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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第181話

 西郷の部屋で暴れていた坂本は、自分の机に戻っても、仕事の手は、完全に止まっていたのである。

 誰も、指摘することができない。

 身体全体から、刺々しいオーラを放出しているからだ。

 誰一人として、そんな坂本を、遠巻きに窺っていた。


 そうした視線に気づきながらも、高ぶっている感情を宥めることができない。

 悪循環だと抱きつつも、どうすることもできなかったのだ。

 ブスッとした表情で、机に突っ伏している。


「坂本さん。どうぞ」

 柔和な笑顔と共に、沢村が飲み物を坂本の前に置いた。

 沢村が現れたことで、周りは、安堵の表情を漂わせていたのだった。

 西郷の部屋から出てきた沢村は、こうしたことを見越し、いろいろと周りに根回ししていたのである。


「酒か?」

「いいえ。水です」

「酒にしろ」

「仕事中ですよ」


 ニコッと笑いつつ、有無を言わせない顔を、沢村が覗かせている。

 だが、坂本も、容易に譲れない。


「酒だ」

「ダメですよ。勝手に、仕事を離れて、西郷さんの部屋に、行っちゃったのは、誰ですか? さっさと、仕事をしてくださいな」


 仕事が、尽きることがないのだ。

 どこからともなく、湧いてくるのだった。

 そうした仕事を、すべて放り出し、西郷の部屋にいってしまった坂本としては、沢村に何も言い返すことができない。


「この辺を片づけるの、結構、大変でしたよ。せっかく、効率よくできるように、並べて置いたのに……」

 注がれる、沢村の双眸。

 それに対し、坂本は、合わせようとしなかった。

 自分の席から飛び出した後の坂本の席は、机に置かれているものすべてが、見事に散乱していたのである。

 戻ってきた際には、すべて元通りになっていたのだった。


「……」

 水の入ったコップを、不貞腐れている坂本の前に置いた。

「水でも飲んで、頭を切り替えてください」

「……」

「仕事は、次から次にと、入ってくるんですから」

「こんな時に、仕事をさせるなんて、お前は、酷いな」


 仕事が、できる気分ではない。

 胸の奥は、激しく波打っていたのだ。


「これまで、仕事を放り出していた坂本さんが、悪いんです」

 笑顔の中の瞳は、決して笑っていない沢村。

 膨大な量の仕事が、滞っていたのである。

 坂本だけの責任ではないが、その一因はあると巡らせていたのだった。

「……」


 渋々、仕事に向き合う坂本だ。

 そうした姿に、沢村が首を竦めていた。


「いつの間にか、武市さんは、帰ったようですよ」

「そうか」

 ぶっきらぼうに、口に出していた。

「知っていますか? 随分と、武市さんの立場が、悪くなっているようです」

「当たり前だ。あんなことをしておいて」


「そうですが……。以前は、どこか、甘さが見受けられましたけど……」

 言葉を濁す沢村だ。

 違和感を憶え、沢村に顔を傾けていた。

「何かあるのか?」


「あまり、いい噂を聞きません」

「前からだろう」

 胡乱げな坂本。

「そうなんですけど……」

 情報を掴んでいる訳ではない。

 今までとは違う、上層部の空気感を、ただ嗅ぎ取っていたのである。


「……何かを、感じるのか?」

 歯切れが悪い沢村の様子。

 徐々に、坂本の心が、ざわつき始めている。

 沢村の何かを感じる嗅覚を、坂本は信じていたのだった。

「はい。上の空気が、少し違ってきたって、感じです」


(どういうことだ? 確か、今回の処分も、甘かったはずだ。何か、他にもあるのか……。一体、それは何だ……)


 深い思考に入っていく坂本に、声をかけようとはしない。

 黙って、見守っていたのである。

「探ってくれるか?」

「いいですよ。その代わり、仕事は、ちゃんとしてくださいね」

「わかっている」

 幾分、仕事をする気になっていく坂本だ。


(当分は、ここを離れないで、窺ってみるか)


「それと、勝手に抜け出すのも、なしですよ」

「わかっている」

「なら、いいです」

 仕事を頼まれた沢村。

 坂本のところから、離れていった。




「ありがとうな。沢村」

 小さく笑っている坂本である。


 本当なら、追加の仕事を持ってきても、おかしくはなかった。

 だが、沢村が持ってきたものは、声を張り上げていた喉を、潤すための水だけだった。

 沢村の気持ちを無駄にしないため、目の前にある仕事に打ち込む。


 一心不乱に、書類に目を通していき、溜まっている仕事を、次々に片付けていく。

 驚異的な早さに、目を見張っている周りの者たちだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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