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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第21話  美希

 取締りの仕事や通常の業務の合間を縫って、薄暗い病院の廊下を沖田は歩いていた。

 それぞれの病室のドアにはしっかりと施錠されている。

 勝手に病室から逃げられないようになっていた。

 ここの病院は普通の病院とは違い、犯罪者たちを診る専用の病院だった。そのために病室は個室できちんと管理されていた。


 ある病室の前で立ち止まる。

 病室の前では警邏軍の人間が警備していた。

「深泉組所属、少尉沖田宗司」

 立っている警邏軍の人間に自分の身元を明かし、ドアを開けて貰ってから病室の中へ入っていった。


 室内の造りはとてもシンプルで広くはない。ベッドの他に小さなテーブルと椅子一つしか置かれていなかった。そして、窓はしっかりと鉄格子がはめられている。

 ベッドの中にいる美希に声をかける。


「美希さん」

「……ソージ」

 閉じていた瞳をゆっくりと開け、微笑んでいる沖田を見上げている。

 取締りの際にそのまま意識を失い、美希は入院していた。そのために美希に対する事情聴取は警邏軍本部ではなく、病院で行われていた。

 規則上では事情聴取以外の面会は許されていなかった。


「身体の調子は大丈夫?」

「座って……」

 か細い声で椅子に腰掛けるように促した。

 それに従うように椅子に腰掛けた。


 捕まった時点で、美希の余命は一ヶ月もなかった。

 捕まる前から自分が長く生きられないことを自覚していたのである。

 沖田の計らいで、美希は最新の治療を施されていた。


「気分はどう?」

「最悪」

「何か飲む?」

 話すのも少し億劫そうな美希を案じる。

「いい」

 掠れ気味に答えた。


 置かれている小さなテーブルに何も置かれていない。

 あまりの殺風景さに、無理を押し通しても持って来るべきだったと掠める。

「無駄なこと、しなくってもいいのに。もうじき死ぬのよ?」

「しっかりと治療受けてよ」

 生きることに執着していない美希を叱咤した。

 病室で意識を取り戻して以来、生きることを諦めていた。


「無駄なのに?」

「それでも」

 強い視線と口調だ。

 やれやれと言った顔を美希はみせる。

 昔面倒見ていた小さかった沖田に、怒られるとは思ってもみなかったと笑う。姉代わりとなって小さな沖田の世話を焼いていたのだった。


「簡単に死なせてくれないのね」

「当たり前だろう。事情聴取だって、まだ終わってないのに」

「私に聞いても、無駄よ」

 事情聴取に応じるが、仲間のことになると口を閉ざすのだった。その頑固さに事情聴取を担当する者が舌を巻くほどだった。

 担当者もそんな態度にイラつき、美希の顔には僅かにあざが浮き上がっていた。

 殴られ、叩かれたのがわかる。


(病人を痛めつけるなんて……。注意しておかないと)


 気づいても、気づかない振りを通して、軽快な口調を続ける。

「それでも聴取は取らないと」

「しょうがないわね」

「だから、ちゃんと食べてね」

「努力してみるわ」

「うん」

 気怠そうな美希を見下ろしている。

 捕まった時よりも目はくぼみ、頬はこけ、まったく血の気がさしてない。


 仕事が忙しく捕まえて以来、入院している美希とは会えていなかった。けれど、美希の容態や状態などは医師や事情聴取を行った人間から随時聞いていた。

 日に日に容態が悪くなる一方で、事情聴取の進みも悪く、現在では医師以外は面会謝絶となっていたが、階級とS級ライセンスを使い、美希に会いに来たのだった。


「よく、入れてくれたわね」

「僕はこれでも少尉だよ」

「そうだったわね。……ソージ、S級ライセンスって凄いのね」

「そうでもないよ。でも、そんなに騒がれていたんだ?」

「当たり前でしょ、あれだけ騒がれていれば。あそこほど、情報が集まるところがないと思わない? 少尉なんでしょう、いい情報場所はいくつあってもいいわよ」

「そうだね」


 話すことも疲れたのか、虚ろ気味な目で窓を指す。

 その意図を読み、窓をかけて新鮮な空気を取り込んだ。

 身体を起こして、窓を開ける力もなかったのだ。

 柔らかな風が美希の頬に当たり、その表情に和みが差し込む。


「知っていたんでしょ? 自分の身体のこと。どうしてこんなになるまでほっといたの?」

「あんなところにいる人間が病院に掛かれると思っているの?」

「でも、医者がいたはずだよ」

「いたよ」

「だったら……」

 最後まで言わせないで言葉を奪い取った。

「医者には診せたわ。気がついた時には手遅れだったの。だから、命尽きるまで好きなように生きようって決めたの」

 昔と変わらない笑顔で美希は笑っている。


「そう、美希さんらしいね」

「ありがとう」

「ところで、何でこっちに来たの?」

 売春を目的とした場所は美希たちがいた地方にもあったからだ。

 深泉組が摘発したエリアは女たちにとって、環境のいい場所とは程遠いからだった。


 問いに答えるために、ぼそりと呟く。

「潤平が来ているの」

 潤平と聞いて、ようやく合点がいった。

「だから、こっちに来たの」

「潤平兄ちゃん、こっちに来ているんだ。知らなかったよ、どこにいるの?」

 微かに首を横に振った。

「知らないの?」

「はっきりとわからない。ただ、噂でね」

 ゆっくりと、都についてから潤平の行方を捜し回っていた経緯を語った。潤平の顔にある右眉の上の傷と左頬の傷を頼りに捜したが、それらしい男は見つからなかった。けれど、それでも潤平は都にいるような気がして、ずっと残っていたのだった。


「バカよね」

「そんなことないよ。会いたいんでしょ」

「どうなんだろう……、わからないな」

「僕だって、会いたいな」

 隠し持っていた古ぼけた竹トンボと竹でできたブーメランを懐から出してみせた。それを見た途端、布団の下から骨のような手を出して、それらに触れる。


「懐かしいでしょ?」

 これらは昔潤平と秋平が作ったものだった。

 懐かしさで瞳に涙が滲む。

「まだ、持っていたの?」

 ひと目見ただけで、誰が作ったものか察しがついた。


「うん。僕の宝物だからね、潤平兄ちゃんや秋平兄ちゃんにいろいろと教えて貰ったから、友達に今は僕が教えてあげているんだ」

 自慢げに都に来てから知り合った光之助たちのことを聞かせた。そんな話を聞きながら、昔の沖田の姿と照らし合わせて変わっていないことを確かめる。


 耳を傾けていた美希はポツリと呟く。

「……眠くなってきた」

 天井を見上げている虚ろな瞳を見るために、沖田は立ち上がって顔を近づける。


「あいつの目に似てきたわね……」

「そうかな」

「あいつみたいになったら、ダメだからね」

「うん」

 最後の言葉を残して、美希は目覚めることがない深い眠りへと入っていった。

 穏やかな寝顔に布団を優しくかけてやる。

 その面差しは愛嬌ある笑顔だった。

「ありがとう、美希さん。そして、ごめんなさい」



読んでいただき、ありがとございます。

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