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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第17話  不服な隊員たち

 近藤隊は全員待機部屋に集合が掛かった。

 集まったところで土方が颯爽とする姿で隊員たちの前に出る。

 誰の目も一直線に土方に注目していた。


「先程も説明したが、これより取締りを行う。摘発場所は嶋原の外周辺のこの辺りだ」

 事前に用意してあった地図で、摘発するエリアを指し示していく。

 隊員たちの何人かは、まったく聞いていない様子だ。

 不貞腐れている隊員も混ざっている。

 予想外の取締りの仕事にやる気が失われていた。


(やる気、ゼロだな。もう少し、シャキッとできないものか。……だが、だれるのもしょうがないか……)


 こんな性急な取締りの仕事が普通なかったのである。

 それに摘発エリアが広範囲で、これだけの人数で行うには無理があった。どう考えも、最低もう一つの隊が必要だった。

 小栗指揮官は深泉組の悪いイメージを払拭させるためと、真面目に仕事に取り組んでいるアピール、それに次々と問題を起こす芹沢隊や新見隊の鬱憤を吐き出させるために銃器組から嫌味を言われながらも、この取締りの仕事を取ってきたのだ。


「副隊長。無理だよ、どう考えても、これだけの人数でやるのは」

「逃げられますよ」

「中止にして、計画をやり直すべきです」

「もう少し範囲を削るべきかと……」

 異論の声があちらこちらで飛び交っていた。


 全然止む気配がない。

 無表情でいる土方も無論百も承知だった。

 指し示したエリアはすでに土方自身が絞り込んで、ここまで縮めたのである。

 そんな状況下で沖田や斎藤、山南らはじっと土方の次の言葉を待っていた。

 その表情は不安の欠片もなく、落ち着き払っている。

 彼らはやると決めたなら、やる男だと知った上で黙っていたのだ。

 黙って不満の声を聞いている土方はずっと目を閉じていた。

 悪い膿は出し切った方が、次に進めると踏んだからだ。

 頃合いを見計らって、土方は目を開き、口も開く。


「すでに絞り込んでいる。取締りを行う、これは絶対だ」

 有無を言わせない土方。

 ピタリと飛び交って声はおとなしくなった。

 待機部屋全体に冷気なものが漂っている。

 誰も本気でキレた土方に敵う者などいない。


「確かに範囲が広すぎる。もっともな意見だ」

 隊員の顔をゆっくりと見渡していく。

「だが、この人数でもまかなえる。だから、今日の取締りの仕事を中止にすることは一切ない。肝に銘じておくように」

 誰も歯向かう者はいなかった。

 最後に威圧するオーラを全開で放出している。


(ミスを最小限に抑えなければ……)


 隊長の近藤に恥をかかせる真似はできないと心に誓う。

 冷淡な顔で、隊員たちを一蹴し始める。

 自分の身が大切とばかりに、小声で文句を言う程度だ。


 正面の画面に新たな地図が映し出される。

 そこには取締りの場所が各班ごとに出ていた。

 指示が終わると、まだ不満顔の隊員に、眉間にしわを寄せて無言の威嚇を見せつけた。

「……」

 待機部屋に沈黙だけが広がっている。


 そんな重苦しい隊員の中で人だけ違っている者がいた。

 噴き出して笑いたい衝動を沖田はどうにか堪えていたのだ。


(兄さん、あんなに怒っちゃって。相当機嫌が悪いんだな)


 それとなく、前に立つ土方の顔を窺う。


(笑うなよって、顔に書いてあるけど……。無理だよ、そんなこと……。だって、怒っている、兄さんって、面白いんだから。……それにしても、こんなに機嫌が悪くなるのだったら、取締りの仕事、引き受けなければいいのに……)


 無謀な仕事の内容に冷静に分析していた。

 この範囲でも土方が苦労して、縮めたのだろうと沖田は推測していたのである。

 改めて自分の兄の優秀さに感嘆した。


(さすが、兄さん。こういう細かい作業が上手いんだよな)


 チラッと騒いでもいいはずの原田たちの方へ視線を注ぐ。

 おとなしくしている様子が、少し滑稽で笑いのツボに入りそうになるのをどうにか我慢する。原田たちは土方の鬼の形相に慄いて口を塞いでいたのだ。

 不満の声は優等生の班である山南班や島田班から零れていた。


(あの怖い顔に勝てる人間なんているのかな……。それに早く終わらないかな、いつまでこんなこと続けているんだろう。さっさと終わらせれば、いいのに)


 沖田の不真面目な仕草を兄である土方は最初から気づいていたが、無視していた。周囲からすれば、いつもの様子と変わりなかったからだ。


(笑ってみろ! こんなところで。ただでは置かないからな、ソージ。それにちゃんと、俺の話を聞け、何だ、あの態度は)


 笑いを堪えている沖田に、一瞬だけ睨みをきかせる。

 僅かに口元が茶化すように笑うだけだ。


(あのバカ)


 さらに目を細め、我慢しろと無言で訴えた。

 土方自身、形相一つで弟を黙らせられるとは思ってもいない。

「準備に取り掛かるように。そして、伍長は残ってくれ」

 解散の声にそれぞれ散っていく隊員たち。




 残された伍長の面々は、土方と共に近藤隊長のところへ行った。

 近藤は自分の席で両肘をついて手を組み合わせている。土方が隊員たちに説明する姿を眺めていた。終わると同時に交差させていた指の上に顎を乗せ、穏やかな顔で待っていたのだ。


 静かに待っていた近藤の前へ山南が立つ。

 開口一番に口が開く。

「規律違反ではないのですか?」

 容赦ない言葉に居心地が悪い。


 山南初めとする数人の者たちは、芹沢隊や新見隊がこの取締りの仕事を放りだしたと見抜いていた。一つの隊で行う範囲を超えていた。けれども、土方が説明している際に、そのことは誰も口にしなかった。

 騒ぎが大きくなるだけだったからだ。


「どうなのですか?」

 厳しく問い詰める山南の返す言葉もない。

 規律に厳しい山南や他の者たちから意見されることは最初から見込んでいたが、言われると申し訳なさが増していき、近藤は困ってしまう。

「説明する義務があなたにはあると思いませんか?」

 まっすぐに近藤を見据え、はっきりと言い切った。

 説明を求められると思い、この場を近藤は覚悟の上で用意したのだ。


「芹沢隊と新見隊は、別件の仕事で出られない」

「そう言われたのですか? そして、それを信じたのですか?」

「ああ。信じた」


「別件何て、ある訳ないでしょ!」

 声を荒げる山南。

 それを冷静に受け止める近藤。

 土方はただ黙っているだけだ。

 すでに近藤から黙っているようにと頼まれていた。


「そうとは言い切れない」

「どこまであなたは甘いんですか」

「迷惑をかけるな」

「報告するべきです、小栗指揮官に」

「それは無用だ。私たちで取締りは行う」

「報告もしないのですか」

「しないと申したはずだ」

「近藤隊長!」

「すまない。山南さん」


 山南と同意見の島田は対照的な二人の顔を見比べる。一方的に言う山南とは違い、苦しい立場の近藤を慮ることはできたが、今回の取締りの件だけは納得できなかった。

 大切な部下をみすみす危険がある場所へ、簡単に出向かせる訳にはいかないからだ。

 正論な山南に珍しく賛同し、島田は近藤に対して意見を述べる。

「範囲を狭めたとは言え、後十人はほしいところです。何とかならないのですか? 売春婦たちを仕切っている輩があの辺には多くいます。時間をかければ、かけるほど、厄介になってきますよ。改めて、別の日にならないのですか」


 もっともな意見だった。

 陰で操っている者たちが出てこないはずがなかった。

 無登録の売春婦たちが個人で仕事をしている訳がなかったのである。

 何らかの組織に属しているのだ。


「何が規律違反なんだ?」

 話の意図がわからずに、原田が話に加わった。

「何で芹沢隊や新見隊が出てくる?」

 険悪のムードにも気にせずに、原田はヅカヅカと入り込んでいった。

「わかるように言ってくれよ」

 話の腰を折った原田を鋭い眼差しで睨む山南と土方。

 苦笑交じりで見つめる島田と近藤。

 バカと呟く永倉。

 無表情でいる斉藤。


「な、永倉。お前はわかっているのか」

「興味はないが、たぶん芹沢隊と新見隊がすっぽかしたから、怒っているんだろう」

「俺たちもすっぽかすか」

「逃げたら、切る」

 どすのきいた声で土方が言い放った。


「……何で、あっちは良くて、こっちはダメなんだ」

「諦めろ、サノ」

「シンパチ……」

 芹沢隊や新見隊がいようといまいと暴れることができると、それだけで頭がいっぱいだった。


 まだ諦めきれない原田は島田に顔を傾ける。

「甲斐」

「逃げられん、諦めろ」

 黙り込んだところで、島田は話の矛先を戻す。

「私たちの手だけでは無理です。増員すべきです。銃器組から人手を借りて」

「……」

 厳しい現状だと認識は近藤も痛感していた。

 それにこれ以上の人数も集まらない状況も把握していた。


「ごちゃごちゃ言っても面倒だ。もーこの際だ、思いっきり暴れてやる。いいだろう、近藤隊長」

 どこまでいってものん気全開な原田。

 クスッと近藤は笑う。

 そんな原田に救われたからだ。


「だな。せっかく酒を飲んで楽しもうとしていたのに、潰されたからな。その分、好きにやらせて貰う。暴れて発散させるぞ」

「言えてる」

「そういう問題じゃない、サノ、シンパチ」

 何も考えていない二人を島田は窘めた。


「部下を危険な目に合わせることになる」

「危険と隣り合わせにいることはわかっていることだろう? ここにいる時点で」

「……だが、レベルが違いすぎる。この計画は無謀すぎる」

「無謀? 俺たちはいつも無謀なことやっているだろうが?」

 原田に同調するように永倉も参戦した。

 早くこの論戦を終わらせて、身体をほぐしたかったからだ。


「永倉、遊びじゃない。部下のことを考えろ。私たちは……」

「甲斐。俺はいつも死と隣り合わせにいると思っているぞ。お前は違うのか?」

 冷静な声で原田が島田の言葉を塞いだ。


「……私だって、そう思っている」

「だったら、あいつらだって覚悟はできている」

「サノ……」

 原田の言葉でハッとさせられた。

 無邪気に笑っている顔を見つめる。


「大暴れしてやろうじゃないか。俺たちの強さをわからせるチャンスだ」

「だな。散々バカにしている連中に」

「銃器組なんかに手を貸して貰わなくても、俺たちにはできる」

「サノ、シンパチ……」

 懸念が綺麗さっぱりと払拭された訳ではない。

 けれど、しっかりとした覚悟が島田の中ででき上がりつつあった。

 笑っている二人につられ、島田の口角が上がる。


 一人になっても諦めない山南は、視線の先を近藤に戻した。

「答えてくれないか、近藤隊長」

 答える素振りを見せず、ただ同じ姿勢でいる。

 それが余計に山南の苛立ちを煽った。


「近藤隊長!」

 ゆっくりと落としていた視線を近藤が上げた。

 そして、鼻息荒い山南を捉える。

「……芹沢隊長たちのやり方がある。それを私の口からは何も言えない、それだけだ。それぞれの隊にはそれぞれのやり方がある。私は、私のやり方を通すまでだ」

 意志の硬い目をしている。

 何を言っても動かない強さを表していた。

 悔しさで山南は唇を噛み締めた。


「お荷物がいない方がましだと思いませんか? 山南さん」

 声に促されるように土方に顔を傾ける。

「芹沢さんたちに問題行動を起こされて負担をかけられるよりか、いない方がいいと思いませんか? 何度芹沢さんたちによって、命を落としかけたのか、山南さんなら知っているはずです」

「……」


 土方の話にも一理あった。

 以前二つの隊のせいで、隊員の命を落としかけたことがあった。その事実を思い返していたが、命じられたのに出動しない規律違反も許せなかった。


「問題行動を起こされ、仲間を危険に晒すのも、命じられた取締りに参加しないのも、同じように大問題ではないのか? 土方さん」

「「……」」

 近藤も土方も何も言えない。

 山南と土方は互いに注視し合っている。

 剣を交えることも、互いに辞さない勢いだ。

 緊迫している状況を目にして、また始まったなと近藤は嘆息を零す。


「土方さん。芹沢隊長を今すぐに呼び戻すべきだ。居場所の検討ぐらいついているのだろう? ここに連れ戻すべきだ」

 微動だに動かずに低い声で土方に話しかけた。

 同じように動かずにまっすぐに山南を視界に捉えている。

 互いに譲れない一線があった。

 規律と忠義。


「必要がない」

「どこにいる? わかっているのだろう?」

「必要がない」

 二人の間に重い空気が流れ込む。

 バチバチと火花を散らしている。


 そんな険悪な二人に、島田が仲裁に入り込んだ。

「こんなところで、剣でも抜くつもりか? それも人員が足りないところに減らすつもりなのか? 土方副隊長、山南伍長」

「「……」」

「これも二人の好きな規律違反になると思うのだが? どう考えているのか、聞かせて貰いないな」

 いっせいに矛先を治め、互いに視線をそらす。


 深いため息を島田と近藤が零した。

 いったん休戦状態に入ったことを確認し、近藤は助かったと島田に目配せしたのだった。

 当の島田は首をすくめているだけだ。

 引き締まった顔に戻った近藤は憮然としている山南に顔を傾けた。


「山南さん、これは決まったことです。芹沢隊も新見隊も、この取締りには参加しない。ですので、今回は抵抗する敵は容赦なく切り捨てて構いません、それに隊員たちの判断に任せます。ただし、無抵抗な女、子供にはできるだけ手を出さないようにお願いします」

「随分と手洗いですね」

「今回ばかりはしょうがありません」

 申し訳ない顔で答え、他の伍長に見渡した。

「斉藤伍長、原田伍長、永倉伍長、島田伍長も、これで異論はないな」

 これまで黙っていた斉藤がコクリと頷き、原田、永倉は楽観的に返事をした。

 渋々と島田をそれに続いた。


 不意に取締りのエリアを思い浮かべ、原田と永倉は同時にああと落胆な声を漏らす。

 摘発エリアには二人の馴染みの女たちがいて、仕事とは言え、摘発するのは勿体ないと巡らせていたのである。

「どうした?」

 急にがっくりしている二人に島田が声をかけた。

 その目は珍しいものを見るかのようだ。

「惜しいと思ってさ」

「惜しい?」

「あそこに気に入った女がいたんだ」

 場違いなことを言い始める二人に誰もが呆れてしまう。


(こいつら、しょうがないやつだな。あんなところまで手を伸ばして……)


 いつの間にか島田の表情は笑みが生れていた。

「結構、いい女があの辺に多いんだよ」

 ポツリと永倉が漏らした。

 遊んだ女たちの顔を次々と思い返している。

「気さくでさ、いい女だったな」

 にやけた顔で顎の辺りをさすっていた。

 完全に永倉の意識はどこかへ飛んでいっていた。

「金がない時でも、酒を飲ましてくれるし……」

 もう一人意識が飛んでいる人間がいた。

「わかったから、見逃さずにちゃんと仕事をしろよ」

 呆れ果てている土方と山南に成り代わり、島田がしっかりと釘を刺した。


 二人は惜しいと言う顔を同時に見せていた。

「いい女がいたのわかった。仕事は仕事だ、いいな、二人とも」

 島田はポンと原田と永倉の肩を叩く。

 叩く力は僅かに力が入っていた。

「……わかった」

「了解」

 ああと言いながら、原田は頭を掻く。


(せっかく、沖田にも紹介してやろうとしていたのに)


 金欠な原田は金づるとなりそうな沖田を連れて行こうと画策していた。

 一緒に行って、自分の分の金を払って貰うとしていたのである。

 それぞれの話が終わったところで、静観していた斉藤の口が開く。斉藤の存在を忘れていた面々がいっせいに顔を向ける。

「準備に取り掛かります」

 たった一言を残して、瞬く間に部屋を出て行こうとする。


 そんな後ろ姿に山南が声をかけた。

「まだ、話は終わっていないぞ。斉藤さん」

 歩みを止めず、さっさと斉藤は消えてしまった。

 自分勝手な態度に山南は眉間にしわを寄せている。

 原田、永倉、島田の三人は自分のペースを崩さないやつと感嘆していた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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