第173話
稽古部屋で、身体を休めている島田班。
稽古部屋に来て、さほど、時間が経過していない。
それでも、休憩を取っていたのである。
全身から、大量の汗を流し、ヘトヘトに倒れ込んでいる三浦を窺いつつ、島田が、無造作に茶碗で、濃度が高い酒を、一気に飲み干していた。
先ほどまで、島田が三浦に対し、激しい稽古をつけていたのである。
悲惨な三浦とは違い、島田は、汗一つ掻いていない。
汗を掻くほど、激しい動きをしていなかった。
相手が潰れてしまったので、しょうがなく、休息している。
酒を飲みつつ、周囲に、視線を巡らせていた。
稽古には、島田班、全員が顔を出していたのだ。
めったに、班に顔を出さない山崎が、汗を拭っている。
熱心に、稽古に励んでいたのだった。
有間や毛利も、島田とは違い、ただの水で、水分補給を行っていた。
島田とは違い、それなりに、汗を流していたのだった。
「山崎。どうした」
視線の矛先を、両手をつき、息の荒い三浦に向けたままだ。
「……」
島田に声をかけられた、山崎。
一瞬だけ、汗を拭う手が止める。
すぐさまに、まだ、流れ出る汗を、拭いていたのだ。
島田が指摘するように、稽古の時間であっても、単独行動をしている山崎が、参加することが、ほとんどない。
他のメンバーたちも、内心で、訝しげていたのである。
「稽古に、参加なんて」
「……少し、腕が鈍っているような気がして」
少しだけ、声音が硬い。
島田の口角だけが、上がっている。
「そうか。鈍っている腕は、戻りそうか」
「……はい」
「なら、いい」
微かに、渋い顔をしながら、山崎が黙っている。
有間や毛利は、何も、口に出さない。
汗を拭いたり、水分補給をしているだけだ。
けれど、耳だけは傾けている。
腕が訛っていると感じていたのは、事実だが、山崎自身が、稽古に参加した、もう一つの理由は、沖田に対し、かなりの量の鬱憤が、溜まっていたからでもあった。
土方には、かかわるなと言う命も、受けているので、必死に絶えているが、どうしても、尊敬している土方を、軽んじている姿に、いろいろと言いたいことを、山ほど抱えていたのである。
徐に、島田が酒を飲んでいた茶碗を置き、無造作に立ち上がった。
軽く、身体をほぐす。
動き始めた島田。
三浦が、また、訓練が始まると、戦々恐々としていた。
休憩に入り、しばらく、時間が経っていたのだ。
「有間、毛利、山崎。三人で、掛かって来い」
「「「……」」」
「三浦のやつは、まだ、動けそうもないからな。次に、入るまでの暇潰しに、付き合ってくれ」
言葉を喋れない三浦が、愕然としていた。
まだ、稽古が、続くのかと。
頭が、あまり回らない状態の中でも、三人を相手にし、もう、終わりだろうと、巡らせていたのである。
「三浦。終わりだと、思うなよ。暇潰しが終われば、次は、三浦だからな」
ニカッと、島田が、意地悪く笑っている。
「……」
部屋の中央に、島田が躍り出ていた。
そして、命じられた三人。
それぞれに、練習用の木刀を構えている。
「いつでも、いいぞ」
ニヤリと、島田が笑っていた。
躍り出ただけで、島田自身は、一切、構えていない。
ただ、立ち尽くしているだけだ。
三人の手に、力がこもっていく。
眼光は、真剣そのものだった。
先ほどまでの纏うオーラが、完全に違っている。
言葉も、交わしていないにもかかわらず、三人は、呼吸を合わせたかのように、いっせいに、ただ、立っているだけの島田に、向かっていった。
いち早く、島田に近づいていった、毛利の一撃。
その攻撃を交わし、次に、仕掛けてくる有間の攻撃を、持っている木刀で、さらりと、受け止めている。
向かってくる山崎に対しては、攻撃を避けつつ、わき腹に、重い蹴りを投げ込んでいたのだった。
攻撃を受けている島田は、笑みを零しているだけだ。
まるで、島田が、子供と遊んでいるかのようだった。
交わされた側の三人の目は、決して、死んでいない。
腐ってもいないで、ますます、闘志を燃え上がらせていた。
攻撃を交わされても、三人の動きが、止まることはない。
次の攻撃を、休まず、仕掛けていく。
激しい攻防だった。
虚ろな眼差しで、三浦が窺っている。
悔しげに、唇を噛み締めていたのだ。
自分との稽古では、ここまで、激しい稽古になっていなかった。
「どうだ? 久しぶりに、背筋も凍る戦いは?」
攻撃の手を休めない山崎に、平然とした顔の島田が、声をかけていた。
三人を相手にしているにもかかわらず、疲れも、動きも、鈍ることもない。
ますます、キレが良くなっていった。
三人の攻撃を交わしながらでも、声をかける余裕があったのだ。
それに対し、実戦さながらな攻撃を、三人は出していたのである。
三人は、本気で戦っていた。
意図も簡単に、対応している島田。
悔しげに顔を歪め、三人が動き出した途端、一瞬にして、纏っていた空気を、がらりと、変えていたのだった。
半眼している山崎。
三人がかりの攻撃にもかかわらず、島田に対し、一つも攻撃が入らない。
「そんな目をしても、無駄だぞ。私に、攻撃を加えられないぞ。どうする?」
島田の意識が、山崎に注がれている間、冷静に、状況を窺っていた毛利が、懇親の一撃を繰り出そうとしたが、寸前で、ほくそ笑んでいる島田の顔が、瞠目している毛利に向けられ、先ほど、山崎の脇に受けた蹴りよりも、破壊力がある一撃を、腹部に喰らっていたのである。
その勢いのまま、毛利が飛ばされ、痛みで、すぐに動けない。
顔を顰め、片足をついたまま、戦況を窺っていた。
やられても、戦いから、双眸を離さない。
「山崎。沖田を出し抜きたいと思うならば、もっと、力をつけなければ、ダメだ」
ムッとしている山崎。
言葉をかけながらも、冷静に、動き回っていた有間の隙を狙い、島田が、それらの動きを止め、場外に出していた。
島田の前には、山崎しか、残っていない。
不敵な笑みを、漏らしている島田である。
そうなるように、狙っていたのだ。
「私以上だぞ。沖田は」
「……」
「諦めるか?」
さらに、いやらしい笑みを、島田が覗かせていた。
静かな闘志を、山崎が燃やしている。
「私なりに、出し抜きます」
「そうか」
どこか、沈んでいる山崎を、もう一度、浮上させるため、炊きつけていたのだった。
ようやく、島田の意図を、読み取った山崎が、顰めっ面になっていた。
「……」
「戻ったようだな。ま、頑張れ、山崎」
「……」
頬に、朱が混じる山崎である。
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