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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第162話

 備品部や修理部など、顔見知りのところへ、お土産を配り終え、待機部屋に戻ろうとしている途中で、山南が、待ち構えていたのである。

 周囲の様子など、気にする素振りもない。

 堂々としている姿を、沖田が、捉えていた。

 周りの方が、落ち着きがなく、ざわついている。


 配っている間も、警邏軍の中を歩いていても、戻ってきた沖田は、注目の的になっており、人の目を惹いていたのだった。

 幾人かは、体調を気遣う声を、かけてきた者もいたのだ。


「沖田。少し、いいか?」

「構いませんよ」

 周囲の目に、好奇心が、含まれていた。

 鋭い眼光で、山南が黙らせ、沖田と共に歩き出す。


 睨まれ、周囲も、ついていく真似をしない。

 山南の背中からも、ついてくるなと言う殺気を、醸し出していたからだ。


 誰もいない会議室に、入り込む二人。

 周囲の目を、気にすることもなくなっていた。

 外の気配を探っても、壁に耳を当て、聞いている素振りもない。

 ただ、数人が、少し離れた位置で、窺っている程度だった。

 この程度だったら、話している内容を、聞き取ることは、不可能に近かった。


「一応、確認しておきたい」

 山南の声で、目の前に、意識が戻ってくる。

「何でしょうか?」

 ニッコリと、微笑んでいる沖田だ。


 誰も、いなくなったはずなのに、愛嬌を振りまく仕草に、思わず、眉間にしわが寄ってしまっていた。

 だが、時間を無駄にしない。

「本当に、都の外に、出ていたのか?」

 相手を探るような眼差しだ。


「はい」

「……」

 返事を聞いても、信じられない表情を、隠そうとしない。

「お土産では、信用できませんか?」

 首を傾げ、訝しげている山南を、捉えている。


「いや。検問所を通った形跡が、なかった」

「ああ。面倒臭かったので。通りませんでした」

 徐に、山南の表情が、悪くなっていく。


 姿を消したことを知ると、山南は、自分自身の足で検問所を訪れ、沖田が都から出ていったのか、調べていたのだった。

 検問所を出た形跡がなかったため、本当に都から出ていったのか、疑心暗鬼が、微かに生まれていたのである。

 通らないで、都から出ていったと聞き、あり得ると抱き、頭を抱えていたのだ。


「……自分の立場を考えろ」

「すいません。で、何か、あったんですか?」

 謝罪を口にしても、反省している素振りがみえない。

 軽く、息を漏らす山南だった。

 そして、目の前にいる沖田に、視線を注いでいる。


「半妖に関する情報は、入っていないか?」

「入っていますよ」

 一切、隠そうとしない。

 偽ろうとしない態度に、顔を曇らせていく。


(……何を考えているんだ? 沖田は)


 相手の思考を、読もうと試みるも、呆気なく、諦めてしまった。

 無駄だと、抱いたからだ。

 鋭い眼光を、山南が、巡らせている。

 けれど、沖田も、笑顔が崩れない。

 見つめ合う二人だ。


「教えろ」

「もう、都にはいません。僕が、外に、連れ出したんで」

「……」

 さらに、山南が、険を募らせていく。


 殺気を向けられても、動じない。

 ただ、素直に、受けていたのだった。

 そうした沖田の行為も、山南の癇に、障っていたのだ。


「知り合いが、半妖の赤ちゃんを産んだので、その母親と共に、外に連れ出しました」

 真実を混ぜ込み、すべてを、悟らせないようにしている。

「半妖の赤ちゃんだと?」

 山南の殺気が、鋭利さを増し、突き刺さっていった。

 受け流しているだけで、いっこうに、動こうとしない。

 そうした涼しい態度も、気に入らなかったのだった。


「男の方か、母親の方かは、わかりませんが、その両親か、あるいは、数代前に、半妖の血が入っていたのかも、しれませんね。赤ちゃんが、見た目でも、わかる半妖に。母親の方は、相当、ショックだったようですが、今は、地方で、落ち着いて暮らしていますよ」

「……」

 殺気は、止めていないものの、沖田の話に、フリーズしている。


(本当なのか……。……見た目では、わからない者や、本人ですら、半妖の血が流れていることに、気づいていない者がいるのか)


「信じられないって、顔をしていますね」

 おどけてみせる沖田。

 怪訝そうな双眸を、山南が傾けている。

「……本当なのか?」


「はい。隔世遺伝が、あるみたいですよ」

 今まで、知らなかったことに、絶句していた。

 先ほどまで、沖田に向けていた殺気も、忘れるぐらいにだ。

「地方だと、結構、半妖の数が多いんで、わからないですが、都だと、極端に少ないんで、そうしたことが、わかるみたいですね」


(……そんなことが、あるのか)


「特殊組は、そうしたことに、気づいていなかったんですか?」

 微笑みの中の眼光。

 何をやっていたんですかと、嘲笑しているかのように、山南自身、見えていたのだった。


(くそっ)


 下ろされている拳。

 ギュッと、握り締められている。


「……ああ。初めて、知った」

 どこか、弱々しい声音だ。

 だが、微かに、悔しさが滲んでいた。

「そうですか。半妖の子が生まれると、殺すか、捨てるかの、どちらかだと、思うので、知ることも、できないですよね」


(臭いものには、蓋を閉めちゃうからですね。ちゃんと、調べないから、こういうことになるんですよ。少しは、学んで、学習してほしいものですね。でも、きっと、できないんでしょうね。特に、凝り固まっている、上の方々は……)


 伏せていた顔を、山南が上げる。

「都で起こっている、殺人についてだが?」

「殺人ですが? 戻ってきたばかりで、知りませんでしたね」

 話を変えられても、沖田の表情は、変わらない。

 殺人事件のことは、光之助たちから聞いて、把握していた。

 けれど、知らない振りをしていたのである。


「……相当な腕前だが、心当たりがないか?」

 射抜くような双眸。

「もしかして、僕のこと、疑っています?」

「……」

 何も、喋らない山南だ。


(僕のこと、疑うほどの腕前なんだろうな。僕じゃないし、亡くなっている芹沢隊長でもないし……。一体、誰だろう?)


 徐々に、沖田の中で、興味が膨らんでいった。

「地方に、行っていたので、僕じゃないですよ。証明しろって言われても、父親のところにいって、貰うしかないですし……。それに、いろいろと、父のことを捜して、地方を巡っていたので、アリバイを証明できるかって言えば、難しいですし……」


 疑われていると抱いても、ニコニコとした顔を、注いでいる。

 顔が、引きつりそうになるのを、懸命に、山南が堪えていた。

 図太い神経に、呆れてもいたのだ。


「……そうだな。だが、疑っているのは、僅かだ。ほぼ、関係ないと思っている」

「そうですか?」

 愛らしく、首を傾げている沖田。

 山南の太い眉が、ピクピクと、動いている。


「……ただ、知らないかと、思ってな」

「心当たりは、今のところ、ないですね。見ないと、わかりませんし……。それと、僕からも、いいですか?」

「いいぞ」

 身構えている山南。


「見世物小屋の所在とか、わかりますか?」

「……探っているところは、ある」

 隠そうとしない。

 惚けることもできたのだ。


「そうですか」

「……どうする、つもりだ?」

「一応、逃がすつもりです」

 平然とした顔で、口に出していた。

「……特殊組の邪魔を、するのか?」

 強い殺気を、山南が、醸し出している。


「邪魔をするつもりは、ありません。ただ、逃がすだけです。もし、主催者や、経営している者は、引き渡すことも、構いませんよ」

 余裕綽々な顔を、沖田が、覗かせている。

 これまで、かつての自分たちは、何度も、逃げられていたからだ。

 けれど、沖田は、決して逃すことなく、容易く、捕縛できると、みせていたのだった。


「……取引しろと、言うことか?」

 声音に、険が込められていた。

「特殊組は、山南さんや、堤さんのような方ばかりでは、ないんでしょ?」

 有無を言わせない、沖田の形相だった。

 それに対し、ぐうの音も出ない山南だ。

 どう考えても、身内から、情報が漏洩されている可能性が、高かったのだった。


「私は、もう、特殊組ではない。堤に聞け」

「わかりました。ところで、遺体って、まだ、残っていますか?」

「……写真なら、ここにある」

「見せて貰うことは?」

「構わない」


 懐に仕舞ってあった数枚の写真を、いつも笑顔を絶やさない沖田に、手渡した。

 そういうだろうと思って、すでに、用意して置いたものだ。

 写真を食い入るように、沖田が、見つめている。

 そうした姿を、注意深く、山南が窺っていた。


「……どうした? 何か、気になるものでも、あったのか?」

 僅かに、沖田の口元が、上がっていたのだ。

「……えぇ」

「何だ?」

 問い詰めるような、山南の眼光だった。


「とても、綺麗な太刀筋だと」

「それだけか?」

「いいえ」

「隠すのか?」

 睨んでいる山南だ。


「隠すつもりは、ありません。ただ、兄のような感覚で、慕っていた人物では、ないかと、巡らせたものですから。ただ、幼い時に、別れてしまったので、断言は、できませんが」

「……地方のか?」

 探るような視線。

「はい」


「半妖なのか?」

「いいえ。人間ですよ」

「強いのか?」

「いろいろと、教わりました」

「……」

 教わったと聞き、技量が、沖田よりも、上なのかと逡巡している。


(……捕まえることが、できるのか?)


 容易ならない人物に、頭を抱え込んでいた。

「もし、仮に、生きていたのなら、強くなっているかも、しれません。ただ、地方なので、巻き込まれて、すでに、亡くなっている可能性も、あるかと」

「消息を、調べられるか?」

「難しいかと。以前に、村自体がなくなったと、聞きましたので」


「……そんなに、荒れているのか?」

「はい。都の近くは、割と、穏やかですが、離れれば、離れているほど……」

「……そうか」

 陰りを覗かせる山南だった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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