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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第19話  昔馴染みの女

 斉藤班が担当するエリアでは、予定していた数よりも比較的少ないために、取締りは滞りなく進められていった。その最中でノールと保科が一人の女にてこずって、なかなか手錠をかけられずにいる。


 腰まである長い琥珀色の髪を振り乱し暴れていた。

 その女のいでたちは両肩が露出して、胸の谷間が露わになるほどだ。

 長いロングスカートの脇に深めのスリットが入っていて、白い太ももが暴れ動くたびに垣間見えていた。

「汚い手で私の身体、触るんじゃないよ」

 掴もうとするノールの手を払いのける。


 投降してきたはずの女は二人を挑むように睨む。

 女の態度に二人は手を焼いていた。

 逃げることはしなかったが、手錠をかけることを拒んだのだ。


「登録していないのが悪いんだろう。おとなしく捕まれ!」

「捕まっているじゃないか」

 息巻いている女は吐き捨てた。

 二人もそんな女に引く様子もない。


「手錠をかけさせろ」

「それはいやだと言っているじゃないか」

「わからない女だな」

「何でもかんでも言うことを聞くと思ったら、大間違いだよ」

「お前な!」


 女は高笑いをした。

 まっすぐにノールと保科を見据える。

「私たちだって、生きるために身体を張っているんだ。自分の身体を売って、何が悪い。登録、そんな暇があるなら、一人でも多くの男と寝て稼ぎたいね」

 威勢のいい啖呵を切る姿に見入ってしまう二人。

 この辺にいる女たちとは少し毛並みが違う気がしていた。

 仕事でなければ見逃していたなと過ってしまう。


 この女は他の女を逃がすために囮となって、手錠をかける、かけないと騒いで時間稼ぎをしていたのである。

 一人でも多くの女を逃がしたかった。

 そうとは知らずに、二人はこの女の罠に掛かっていた。


「手錠をかけると言うなら、私のここをその拳銃で撃ちなよ」

「あのなー」

「さぁ、躊躇わずにさ」

 間合いを取りながら、女は自分の胸を指している。

 言われた通りに投降してきた女を撃つ訳にはいかなかった。

 無茶苦茶言う女に二人は困り果てている。


 ひと際目立つ声に導かれて、言い争っていた三人の元へ自分の仕事を終えた沖田が姿を現わす。ノールと保科が相手にしている女を見た瞬間、仕事の顔とは思えない穏やかな顔つきに変わった。

 対峙している間に突如として入り込む。

 三人の顔も突拍子もない行動に度肝を抜かれた。

 二人が相手にしていた女は沖田が知っている女だった。

「美希さん!」


 美希と呼ばれた女は目の前に現れた沖田をずっと凝視していた。

 愛嬌のある顔の沖田に慈愛がこもる優しい微笑みを浮かべる。

 普段商売では決して見せない微笑みだ。

 沖田以上に驚いていたのはノールと保科だった。

「知り合いなのか?」

 指差されて睨んでいる美希を見て、この状況を把握しようと懸命に脳を働かせているノールが口を開いた。

 隣に佇む保科はあんぐりと口を開けているだけだった。


「はい。昔の知り合いです」

 完全にいつもの調子でのん気に紹介し始めた。

「こちら、美希さんです。で、あちらがノールさんと保科さんです」

 雰囲気に飲み込まれているノールと保科がどうもと頭を下げる姿に、美希は呆れてしまう。昔馴染みの沖田に美希は慣れていたのである。

「こんなところで自己紹介して、どうするんだい? ソージ」

「そうですか」

 ふふふと美希が笑った。


「懐かしいね、美希さん。何年振りだろう? ……十一、十二年ぶりかな?」

「そんなになる?」

「そうだよ、だって僕が……」

 ポカンと眺めているだけの二人に、美希はチラッと視線を注ぐ。


「やっぱり、ソージだ」

「何が?」

 無邪気そうに沖田が首を傾げる。

「空気が読めているんだか、読めないんだか」

「美希さんこそ、変わっていないよ、手厳しいところ」

「ソージがしっかりとしないからよ」

「これでもしっかりとしたと思うけど?」

「そうかしら」


 和やかに会話している二人を眺めていたノールと保科は、何とかしてくれるだろうと美希を捕まえることを止めてしまった。

「ところで。みんな、元気にしてますか?」

 父親の関係で地方にいた際、目の前にいる美希と知り合いになったのだった。その時沖田は六つで、美希が十二の歳だ。

「コウもキチも死んだよ。生きているのは、潤平とたぶん、秋平と太郎ぐらいじゃないかな……」

「そうですか。いつ、こちらに来たんですか?」


 知り合いが亡くなったと聞いたにもかかわらず、表情は穏やかなままだ。

 そんな態度にも、美希は気にする様子もない。

「六年前かな」

 さらに美希に近づいた。

 すると、下げ気味だった視線を上げ、まっすぐに沖田の顔を見上げる。


(随分と成長したものだね。私がいつも手を繋いでいたのに)


 自分よりも身長が低かった沖田が、今は自分よりも高かった。

 感慨深げに目を細めていたのである。六歳離れていたので弟のように接していた。

 姉のような眼差しで見てから、手で当時の沖田の身長の高さを示した。

「これぐらいだったかな?」

「そんな感じですね。ところで、美希さん。僕の顔を見た時、大して驚きませんでしたね? なぜですか? 僕は驚いたのに」

 昔の顔馴染みが突然姿を見せた驚きではなかった。


「何だ、そんなこと気にしていたの?」

「だって……、美希さんを見て驚いたのに、全然驚いてくれなかったから」

 幼い子供のように不貞腐れ気味だ。

 しょうがない子ねと美希が苦笑している。


「S級ライセンス、合格おめでとう。この辺一帯だって、それぐらいの情報は手に入るのよ。わかった? ソージ」

 ようやく合点がいく顔になる。

「S級ライセンスに合格したって、聞いた時は驚いたけど、同時にやっぱり、ソージねって思っちゃったわよ。昔から凄かったからね」

「そうかな。いっぱい教わりましたよ、みんなに」

 最年少記録でS級ライセンスに合格した際にテレビやネット、新聞、雑誌などで話題となって、堕ちていた美希の耳にも入っていたのである。

 笑っている美希につられて沖田も笑う。


「ホント、大きくなったわね。あの頃のソージはお子様だったのに。いつも私と手を繋いでいたわね、それがこんなに立派になって」

 昔を懐かしむ美希。

 優しい瞳で自分の身長よりも高い沖田を見上げている。

 その眼差しは昔に戻ったように見えていた。


「手錠かけますけど、抵抗しますか?」

「いいえ。素直に受けるわ。やるだけのことはやったと思うから」

「そうですか」

「付き合ってくれて、ありがとう」

「美希さんには、大変お世話になったので。このくらいは平気ですよ」

「ソージらしいわね」

 深泉組に入ったと耳にした時から、いつかこんな日が来るかもしれないと予感していた。

 その日が来たら、沖田に素直に手錠をかけられたいと、どこか願っていたのだ。


 自分の両腕を沖田の前に突き出す。

 やり切った顔の美希は、口角を上げながら全身の力がふっと消えてしまう。

 微笑んだまま、身体が沖田に倒れ込んだ。

「!」

 沖田は柔らかく軽い美希の身体を受け止める。


「美希さん」

 呼びかけても、応答がない。

 身体に力がなく、ダランと沖田の腕の中で沈み込んでいた。

 覗き込むと顔は蒼白で意識を失っていたのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

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