第171話
外事軍で、地方で赴任しているはずの堀川が、検問所で、足止めを喰らっていた。
千種には、すでに、遅れる旨を伝えていた。
けれど、待ち合わせ場所にも、いけない状況に嘆くしかない。
神経質そうな顔から、嘆息を吐いている。
遥か後方で、警護している部下や、検問所に文句を言いに、いっている部下たちに、視線を巡らせていた。
「つくづく、このところ、運がないな」
ふと、担当している地方での出来事を、頭の中で掠めている。
気づかれないうちに、誰かに、侵入された挙句、メインのコンピューターがハッキングされ、それらの対応を、させられていたのである。
面倒臭い仕事に、うんざりしつつも、上司からの命令では、背くこともできない。
部下を総動員し、犯人探しを行ったが、見つかることも叶わなかった。
また、上司から叱責があり、そのため、地方から出てくるのが、かなり、遅れてしまったのである。
「……誰が、あんな真似を」
奥歯を噛み締めている堀川。
部下たちは、誰も、気づかない。
思考を巡らせているのは、原因を作った犯人たちだ。
虱潰しに当ってみたものの、それらしい人物を、上げることができない。
影、形すら、見つかることが、できなかった。
小さく、息を吐く。
堀川たちは気づいていないが、犯人は、沖田や聖、ククリだ。
入念に細工を施し、外事軍が、あたふたするところを楽しもうと、嬉々として仕込んでいたのだった。
それにハマっていたのが、堀川たちである。
堀川を始めとして、どの顔も、うっすらと、目の下に、クマができ上がっていた。
連日の対応で、疲れきっていた。
けれど、都で遊ぶためだと言い聞かせ、無駄な仕事をしていたのである。
そして、仕事の成果がないまま、上司から、ようやく許しを得て、都に辿り着くことができたのだった。
「堀川様。もう少し、時間が掛かるみたいです」
検問所に行かせた、部下から報告がなされた。
ムッとした顔を、堀川が、露わにしている。
チラリと、後方にいるだろう部下たちの顔を確かめていた。
都だと、気が緩んでいる、部下たちの顔。
後方で、警備している荷は、地方で狩った半妖が、詰め込まれていたのだ。
視線の先を、目の前にいる部下に巡らせていた。
「何で、時間が掛かる? 身分証は、見せたのだろう?」
「それが……」
「はっきりしろ」
「はい。厳しくなったようで……」
歯切れが悪い部下だった。
半眼している堀川。
溜息しか、出てこない。
埒が明かないと抱き、自ら検問所に行くことにする。
「もういい。私が行く。お前は、緩んでいる者たちを、窘めて来い」
「はい」
部下を後方へ行かせ、検問所の方へ、足を進めていった。
検問所に、睨み聞かせ、どうにか、都に入ることができ、いつものところへ、半妖たちを運び、数人の部下たちに見張りをさせ、残りの者たちだけで、花街に繰り出していたのである。
先に来ていた渡辺たちと、会うことができたのは、堀川たちが都に入ってから、三日後だった。
「大丈夫だったのか?」
遅れてきた堀川に、声をかけている千種だ。
この前の場所とは違い、三人は、花街の奥まったところで、待ち合わせしていたのである。
会うところは、毎回、違う場所を選んでいた。
一緒にいるところを、誰にも、見られたくなかったのだった。
「検問所が、厳しくなっている」
ふてくされた顔を、堀川が滲ませている。
「「検問所が」?」
渡辺や千種は、いつも通りに、容易く入ることが、できていた。
「お前たちは、問題なかったのか」
ついつい、ジト目になっている堀川である。
「「なかった」」
二人の返答に、嘆息を漏らしていた。
「堀川。お前の方で、半妖を狩る際、邪魔する者が、現れなかったか?」
渡辺の方では、そうしたやからが、出ていない。
どこまで、そうした者たちがいるのか、確かめる必要性を、感じ取っていたのだった。
「いた」
胡乱げな眼差しを、堀川が注いでいた。
「まさか、お前たちの方でもか?」
「俺のところもいたが、渡辺のところは、いなかったらしい」
「千種のところに出て、渡辺のところには、出なかった……」
逡巡し始めていく面々。
この辺一体に、明かりが少ない。
微かな明かりだけで、それぞれの表情を、確実に、読み取っていたのである。
地方で、妖魔と戦っていることだけはあり、夜目が利いていたのだった。
「規模としては、あまり、大きくないのかも、しれないな」
千種と堀川の赴任場所は、ある程度、離れているが、渡辺ほど、大きく離れていない。
沖田やククリたちの仕業とはわからず、それなりの規模を持っている組織が動いていると、彼らは読んでいたのである。
「いずれ、俺のところにも、出てくるかもな」
「用心しろ。かなりの手練だ」
「そんなにか」
「部下が、何人か、殺られた」
苦渋を滲ませている堀川だ。
使っていた部下たち複数が、襲われ、命を落としていた。
「……うちのところは、死人は、出なかった」
怪訝そうな顔で、千種が呟いていた。
「どこに、所属していると、踏んでいる?」
意見を求めている渡辺。
「わからない。だが、どこの組織でも、俺たちが、やっていることを、気に食わないと思っている連中がいるからな」
千種たちは、自分たちの行為が、他の組織で、疎んじられていることを認識しつつも、手を染めていたのである。
「そうだな。もしかすると、いくつかの組織が、動いている可能性もあるな」
「……複数か。俺は、少人数で、動いているように、思うんだが?」
渡辺の言葉に、考え込む二人だ。
「まったく、証拠すら残さないなんて、どういう連中だ」
千種が、首を傾げている。
「証拠を残していても、全部、無駄骨だ」
忌々しげな双眸を、堀川が巡らせていた。
証拠が出るたび、動き回され、結果、何も得ることができなかったからである。
「物凄く、頭の切れるやつが、いるのかもしれない」
渡辺の呟き。
「芹沢か」
「やつは、死んでいる」
芹沢の名を出した千種を、堀川が睨んでいた。
「本当に、死んでいるのか?」
睨まれても、なお、問いかけていたのだ。
「まるで、芹沢がしているかのようだな」
少し投げやりな口調の渡辺である。
「……」
堀川の眉間は、芹沢の名を、耳にした途端、険しくなっていたのだ。
彼らの中で、無駄のない筋肉を携えている堀川が、強かったのだった。
その堀川ですら、芹沢の腕に、敵わなかった。
何度も、苦水を飲まされていたのだ。
「墓でも、掘り起こすか?」
何気ない、千種の言葉。
「芹沢の墓としてあるのは、ダミーだろう」
呆れた表情を、渡辺が覗かせている。
「何で」
「あいつの部下が、許すと思うのか」
「銃器組時代のか」
「ああ」
「だな」
「墓を起こしても、無駄だ。だが、いくつかの証言はあるし、銃器組の時代の幾人かの部下たちが、芹沢を仕留めたやつのことを、探っている」
これまで、調べていたことを、渡辺が口に出していた。
彼らと会う前に、できるだけ情報を集めようと、搔き集めていたのだった。
「マジか。で、成果は」
渡辺が首を振っている。
「……そうか」
落胆の色を、千種が注いでいた。
「今後のことを考えると、半妖を庇っている連中を、探ることを視野に、入れておくべきだな」
堀川の意見に、賛同していた。
「だが、行動は、慎重にするべきだ。俺たちが、目立つ動きをすることによって、組織に知られる可能性もあるからな」
慎重に動くべしと言う渡辺の意見。
頷いている千種だ。
「悠長なことは、言っていられないだろう? ここまで、してやられているんだぞ」
「だからこそだ」
「……」
納得いっていない堀川。
だが、有無を言わせない渡辺の姿勢に、言い返すことができない。
「……。ここで、俺たちが争っても、連中を、活気づかせるだけだぞ」
一戦交えようかとしている二人を、千種が窘めていた。
「「わかっている」」
「都に残っているやつらにも、頼むべきだ」
「そうだな」
強張らせていた肩を、下ろす渡辺だ。
「千種の方で、連絡をしてくれ」
「わかった」
「俺は、芹沢の件を、もう少し、洗ってみる」
「深入りして、俺たちの存在に、気づかれるなよ」
まだ、不満が残っている堀川が、目を細めている。
「わかっている」
「なら、いい」
静かな攻防を広げている二人。
千種が、やれやれと、首を竦めていたのだった。
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