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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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閑話 (1)

第21話の後の話です。

 机に突っ伏して、お疲れモードの井上に毛利が声をかける。班が違うが、歳が近いこともあって、二人はたまに待機部屋で話すことも多かった。


「幻三朗。ご苦労様」

 顔を上げ、目の下にクマを作っている顔で微笑んでみせた。

「だいぶ、疲れているようだね」

 温かいお茶をそっと井上の前に置く。


「ありがとうございます」

「書き直しはできたの?」

「一応。後はもう一度、読み直してから、土方副隊長に提出です」


 嶋原の外で、取締りをした際の報告書が原田班と永倉班は再提出になってしまい、井上一人で二つの班の書き直しをしていたのである。原田や永倉、藤堂たちは、早々に俺たちが書き直しても、また再提出になるからと言って、井上に丸投げして出て行ってしまった。鳥居や秋吉が残って手伝ってくれたが、ほとんど役に立たずに、部屋にある長ソファで眠ってしまう。


「じゃ、読み直しに付き合うよ」

「でも……」

「いいよ。これ以上、酷使すると、倒れてしまいそうだからね」

「ありがとうございます、毛利さん」

 役に立たない二人は熟睡してて、叩き起こしても起きそうもない。


「これ、お願いできますか」

「わかった」

 永倉班の分を渡した。毛利は井上の隣に腰掛けて、書き直した報告書に不備がないか、チェックをしていった。


 待機部屋は閑散としている。

 本日、部屋で待機しているのは斉藤班で、部屋に残っているのは安富、ノール、保科の三人しかいなかったのだ。斉藤はいつもいないので、何とも思っていなかったが、珍しく沖田の姿が見えなかった。


「沖田さん、いつの間にいなくなったんだろう……」

 書き直しを始めた当初は、部屋に沖田の姿があったのだ。

「少し前に出て行ったよ」

「そうだったですか」

「幻三朗、必死に報告書を書き直していたからね」


「それは必死になりますよ。土方副隊長、鬼のそうな形相で、再提出だって言ってくるんですから。いつもより、凄味があったので、何かあったのでしょうか?」

 言われた際のことを思い返す。

 いつもに増して、機嫌が悪かったのだ。


「さぁね。そっちに心当たりは浮かばないのかい」

「……そうですね。確かにあると言えば、ありますが、いつものことですし……」

「そうなると、あちらかな」

 視線の先を、芹沢隊や新見隊に方に傾けた。

 それに促されるように、井上も視線の矛先を向ける。


「そう、なる可能性がありますね」

 土方の不機嫌の原因を作るのは、自分たちか、芹沢、新見しかいなかったからだ。


 二人は同時に溜息を漏らす。

「「何もなければいいが」」

 同じことを口にしてしまった。


「ま、こればかりを考えてもどうしようもありませんね、とにかく、目の前にある報告書を読み直しましょうか」

 疲れて頭の切り替えがうまくできない井上に成り代わり、毛利が報告書を早く完成させようと促した。

「そうですね」

 それから報告書を読み進んでいき、読み直しも終わった。


「毛利さん、ありがとうございました」

「いいえ。幻三朗こそ、お疲れ様」

 部屋を見回し、未だに沖田が戻ってこないことを知る。


「そう言えば、沖田さん、まだ戻ってこないようですね。どこへ行ったんでしょうか」

 不思議そうに首を傾げる井上。

 席を外しても、沖田はすぐに帰ってきて、斉藤班で固まって移動しているからである。


「そう言えば、沖田さんが出掛ける前に、銃器組に知り合いがいないかと聞かれたから、何人かの名前を、教えてあげたんだけど?」

「銃器組に、何か用でもあるんですかね」


「さぁ。詳しくは聞かなかったから。それよりも、報告書、土方副隊長のところへ、持っていった方が、いいんじゃないのか」

「そうでした。毛利さん、ありがとうございました。今度、おごりますよ」

「期待して、待っているよ」

 井上が報告書を携えて、土方のところへ足を運んでいった。




 安富に外に出てくることを、了承を貰ってから、辺鄙な裏通りを沖田が歩いている。制服を着たままで歩いているので、怪訝そうに眺めるものが多い中で、そんな視線を気にせずに、ひたすら目的の場所に足を向けていた。その間に、手に持っているものを狙ってくる連中がいたが、あっさりと倒していった。


 とある場所で立ち止まる。

「ここだな」

 廃墟ビルの前に、ビニールシートや段ボールを使って、雨風を防いている小さな小屋の前で立ち止まっていたのである。


 何の躊躇もなく、入口を開けた。

 そこに三人の女が寄り添うようにいたのだ。


 愛くるしい笑顔の沖田の姿に、ギョッとした顔つきをし、逃げ出そうにも入口は一つしかなく、そこには沖田が立っているので、逃げることもできずに、真ん中にいる女を庇うように両脇の女が睨めつけてくる。


 そんなこともお構いなしに、合っていたと微笑んで持っていたものを突き出した。

「はい。これ」

「「「……」」」

 急に突き出されたものを凝視している。

 袋の中に食べ物が入っていた。


「滋養がある物だから、食べて」

「「「……」」」

 いっこうに手を出さないことに、不思議そうに首を傾げていた。


「どうしたの?」

「……捕まえに来たんじゃないの?」

「どうして、そう思うの?」

「その格好」

 女が視線で制服を指し、ようやく合点がいく。


「ああ。ごめん、仕事中に出てきたから。でも、大丈夫。捕まえたりしないから」

「捕まらない? どういうこと?」

 真ん中にいる女が終始怯えて、まだ一言も発していない。


「美希さんに、頼まれたから」

「「「美希さん」」」

 三人はそれぞれ美希の安否を尋ね、それを素直に、すでに病院で亡くなったことを伝えた。

「美希さん……」

 真ん中にいた女が苦しそうに呟き、自分の拳をギュッと握り締めている。


「僕、ソージ。美希さんから聞いていない」

「……あっ、メチャクチャ頭がいいって」

「正解」

「……深泉組でしょ?」

 偶然、取締りの時に再会し、その時に美希が倒れ、病院に入れたことを話した。


「私のせいだ……」

「「……」」

「何があったのかは知らないけど。美希さんって、世話をするのが好きだったから、気にしなくってもいいと思うよ」

「……」


「……もしかして、ソージって、S級ライセンスに最年少記録で合格した? あの沖田宗司?」

「大正解」

 愛嬌ある微笑みを零している。


「謙遜しないの」

「だって事実だから。S級ライセンスに合格したのは。それよりも、これ食べて。妊婦なんでしょ。しっかりと栄養つけないとダメだよ」


「どうして……」

「何で知っているかって、美希さんに頼まれたの。右から、マリア、萌、乃里でしょ」

「「「……」」」

「違った?」

 マリアが首を振った。


「で、妊娠しているのが、萌」

 純粋無垢のような振舞いに驚きながらも、萌がコクリと頷く。

「じゃ、食べて。今度、来る時までに、住むところまで用意するから」

「頼まれたからって、深泉組が私たちを助けていいの?」

 訝しげに乃里が尋ねた。


 沖田の行動が、逸脱していることが乃里たちにも理解できるからである。

「ホントはダメだよ。でも、美希さんから頼まれたから」

 不意に、萌の太ももの上にある汚い折り鶴が視界を捉える。

「それ……」

 折り目もメチャクチャで、不格好な折り鶴だった。


「あ……、美希さんから貰ったの。運気が上がるお守りなんだって」

 不格好な折り鶴を沖田が凝視している。

 その口角が小さく上がっていた。


「……確かに。運気が上がるかも」

「もしかして、あなたが作ったの」

「僕じゃないよ。もっと起用に折れるから。それは潤平兄ちゃんが作ったんだよ」

「美希さんが、捜していた?」


「そう。潤平兄ちゃん、割と何でも器用にできるけど、折り紙だけは下手だったんだ」

「へぇ……。知っているなら、返そうか」

 ずっと持っていた折り鶴を渡そうとする手を、沖田が止める。


「萌が持っていた方がいいよ。それ、絶対に強い運気があるから」

「……わかった」

「何か必要なもの、ある?」

「着るものと、身体を冷やさないもの」

 警戒心を解かずに、マリアがほしいものを口にした。

 そんな態度も、不快にも思わずに、沖田は愛嬌ある微笑みを崩さない。


「わかった。用意して届けるようにするよ。ここは少し危険だから、安全な場所も用意しないと。僕が来られない場合は、光之助をよこすから」

「光之助?」

「少年」

「その子に足りないものとか、言付けとかあったら言って」


「見返りは?」

 強張っている顔で、乃里が問いかけた。

「別にこれと言ってないんだけど、美希さんが情報は大切よって言ってくれたから、ほしい情報があったら、教えてくれればいいよ」

「……わかった」


「ねぇ。その血、どうした?」

 首筋についている血を見つけた萌が聞いてきた。

 言われて、首筋に手で拭ってみてみると、手に渇きの甘い血がついている。


「これ。病人をいじめる人がいたから、そんなことはしてはいけないよって、教えてあげたんだ」

 三人はただ口で教えた訳じゃないと読み取った。

「大丈夫なの? ソージの立場」

 心配げな眼差しを、マリアが注いでくる。


「平気だよ。何せ、僕S級ライセンス持っているし」

「でも、深泉組は動いてはいけないんでしょ?」

「そうだけど。バレなきゃ、平気。ま、バレても、S級ライセンスを使うだけだし」

 飄々としている姿に、毒気を抜かれていく面々。


「……ソージって、とんでもない人なのね」

「そうかな」

「そうよ」

 二人もコクコクと、マリアに同意している。


「そろそろ戻らないといけないから、行くね」

「……ありがとう」

 ようやくここに来て、微かに緊張の糸を解いたマリアが礼を述べた。

 それに習うように、萌と乃里も礼を言ってくる。


「いいよ。じゃ、行くね。できるだけ、僕も早くここに来るようにするから」

「無理しないで」

「じゃ」

「今度、来る時は制服ぐらい脱いできなさいよ。目立つわよ、それ」

「うん。わかった」

 三人に別れを告げ、沖田は深泉組の待機部屋へと戻っていった。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回、第2章 自負に入ります。

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