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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第183話

 仕事をしている西郷の元に、久しぶりに大久保が顔を出していた。

 武市と坂本の件は、すでに、大久保の耳に入り、状況の確認をしたい気持ちを抱いていたが、彼自身、いくつも仕事を抱えていることもあり、すぐに駆けつけることができなかったのである。


 ようやく時間ができても、仕事を終わらせることができず、西郷との約束の時間を大幅に越えていた。

 待っていた西郷も、遅れて顔を出した大久保に、目くじらを立てていない。

 そうして、今になっていたのだ。


 仕事の手を休め、西郷の双眸が、目の前にいる大久保を捉えている。

 大久保の顔色は、青白い。


((……互いに、酷い顔だな))


「武市と坂本のことか?」

 報告のこともあるが、アジトで問題を起こした二人のことが、外で仕事をしていた大久保の中で、気掛かりなことだった。


 非常に大切な仕事を、互いに、外で抱え込んでいたので、同時に、二人でアジトを空けないように、心掛けていたのである。

 大久保が外に出る時は、西郷がアジトに残り、西郷が外に出る際は、大久保がアジトに残っていたのだ。

 結局のところ、西郷が、外に出る機会は少ない。

 大久保に任せることが、多かったのだった。


「ああ」

「坂本のやつ。どうして、武市が来ていることを、すぐに感知できるんだろうな。バレないように、いろいろと施していたのに」

 小さく笑っている西郷だ。

「笑い事じゃないぞ」

 真面目な顔を、大久保が覗かせている。


「そうだな」

「で、どうだったんだ?」

「暴れた」

「話は、できたのか?」

 武市と、じっくりと話すことができたのかと、案じていた。

 事前に、西郷から武市と話し合うと、報告を受けていたからだった。


「武市とは、きちんと話せた。結論から言うと、情報を聞き出すことは、無理だった」

「そうか……」

 残念そうな顔を、大久保が滲ませていた。

 無理だとわかっていても、西郷同様に、僅かに期待はしていたのである。


「でも、いろいろと武市とは、話ができた」

「そうか」

「武市は、もうすでに、覚悟はできているようだ」

「……無駄死にじゃないか」

 徐に、眉を寄せている大久保。

「……そうだな。でも、武市が、望んだことだ」

「……」


「坂本の様子も、ここに来る前に、覗いてきたんだろう?」

「ああ。仕事をしていた」

 西郷のところに来る前に、坂本の様子を、見にいっていたのだ。

 仕事をしている坂本に、微かに安堵を巡らせていたのである。


「沢村が、気を利かせ、中岡を呼んだらしい」

 外に出ている中岡が、顔を出したことを、西郷が告げていた。

「中岡も、忙しいのに、よく、ここに、顔を出せたな」


 自分たち同様に、精力的に動き回っている中岡の姿を、大久保が掠めている。

 西郷や坂本と同じように、容易に、相手の懐に入り込める中岡。

 自分が持ってないものに、僅かに、嫉妬心がくすぐられていた。


「中岡も、坂本のことを、心配しているからな」

 そうした大久保の葛藤に、気づかない西郷だった。

「二人は、仲がいいからな」

「ああ。ところで、外の仕事は、大丈夫なのか? 忙しいのでは」

「そっちほどじゃない」

「そうか」


 西郷が朗らかに喋っているが、相当、疲れが溜まっているのを認知できていた。

 休ませてやりたいと抱きつつも、西郷じゃないとダメな仕事が多く、もどかしい気持ちや、嫉妬する気持ちを、大久保の中で渦巻いていたのである。

 急に、黙り込んだ大久保を窺っていた。


「どうした?」

「いや。ところで、また、死人が出たようだな」

「ああ」

 僅かに、西郷の顔が歪んでいる。

 大久保が、何を言いたいのか、すぐに理解できていた。

 つい最近、自分たちの仲間が、何者かによって、殺されていたのである。

 そして、その仲間たちは、狩りに参加をし、殺されていたのだ。


 殺されていたのは、勤皇一派だけではない。

 他の組織の者たちも、殺されていたのだ。

 そうしたことでも、理解できるように、どこの組織の一部の者たちも、半妖の狩りにかかわっていたのだった。

 そして、狩りをしていた者を狙って、次々と、狩りが潰されていたのである。


 狩りをしていた者だけではない。

 半妖の一部も、殺されている節が残っていた。

 痕跡が残っているだけで、遺体が残っていなかったのだ。

 狩りにかかわっている者が片付けたのか、狩りをしている者たちを潰そうとしている者たちが、片付けたのか、不明だが。


「他の組織も、今頃、頭を抱えているだろうな」

 皮肉交じりに、西郷が呟いていた。

 内心では、火種が燻っていたのである。

 自分たちの手で、裁けないことに。

 このところの西郷は、狩りをしていた者の炙り出しの仕事に、僅かに重点を置いていたのだ。


「糸口は、切れたな」

 殺された者の中に、西郷たちが、泳がせていた者が含まれていた。

「どうする?」

「諦める訳には、いかない」

 闘志を燃やしている西郷。

「当たり前だ。ここで終わらす訳には、いかない」

 口角を上げている二人。


「次に、妖しい者を、見張るだけだ」

「そうだな」

「岩倉殿は、大変か」

 ふと、西郷が声をかけていた。


 岩倉との接触を、ほとんど任せていたのだった。

 僅かに、眉間にしわが寄っている大久保だ。

 西郷から名前を出され、思わず、優雅に微笑む岩倉の顔を思い浮かべている。


(……何を考えているんだ? その人は……)


 意識せずとも、相手の懐に入り込むことができる西郷とは違い、相手のことを詳細に観察している大久保は、岩倉のことも、勿論、観察していた。

 けれど、岩倉のことは、分析できない。

 辛抱強い大久保は、諦めずに、観察だけは続けていたのである。


「……面白い人だと思う。少々、掴みどころがないところもあって、疲れることが、少しだけある程度だ」

「そうか。無理はするなよ」

「わかっている」

「では、報告を、聞かせてくれるか?」

「勿論だ」


 簡潔に報告することを、大久保が口にしていくのだった。

 それを黙って、西郷が、耳にしていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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