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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第18話  取締りの開始

 目立たないように嶋原の外周辺に潜んで、近藤隊は取締りの時刻をそれぞれの場所で待機していた。取締りの場所は、嶋原の大通りの賑やかな活気とは違い、明かりもまばらで、暗闇を歩くのもやっとと言っていい程ひっそりとしている。


 通りを僅かに離れただけで、がらりと雰囲気が変わっていた。

 摘発するエリアは嶋原の外で、余計な寂しさを醸し出していたのだった。

 入口の大きな門をくぐって、騒がしい嶋原へ入ろうとする男女の姿がひっきりなしに続いている。その中には地味な格好で、どう見ても嶋原で遊ぶようには見えない人たちもちらほらと混ざっていた。年増な女やまだ幼い少年少女たちが歩いて、自分たちを売り込んでいたのである。


 そんな通りの様子を近藤たちは姿を隠すように窺っていた。

 ひと目でわかる制服の上には黒いマントを纏っている。

 すっぽりとマントで身体を覆っている近藤は腕時計で時間を確かめた。

 まだ取締りの時刻には早かった。

 人気が少なく、まばらだ。

 一網打尽したいために、売春婦たちが集まってくるピークを狙っていた。


 近藤の周りは二人の部下と事務三人組しかおらず、手薄状態だ。

 極力自分のところの人数を減らし、他のところへ人員を回したのだった。

 土方が立てた案では、あと数人近藤のところへ配置される予定だったが、自分のところは少なくていいと言って他のところへ回させたのだった。


 周辺に警戒の目を光らせる。

 その最中、背後の様子にも気に掛けていた。

 事務三人組がおどおどと居心地の悪そうな顔で落ち着いていなかったのだ。

 普通、事務の人間が現場に出ることはない。

 警邏軍に入る際に訓練をそれなりに積んでいるが、実戦経験が乏しかった。


 キョロキョロと三上が近藤の背後からそっと顔を出し、辺りの様子を窺おうとしていた。

「顔、引っ込めて」

「は、はい」

「目立つ行為はしないように」

「はい……」

 挙動不審な三上に注意した。


 どう見ても場違い感があったが、しょうがないかと小さく苦笑した。

 その両脇に立っていたジュジュと伊達がダメじゃないと目で怒っている。

 それに対しも、三上はちょこんと舌を出して謝っていた。


 事務三人組は不足分の人数を補うために取締りの現場に借り出されていた。

 二人の顔には不安が隠し切れない。

 研修で習った体術を反復しているが、いざ実践となると身体が強張っていくのだった。


 三人の中で、辛うじて冷静さを取り繕っているジュジュが近藤に尋ねる。

「近藤隊長。大丈夫ですよね?」

 不安げなジュジュに視線を下ろした。

「危険手当てとか、出してくれるんですよね?」

「小栗指揮官に三人に特別ボーナスを出して貰うように頼む。それに、そんなに危険な真似はさせないから、大丈夫」

「なら、いいですけど」

 三人を落ち着かせるために優しく微笑む。


 怖いながらも腹をくくった伊達は、携帯している小型の拳銃を取り出した。

 いつでも発射できるか確認している。

 事務の人間にも自分の身を守るために小型の拳銃が一人一人に配給されていたのだ。

 拳銃についているストッパーを外す。

 その手は若干震えていた。


「落ち着け、そんなに震えていると、標準がずれるぞ」

「……は、はい」

「拳銃を撃つようなことをさせるつもりがないが、身を守る時に必要な時は撃っても構わない。危険と感じたら、迷わずに撃つように」

 ごくりと三人はつばを飲み込む。

 決められた訓練で撃つことがあっても、実戦での経験は皆無だった。


 その後ろに控えていた島田に近藤は視線の矛先を変える。

 三人と話している近藤に代わり、島田は周囲の見張りを行っていた。

 近藤についたのは島田班だった。

 無茶をしないかと心配した土方が最も信頼する島田をつけたのである。


 目配せで、三人のことを頼む。

 了承したと島田は請け負う。

「甲斐に、ついていくように」

「えっ。近藤隊長は?」

 驚きの声を漏らす三上。


 近藤から決して離れないようにと土方から言われていたのである。戦闘能力が皆無な三人を戦いながら、安全に守れるのが近藤だと判断してつけたのだ。そして、三人は単独行動できなくするための足かせでもあった。

 責任を取って、無茶な単独行動をすると土方は読んでいたのだ。


「私は一人で十分だ」

「でも、土方副隊長が示したものには……」

「臨機応変に行動するものだ、現場ではな」

「隊長……」

 三人は困り顔で見つめる。

 その脳裏には眉間にしわを寄せた土方が浮かび上がっていた。


「甲斐がいるから大丈夫」

「私たちは隊長のこと、言っているんです」

 不安げな顔で三上が言い切った。

 警邏軍の中でも、その腕前を知られていても、一人で行動するのは危険だと言うぐらいは、何も知らない三上たちにも察することはできたのだ。


 安心させるために笑ってみせる。

「私なら、大丈夫だって言っただろう。一人の方が身軽に動ける」

「心配するな。隊長の強さは知っているだろう?」

 いつもの豪快な仕草と、何でもないと言う顔で島田が追随した。


「甲斐さん……」

「大丈夫だよ、三上」

 人手を足らなくさせたのは自分だと強く抱いていたので、練り上げた土方の計画を少しだけ無視し、島田に事務三人組を頼んだのだった。

 当初、島田も反対したが、近藤の強い意志を曲げることができず、近藤の代わりに三人を安全に守ると誓ったのである。

 近藤は深い闇の中へと入り込んでいった。

 三十分が過ぎ、定刻の時間となって、それぞれに場所で取締りが次々と始まった。




 取締りが始まって山南班は順調に仕事を遂行していった。伍長山南は詳細な指示を出し、広範囲なところまで目を配り、冷静に動き回っていた。

 そのためにスムーズに取締りの仕事をこなしている。


 島田班で手伝っていた事務三人組は、無抵抗となった女や子供たちを次々と手錠をかけて拘束していった。

 豪快に暴れながらも島田は頼まれた約束を守り、三人の安全を守りながら次から次へと抵抗する者たちを倒していく。


 島田班は比較的に範囲が狭かったが、他の班と変わらないぐらいに戦闘をこなしていた。

 この辺り一帯を管理している男たちの抵抗が凄まじかった。

 暴れて一矢報いようとする男もいれば、一瞬の隙を狙って逃げようとする男もいた。

 様々な人間を相手に、その状況に応じた難しい判断を強いられている。


 少々疲れを見せ始めた島田の周りにたくさんの人が倒れ、その手に戦闘意力を失った男がいた。だらんとしている男を駆け寄ってきた部下の有間に渡した。

「ひと段落したようだな。三上たちを頼む。私はあっちに加勢してくる」

「わかりました。山崎、毛利は予定通りです」

「そうか」

 事務三人組に敵が来ないように山崎と毛利に敵を倒せと命を出していた。

 チラッと戦っている山崎と毛利の方へ視線を促す。

 疲れを感じているようだが、動きとしては悪くなかった。

 用件が終わると、それぞれわかれて行った。




 男をしっかりと拘束した有間は事務三人組のところへ。

 手こずっている三浦のところへ島田が足を進める。

 島田班の中でも戦闘能力が低い三浦は十六、七歳ぐらいの威勢のいい若者相手にてこずっていたのである。若者も捕まることを拒み、必死に抵抗していた。


 逃げ延びるために必死の形相だ。

 息も荒く、動きも鈍っている三浦。

 疲れている表情が同じでも、立場が対照的だ。

 三浦は深泉組の中でも、頭脳の良さで警邏軍に入っていた。そのために島田は事務三人組に目を配りながらも、三浦のことも忘れずに窺っていたのだ。


 若者の服は破れ、前が大きくはだけている。

 この場から逃げるために闇雲に暴れまくっていた。

 いきなり大きな奇声を上げる若者。

 ビクッとたじろぐものの、年下相手に三浦もしっかりと相手を捉えている。

「おとなしくしろ! もう逃げられないぞ」

「わぁー!」

 極度の疲労と捕まる恐怖で若者はパニックに陥っていた。そして、狂気に満ちた顔で若者は三浦目掛けて、突進していった。

「動くな! 無駄だと言っただろう」


 三浦の顔にはひっかけられた傷など無数に存在していた。

「触るな! 寄るな!」

 遠くから見れば、幼い子供同士のケンカのようにも見える。

 互いしか見えない二人と、成り行きを眺めているだけの島田。


(状況判断が鈍っているな。まだまだだな)


 小さな嘆息を二人の様子を窺いながら零した。


(鍛え直しが必要だな、これでは)


 視野が狭まっている三浦の方が明らかに負けていたからだ。相手が闘いに慣れていない分、どうにか対等な戦闘になっているだけだった。

 状況を観察している間に二人は間合いを取り合った。

 徐々に三浦の方が追い込まれていく。

 情けない有様に頭を抱え込む島田。


「お前はすでに捕まる運命なんだ」

「いやだ! 誰が捕まるか」

「おとなしく、僕に捕まれ」

 隙をついて島田が若者の後頭部に銃口を押し付ける。

 二人の潮時を見切ったのである。

 若者の動きは完全に停止した。


「死にたくないだろう? もし、これ以上の抵抗するならば、撃つ」

「……」

 若者は嘘ではないことを感じ取っていた。

 ゆっくりと振り向き、そして、委縮する。

 鬼のような眼光がそこにあったのだ。


「し、し、し、し……」

 呼吸が乱れている三浦は言葉にできない。

「三浦!」

 鋭く突きさすような声に驚き、ギロリと睨む視線に三浦は委縮していた。


「何、ぼやぼやしている」

「! す、すい、すいません」

 さっさと若者を拘束するために手錠をかけるが、なかなかうまく手錠をかけられない。

 その一連の動作を厳格な表情で見届けていた。

「たるんでいるぞ。しっかりしろ!」

「は、はい」

 未熟なところを見られ、恥ずかしさで頬が硬直している。

 それでも無抵抗となって、されるがままになった若者を連行していった。




 その場に残った島田は周囲の様子を窺うために研ぎ澄まされたアンテナを立てる。

 五人の女を捕まえて連行している山崎の姿を確かめた。

 傷だらけになりながらも、二人の男を拘束している毛利の姿もある。

 順調に進んでいるなと小さく呟く。

 すると、遠方で深泉組の問題児の原田と永倉が女たちとの話声が聞こえ始めた。


(なぜ、二人の声が? この辺一帯は、私たちのはずだが……)


 話声に促されるように、目をそちらの方へ傾ける。

「……何している、あいつらは」

 担当場所ではないところで原田と永倉の姿を見つけた。

「バカどもが、変な虫でも動き出したか」


 他に原田たちの姿に気づいた様子がないので、余計なことは言わずに島田は有間に後は頼むと唇だけ動かして、原田たちの元へ駆け寄っていった。

 原田と永倉は女たちに手錠をかけずに話し込んでいる。

 キラキラと輝くピアスを覗かせる金髪の女が甘い声で見逃してほしいと懇願していた。

「ねぇ、今度だけ。ダメ? お願いよ、サノスケ、シンパチ」

「命令だしな」

「土方がうるさいからな」

 二人はどうするかと当惑している。


 馴染みのある女たちを捕まえることに僅かばかりの抵抗があったのだ。

 いろいろと面倒を見て貰ったよしみもあった。

 逃げる女たちを追いながら、この場所まで来てしまったのだった。


「お、ね、が、い」

 命令に従うか、どうか思案している原田の耳元で女が囁いた。

 この世の中を生きるために女たちも必死だ。

「……」

 金髪の女を渋い表情で原田が見下ろす。


 もう一人の栗色の髪をした女は永倉の上着の上から胸を撫でていた。

 もうひと押しだと女たちの手にも力がこもっていく。

「シンパチ」

「……」


 しょうがないかと二人が目配せしていると、突然に聞きなれた声を耳にする。

「何をしている、手錠をかけろ! 自分たちの立場を考えろサノ、シンパチ」

「「……」」

 女たちは邪魔されたと険が帯びた眼差しを島田に送っている。


 いたずらがばれたような顔で、二人は呆れている島田に顔を傾けた。

「バカなことを考えるなよ」

 苦笑交じりの視線を原田は女たちに注ぐ。

「悪いな、ナミ」

「そういうことだ」

 擦り寄ってきた女たちに瞬く間に手錠をかけていった。

「恨むなよ、これも仕事なんだ」

 捕まった女たちは汚い怒声を二人に浴びせる。

 そんな怒声を気にせず、二人はこれでいいんだろう?と、眺めて監視していた島田を見た。


「バカな真似を起こすなよ」

「仕事するよ」

「同じく」

 捕まった女以外の女たちは隙をついて三者三様に逃げ出していった。

 そんなところへ、井上に頼まれて二人を捜していた神保が駆けつけてきた。


「島田伍長?」

 何でこんなところに島田がいるんだ?と首を傾げている神保。

「ここは島田班が担当しているところだ。こいつらは逃げている女たちを追ってきたらしい」

 チラリと二人の顔を見ると、助かると二人で手を合わせている。

「そうだったんですか」

「女たちを連行していってくれ」

「サノと二人で逃げた女を追う」

「了解です」

 神保に捕まえた女たちを託し、逃げていった女たちの後を追っていった。




 他の取締りエリアでは人数が少ないために、腕に自信がある土方が一人で取締りをしていた。それも捕獲するのではなく、抵抗する者を一切の恩情も与えずに斬り捨てていった。


 薄暗い街灯がいくつかある中で、斬り合っている。

 視界が乏しいので距離が少し離れただけで、はっきり見ることができない。

 だが、振り落とす剣は正確に相手に死を与えていった。


「投降する意思のない者は私が斬り捨てる。死にたくなければ、素直に投降しろ!」

 辺り一面に響き渡るような声を出しながら、襲ってくる屈強な男たちを次々に倒していく。

 相手側もここで名を馳せようと土方を襲う。

 少し離れた場所には白い大きな円が描かれ、その中でじっとしている者たちがいた。それは素直に投降して、安全圏である白い円の中で退避していたのだ。


 襲ってくる男たちの攻撃をしなやかな動きで交わす。

 豪快な剣で敵を倒していった。

 あまりの速さで剣筋が見えない。

 妖しげな光だけが輝いているのみだ。


 目の前にいる土方を倒そうと、止め処なく襲い掛かってくる状況が続いている。

 相手側の攻撃を交わしながらも、鋭い眼光は四方八方に行き渡らせていた。

「命が惜しくないのか」

 無駄な命を落としていく男たちに吐き捨てた。

 倒れている男たちを見れば、結果はおのずから明らかだった。

 それでも躍起になって、闇雲に振り落としてくる男がいる。

 躊躇いもなく、鮮やかな剣捌きで男は命を落としていった。


 ようやく、闇夜に静寂が訪れたのである。

 表情を変えない土方の周りに血まみれの死体がいくつもあるだけだ。

 口を閉じたまま、死体の群れを見下ろしていた。

 立ち尽くしている上から、ぼんやりとする光が降り注いでいる。

 まるで舞台上でスポットライトを浴びているようでもあった。


 物陰に隠れていた男が突然に姿を現わし、手にしている短剣で息をついていた土方に向かって駆け出していた。潜んでいた男は土方を倒す機会をじっと狙っていたのだった。

「おしまいだ!」

 背後からの攻撃にもかかわらず、風のようなしなやかさで、その一撃を交わす。

 その口元は僅かに冷笑していた。


 背後に潜んでいたのは、すでに察知していたのである。

 交わされた男はすぐに反転できない。

 交わされると思ってもみなかったのだ。

 驚愕している男の背中に向かって、何の躊躇いもなく剣を振り落とす土方。

 血飛沫が一面に撒き散らし、白い制服にも赤い斑点模様ができ上がっていた。

 完全に殺気がないことを確認してから、剣のスイッチを切り、瞬時に柄だけになった。


「それにしても少なすぎる」

 予測に反して売春婦たちを仕切っている男たちの数が少なかった。

 把握していた数の四分の一しかいなかったのである。

「どういうことだ」


「土方さん」

 訝しげな土方の元へ、担当場所の取締りを終えた山南が声をかけてきた。

 視線を傾けると、山南の腕に少しケガをしていたのだ。

「大丈夫ですか?」

「大したことはありません」

「それより、どういうことですか? 予測していた数よりも少なくありませんか?」

 つい先ほど土方も同じ懸念を抱いていたので素直に賛同した。


 死体の山に、この中に何人死ななくてもよかった命があったのだろうと山南は過っていた。

 どの死体も一撃で絶命していたのである。

「随分と斬りましたね」

「……」

 表情を変えない土方。

 それを凝視している山南。

 二人は互いに見つめ合っている。


「何かあったのでしょうか?」

 山南は話題を変えた。土方が自分の意志を曲げないことをこれまでの戦いぶりを見てきたからだ。

「これはおかしいです」

 何か知っているのではないかと山南は確かめるために足を運んできたのだ。

「私にも見当がつきません」

「漏れていたと言うことは?」

「……でも、これは急に決まったこと」

「……確かに」

 互いに怪訝するだけで、この状況を把握することができなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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