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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第172話

 休憩室には、沖田以外、誰もいない。

 飲み物を飲んで、休憩していた。

 先ほどまで、井上と、お喋りに花を咲かせていたが、原田たちに呼ばれ、出て行ってしまったのである。


 お喋り中は、今現在、都の中でも、危険な区域で、情報収集を行っていることは、決して、井上は、口に出さなかった。

 時折、しどろもどろしている井上の姿に、気づいていたが、気づかない振りをしていたのだった。

 当たり障りのない話を、お互いにしていたのである。


 そこへ、待機部屋から、姿を消していた近藤が、休憩室に顔を出した。

 外に出て、つい先ほど、戻ってきたばかりだった。

「「……」」


 芹沢が亡くなっても、警邏軍の中での深泉組に対する目は、変わらない。

 それでも、背筋を伸ばし、堂々と、近藤は歩いていたのだ。

 少し、ひと息つこうとして、訪れていたのである。

 まさか、休憩室に沖田がいるとは、思ってもいなかった。

 互いに、目を見張っている。


「……誰も、いないのか?」

 室内を、見渡している近藤だ。

 それほど、大きくもない室内。

 だが、何となく、見てしまっていたのだった。

 近藤としては、単独で、沖田と顔を合わせたくないと、抱いていたからだ。


 対照的に、沖田は、いいスマイルを覗かせている。

「はい。隊長は、どちらに?」

「……芹沢さんの墓参りだ」

 注がれている、沖田の双眸。


(本当に?)


 近藤が、本当のことを言っているのか、確かめていたのだ。

 だが、容易に、読み取ることができない。


(無理か……。ま、しょうがないか)


 射抜くような視線にも、近藤は、動じていない。

 ただ、見つめ返していたのである。

 休憩室の中には、緊迫している空気が流れていた。


(……相変わらず、気が抜けない男だな。……こういうところが、似ているのかもしれないな。だが、まだ、悟られる訳にはいかない……)


 不意に、亡き芹沢の姿を、掠めていたのである。

 グッと、腹の中で、気合いを溜め込んでいた。


 戻ってきた近藤は、芹沢の墓参りにいっていない。

 小栗指揮官や土方たちに、行っていた場所を、知られたくなかったので、咄嗟の言い訳として、芹沢の墓参りと、口に出していたのである。

 誰にも、今、調べてきた内容を、知られる訳にはいかなかった。


「そうですか」

「ああ」

「芹沢隊長が、誰にやられたのか、調べられないのですか?」

 まっすぐに、向けられた双眸。

 近藤が、ただ、受け止めていた。


(そう来たか)


「……。もう、死んでいるのだ。意味があるまい」

「かつての部下の人たちや、興味のある人たちは、調べているようですが?」

 清河たちの姿を、容易く、思い浮かべていた。

 必死に、彼らが、調べていることは把握していたのだ。


 芹沢が亡くなった直後は、どの組織も、懸命に調べていたが、このところ、下火になっており、少しだけ、落ち着きが見え始めていたのである。

 けれど、諦めず、熱心に調べている者も、それなりに存在していた。

 そうした中で、近藤は、自ら動かず、頼れる土方に、任せていたのだった。

 調べていた土方も、今は、調査をやめ、別な仕事に重心を置いていたのである。


「……そのようだな。沖田も、調べているのか?」

 そっけない口調。

 だが、近藤の眼光は、朗らかに、微笑んでいる沖田を捉えている。


 互いに、腹の底は読ませない。

 確実に、沖田が、探っていることは察していた。

 芹沢に可愛がられていた沖田が、探らないと、思っていなかったのだ。

「少しだけ。でも、見つけられません」


(……ホントに、少しだけなのか?)


「そうか」

「はい。もう少し、念入りに調べれば、何かわかるかも、しれませんけど。地方に出かけて、疲れてしまったので……」

 苦笑している沖田だった。


(疲れている? そんなことは、あるまい。お前のことだ、精力的に動くはず……。何か、他のことを、調べているのか? それは、何だ?……。話すことは……、しないだろうな)


「そうか」

「だから、他に、任せることにしたんです」

 瞬時に、ケロッとしている沖田。

「……そうか」

「はい」


 終始、近藤の顔が、動くことがない。

 それに対し、沖田の表情は、軽やかに、動いていたのである。


「近藤隊長。亡くなる前と後では、芹沢隊長に対する思いは、違っているのですか?」

 唐突な質問。

 顔が、動きそうになった。

 だが、懸命に堪えている。

 悟られる訳にはいかない。


「……今でも、変わらない。尊敬できる人だ」

「そうですか」

「ああ」

 まっすぐに巡らされる、近藤の眼光。


「地方が、荒れているって、言っていたが、沖田は、どうなると思っている?」

 近藤の問いかけ。

 やや首を傾げ、沖田が、考え込んでいる。

 食い入るように、見つめている近藤だ。

 地方の出と言うこともあり、地方の現状に、憂いでいたのである。

「そうですね……。この分だと、地方にある街や村は、なくなる速度が、速くなるでしょうね。今も、消滅している街や村があるのに」


 毎年、地図から、街や村が、消えていっている状況だった。

 消滅している街や村は、完全に、無人になっている訳ではない。

 人や半妖が、住んでいたのだ。

 ただ、街や村として、機能していないだけで。

 都や外事軍から、見捨てられていたのである。


「……そうした街や村を、見てきたのか」

「少しだけ」

 首を竦めている沖田だ。


 すべてを、見てきた訳ではない。

 ほんの少し、見て、かかわって来ただけだった。

 そして、そのことを、沖田も話さない。


「酷いのか?」

「外事軍がいるのと、いないのでは、圧倒的に、食べ物の量が違いますからね」

「……」

 近藤の身体が、強張っている。

 近藤自身も、経験したことで、非常に、苦しい状況だった。


「外事軍がいても、外に出て、命がけの狩りをし、凌いでいるのは、変わりないですが、その危険度が、違いますからね。ま、どうにか、生きている状況です。ただ、どこまで続けられるかが、問題ですが」

 何でもないような表情だが、口調は、少しだけ、怒気が孕んでいた。

「……」

 責められているような気分を、近藤が味わっている。


「都の人は、とても、のん気ですよね。地方が、そうした状況に、堕ちているって、知らないんですから。外事軍は、把握しているようですが。上の方は、どこまで、現状を理解しているんでしょうか」

「……」

「ま、他人事なんでしょうね」

「……」

「現状を、理解してない人たちが、好き勝手に、命令しているから、ある意味、怖いですね」

「……」

「どう思います? 近藤隊長は」


 フリーズしている近藤。

 そして、何も、答えられない。

 口角を上げている沖田の表情が、とても、恐ろしく、感じ始めている。


(……どうして、平然としていられる? いや、笑っていられるんだ?)


 自分以上に、地方のことに詳しいのに、平然と、都で暮らしている沖田のことが、ますます、理解できないでいたのだ。

 黙っている近藤を、気にすることなく、突然、沖田が立ち上がった。

「休憩時間が、過ぎってしまったので、仕事に戻ります。失礼します、近藤隊長」

 言葉を残し、沖田が、近藤の前から、姿を消したのだ。


 しばらくしてから、強張っていた力が抜けていく。

 ホッと、息をつく近藤だった。

 けれど、言葉を発することが、まだ、できない。

 その場から、動けなかった。

 結局、仕事にいってしまった沖田と、近藤が、その日、顔を合わすことがなかったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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