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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第173話

 稽古部屋で、身体を休めている島田班。

 稽古部屋に来て、さほど、時間が経過していない。

 それでも、休憩を取っていたのである。


 全身から、大量の汗を流し、ヘトヘトに倒れ込んでいる三浦を窺いつつ、島田が、無造作に茶碗で、濃度が高い酒を、一気に飲み干していた。

 先ほどまで、島田が三浦に対し、激しい稽古をつけていたのである。

 悲惨な三浦とは違い、島田は、汗一つ掻いていない。

 汗を掻くほど、激しい動きをしていなかった。


 相手が潰れてしまったので、しょうがなく、休息している。

 酒を飲みつつ、周囲に、視線を巡らせていた。

 稽古には、島田班、全員が顔を出していたのだ。

 めったに、班に顔を出さない山崎が、汗を拭っている。

 熱心に、稽古に励んでいたのだった。


 有間や毛利も、島田とは違い、ただの水で、水分補給を行っていた。

 島田とは違い、それなりに、汗を流していたのだった。


「山崎。どうした」

 視線の矛先を、両手をつき、息の荒い三浦に向けたままだ。

「……」

 島田に声をかけられた、山崎。


 一瞬だけ、汗を拭う手が止める。

 すぐさまに、まだ、流れ出る汗を、拭いていたのだ。


 島田が指摘するように、稽古の時間であっても、単独行動をしている山崎が、参加することが、ほとんどない。

 他のメンバーたちも、内心で、訝しげていたのである。


「稽古に、参加なんて」

「……少し、腕が鈍っているような気がして」

 少しだけ、声音が硬い。

 島田の口角だけが、上がっている。

「そうか。鈍っている腕は、戻りそうか」

「……はい」

「なら、いい」


 微かに、渋い顔をしながら、山崎が黙っている。

 有間や毛利は、何も、口に出さない。

 汗を拭いたり、水分補給をしているだけだ。

 けれど、耳だけは傾けている。


 腕が訛っていると感じていたのは、事実だが、山崎自身が、稽古に参加した、もう一つの理由は、沖田に対し、かなりの量の鬱憤が、溜まっていたからでもあった。

 土方には、かかわるなと言う命も、受けているので、必死に絶えているが、どうしても、尊敬している土方を、軽んじている姿に、いろいろと言いたいことを、山ほど抱えていたのである。


 徐に、島田が酒を飲んでいた茶碗を置き、無造作に立ち上がった。

 軽く、身体をほぐす。

 動き始めた島田。

 三浦が、また、訓練が始まると、戦々恐々としていた。

 休憩に入り、しばらく、時間が経っていたのだ。


「有間、毛利、山崎。三人で、掛かって来い」

「「「……」」」

「三浦のやつは、まだ、動けそうもないからな。次に、入るまでの暇潰しに、付き合ってくれ」

 言葉を喋れない三浦が、愕然としていた。

 まだ、稽古が、続くのかと。

 頭が、あまり回らない状態の中でも、三人を相手にし、もう、終わりだろうと、巡らせていたのである。


「三浦。終わりだと、思うなよ。暇潰しが終われば、次は、三浦だからな」

 ニカッと、島田が、意地悪く笑っている。

「……」


 部屋の中央に、島田が躍り出ていた。

 そして、命じられた三人。

 それぞれに、練習用の木刀を構えている。


「いつでも、いいぞ」

 ニヤリと、島田が笑っていた。

 躍り出ただけで、島田自身は、一切、構えていない。

 ただ、立ち尽くしているだけだ。


 三人の手に、力がこもっていく。

 眼光は、真剣そのものだった。

 先ほどまでの纏うオーラが、完全に違っている。

 言葉も、交わしていないにもかかわらず、三人は、呼吸を合わせたかのように、いっせいに、ただ、立っているだけの島田に、向かっていった。


 いち早く、島田に近づいていった、毛利の一撃。

 その攻撃を交わし、次に、仕掛けてくる有間の攻撃を、持っている木刀で、さらりと、受け止めている。

 向かってくる山崎に対しては、攻撃を避けつつ、わき腹に、重い蹴りを投げ込んでいたのだった。


 攻撃を受けている島田は、笑みを零しているだけだ。

 まるで、島田が、子供と遊んでいるかのようだった。


 交わされた側の三人の目は、決して、死んでいない。

 腐ってもいないで、ますます、闘志を燃え上がらせていた。

 攻撃を交わされても、三人の動きが、止まることはない。

 次の攻撃を、休まず、仕掛けていく。

 激しい攻防だった。


 虚ろな眼差しで、三浦が窺っている。

 悔しげに、唇を噛み締めていたのだ。

 自分との稽古では、ここまで、激しい稽古になっていなかった。


「どうだ? 久しぶりに、背筋も凍る戦いは?」

 攻撃の手を休めない山崎に、平然とした顔の島田が、声をかけていた。

 三人を相手にしているにもかかわらず、疲れも、動きも、鈍ることもない。

 ますます、キレが良くなっていった。

 三人の攻撃を交わしながらでも、声をかける余裕があったのだ。


 それに対し、実戦さながらな攻撃を、三人は出していたのである。

 三人は、本気で戦っていた。


 意図も簡単に、対応している島田。

 悔しげに顔を歪め、三人が動き出した途端、一瞬にして、纏っていた空気を、がらりと、変えていたのだった。

 半眼している山崎。

 三人がかりの攻撃にもかかわらず、島田に対し、一つも攻撃が入らない。


「そんな目をしても、無駄だぞ。私に、攻撃を加えられないぞ。どうする?」

 島田の意識が、山崎に注がれている間、冷静に、状況を窺っていた毛利が、懇親の一撃を繰り出そうとしたが、寸前で、ほくそ笑んでいる島田の顔が、瞠目している毛利に向けられ、先ほど、山崎の脇に受けた蹴りよりも、破壊力がある一撃を、腹部に喰らっていたのである。


 その勢いのまま、毛利が飛ばされ、痛みで、すぐに動けない。

 顔を顰め、片足をついたまま、戦況を窺っていた。

 やられても、戦いから、双眸を離さない。


「山崎。沖田を出し抜きたいと思うならば、もっと、力をつけなければ、ダメだ」

 ムッとしている山崎。

 言葉をかけながらも、冷静に、動き回っていた有間の隙を狙い、島田が、それらの動きを止め、場外に出していた。

 島田の前には、山崎しか、残っていない。


 不敵な笑みを、漏らしている島田である。

 そうなるように、狙っていたのだ。


「私以上だぞ。沖田は」

「……」

「諦めるか?」

 さらに、いやらしい笑みを、島田が覗かせていた。

 静かな闘志を、山崎が燃やしている。

「私なりに、出し抜きます」


「そうか」

 どこか、沈んでいる山崎を、もう一度、浮上させるため、炊きつけていたのだった。

 ようやく、島田の意図を、読み取った山崎が、顰めっ面になっていた。

「……」

「戻ったようだな。ま、頑張れ、山崎」

「……」

 頬に、朱が混じる山崎である。


読んでいただき、ありがとうございます。

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