第162話
備品部や修理部など、顔見知りのところへ、お土産を配り終え、待機部屋に戻ろうとしている途中で、山南が、待ち構えていたのである。
周囲の様子など、気にする素振りもない。
堂々としている姿を、沖田が、捉えていた。
周りの方が、落ち着きがなく、ざわついている。
配っている間も、警邏軍の中を歩いていても、戻ってきた沖田は、注目の的になっており、人の目を惹いていたのだった。
幾人かは、体調を気遣う声を、かけてきた者もいたのだ。
「沖田。少し、いいか?」
「構いませんよ」
周囲の目に、好奇心が、含まれていた。
鋭い眼光で、山南が黙らせ、沖田と共に歩き出す。
睨まれ、周囲も、ついていく真似をしない。
山南の背中からも、ついてくるなと言う殺気を、醸し出していたからだ。
誰もいない会議室に、入り込む二人。
周囲の目を、気にすることもなくなっていた。
外の気配を探っても、壁に耳を当て、聞いている素振りもない。
ただ、数人が、少し離れた位置で、窺っている程度だった。
この程度だったら、話している内容を、聞き取ることは、不可能に近かった。
「一応、確認しておきたい」
山南の声で、目の前に、意識が戻ってくる。
「何でしょうか?」
ニッコリと、微笑んでいる沖田だ。
誰も、いなくなったはずなのに、愛嬌を振りまく仕草に、思わず、眉間にしわが寄ってしまっていた。
だが、時間を無駄にしない。
「本当に、都の外に、出ていたのか?」
相手を探るような眼差しだ。
「はい」
「……」
返事を聞いても、信じられない表情を、隠そうとしない。
「お土産では、信用できませんか?」
首を傾げ、訝しげている山南を、捉えている。
「いや。検問所を通った形跡が、なかった」
「ああ。面倒臭かったので。通りませんでした」
徐に、山南の表情が、悪くなっていく。
姿を消したことを知ると、山南は、自分自身の足で検問所を訪れ、沖田が都から出ていったのか、調べていたのだった。
検問所を出た形跡がなかったため、本当に都から出ていったのか、疑心暗鬼が、微かに生まれていたのである。
通らないで、都から出ていったと聞き、あり得ると抱き、頭を抱えていたのだ。
「……自分の立場を考えろ」
「すいません。で、何か、あったんですか?」
謝罪を口にしても、反省している素振りがみえない。
軽く、息を漏らす山南だった。
そして、目の前にいる沖田に、視線を注いでいる。
「半妖に関する情報は、入っていないか?」
「入っていますよ」
一切、隠そうとしない。
偽ろうとしない態度に、顔を曇らせていく。
(……何を考えているんだ? 沖田は)
相手の思考を、読もうと試みるも、呆気なく、諦めてしまった。
無駄だと、抱いたからだ。
鋭い眼光を、山南が、巡らせている。
けれど、沖田も、笑顔が崩れない。
見つめ合う二人だ。
「教えろ」
「もう、都にはいません。僕が、外に、連れ出したんで」
「……」
さらに、山南が、険を募らせていく。
殺気を向けられても、動じない。
ただ、素直に、受けていたのだった。
そうした沖田の行為も、山南の癇に、障っていたのだ。
「知り合いが、半妖の赤ちゃんを産んだので、その母親と共に、外に連れ出しました」
真実を混ぜ込み、すべてを、悟らせないようにしている。
「半妖の赤ちゃんだと?」
山南の殺気が、鋭利さを増し、突き刺さっていった。
受け流しているだけで、いっこうに、動こうとしない。
そうした涼しい態度も、気に入らなかったのだった。
「男の方か、母親の方かは、わかりませんが、その両親か、あるいは、数代前に、半妖の血が入っていたのかも、しれませんね。赤ちゃんが、見た目でも、わかる半妖に。母親の方は、相当、ショックだったようですが、今は、地方で、落ち着いて暮らしていますよ」
「……」
殺気は、止めていないものの、沖田の話に、フリーズしている。
(本当なのか……。……見た目では、わからない者や、本人ですら、半妖の血が流れていることに、気づいていない者がいるのか)
「信じられないって、顔をしていますね」
おどけてみせる沖田。
怪訝そうな双眸を、山南が傾けている。
「……本当なのか?」
「はい。隔世遺伝が、あるみたいですよ」
今まで、知らなかったことに、絶句していた。
先ほどまで、沖田に向けていた殺気も、忘れるぐらいにだ。
「地方だと、結構、半妖の数が多いんで、わからないですが、都だと、極端に少ないんで、そうしたことが、わかるみたいですね」
(……そんなことが、あるのか)
「特殊組は、そうしたことに、気づいていなかったんですか?」
微笑みの中の眼光。
何をやっていたんですかと、嘲笑しているかのように、山南自身、見えていたのだった。
(くそっ)
下ろされている拳。
ギュッと、握り締められている。
「……ああ。初めて、知った」
どこか、弱々しい声音だ。
だが、微かに、悔しさが滲んでいた。
「そうですか。半妖の子が生まれると、殺すか、捨てるかの、どちらかだと、思うので、知ることも、できないですよね」
(臭いものには、蓋を閉めちゃうからですね。ちゃんと、調べないから、こういうことになるんですよ。少しは、学んで、学習してほしいものですね。でも、きっと、できないんでしょうね。特に、凝り固まっている、上の方々は……)
伏せていた顔を、山南が上げる。
「都で起こっている、殺人についてだが?」
「殺人ですが? 戻ってきたばかりで、知りませんでしたね」
話を変えられても、沖田の表情は、変わらない。
殺人事件のことは、光之助たちから聞いて、把握していた。
けれど、知らない振りをしていたのである。
「……相当な腕前だが、心当たりがないか?」
射抜くような双眸。
「もしかして、僕のこと、疑っています?」
「……」
何も、喋らない山南だ。
(僕のこと、疑うほどの腕前なんだろうな。僕じゃないし、亡くなっている芹沢隊長でもないし……。一体、誰だろう?)
徐々に、沖田の中で、興味が膨らんでいった。
「地方に、行っていたので、僕じゃないですよ。証明しろって言われても、父親のところにいって、貰うしかないですし……。それに、いろいろと、父のことを捜して、地方を巡っていたので、アリバイを証明できるかって言えば、難しいですし……」
疑われていると抱いても、ニコニコとした顔を、注いでいる。
顔が、引きつりそうになるのを、懸命に、山南が堪えていた。
図太い神経に、呆れてもいたのだ。
「……そうだな。だが、疑っているのは、僅かだ。ほぼ、関係ないと思っている」
「そうですか?」
愛らしく、首を傾げている沖田。
山南の太い眉が、ピクピクと、動いている。
「……ただ、知らないかと、思ってな」
「心当たりは、今のところ、ないですね。見ないと、わかりませんし……。それと、僕からも、いいですか?」
「いいぞ」
身構えている山南。
「見世物小屋の所在とか、わかりますか?」
「……探っているところは、ある」
隠そうとしない。
惚けることもできたのだ。
「そうですか」
「……どうする、つもりだ?」
「一応、逃がすつもりです」
平然とした顔で、口に出していた。
「……特殊組の邪魔を、するのか?」
強い殺気を、山南が、醸し出している。
「邪魔をするつもりは、ありません。ただ、逃がすだけです。もし、主催者や、経営している者は、引き渡すことも、構いませんよ」
余裕綽々な顔を、沖田が、覗かせている。
これまで、かつての自分たちは、何度も、逃げられていたからだ。
けれど、沖田は、決して逃すことなく、容易く、捕縛できると、みせていたのだった。
「……取引しろと、言うことか?」
声音に、険が込められていた。
「特殊組は、山南さんや、堤さんのような方ばかりでは、ないんでしょ?」
有無を言わせない、沖田の形相だった。
それに対し、ぐうの音も出ない山南だ。
どう考えても、身内から、情報が漏洩されている可能性が、高かったのだった。
「私は、もう、特殊組ではない。堤に聞け」
「わかりました。ところで、遺体って、まだ、残っていますか?」
「……写真なら、ここにある」
「見せて貰うことは?」
「構わない」
懐に仕舞ってあった数枚の写真を、いつも笑顔を絶やさない沖田に、手渡した。
そういうだろうと思って、すでに、用意して置いたものだ。
写真を食い入るように、沖田が、見つめている。
そうした姿を、注意深く、山南が窺っていた。
「……どうした? 何か、気になるものでも、あったのか?」
僅かに、沖田の口元が、上がっていたのだ。
「……えぇ」
「何だ?」
問い詰めるような、山南の眼光だった。
「とても、綺麗な太刀筋だと」
「それだけか?」
「いいえ」
「隠すのか?」
睨んでいる山南だ。
「隠すつもりは、ありません。ただ、兄のような感覚で、慕っていた人物では、ないかと、巡らせたものですから。ただ、幼い時に、別れてしまったので、断言は、できませんが」
「……地方のか?」
探るような視線。
「はい」
「半妖なのか?」
「いいえ。人間ですよ」
「強いのか?」
「いろいろと、教わりました」
「……」
教わったと聞き、技量が、沖田よりも、上なのかと逡巡している。
(……捕まえることが、できるのか?)
容易ならない人物に、頭を抱え込んでいた。
「もし、仮に、生きていたのなら、強くなっているかも、しれません。ただ、地方なので、巻き込まれて、すでに、亡くなっている可能性も、あるかと」
「消息を、調べられるか?」
「難しいかと。以前に、村自体がなくなったと、聞きましたので」
「……そんなに、荒れているのか?」
「はい。都の近くは、割と、穏やかですが、離れれば、離れているほど……」
「……そうか」
陰りを覗かせる山南だった。
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