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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第176話

 仕事を終え、帰宅した沖田を待っていたのは、リキだけではなかった。

 地方に戻っていたククリたちも、沖田の部屋で、帰りを待っていたのである。

 勿論、沖田を見張っている連中に、気づかれないように、密かに、室内に入り込んでいたのだ。


 沖田は、部屋に入る前から、気配を消していたククリたちを、正確に把握していたのだった。

 僅かに、消し忘れている気配を、感じ取っていたのである。

「お帰り、ククリ」

 部屋に入った途端、開口一番で、発せられた沖田の言葉。


「帰ってきたのは、ソウだろう」

 ムッとした顔で、ククリが突っ込んでいた。

 できるだけ、沖田に気づかれないように、気配を消していたのである。

 少しでも、沖田を出し抜きたいと、意気込んでいたのだった。


 毎回、繰り返される無駄な努力。

 呆れながら、リキが見守っていた。

 師匠であるククリに対し、千春が、無言を貫いている。


「ククリは、こっちに戻ってきただろう? だから、お帰りって言ったんだよ。で、返事は? リズだったら、怒っているよ」

「……ただいま」

「はい。よくできました」

 ニコッと、微笑んで、着ている上着を脱いでいた。

 そして、無造作に投げた上着を、千春が拾い取り、簡単に畳んで、ソファにかけてあげる。


 ククリたちは、顔を隠すため、深く被っていたローブを取っていたのだ。

 まるで、自分たちの、もう一つの家のようだった。


「制服は?」

 いつも制服のまま、帰ってきているので、普段着で帰ってきていることに、リキが首を傾げていたのである。

「安富さんたちに叱られて、今日は、制服を脱いできたんだ」

「普通、それが、常識だからな」

「だって、面倒臭い」

 駄々をこねている沖田。


 盛大に嘆息を、リキが吐いていた。

 更衣室においてあった普段着が、いつの間にか、紛失していたので、安富や保科から、置いてある服を借りて、帰ってきたのである。

 ククリの他に、来ているのは、千春に、双子の兄妹であるジルとオリビアだった。

「ククリ。また、つれてきたの」

 チラリと、ジルとオリビアを見て、もう一度、ケロッとしているククリに、視線を巡らせている。


 ククリは、気づいていなかった。

 帰ってきた沖田を驚かそうと、毎回、気配を消して、部屋で待機しているが、まだ、上手く気配を消しきれない千春などを、連れていることに。


 いつも千春や、来ている者の気配を、容易く、感じ取っていたのである。

 リキも気づいていたが、指摘せず、無駄だとわかりつつも、付き合って気配を消してあげていたのだった。

 一生懸命になっている、ククリを慮ってだ。


「大丈夫だ。聖と二人で、納得して、連れてきたから。それに、使える者が多いと、助かるだろう、ソウが」

 沖田が、都に戻ってからも、面倒を見ている半妖の子供たちの訓練を積んでいた。


 その中でも、能力が高い者を、連れてきていたのだ。

 そして、都につれてきても、ある程度、大丈夫なように、見た目にも、人間に見える子を選んで、連れてきたのだった。

 残っている者たちは、聖に稽古をつけて貰いながら、戦えない者たちの警護に、当たっていたのである。


 まだ、場に慣れず、挙動不審のように、視線を彷徨わせている、ジルとオリビア。

 落ち着かないせいか、いつもに比べ、気配を消すことが、下手になっている状況だ。


 微笑ましい笑みを、漏らしている沖田。

 沖田が、地方にいっている際に、ククリたちと共に、助けたうちの者だった。

 千春同様に、伸びしろが高いと、抱いていた二人である。


(あれから、さらに、力をつけたんだ)


「二人とも、大丈夫?」

 コクリと、頷いている。

 愛嬌のある笑みを注がれても、二人は動じることもない。

 ただ、沖田を、まっすぐに見据えていた。


 助けられた時に、沖田の実力を見ていたので、直立不動で構えていたのだ。

 対照的に、ククリと千春は、我が物顔で、沖田の部屋で寛いでいる。


「もう少し、リラックスした方が、いいよ」

 頷く二人。

 だが、緊張が、柔らかくなることがない。

 やれやれと、沖田が首を竦めている。

「……確かに」


 承諾を得られ、ククリが、ご満悦の表情を滲ませていた。

 心のどこかで、ダメだと言われる可能性を掠めていたのだ。


「それに、地方は、危険になっているからな。少しでも早く、仕えるように、しとかないと」

「そうだね。自分たちのことは、自分たちでやらないと、誰も、助けてくれないからね」

「「「……」」」

 千春たちは、以前の境遇を、思い返していたのである。


 話の行方を、見守っていた、リキの口が開く。

「とりあえず、訓練する場所を、見つけた方が、いいみたいだな」

「頼むよ。リキ」

「ああ。任せてくれ。それと、ソージの仲間が、危険区域に入り込んでいるけど、まだ、放置のままで、いいのか」

 胡乱げな眼差しを、リキが注いでいた。


 どうにかした方が、いいぞと言われていたが、いっこうに、沖田に動く気配がない。

 何も手を打たないことに、焦れていたのである。


「原田班長たちね……」

 以前から、話を聞き、原田たちが、都にある危険区域に、入り込んでいることは、把握していたのである。

 不意に、ぎこちない井上の顔を、浮かべていた。

 懸命に、隠している姿が、いじらしく、注意するのも躊躇われたのだった。


「危険区域って、ヤバいところなのか?」

 何気なく、ククリが聞いてきた。

 都の中で、ある程度、動き回っていたが、広い都を網羅するところまで、いっていなかった。

「そうらしいよ。まだ、入ったことがないから、詳しいところは、知らないけど」

「ソウにしては、珍しいな。そういう場所があるなら、率先して、入っていくのに」

 意外そうに、目を見張っている。


 幼い頃に、そうした沖田の衝動で、何度も、危険な目に、合わされてことがあったのだ。

 そして、毎回、ククリたちは、そうした行動に、怒ったり、注意していても、付き合ってあげていたのだった。


「興味が、あったんだけど。忙しかったし、それに、うるさい人たちが、ついているから……」

 チラッと、外に、目を巡らせている。

 今も、見張っている者たちが、周囲を囲っていたのだった。


 興味があったが、沖田自身、入ったことがなかった。

 それに、光之助たちからも、入ることを禁じられていたのである。

 光之助たちは、沖田の性格を見込んで、先手を打っていたのだ。

 そして、リキからも、目立つから、入るなと、強く言われていたのだった。


「じゃ、私が、いってくるか」

 行く気満々のククリ。

 ジト目で、睨んでいるリキだ。

 ここにも、バカがいたとばかりに。


「ダメだ。目立つだろう」

「ちゃんと、ローブは、被っていくぞ」

「それでも、ダメだ。あそこの連中は、嗅覚が高いんだ」

 注がれている、リキの眼光。

 不満げに、ククリが口を尖らせている。


 リキに怒られたと、口に出さず、沖田が茶化していた。

 茶化すことをやめない沖田に、悔しそうに、詰め寄りそうなククリ。

 子供のようなククリの姿に、千春が、首を竦めていたのだ。

 ジルとオリビアは、何とも言えない、微妙な顔を覗かせていたのである。


 盛大な嘆息を、リキが吐く。

「俺だって、入る時は、注意して入っているんだ。これ以上、増えるのは、こっちが困るんだよ」

 情報収集の一環として、何度か、危険な区域に入り込んだことがあった。

「何だ、リキは、入っているのか。ずるいじゃないか」

 さらに、ククリが口を尖らせていた。


「そんなこと言っても、ダメなものは、ダメだからな」

 さらに、眼光鋭くしている。

 危険な区域の住人に、無駄な刺激を与えたくなかったのだ。


「……わかった」

「言っておくが、ソージも、入っては、ダメだからな」

「何度も、言わないでよ。ちゃんと、我慢しているんだからさ」

 自分の方に、矛先を向けられ、納得できない顔を滲ませていた。

 だが、リキの視線が、緩むことがない。


「これからも、ちゃんと、我慢してくれよ」

「わかっているよ」

 次に、千春たちにも目を傾けていた。

「千春たちも、だからな」

「私、場所、知らないもん」

 二人が、頷いていたのだ。

 すっかり、都に来たばかりだったことを、リキが失念していた。


「なら、いい。知らないところは、勝手に行くな」

「はい」

 ジルとオリビアが、素直に従っていた。

 けれど、不安が拭えない。


 警戒していないと、二人して、いく可能性があったのだ。

 訝しげな眼光が、二人に傾けられている。

 沖田とククリにだ。


 向けられていることを、気にすることがない二人。

 本気になった二人を止めることが、結局、できないリキだ。

 これ以上、無駄なことは言わない。


「とりあえず、この話は、終わりだ」

 非常に、疲れた顔を、リキが覗かせていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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