第161話
長期休暇を終え、地方から、沖田が戻ってきた。
美和のところを、五日程度、いて、帰ってくる予定だったが、いろいろと収穫もあり、一週間、滞在してから帰ってきたのだった。
隊員たちの顔も、明るい。
特に、事務三人組の表情が、柔らかった。
どの隊員も、胸を撫で下ろしていた。
待機部屋で、地方で買ってきた、お土産を、一人一人に、沖田が、配って歩いている。
お土産は、一つの地方だけではない。
複数の場所だった。
多くの隊員たちが、不可思議そうに、頂いたお土産を、凝視していた。
(((((どこに、いっていたんだ?)))))
そんな隊員たちを尻目に、愛嬌たっぷりな表情で、沖田が配っていたのである。
「沖田さん、どこへ、いっていたんですか?」
首を傾げている井上。
勿論、他の者のたちも、同じようなことを、抱いていた。
だが、口に出していいものかと逡巡し、なかなか、切り出せていなかった。
「実家ですよ」
「ですが……」
手にしているお土産。
訝しげに、井上が、視線を注いでいる。
どのお土産も、同じ場所がない。
皆、各地の、名物のお土産だ。
行ったことがなくっても、その名前ぐらいは、知っているぐらいに。
「ああ……。一応、以前、住んでいたところに、帰ったんですが、転勤になっていたみたいで、父を捜すのに、いろいろと、地方を巡っていたので」
何でもないような顔で、沖田が笑っている。
ギョッとした目をしている、隊員たち。
中には、あんぐりと、口を開けている者もいた。
冷静に、疑問に思っていることを、井上が聞いている。
「お父さんは、知らせていなかったんですか?」
「そういう、細かいところは、忘れる人なんで……」
ニコッとしている沖田だ。
「「「「「……」」」」」
(((((恐るべし、沖田の父親)))))
「……お父さんとは、会えたんですか?」
気遣うような眼差しを、井上が、覗かせていた。
「はい。一応、ある程度、目星は、つけていたんで、五箇所目で、ようやく、会えることができました。相変わらずのようで、悪かったって」
(((((悪かったって……。それだけかよ)))))
「それだけですか?」
「それだけですよ」
他に、何かありますかと言う顔を、沖田が、滲ませていた。
「……何とも、思わないんですか?」
顔を引きつらせながら、毛利が、尋ねてきた。
「別に。仕事になると、忘れる人なんて、帰ってくることも忘れて、よく仕事に没頭していたましたよ」
「「「「「……」」」」」
「……平気なんですか?」
何か、おかしいことでも、ありますかと言う姿に、毛利が、軽く瞠目していたのだ。
「はい」
「……なら、いいんですけど」
「とても、忘れっぽい父なんです」
(((((限度があるだろう、忘れるにも)))))
「……そうなんですね」
「はい」
少し、離れたところで、眉間にたくさんのしわを携えて、土方が仕事をしていた。
誰一人として、声をかける雰囲気ではない。
そのため、誰も、見ないフリをしていたのである。
戻ってきた早々、沖田は、近藤のところへ挨拶を行き、お土産を渡し、他の隊員にも、配り始めていたが、未だに、土方のところには、渡しに行っていない。
気遣われることに嫌気をさし、土方が、口を固く結んでいたのだった。
お土産をくれないからと言って、剥れている訳ではなかった。
現在進行形で、無視していることが、納得できずにいたのだ。
仕事をしつつ、沖田の動向だけは、窺っている。
そして、今、巡らしているのは、話題に上がっていた、父親のことだった。
(……父さんは、何をやっているんだ? 転勤するなら、知らせないと。それに、ソージも、ソージだ。定期的に、連絡していないから、こうなるんだ)
仕事以外に、無関心が多い父親に対し、憤慨する気持ちが、湧き上がっているが、辛うじて、表情に出ることがなかった。
僅かに、手にしているペンに、力がこもっているだけだ。
そうした仕草に、気づく者もいた。
だが、無視し、土産を渡さないことに、怒っていると、思い込んでいたのである。
(……それにしても、父さんは、どこに、転勤になったんだ? あっちこっちに、行ったようだが)
さりげなく、配っている土産を、チェックしている。
土産で、どの辺にいっていたのか、ある程度、断定できたのだった。
(後で、父さんに、注意しておかないと)
やることリストの中の上位に、父親と話すことが、食い込んでいた。
沖田が、長期休暇で休んでいる間、土方は、デスクワークなどし、極力、部屋から出ないような仕事をしていたのである。
溜まっていた事務作業も、半分以上、片づけることができたのだ。
一週間以上も、ほぼ、待機部屋から、出ることが叶わない。
警邏軍の一部の隊員が、人当たりがよく、人気がある、沖田を傷つけた土方に、敵意を剥き出しにしていたからだ。
警邏軍の中にも、沖田のファンや、崇拝している者が、存在していた。
警邏軍の中でも、一流の腕前を持つ土方に対し、襲う者は少ない。
けれど、蔑む視線や、敵意全開な双眸を傾けてきて、仕事に支障があったのである。
(……それにしても、ソージのせいで……。こんな目に……)
唇を噛み締めている土方。
弟沖田のことを、巡らせていると、押さえ込んでいた怒りが、復活し始め、闘志を燃やしている。
そうしたところに、ニコニコ顔の沖田が、やってきていた。
一番最後に、沖田は、土方のところへ来たのだ。
他の外野は、騒然としている。
どうなるんだと、野次馬な眼光を窺わせていた。
その中で、鋭利な双眸を、向けていたのは、山崎だった。
どこからか、沖田が帰ってきたことを耳にし、珍しく、待機部屋に顔を出していたのである。
(凄いな。山崎さんの目)
「土方副隊長。お土産です」
「……」
目の前にあるお土産。
母親である美和のところのものだった。
思わず、顔が、引きつりそうになる。
だが、懸命に、堪えていた。
(……母さんのところも、いったのか)
黙り込んでいる土方だ。
外野たちが、ヒソヒソと、好き勝手なことを喋っている。
声が聞こえるが、土方は、無視していた。
「後、貰い物で、悪いんですが。これも、どうぞ」
どこから見ても、タッパーの中に、手作りな物が、入っていたのだ。
怪訝な形相で、土方が、フリーズしている。
「毒は、入っていませんから、安心してください」
「……」
視線を上げ、微笑んでいる沖田を、捉えている。
無言の二人。
(母さんからだよ)
(母さんのところへ、いってきたのか)
(うん。元気そうだったよ)
(何で、今、渡す、これを)
(手間でしょ?)
いたずらな顔を、沖田が、覗かせていた。
(ソージ……、お前は……)
(早く、受け取ってよ)
(……)
(母さんの手作りだよ。兄さんのために、せっかく、作ったんだよ)
(……)
(忙しいのにさ)
ブルブルと、震え始めた手。
そして、顔が、思いっきり、顰めっ面だ。
誰の目からしても、土方が半眼し、いつでも、斬りかかりそうな勢いが、垣間見えていた。
さらに、騒がしくなる、待機部屋だった。
外野たちは、ゴクリと、つばを飲み込んでいた。
勿論、臨戦態勢を、構えていたのである。
二人が暴れれば、どうなるのか、想像が容易かった。
張りつめた緊張が、土方と沖田の間に、流れている。
「貰っては、どうだ?」
この危機的状況を打破しようと、近藤が、穏やかな声音で、声を掛けてきた。
近藤の声を聞き、土方の殺気が、僅かに、霧散していく。
ただ、沖田だけが、緊張感もなく、笑みを漏らしていたのだった。
「沖田も、いろいろと、迷惑を掛けたと思って、出したのだろう?」
「はい。光之助たちから、話を聞き、随分と、土方副隊長は、ご苦労をしたようなので、こちらを食べて、少しでも、元気になっていただきたいと、思いまして」
朗らかに、話す沖田。
苦々しい顔で、土方が、聞いていた。
微かに、近藤が、小さく笑っている。
沖田が、不在の間の警邏軍は、殺伐とした空気が、漂っていたのだった。
外野たちが、微妙な顔を、滲ませていたのだ。
稽古と言う名の、土方のストレス発散に、何度も、つき合わされていたのである。
「……そういうことだ、そうだから、どうだ?」
「……わかりました。こちらも、頂いておきます」
沖田から貰ったものを、土方が、仕舞っていく。
「これを作った人は、栄養を考えて、作ってくれたので、元気になると、思いますよ。土方副隊長」
「……そうか」
苦虫を潰したような、土方の形相だ。
(バレるだろうが。これ以上は、口を噤め)
「でも、いいのか。そういったものをあげて?」
心配げな双眸を、近藤が、楽しげな沖田に巡らせている。
「大丈夫です。一応、お断りは、入れておきましたので」
「そうか」
「はい。ですから、よく味わって、食してくださいね」
まっすぐに、注がれる沖田の視線。
それに対し、ますます、顔が険しくなる、土方だった。
「……わかった」
「ところで、地方の様子は、どうなっているんだ?」
聞きたいと、抱いていたことを、近藤が、口に出していた。
日々の仕事が忙しく、地方の様子を、窺うことができなかったのだ。
近藤自身、地方出身と言うこともあり、地方の現状を、気に掛けていたのだった。
「荒れていますね」
間を置くこともなく、沖田が答えたのだ。
(そうか……)
「維持しているのか?」
「いいえ。悪くなる一方です」
「……」
近藤の顔が、伏せ目がちだ。
土方の方も、訝しげな表情を覗かせている。
外野たちの表情も、よくない。
「外事軍は、仕事もせず、遊んでいますし。一体、外事軍は、何をやっているんでしょうかね」
「「……」」
「ま、仕事を、ちゃんとしている外事軍も、いるのかもしれませんが、僕が、目にした外事軍の人たちは、飲んだり、遊んだりして、仕事をしていませんでしたね。あれでは、荒れるのも、当たり前ですよ」
誰も、言葉を発することができない。
「他のところにも、これ、配ってきます」
颯爽と、待機部屋を、後にする沖田だった。
待機部屋には、何とも言えない空気だけが、漂っていたのである。
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