第19話 昔馴染みの女
斉藤班が担当するエリアでは、予定していた数よりも比較的少ないために、取締りは滞りなく進められていった。その最中でノールと保科が一人の女にてこずって、なかなか手錠をかけられずにいる。
腰まである長い琥珀色の髪を振り乱し暴れていた。
その女のいでたちは両肩が露出して、胸の谷間が露わになるほどだ。
長いロングスカートの脇に深めのスリットが入っていて、白い太ももが暴れ動くたびに垣間見えていた。
「汚い手で私の身体、触るんじゃないよ」
掴もうとするノールの手を払いのける。
投降してきたはずの女は二人を挑むように睨む。
女の態度に二人は手を焼いていた。
逃げることはしなかったが、手錠をかけることを拒んだのだ。
「登録していないのが悪いんだろう。おとなしく捕まれ!」
「捕まっているじゃないか」
息巻いている女は吐き捨てた。
二人もそんな女に引く様子もない。
「手錠をかけさせろ」
「それはいやだと言っているじゃないか」
「わからない女だな」
「何でもかんでも言うことを聞くと思ったら、大間違いだよ」
「お前な!」
女は高笑いをした。
まっすぐにノールと保科を見据える。
「私たちだって、生きるために身体を張っているんだ。自分の身体を売って、何が悪い。登録、そんな暇があるなら、一人でも多くの男と寝て稼ぎたいね」
威勢のいい啖呵を切る姿に見入ってしまう二人。
この辺にいる女たちとは少し毛並みが違う気がしていた。
仕事でなければ見逃していたなと過ってしまう。
この女は他の女を逃がすために囮となって、手錠をかける、かけないと騒いで時間稼ぎをしていたのである。
一人でも多くの女を逃がしたかった。
そうとは知らずに、二人はこの女の罠に掛かっていた。
「手錠をかけると言うなら、私のここをその拳銃で撃ちなよ」
「あのなー」
「さぁ、躊躇わずにさ」
間合いを取りながら、女は自分の胸を指している。
言われた通りに投降してきた女を撃つ訳にはいかなかった。
無茶苦茶言う女に二人は困り果てている。
ひと際目立つ声に導かれて、言い争っていた三人の元へ自分の仕事を終えた沖田が姿を現わす。ノールと保科が相手にしている女を見た瞬間、仕事の顔とは思えない穏やかな顔つきに変わった。
対峙している間に突如として入り込む。
三人の顔も突拍子もない行動に度肝を抜かれた。
二人が相手にしていた女は沖田が知っている女だった。
「美希さん!」
美希と呼ばれた女は目の前に現れた沖田をずっと凝視していた。
愛嬌のある顔の沖田に慈愛がこもる優しい微笑みを浮かべる。
普段商売では決して見せない微笑みだ。
沖田以上に驚いていたのはノールと保科だった。
「知り合いなのか?」
指差されて睨んでいる美希を見て、この状況を把握しようと懸命に脳を働かせているノールが口を開いた。
隣に佇む保科はあんぐりと口を開けているだけだった。
「はい。昔の知り合いです」
完全にいつもの調子でのん気に紹介し始めた。
「こちら、美希さんです。で、あちらがノールさんと保科さんです」
雰囲気に飲み込まれているノールと保科がどうもと頭を下げる姿に、美希は呆れてしまう。昔馴染みの沖田に美希は慣れていたのである。
「こんなところで自己紹介して、どうするんだい? ソージ」
「そうですか」
ふふふと美希が笑った。
「懐かしいね、美希さん。何年振りだろう? ……十一、十二年ぶりかな?」
「そんなになる?」
「そうだよ、だって僕が……」
ポカンと眺めているだけの二人に、美希はチラッと視線を注ぐ。
「やっぱり、ソージだ」
「何が?」
無邪気そうに沖田が首を傾げる。
「空気が読めているんだか、読めないんだか」
「美希さんこそ、変わっていないよ、手厳しいところ」
「ソージがしっかりとしないからよ」
「これでもしっかりとしたと思うけど?」
「そうかしら」
和やかに会話している二人を眺めていたノールと保科は、何とかしてくれるだろうと美希を捕まえることを止めてしまった。
「ところで。みんな、元気にしてますか?」
父親の関係で地方にいた際、目の前にいる美希と知り合いになったのだった。その時沖田は六つで、美希が十二の歳だ。
「コウもキチも死んだよ。生きているのは、潤平とたぶん、秋平と太郎ぐらいじゃないかな……」
「そうですか。いつ、こちらに来たんですか?」
知り合いが亡くなったと聞いたにもかかわらず、表情は穏やかなままだ。
そんな態度にも、美希は気にする様子もない。
「六年前かな」
さらに美希に近づいた。
すると、下げ気味だった視線を上げ、まっすぐに沖田の顔を見上げる。
(随分と成長したものだね。私がいつも手を繋いでいたのに)
自分よりも身長が低かった沖田が、今は自分よりも高かった。
感慨深げに目を細めていたのである。六歳離れていたので弟のように接していた。
姉のような眼差しで見てから、手で当時の沖田の身長の高さを示した。
「これぐらいだったかな?」
「そんな感じですね。ところで、美希さん。僕の顔を見た時、大して驚きませんでしたね? なぜですか? 僕は驚いたのに」
昔の顔馴染みが突然姿を見せた驚きではなかった。
「何だ、そんなこと気にしていたの?」
「だって……、美希さんを見て驚いたのに、全然驚いてくれなかったから」
幼い子供のように不貞腐れ気味だ。
しょうがない子ねと美希が苦笑している。
「S級ライセンス、合格おめでとう。この辺一帯だって、それぐらいの情報は手に入るのよ。わかった? ソージ」
ようやく合点がいく顔になる。
「S級ライセンスに合格したって、聞いた時は驚いたけど、同時にやっぱり、ソージねって思っちゃったわよ。昔から凄かったからね」
「そうかな。いっぱい教わりましたよ、みんなに」
最年少記録でS級ライセンスに合格した際にテレビやネット、新聞、雑誌などで話題となって、堕ちていた美希の耳にも入っていたのである。
笑っている美希につられて沖田も笑う。
「ホント、大きくなったわね。あの頃のソージはお子様だったのに。いつも私と手を繋いでいたわね、それがこんなに立派になって」
昔を懐かしむ美希。
優しい瞳で自分の身長よりも高い沖田を見上げている。
その眼差しは昔に戻ったように見えていた。
「手錠かけますけど、抵抗しますか?」
「いいえ。素直に受けるわ。やるだけのことはやったと思うから」
「そうですか」
「付き合ってくれて、ありがとう」
「美希さんには、大変お世話になったので。このくらいは平気ですよ」
「ソージらしいわね」
深泉組に入ったと耳にした時から、いつかこんな日が来るかもしれないと予感していた。
その日が来たら、沖田に素直に手錠をかけられたいと、どこか願っていたのだ。
自分の両腕を沖田の前に突き出す。
やり切った顔の美希は、口角を上げながら全身の力がふっと消えてしまう。
微笑んだまま、身体が沖田に倒れ込んだ。
「!」
沖田は柔らかく軽い美希の身体を受け止める。
「美希さん」
呼びかけても、応答がない。
身体に力がなく、ダランと沖田の腕の中で沈み込んでいた。
覗き込むと顔は蒼白で意識を失っていたのである。
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