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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第157話

 夜遅くに、美和が、マンションに帰宅した。

 息をつく美和だ。

 その顔には、やや疲労が滲んでいる。


 連絡を受け、もう少し早く、帰宅しようとしていたが、仕事が立て込んでいて、結局、こんな時間帯になってしまったのだった。

 すでに、リズたちは、各々の部屋で休んでいる。

 リキも、聖たちに混じって、部屋で、眠っていたのだった。


 起きていたのは、沖田一人だ。

「母さん。おかえり」

 起きている息子の姿に、軽く、目を見張っている。

 すでに、寝ているものかと、抱いていたのだ。

 だから、後で、ゆっくり話そうかと巡らせ、諦めモードで、帰ってきたのだった。


「起きていたの?」

「まぁね。リズたちが、夕食作って、おいてくれたよ」

 テーブルには、美和の分の夕食が、置かれていた。

 一人で、暮らしていた際は、考えられないほどだ。

 そして、ない食材を利用し、手の込んだ料理である。


 地方と言うこともあり、都ほど、物資に恵まれていない。

 ただ、美和たちは、割と、都に近いこともあり、それなりに、物資は、整っていたのである。都から離れているほど、物資は少なく、届いていないところも、多く存在していた。


「いつも、助かっているわ。自分一人だと、作らないで、寝ちゃう時もあるから」

 いつ、帰ってきても、いいように、常に、美和の分の食事は、作られていたのである。

 帰ってこない時は、朝稽古のククリたちが、朝食前の腹ごしらえで、食べていたのだった。


「身体に毒だよ、それ」

 自分のことをよそにし、心配の色を出していた。

「人のこと、言えるのかしら?」

 窺うような、美和の眼光。


「言えないや」

「そう言うところは、トシの方が、しっかりしているからね」

「だね」

 自分の身体よりも、他のことを、優先してしまうところが、美和や、沖田にはあったのだった。それに対し、土方も、仕事優先のところがあるが、自分の身体を気遣う側面が、美和や沖田よりも、まだ、あったのである。


「温めるから、着替えておいでよ」

「そうさせて、貰うわ」

 美和が、自分の部屋に行くのを、見届けてから、冷めている食事を、手早く温め直し、美和が、腰を下ろすと同時に、目の前に出していった。

「どうぞ」

「ありがとう」


 沖田も、美和の正面に、腰を掛けた。

 美和が、用意した飲み物を飲んでいる。

 聖たちが、作っておいた食事を、食している美和だ。


 ある程度、食べてから、美和の双眸が、息子の沖田を捉えている。

「ソージが、リズちゃんたちを、紹介してくれて、助かっているわ」

 疲れは窺わせるが、以前より、肌つやがいい、母の姿に、沖田の顔も、笑顔だった。

 部屋で、寝ているリズたちも、美和の帰宅に気づいていた。

 だが、親子二人だけにしてあげようと、顔を出す、無粋な真似をしない。


「都に、置いておくこともできないし、僕の方こそ、母さんが面倒見てくれて、助かっているよ」

「私は、面倒なんて、見ていないわよ。逆に、私の面倒を、見てくれるのよ、リズちゃんたちが」


 美和としては、住む場所を提供しただけで、家の管理など、すべてを、リズたちに任せていたのである。リズやククリが、時折、半妖の子供をつれてきても、ただ、受け入れているだけだった。

 後の面倒を、リズたちに、すべて頼んでいたのだ。

 仕事だけしている環境に、美和は、とても満足していた。


「母さんらしいね」

「ところで、リキや光之助たちに、たいぶ、迷惑かけているんでしょう?」

 リズたち経由で、リキからの話を、耳にしていたのだ。

「だね」


「トシを、あまり、困らせないようにね」

「今は、困らせているかな」

 愛嬌たっぷりな表情で、首を傾げている沖田。

「リズちゃんたちや、マリアたちのことは、話していないんでしょうね」

「うん」

 ニコニコ顔で、隠そうとしない。


「ソージらしいね」

「だって、兄さんが、僕に、意地悪をしたからね」

「程々にしなさいね」

 母親として、息子を窘めていた。


「わかっているって」

「なら、いいけど」

 あっさりと、引き下がっていった。


 真面目過ぎる土方を困らせ、息抜きもする必要性があると、抱いていたからだ。

 だから、沖田の行動を、ある程度、黙認していたのである。

 それと、もう一人の息子である土方が、困るのも、美和としては、楽しんでいたのだった。


「母さんが、兄さんに、喋っても、構わないよ」

「いやよ。それは、面白くないわ」

「じゃ、知ったら、びっくりするだろうね」

「そうね」


 嬉しそうに、微笑んでいる二人だ。

 二人の趣味は、同じだった。

 頑固な面がある土方を、からかうことだ。


「萌は、どう?」

「戸惑っているけど、今の環境に、慣れようとしているわね」

 感じ取っていることを、美和が、口に出していた。

 辿り着いた当初は、街の中に溢れる半妖に、驚き、戸惑い、さらに、心を閉ざしてしまっていたが、少しずつ、この環境を受け入れようと、努力しているところを、美和として見ていたり、リズたちから、話を聞いていたのである。


「そう」

「百合ちゃんのことも、少しずつ、受け入れようとしているみたい」

「なら、よかった」

 沖田は、さほど心配していない。

 ダメだったら、ダメで、次を考えればいいと、巡らせていたのだ。


「受け入れられなかったら、どうするつもりだったの?」

「都に、戻そうかと」

「そうね」

「百合ちゃんのことは?」

「リズたちに、頼もうと。リズは、小さい子の面倒を見るの、昔から、好きだったから」


 沖田も、その一人だった。

 だから、信頼していたのである。

 リズたちに対して。


「リズちゃんたちから、ソージの小さい頃のことを、聞いているわよ。随分と、好き勝手に遊んでいたわね」

 呆れた顔を、美和が、覗かせていた。

 仕事が休みの日や、少し、帰宅が、早かった時に、リズたちから、美和と離れ、地方でリズたちと暮らしていた際の、みんなでした、いたずらなど、いろいろと仕出かした事件を、聞いていたのである。


 悪びれる様子もなく、ケロッとしたままの沖田だ。

「楽しかったよ」

「ソージらしいわね」

「でしょう」


「リズちゃんに、面倒見て貰って、ホント、よかった。あの人、研究に没頭しちゃうと、周りが、見えなくなっちゃうから」

 沖田が起こした、いたずらや、仕出かした事件以外にも、リズたちは、沖田親子が、どう生活していたのかも、詳しく話していたのだった。

 話を聞き、前の夫だった人に、頭を抱えていたのだ。


「大丈夫だよ。僕が、しっかりしていたから」

 窺うような、美和の眼差し。

 幼い沖田を残し、沖田の父親は、ひと月、家を留守にしていた話は、美和の中でも、衝撃で、自分が引き取れば良かったと、後悔の念を抱いたほどだ。


(……ちゃんと、育ってくれて)


「こうして、僕が、生活できるのも、父さんのおかげでも、あるんだよ? 父さんが、ちゃらんぽらんな、ところがあるから、僕が、しっかりしないと、父さんの面倒を見てきたから」

 そうした側面もあった。

 幼い沖田が、一生懸命に、生活面が、欠落している父親を、しっかりと、支えていたのである。


「……そうね。息子二人が、しっかり者で、私たちは、恵まれているわね」

「でしょう」

 まっすぐに注がれている、美和の双眸。

「ソージ。いろいろと、物資を送ってくれるのは、嬉しいけど、大丈夫なの?」


 もう一方の、懸念していたことを、出した。

 地方だと、何かと、いろいろなものが不足し、生活面で、滞ることもあったのだった。

 そのため、時々、リキが、沖田に頼まれ、生活必需品や多額の金額を、運んでいたのである。

 そうした行為に、母親として、ちゃんと生活できるのかと、危惧していた。

 多くの金額を、使用していると、見て取れたからだ。


「大丈夫だよ」

 きょとんした顔を、沖田が、覗かせていた。

「お金を、大切にしないと。このご時世、何があるか、わからないのよ」

「そのこと。前も、話したけど、お金のことは、心配しなくっても、大丈夫だよ。まだ、余っているぐらいだから」


 じっと、本心かどうか、美和が、見つめている。

 心配掛けないために、平気で、嘘をつける子だと、知っているからだ。


「……悪いことは、していないわよね」

「少しだけ、しているけど、それで、稼いでいる訳じゃないよ」

 さらに、沖田の言葉が、真実かどうか、窺っていた。


(悪いことは、しているのね。困った子ね……。でも、ソージらしい行動ね)


「街の人たちから、いろいろと貰うから、それで、生活できるんだよ。それに、自分ひとりじゃ、使えきれない時もあるし、そういう時は、隊員の人に、配ったり、光之助たちにも、配ったりしているんだよ」

 そうした話は、たまに、訪れるリキからも、話を聞いていたのだ。

 ただ、頻繁に、物資やお金を送ってくれるので、単純に、心配していたのである。

「それなら、いいけど。絶対に、無理に送ってこなくっても、私のお給料だけで、大丈夫なのよ」


 高額なお給料を、美和は、貰っていたのである。

 仕事人間と言うこともあり、使っていないお金も、かなり溜まっていたのだ。


「こっちこそ、お金は、持っていた方が、いいんじゃないの?」

 心配する双眸を、沖田が注いでいる。

 地方が荒れている現状を、把握していたからだった。

「確かに、必要だけど。リズちゃんたちも、働いてくれるし、お金には、困っていないのよ。前にも、言っていたでしょう。ちゃんと、蓄えは、持っているから、心配する必要がないって」


 リズたちも、少しでも、食い扶持を入れようと、自分たちに、できる仕事を見つけては、働いて、美和に、お金を渡していたのである。

 断っていたが、リズたちも、居づらいと巡らせ、貰ったお金を、今後のリズたちに使うために、溜めていたのだった。


「……わかった。でも、物資は、送るね」

「物資は、ありがたく、貰っておくわ。ところで、ソージは、いつまで、ここにいられそうなの?」

「五日ぐらいかな?」

 沖田が、首を傾げていた。


「仕事は、大丈夫なの?」

「急に、暇になったから、溜まっていた休みを貰ったんだ。言っておくけど、ちゃんと、上司である斉藤班長には、許可は、貰っているよ。それに、班のメンバーにも、大丈夫ですかって、断っているし」

 勝手に来たと、巡らせている美和の眼光を、安心させるために、沖田は、ちゃんと許可を取ってきたことを、告げていたのだ。


「それなら、いいけど」

「ただ、兄さんには、話していないけど」

「それは、大丈夫しょうね」

「でしょう」


 話が、尽きることがない。

 明け方近くまで、二人のお喋りが続いていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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