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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第179話

 西郷の部屋に、ようやく、西郷と武市の二人だけとなった。

 部屋は、坂本が暴れ、散らかったままだ。

 片付けようとはしない。


 西郷の眼光が、静かに佇んでいる武市に巡らせている。

「あれは、一体、何しに来たのやら……」

「……」

「同じことを、繰り返すなんて、ただのバカでしかないな」

 開けっぴろげに、武市が皮肉を漏らしていた。


 あれだけの大騒ぎがあったにもかかわらず、終始、平然としていられる武市の思考を、理解できないと、西郷が小さく息を吐いている。

 あれだけの大立ち回りが、目の前で繰り広げられていたのに、我冠せずと静観していたのだった。

 そうした姿勢に呆れつつも、羨ましいと抱いていた。

 坂本の乱入の前も、後も、武市の態度が変わらなかったのだ。


「武市が悪い」

「私ですか?」

 心外だと言う顔を、武市が覗かせていた。


(……よく、そんな顔ができるな)


「これまで、何度も、繰り返してきた。私の方としても、もう、飽きたのだが」

 やや首を傾げている武市に、僅かにジト目を傾けている。

 だが、身構えている武市の風貌は雄々しかった。


 先ほどまであった光景は、今まで、幾度も行われており、そのたびに、沢村たちが暴れる坂本を、必死に止めに入っていたのである。

 見ている側としては、辟易していたのだった。


「私もですよ」

「なら、坂本を怒らせるな」

「怒らせているつもり……」

「嘘をつけ」

「嘘とは……」

「もういい。話が、進まぬからな」

「そうですね。時間も、ないことですし」


 二人して、長く話している時間がなかったのだ。

 それぞれ忙しい身でありながら、僅かな時間を割いていた。

 それにもかかわらず、坂本の乱入により、大幅な無駄な時間を、費やしてしまったのである。


「西郷さん。手短にお願いしますね」

 呆れた眼差しを、西郷が浮かべていたのである。


(……こうなったのは、お前のせいなんだがな)


 注がれても、痛くも痒くもないと言う顔だ。

「武市次第だな」

「それは、困りましたね」

 言葉では、困ったと言いながらも、その表情に焦りがない。


 一気に、室内が、緊迫した空気が広がっていく。

 西郷の表情が、一変したからだ。

 巡らされる武市は、変わらない。


「あの人と、手を切れ」

 真剣な眼差しを、向けている西郷だ。

 そして、かなりの圧も加えている。

 それに対し、武市は身じろぎもしない。

「辿り着きましたか?」


 いきなり、確信を突かれたにもかかわらず、一切の動揺が見えなかった。

 むしろ、清々しい顔を、滲ませていたのである。


(……武市のやつ、何を考えている?)


「ああ。ようやくな」

「そうですか」

 淡白な返答。

 西郷の太い眉が、僅かに動いている。


「……だから、手を切れ」

「お断りします」

「なぜだ?」

「必要だからです」

「武市」

 低い声で呼ばれても、ニコッと、武市が微笑んでいたのだ。


 ほんの僅か、二人の間に、沈黙が訪れている。

 それを破ったのは、西郷の方だった。

「お前は……」

 西郷は呆れながら、背凭れに背中を預けていた。


「西郷さん。随分、時間が掛かりましたね」

「……いろいろと、忙しいからな」

 やや不貞腐れている西郷。

 やることが多過ぎて、多忙を極めていたのである。

 その中に置いても、諦めることなく、着実に、時間をかけて、突き止めていったのだ。

 何度も失敗し、そして、また、一からやり直してだった。


 視線は、武市に傾けられている。

 西郷自身も、武市が自分たちに組しないと抱いていたが、少しでも、心を揺さぶりことができるのではと抱き、この場を設けたのだった。


(……動かすことは、できないのか……)


「あなたらしいと言えば、あなたらしいですね」

「褒めているのか?」

 ブスッとしている西郷である。

「勿論」

 いい笑顔を、武市が覗かせていた。


「いいのか? あの人は、使えなくなったら、すぐに、お前のことを、切り捨てるぞ? 容易にな」

 真摯な双眸を巡らせている。

 優秀な人材である武市を失うのは、痛手だと抱いていたのだ。

 だが、武市が組している人は、そうしたことを、一切考えない人だった。

 もういいとなったら、意図も簡単に、切り捨てられる人だったのである。


「わかっていますよ」

「……本当にか?」

 心意を探るような、西郷の眼光だ。


「えぇ」

「一切、助けないだろうな」

「でしょうね。私も、それを望みません」

 穏やかな顔だった。


「……」

 小さく笑っている武市。


「あの人まで、行き着くことができたが、証拠が出なかったでしょう?」

「……ああ。全然、出なかった」

 隠す必要もないので、悔しげに、西郷が吐き捨てていた。

 ある人物のところまで、行き着いただけだった。

 けれど、確定させ、追及するまでの証拠を、得られなかったのだ。


 証拠が得られると思っても、瞬く間に、その証拠が消失してしまっていたからだ。

 苦水を飲まされ、中途半端なまま、武市を呼び出していたのである。


「……あの人は、そこまでさせる人物なのか?」

「さぁ、どうでしょうか?」

 思案している武市。

 徐々に、西郷の眉間のしわが多くなっていく。


(では、なぜ、あの人の下で、働くのだ)


「なぜ? つく」

「私が抱く信念に、近づかせてくれる人だからですかね」

 考えながら、武市が言葉を紡いでいった。

「……だがら、つくと? どんな人だろうとか?」

「えぇ。勿論です」

 揺るぎない眼差しを向けていた。


(……相当な決意だな)


 固い決意に、西郷が感服していたのだった。

 ほぼ、ほぼ、西郷の中で、説得を諦めてしまっていたのだ。


「西郷さんでは、ダメですね」

「そうか」

「はい。残念でした」

「ああ。残念だ」

「美味しい水のように、泥水を、鮮やかに飲み干してみせますよ」

 これまでにないぐらいに、武市がいい顔を滲ませている。


「……いい覚悟だな」

「それは、あなたも、同じでは?」

「……そうだな」


(俺とお前は、似ているな。どこで、違ってしまったんだろうな)


読んでいただき、ありがとうございます。

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