第170話
騒がしい座敷を、密かに抜け出し、人気がない場所へと、入り込んでいく渡辺。
仲間たちにも、気づかれないようにだ。
誰にも、見られる訳にはいかない。
細心の注意を、払っている。
だが、それを気取られる真似は、していなかった。
人気がないと言っても、数人の者と、すれ違ったりしていたのだった。
「遅くなって、すまん」
すでに待っている男に、渡辺が、声をかけていた。
かなり、待たせたと言う自覚が、渡辺の中であったのだ。
なかなか、騒いでいる部屋から、抜け出すことができなかった。
ようやく見せた渡辺の姿に、僅かに、安堵している男だ。
待っている男も、地方に勤務する者で、渡辺とは、違う地方に、勤務していたのだった。
名を千種と言い、境遇は、渡辺と同じで、三男と言う立場だ。
実家で、厄介者になっている、彼らのような立場の者が、外事軍に入り、地方に勤務していたのである。
外事軍ならではの、空気感を醸し出していた。
本人たちに自覚がない。
外事軍と見られないように、装っている節の方が大きかったのだ。
それでもなお、外事軍の独特のオーラを、放っていたのである。
「いや。それよりも、何か、情報を得られたのか?」
「いや。こちらでも、誰が、芹沢を襲撃したのかと、右往左往しているようだな」
「そうか」
逡巡している千種だ。
その眉間には、しわが寄っていた。
目的の一つである、芹沢のことを話すため、彼らは、密かに、会っていたのである。
「堀川は?」
もう一人、ここにいるはずの男がいないことに、渡辺が聞いたのだった。
「問題が起こって、遅れると、連絡があった」
「何か、あったのか?」
険しい顔を、渡辺が覗かせていた。
このところ、彼らの中で、騒がしくなることが多く、訝しげていたのである。
「ハッキングされたらしい」
「ハッキング? 外事軍のものをか」
驚きを隠せない、渡辺だった。
地方とは言え、それなりの設備などが、彼らの拠点に、整えられている。
だが、抜け穴も、いくつか存在していたのだ。
「ああ。地方だから、警備も、緩いからな」
「だが、それでも、警備を、厳重にしているだろう?」
「その通りだ。それを、あっさりと、やられたらしい」
「一体、誰が?」
「わからない」
「わからないことばかりだな」
嘆息を漏らす渡辺である。
千種も、小さく、溜息を吐いていた。
一見すると、千種は、どこにでもいるような顔をしている。
それに対し、渡辺は、少し顔が濃い。
「本当に、芹沢のやつ、死んだのか?」
訝しげている表情を、千種が、滲ませていた。
芹沢が死んだと聞き、最初、何のデマかと巡らせていたが、真実だと伝わってきても、未だに、信じられなかった。
ここにいない堀川も含め、芹沢のことを、幼い頃から知っている、知り合いでもあったのである。
芹沢と知り合いと言うことは、誰も、公にしていない。
そして、三人それぞれ、お互いのことを、幼い頃からの知り合いだと、周りにも公言していなかった。
外事軍に入ってから、顔見知りになったと言う感じを、誰も、装っていたのである。
繋がっていると知られ、過去を詮索されたくなかったのだった。
だから、余計なことを口にせず、外事軍に潜んでいた。
「どういう状況だったんだ?」
先についていた渡辺に、事情を尋ねていた。
地方から、都に入ってくるのが、早かった渡辺。
できるだけ、集められる情報を、集めているだろうと、踏んでいたからだった。
「一人だったのか?」
「いや。用心深いやつだから、そんな真似をしないだろう」
「だな。で」
「花街の女といたが、周囲を守らせていた」
渡辺の返答に、千種は芹沢らしい対応だと、巡らせていたのである。
いかに、用心深く、いやらしい人物なのかと、把握していたからだ。
それと同時に、厳しい中で、行われた死闘に、戦慄を憶えていたのだった。
「生き残りは、いないんだろう?」
「勿論だ。全員、殺されていたらしい」
「……。大掛かりな仕事だな」
「だろうな。芹沢まで、仕留めるのだからな」
「敵に、回したくないものだ」
「ああ。厄介だな」
同意している渡辺。
今後のことの対策を練るため、三人は、集まろうとしていたのである。
「どれぐらい、つれてきた?」
逡巡している渡辺を、千種がしっかりと捉えている。
「んっ? あー。いつもの三分の二ぐらいだな」
「そんなにか」
目を見張っている千種。
渡辺よりも、少なかったからである。
「そっちは」
「半分もいっていない。半妖を集めるのも、このところ、ままならないな」
「どうした?」
「襲われた」
苦虫を潰したような、千種の形相だ。
半妖を狩っていた千種たちは、何者かに襲われ、半妖を狩るのを、何度か邪魔されていたのである。
「襲われた? 俺たちをか?」
「ああ」
「半妖たちの抵抗か?」
「わからない」
「……」
渡辺たちは外事軍として、地方に赴任し、妖魔と戦い続けていたが、その一方で、地方にいる多くの半妖を、生きたまま狩って、都で狩りを商売としている売人に、高値で売っていたのである。
小銭を稼いで、都の花街で、使って遊んでいたのだった。
「いろいろと、話さないと、ダメなようだな。でも、……今日は、無理そうだな」
小さく、嘆息を零していた。
渡辺自身、何度も、抜け出す訳には、いかなかったからである。
それは、千種も、同じ立場だった。
「そうかもしれない……」
「家に、顔を出すのか?」
窺うような、渡辺の眼光だ。
「帰る訳ないだろう、あんなところ」
「そうだな。だが、俺は、顔を出さないと」
「どうした?」
意外そうな顔を、千種が巡らせている。
同じ境遇からこそ、家族から、どういう反応をされているのか、わかっていたのだった。
「説教だろうな。いつまで、遊んでいると」
「……くだらないな」
「だろう。戻ってきても、厄介者になるだけだろうし、それを理解しつつも、口を開かないと、気が進まないらしい」
「ま、頑張れよ」
「知られたくなかったのに……」
徐に、渡辺が、顔を歪ませていた。
実家に、戻っていることを知られたくなかった渡辺だった。
だが、花街で遊んでいるところを、親戚の者に見られ、あっと言う間に、実家に話がいってしまったのだった。
「ひとまず、解散だな」
「堀川と連絡取れたら、いつものように連絡する」
「頼む」
千種と別れ、渡辺は、仲間がいる部屋へと戻っていった。
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