第175話
深泉組から離れ、単独行動をしている土方。
制服を脱ぎ、ありふれた人並みに、溶け込んだ格好だ。
馴染みの酒場に、足を運んでいたのである。
店内には、多くの客が乱舞していた。
すました顔をし、土方が、席についている。
誰も、そんな土方を気にしない。
ただ、好き勝手に、騒ぎ捲くっていたのだった。
闇討ちなどが、起こっているにもかかわらず、ここに来る者たちは、気にする素振りもなく、大いに酒を飲んで、この場を楽しんでいたのである。
「竜さんは、顔を出しているのか?」
「いいえ。このところ、いらっしゃらないですね」
「そうか……」
落胆の色が濃い。
土方から、注文を取った女が、厨房に下がっていく。
息抜きのために、訪れた訳ではない。
坂本に会うため、来ていたのだった。
自分で注いだ酒を、飲んでいった。
この酒場で、三件回っているが、いっこうに、坂本と出会うことができない。
少し話を聞こうと、互いに情報間をしている坂本を、捜していたのである。
「仕事で、出られないのか……」
小さく呟く、土方だった。
うるさいほど、周囲が騒いでいるので、誰も、土方の呟きを耳にしていない。
(……困ったな。どうするか……)
坂本が、顔を出さない可能性も見出していた。
だが、来ると信じ、捜していたのである。
巷で起きている闇討ちの件を、坂本から、話を聞きたかったのだ。
被害者に、共通点がない。
双方側からも、被害者が出ている状態である。
どちらの勢力にも、組していない者まで、闇討ちにあっていたのだった。
闇討ちに、何か意図が隠されているのか、そうではないのかと。
そういうこともあり、闇討ちの事件に、土方たちは行き詰っていた。
人知れず、小さく、息を吐いている。
厨房から、店の主人であるオヤジが、注文した料理を携え、暗い表情の土方の前へ置いたのだ。
運ぶ女たちは、他の客の注文を受けていて、出払っていた。
店内は、非常に、賑わっていたのである。
そのため、厨房から出てきたのだった。
「オヤジ。竜さんは、いつ頃、顔を出していたんだ?」
「……ひと月前ですかね」
逡巡しながら、土方の質問に答えていた。
この界隈で、坂本を知らない者などいない。
ただ、勤皇一派の坂本だとは、知られていなかったのだ。
どこの店も、酒好きの竜さんで、知られていたのである。
「大変でしたよ。帰ろうとせず、店に泊り込んで、飲んで……。相当、荒れていましたね」
「そうか」
「何度も帰るように、促したんですけど、帰りたくないって……」
困った顔を、オヤジが覗かせていたのだ。
「あの時は、ホントに、困りましたよ」
「……」
「でも、いつの間にか、消えていたので、帰ったんでしょうけど」
お客で賑わっている最中に、坂本は店を出ていたのだった。
(何か、あったのか……)
「他に、何か変わったことはなかったか?」
他の店でも、聞いたことを、ここでも尋ねている。
いろいろと、情報を集めていたのだ。
わからないことが多く、情報は、喉から手が出るほど欲していた。
ただ、こういった場所は、深泉組の制服を着ていると、口を閉ざされることも多く、場所に応じた聞き方をしていたのである。
「このところ、窃盗団が、多いことですかね」
「……」
微かに、眉間にしわが動く、土方だ。
今、窃盗団のことで、深泉組も、借り出されていたのである。
だが、有効な情報を、得ることができていなかった。
やることが多く、土方たちの頭を多いに、悩ませていたのだった。
「困ったものですね。毎日、どこかの家で、窃盗団に押し込まれたって、話を聞きますし、銃器組も、何なっているんですかね。野放し状態じゃないですか」
治安が悪いと、眉間にしわを寄せながら、オヤジが憤慨していたのだ。
これ以上、治安が悪くなると、客の数が減り、生活が成り立たないと、巡らせていたのである。
けれど、窃盗団は捕まるどころか、逆に、現状は、窃盗団に襲われる数が、日に日に多くなっていたのだった。
店内に、多くの客がいるが、以前は、もっと、客が溢れていたのだ。
「……」
耳の痛い話。
土方の顔が、僅かに歪んでいた。
だが、次第に、窃盗団の話をしていくうちに、窃盗団や、しっかりと、取締れない銃器組に、苛立ちを憶え始めオヤジ。
目の前の土方が、見えなくなっていった。
「窃盗団の一つも、捕まえられないなんて、一体、何をやっているんだが、銃器組は。それに、深泉組も、問題ばかり起こし、迷惑極まりないって、こういうことですね。旦那」
何とも言えない顔を、土方が、滲ませている。
まさか、目の前にいる土方が、深泉組の副隊長をしていると、知らないので、止め処なく、銃器組や深泉組の不満が口をついていた。
黙って聞き、時折、そうかと、相槌を打っていたのだった。
「夜も、安心して、眠れない状態ですよ。ホント、銃器組にも、深泉組にも、もっと、しっかりしてほしいものですよね、旦那」
「……そうだな」
そして、しばらく、聞いていると、厨房から、オヤジを呼ぶ声が聞こえ、土方に頭を下げ、厨房へ戻っていった。
不満を聞いていた土方が、息をついていた。
ドッと、疲れが押し寄せている。
何度か、これまでの店でも、不満を聞いていたが、ここまで、酷い不満を聞くこともなかった。
改めて、銃器組や深泉組に対する、鬱憤が溜まっていることを、痛切に認識させられていたのだ。
手をつけていなかった料理に、視線を巡らす。
話を聞いている間、手をつけていなかったのだった。
乾いた喉を酒で潤し、ようやく、料理に手をつけ始める土方のである。
読んでいただき、ありがとうございます。