「備品係だ」
「……」
じっと、原田が作った備品係と書かれたバッチを見つめている。
とても不恰好で、手作り感満載だった。
「悪ふざけが、過ぎるぞ」
眉間にしわを寄せながら、土方が窘めた。
「だって、備品担当やりたいって言ったのは、こいつですよ」
楽しげな原田が、ニンマリと笑って、無表情で固まっている斉藤を指差した。
促されたように、誰もが、平然としている斉藤に視線を注ぐ。
受け取ったままでいた、斉藤の口角が上がる。
いつも無表情でいる斉藤が笑っていると、誰もが瞬時に認識し、恐怖に慄いて後退りした。
天変地異が起こったと、戦慄が待機部屋に走っている。
沖田も驚愕し、目を見張る。
「お、おい、斉藤が笑ったぞ」
見てはいけないものを見たと言う顔で、今まで静観していた永倉が突っ込んだ。
「斉藤でも、笑うことあるのか」
様々な声が上がっていく。
そんな声が入らないのか、口角が上がったまま、原田から受け取った備品係と書かれたバッチを制服につけた。
さらに満足げに、そのバッチを確かめる。
「……」
作った本人でさえ、不気味そうな目で、小さく笑っている斉藤に仰天している。
マジマジと、沖田が嬉しそうな斉藤を傍観している。
(わぁ、斉藤伍長、喜んでいる。そんなに備品係やりたかったのか……。でも、あのバッチは、あの制服に似合わないかな。それに原田伍長、もっと綺麗な字で、書いてあげればよかったのに。そうすれば……、いや、あれではダメだかな。どんなデザインだったら、いいかな)
「どうした?」
「何か、あったのですか?」
凍り付いている部屋に、首を傾げながら、芹沢と新見が姿を現す。
沖田が深泉組に所属となって、たびたび二人は待機部屋に顔を出すようになっていた。
「近藤隊長から、備品係を拝命しました」
不恰好なバッチを、二人に見せた。
「……」
胡乱げに芹沢と新見が、斉藤とバッチを交互に注目した。
「近藤は、面白いことを考えるな」
「そうですね」
それぞれに、感想を漏らした。
「とりあえず、仕事に励め」
にこやかに芹沢が、不満がない斉藤の肩をポンと叩く。
「ありがとうございます。芹沢隊長」
それを何とも言えない顔で、近藤たちが眺めていた。
芹沢と新見は、自分たちの場所へと戻っていった。
「挨拶にいってきます」
どこか胸を張っている斉藤が、待機部屋を出て行ってしまった。
取り残された近藤たちは、止めることも忘れ、どこへ挨拶回りに行ったのかと思案する。
斉藤が向かった先は、備品部だった。
「今度、備品係を拝命した。よろしく、頼む」
「……」
備品部の者たちは、全員固まって、斉藤と不恰好なバッチを見比べていたのである。
「……慣れないことで、迷惑をかけるかもしれないが、それは許してほしい」
きちんと挨拶している斉藤に、反射的に返事を返す。
「いいえ。そんなことはありません」
その顔は、かなり引きつっていた。
この対応で、間違っていないよねって書いてある。
「そう言って貰えると、助かる」
「ところで、それは?」
カウンターの女の子が、不恰好なバッチを指差す。
「原田が、作ってくれた」
自慢げに、みせている。
「……そうですか」
「では、失礼する」
「はい」
備品部を後にした。
読んでいただき、ありがとうございます。




