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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第169話

 地方から、一時帰省をしている外事軍。

 密かに、花街に、訪れていたのである。

 それも、外事軍の本部や実家に、帰らずにだ。


 秘密裏に、都に帰ってきていることは、外事軍も、他の軍も、把握はしているが、あえて、指摘はしていない。

 第一線で、戦っている彼らに、見て見ぬ振りをするのが、日常化していたのである。




 土方の馴染みである花穂が、廊下を歩いていた。

 立ち振舞いに、見惚れるほどだ。


 花街では、昼間と、見間違うほどの灯りで、大通りが照らされ、華やかで賑わっていたのだった。

 ただ、一本、裏道に入り込めば、その雰囲気は、がらりと、変わっていた。


 普段よりも、花穂は、化粧を厚めにしている。

 このところ、顔色が、悪かったせいだ。

 気分が優れなくても、仕事は、しなくてはならない。


 可愛がっている小梅が亡くなり、塞ぎ込んでいたが、客の前では、笑顔を覗かせていた。

 芹沢たちが亡くなっても、花街の賑わいが、なくなることがない。

 いつものように、花街にある御茶屋などは、何かと、騒々しかった。


 ふと、足を止める。

 庭を挟んだ、向かい側で、ひと際、大きな声が響き渡っていた。

 騒がしい声と、芹沢たちのお座敷を、重ね合わせている。

「何で……」

 沈んだ顔を窺わせる花穂が、か細く呟いていた。


 芹沢たちの事件後、原因究明が進んでいないことに憂い、土方に、誰に、小梅たちは殺されたのか、突き止めてほしいと、懇願したが、土方の返答は、芳しくないものだった。

 そうした土方の反応でも、彼の仕事を、断ることもできない。

 鬱屈とする日々を、送っていたのだ。


 小さく、嘆息を吐いていた。

 ここには、芹沢たちの事件前と、変わらない日常が、続いている。

 ただ、芹沢たちや小梅が、いないだけで。

 今日も、人気が高い花穂は、いくつかの座敷に、呼ばれていた。

 足が縫い止められたように、動かない。


「小梅……」

 不意に、小梅の笑顔を、浮かべてしまっていた。

 もう、ここにはいない。

 クシャッと、顔が歪みそうになる。

「花穂じゃないか?」


 声をかけられるまで、背後に人の気配を感じていなかった。

 振り向き、先ほどの憂いを帯びた表情ではない。

 あるのは、艶のある笑みだ。

「……渡辺様。お久しぶりです」

 見事な所作で、花穂が、挨拶していた。


 渡辺と言う男は、ラフな格好をしているが、地方にいっているはずの外事軍だった。

 任務で、地方にいっているはずなのに、息抜きをするため、たびたび、都に戻っていたのである。

 そして、実家に帰らず、花街に、顔を出していたのだ。


「久しぶりだな。花穂、少し、痩せたか?」

 窺うような、渡辺の眼差し。

 射抜かれそうになり、グッと、腹に力を込めている。


 渡辺は都出身で、実家は、徳川宗家に仕える家臣の一つだった。

 彼自身、四男と言うこともあり、後を継ぐ人間でなければ、スペアでもなかった。

 そのため、外事軍に入り、地方を転々とし、三十半ばと言う年齢でありながら、未だに、都には、戻っていない。

 都に戻ってきても、実家では、厄介者の立場だったからだ。


「このところ、窃盗団が出ておりますので、何かと、心配で……」

 不安げに、顔を伏せていた。

「そうか。そういえば、窃盗団が、都の中を、荒らしていたんだったな」

「はい。向こうの方は、どうなっているんですか?」

「窃盗団は、日常茶飯事だからな」


 軽く、笑っている渡辺だ。

 亡くなった小梅を、思い出していたことを、一切、感じさせない。


「そうですか」

「ああ」

「何かと、危険なんですね。荒れているとも、耳にしていますし」

 僅かに、花穂が、顔を曇らせている。

「それなりにな」


「お身体を、気をつけてくださいね」

「ああ。そういえば、深泉組の芹沢が、死んだようだな」

 花穂の身体が、フリーズしていた。

 その姿に、渡辺は、気にも掛けない。


「……。渡辺様のお耳にも、入っていらっしゃるんですか?」

「まぁな。まだ、誰に襲われたのも、わかっていないようだな」

 微笑んでいる花穂に、注がれる渡辺の眼光。

 注がれている花穂も、そらそうともしない。

 しっかりと、受け止めていたのである。

「そのようです」


「あれは、相当、恨みを買っていたからな」

「……渡辺様は、芹沢様のことを、ご存知だったのですか?」

「花街で、何回か、見かけた程度だ」

「……」

「いろいろと有名人だからな」

 笑っている渡辺だった。


(ホントに? あの目は、探っている目だったけど……。もしかして、芹沢様は、渡辺様か、或いは、渡辺様の近くにも、出没していたのかしら?)


 思考を読まれないように、花穂の方も、注意を怠らない。

「そうですね」

「それに、噂も、こちら側にも、流れていたし、軍が違うのに、こちらも、相当、脅された者もいるらしい……。聞いていないか? そんな話を」

 僅かに、嘲笑しているような、渡辺の顔だ。


「芹沢様は、幅広い方でしたから」

 困ったような顔を覗かせていた。

「そうだな。芹沢が死んで、多くの者が、喜んでいような」

「どうでしょうか?」

「一体、誰が、芹沢たちを、襲わせたのだろうな? 噂程度でもいいから、何か入っていないのか?」

 さらに、窺うような眼差し。


(どこも、かしこも、芹沢様たちの情報を、欲しているようね)


「さぁ。私のところには」

 首を傾げてみせた。

 花穂自身、喉から手が出るほど、欲している情報でもあったのだ。

 けれど、噂が、いろいろと流れているだけで、真実かどうかは、わからないものばかりだった。


「そうか」

 残念そうな形相を、渡辺が、滲ませていた。

「渡辺様は、随分と、ご興味が、あるみたいですね」

「それなりに、興味はあるだろう。都中に轟かせ、ふてぶてしく振舞っていた男が、死んだと、なれば」

 口の端を上げている。


「……」

「この手の話は、何かと、皆を楽しませることが、できるだろうしな」

「……」

「花穂は、興味がないのか?」

「いいえ。勿論、ございます。私としても、一体、誰にやられたのかと」

「そうだろう」

 したり顔の渡辺だ。


「はい」

「ところで、私の座敷に、顔を出せ」

「他の座敷に、呼ばれていますので」

 いくつか声をかけられ、そこへ、顔を出すことになっていた。

 ただ、気乗りしないので、未だに、顔を出していない。


「いいではないか」

「渡辺様……」

 強引に、花穂を自分の座敷に、連れて行く渡辺だった。


 渡辺たちの座敷では、地方から戻ってきた外事軍たちが、女と共に、騒いでいたのである。

 花街で、人気の高い花穂が、部屋に入ってきた途端、外事軍たちが、色めき立つ。

 すでに、大量の酒を煽っているようで、多くの者たちが、でき上がっている状態だった。

 やれやれと、首を竦めている花穂だ。

 酔っている相手をするのは、骨が折れたのである。


「随分と、飲まれましたね」

 賑わっている中に、手馴れたように、華やかな花穂が入っていく。

 芹沢たちのように、豪勢な席に、なっていた。


(一体、どこから、こんな大金が?)


 にこやかに、男たちの相手をしていく。

 別な座席に呼ばれている花穂が入ってきて、仲間たちは、微かに、怪訝そうになるが、表に表れることはない。


 空いている女が、客たちに気づかれないように、外に出て行く。

 渡辺によって、こちらの座敷に来ていることを、知らせるためだ。

 迎えの声が掛かるまで、渡辺たちの座席の相手をするかと、にこやかな笑顔の裏で、意気込んでいたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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