第165話
近頃、都の中で、窃盗団が出回っており、日々、街を荒らしていたのである。
都を守る警邏軍も、黙っている訳ではない。
躍起に、捜索に、当たっていた。
汚名返上とばかりに。
銃器組を、ほぼ動員し、窃盗団を捕まえようと、必死になっていたのだ。
窃盗団も、銃器組よりも上手で、銃器組の捜査を、軽々と、潜り抜け、都の至るところで、窃盗が行われ、静かな夜が、奪われつつあったのである。
これ以上の失態を、犯す訳にはいかない。
だが、窃盗団を捕らえられない現状が、続けられていた。
これまでしていた仕事を、上層部から止められていた、深泉組にまで、動員が掛かり、見回りの仕事が、入ってきたのだった。
そうした面からも、警邏軍の本気度が、窺えたのだ。
深泉組にとって、久々の仕事だった。
昼夜問わず、励んでいる。
そうした中、久しぶりに仕事に、励んでいる者もいれば、やる気ができない者や、仕事をしたくないと、嘆いている者もいたのだった。
勿論、深泉組の中で、動けるのは、近藤隊だけで、芹沢隊や新見隊で、残っている隊員たちは、このような状況においても、自宅待機を解かれていなかった。
完全に、二つの隊を、動かせる状況ではない。
その分の仕事すべてが、近藤隊に、圧し掛かっていたのだ。
銃器組は、このところの失点により、都の評判が、がた落ちしていた。
そのことが、銃器組の矜持に、触れていたのである。
銃器組内の空気も、暗雲が、立ち込めていたのだった。
深泉組も、動員されたにもかかわらず、窃盗団の情報を、何一つ掴むことができない。
日数だけが、瞬く間に、過ぎていった。
休みなく、二十四時間も働き、深泉組の隊員にも、疲労が蓄積されていく。
それでも、情報を少しでも得られるように、動き回っていた。
街の中に、出払っている斉藤班。
見回りを、ある程度のところまでし、集まって、意見交換をしている。
沖田がいる以上、民衆の注目を浴びていたが、沖田の存在に、慣れつつある斉藤班は、誰一人として、気にする様子がない。
見られていることが、通常運転化していた。
街の人たちも、真剣に話し合っている最中に、声を掛ける者がいない。
「どうだ?」
斉藤班の中で、意見交換を仕切っているのは、班長である斉藤ではなく、安富だ。
安富の双眸が、別行動をしていた牧や保科に、傾けられている。
「これと言って……」
二人が、首を振っている。
思わず、安富が、嘆息を零していた。
この数日、窃盗団に関する情報が、何も、得られていない。
こんなことは、初めてで、安富自身、戸惑っている。
(どういうことだ?)
訝しげな安富に対し、斉藤の表情は、いつもと変わらなかった。
そんな斉藤を、隊員たちは、気にしない。
班長である斉藤がいなくっても、斉藤班は、安富がいれば、きちんと機能していたのである。
「大丈夫ですか? 安富さん」
気遣う、沖田の双眸。
誰の顔を見ても、顔色が、優れていない。
安富は、沖田と組んで周り、斉藤は、独自に動いていたのである。
「私の方も、情報を得ることが、できなかった」
感情がこもらない声で、斉藤が答えていた。
「……普通は、何らかの情報が、入っていいものの、これだけ探っても、ないってことは、どうなんですかね」
思案顔を、覗かせている保科。
保科の言葉通り、この状況は、異常とも言えたのだ。
普通、何らかの情報があっても、おかしくはない。
ニセの情報すら、入っていなかった。
「溶け込むのが、上手いんでしょうね」
ニコッと笑って、安易に、沖田が、窃盗団を評価している。
「地方にも、そうしたやからが、多いのか?」
眉間にしわを寄せつつ、安富が、口に出していた。
「普通ですよ。ただ、ここまで情報がないって言うことは、ありませんでしたけど」
首を傾げている沖田。
上手く、雲隠れしている窃盗団を、いくつか把握していた。
地方にいた際は、共に活動していた時も、あったのだ。
行動を一緒にしていた窃盗団は、弱い立場の者は、襲わない。
金を溜め込んでいる権力者を、襲っていたのである。
「……随分と、地方のやからが、入り込んでいるってことか?」
斉藤の眼光が、沖田に、注がれている。
「そうなりますね」
あっさりとした返答だ。
斉藤たちは、沖田が、窃盗団の一味に、加わっていたとは、読み取ることができない。
誰も、そうした状況を、見てきたと、巡らせていたのだ。
地方の人間が、都に入ってくるには、いろいろな手順必要であり、何かと、多くの書類も必要だった。
そのため、地方の人間が、都に入るのは、何かと、大変だったのである。
「検問所を、探ってみるか」
何気なく、牧が、呟いていた。
検問所の人間が、所属しているのは、外事軍であり、検問所に関しては、これまで、当っていなかったのだった。
話を聞くにしても、何かと、煩雑な書類が必要だったからだ。
「検問所の人って、話を聞いてくれますかね……」
渋面している安富。
同じ警邏軍でも、煙たがられている深泉組なのに、まして、自分たちの話に、耳を傾けてくれるとは、到底、思えなかったのだ。
「無理かと、思いますよ。そうしたやからは、検問所にも、顔が利くことがありますし、書類の偽造も、お手の物だと、思いますから」
沖田の意見。
さらに、安富が、顰めっ面になっていく。
八方塞で、身動きが取れない状態に、陥っていた。
「……」
「沖田さんは、詳しそうですね。そうしたことに」
保科の双眸が、微笑みを浮かべている沖田を、捉えている。
「はい。蛇の道は、蛇ですから」
何とも言えない顔を、牧や保科が、滲ませていた。
険しい顔を、安富が、覗かせていたのである。
斉藤だけが、顔色一つ変えていない。
「別なアングルで、探ってみるしかないか?」
「別なアングルって、何ですか? 安富さん」
眉間にしわを寄せている安富を、保科が、窺っている。
「……それを今、模索している……」
「失礼しました」
「他のところは、どうなんだろうな?」
街の中に、視線を巡らせている牧だ。
「そうですね。何か、情報が得られれば、いいんですが……。ところで、巷で起こっていた殺人事件の捜査って、やっているんですか?」
至って、沖田の表情に、真剣さが表れていない。
「一応、捜査は、しているようだぞ。ただ、進展が、見られないようで、縮小しているみたいだが?」
思考を巡らせながらも、安富が、答えていた。
勿論、殺人事件も、気になっていたので、安富個人が、独自に、銃器組に探りを入れて、情報をいくつか、聞き出していたのである。
「あー。沖田さんが、休んでいた時に、起こっていた事件ですね」
手伝いの声は、かけられなかったが、噂程度に、保科も知っていたのだった。
牧や斉藤も、把握していたので、頷いていた。
「山南さんから、沖田ではないのかって、詰め寄られちゃいましたよ」
あちゃーと言う顔を、牧と保科が、覗かせている。
斉藤の眉が、やや動いていた。
面白くない形相を、安富が、滲ませていたのだ。
「疑っているのは、少しだけだって、言っていましたけど」
「他に、何か、言われたか?」
真摯な眼差しを、安富が、注いでいる。
「心当たりがないかって、言われました」
「それで?」
「鮮やかな筋だったので、そのことを言いました。それと、剣を教えてくれた、兄のように慕っていた人の剣の筋に、似ていると。ですが、地方のいる人なんて、今現在、生きているのか、死んでいるのかは、不明と言うことも、話しておきました」
「そんなに、似ているのか? そもそも、傷を見ただけで、わかるものなのか?」
訝しげに、牧が、疑問を呈していた。
「少しだけ、似ているかなって、感じた程度です」
「そうか」
「はい。斉藤班長は、どうですか?」
沖田の言葉に、誰の視線も、無表情でいる斉藤に、注がれていた。
「同じだ」
「そうですか」
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