第157話
夜遅くに、美和が、マンションに帰宅した。
息をつく美和だ。
その顔には、やや疲労が滲んでいる。
連絡を受け、もう少し早く、帰宅しようとしていたが、仕事が立て込んでいて、結局、こんな時間帯になってしまったのだった。
すでに、リズたちは、各々の部屋で休んでいる。
リキも、聖たちに混じって、部屋で、眠っていたのだった。
起きていたのは、沖田一人だ。
「母さん。おかえり」
起きている息子の姿に、軽く、目を見張っている。
すでに、寝ているものかと、抱いていたのだ。
だから、後で、ゆっくり話そうかと巡らせ、諦めモードで、帰ってきたのだった。
「起きていたの?」
「まぁね。リズたちが、夕食作って、おいてくれたよ」
テーブルには、美和の分の夕食が、置かれていた。
一人で、暮らしていた際は、考えられないほどだ。
そして、ない食材を利用し、手の込んだ料理である。
地方と言うこともあり、都ほど、物資に恵まれていない。
ただ、美和たちは、割と、都に近いこともあり、それなりに、物資は、整っていたのである。都から離れているほど、物資は少なく、届いていないところも、多く存在していた。
「いつも、助かっているわ。自分一人だと、作らないで、寝ちゃう時もあるから」
いつ、帰ってきても、いいように、常に、美和の分の食事は、作られていたのである。
帰ってこない時は、朝稽古のククリたちが、朝食前の腹ごしらえで、食べていたのだった。
「身体に毒だよ、それ」
自分のことをよそにし、心配の色を出していた。
「人のこと、言えるのかしら?」
窺うような、美和の眼光。
「言えないや」
「そう言うところは、トシの方が、しっかりしているからね」
「だね」
自分の身体よりも、他のことを、優先してしまうところが、美和や、沖田にはあったのだった。それに対し、土方も、仕事優先のところがあるが、自分の身体を気遣う側面が、美和や沖田よりも、まだ、あったのである。
「温めるから、着替えておいでよ」
「そうさせて、貰うわ」
美和が、自分の部屋に行くのを、見届けてから、冷めている食事を、手早く温め直し、美和が、腰を下ろすと同時に、目の前に出していった。
「どうぞ」
「ありがとう」
沖田も、美和の正面に、腰を掛けた。
美和が、用意した飲み物を飲んでいる。
聖たちが、作っておいた食事を、食している美和だ。
ある程度、食べてから、美和の双眸が、息子の沖田を捉えている。
「ソージが、リズちゃんたちを、紹介してくれて、助かっているわ」
疲れは窺わせるが、以前より、肌つやがいい、母の姿に、沖田の顔も、笑顔だった。
部屋で、寝ているリズたちも、美和の帰宅に気づいていた。
だが、親子二人だけにしてあげようと、顔を出す、無粋な真似をしない。
「都に、置いておくこともできないし、僕の方こそ、母さんが面倒見てくれて、助かっているよ」
「私は、面倒なんて、見ていないわよ。逆に、私の面倒を、見てくれるのよ、リズちゃんたちが」
美和としては、住む場所を提供しただけで、家の管理など、すべてを、リズたちに任せていたのである。リズやククリが、時折、半妖の子供をつれてきても、ただ、受け入れているだけだった。
後の面倒を、リズたちに、すべて頼んでいたのだ。
仕事だけしている環境に、美和は、とても満足していた。
「母さんらしいね」
「ところで、リキや光之助たちに、たいぶ、迷惑かけているんでしょう?」
リズたち経由で、リキからの話を、耳にしていたのだ。
「だね」
「トシを、あまり、困らせないようにね」
「今は、困らせているかな」
愛嬌たっぷりな表情で、首を傾げている沖田。
「リズちゃんたちや、マリアたちのことは、話していないんでしょうね」
「うん」
ニコニコ顔で、隠そうとしない。
「ソージらしいね」
「だって、兄さんが、僕に、意地悪をしたからね」
「程々にしなさいね」
母親として、息子を窘めていた。
「わかっているって」
「なら、いいけど」
あっさりと、引き下がっていった。
真面目過ぎる土方を困らせ、息抜きもする必要性があると、抱いていたからだ。
だから、沖田の行動を、ある程度、黙認していたのである。
それと、もう一人の息子である土方が、困るのも、美和としては、楽しんでいたのだった。
「母さんが、兄さんに、喋っても、構わないよ」
「いやよ。それは、面白くないわ」
「じゃ、知ったら、びっくりするだろうね」
「そうね」
嬉しそうに、微笑んでいる二人だ。
二人の趣味は、同じだった。
頑固な面がある土方を、からかうことだ。
「萌は、どう?」
「戸惑っているけど、今の環境に、慣れようとしているわね」
感じ取っていることを、美和が、口に出していた。
辿り着いた当初は、街の中に溢れる半妖に、驚き、戸惑い、さらに、心を閉ざしてしまっていたが、少しずつ、この環境を受け入れようと、努力しているところを、美和として見ていたり、リズたちから、話を聞いていたのである。
「そう」
「百合ちゃんのことも、少しずつ、受け入れようとしているみたい」
「なら、よかった」
沖田は、さほど心配していない。
ダメだったら、ダメで、次を考えればいいと、巡らせていたのだ。
「受け入れられなかったら、どうするつもりだったの?」
「都に、戻そうかと」
「そうね」
「百合ちゃんのことは?」
「リズたちに、頼もうと。リズは、小さい子の面倒を見るの、昔から、好きだったから」
沖田も、その一人だった。
だから、信頼していたのである。
リズたちに対して。
「リズちゃんたちから、ソージの小さい頃のことを、聞いているわよ。随分と、好き勝手に遊んでいたわね」
呆れた顔を、美和が、覗かせていた。
仕事が休みの日や、少し、帰宅が、早かった時に、リズたちから、美和と離れ、地方でリズたちと暮らしていた際の、みんなでした、いたずらなど、いろいろと仕出かした事件を、聞いていたのである。
悪びれる様子もなく、ケロッとしたままの沖田だ。
「楽しかったよ」
「ソージらしいわね」
「でしょう」
「リズちゃんに、面倒見て貰って、ホント、よかった。あの人、研究に没頭しちゃうと、周りが、見えなくなっちゃうから」
沖田が起こした、いたずらや、仕出かした事件以外にも、リズたちは、沖田親子が、どう生活していたのかも、詳しく話していたのだった。
話を聞き、前の夫だった人に、頭を抱えていたのだ。
「大丈夫だよ。僕が、しっかりしていたから」
窺うような、美和の眼差し。
幼い沖田を残し、沖田の父親は、ひと月、家を留守にしていた話は、美和の中でも、衝撃で、自分が引き取れば良かったと、後悔の念を抱いたほどだ。
(……ちゃんと、育ってくれて)
「こうして、僕が、生活できるのも、父さんのおかげでも、あるんだよ? 父さんが、ちゃらんぽらんな、ところがあるから、僕が、しっかりしないと、父さんの面倒を見てきたから」
そうした側面もあった。
幼い沖田が、一生懸命に、生活面が、欠落している父親を、しっかりと、支えていたのである。
「……そうね。息子二人が、しっかり者で、私たちは、恵まれているわね」
「でしょう」
まっすぐに注がれている、美和の双眸。
「ソージ。いろいろと、物資を送ってくれるのは、嬉しいけど、大丈夫なの?」
もう一方の、懸念していたことを、出した。
地方だと、何かと、いろいろなものが不足し、生活面で、滞ることもあったのだった。
そのため、時々、リキが、沖田に頼まれ、生活必需品や多額の金額を、運んでいたのである。
そうした行為に、母親として、ちゃんと生活できるのかと、危惧していた。
多くの金額を、使用していると、見て取れたからだ。
「大丈夫だよ」
きょとんした顔を、沖田が、覗かせていた。
「お金を、大切にしないと。このご時世、何があるか、わからないのよ」
「そのこと。前も、話したけど、お金のことは、心配しなくっても、大丈夫だよ。まだ、余っているぐらいだから」
じっと、本心かどうか、美和が、見つめている。
心配掛けないために、平気で、嘘をつける子だと、知っているからだ。
「……悪いことは、していないわよね」
「少しだけ、しているけど、それで、稼いでいる訳じゃないよ」
さらに、沖田の言葉が、真実かどうか、窺っていた。
(悪いことは、しているのね。困った子ね……。でも、ソージらしい行動ね)
「街の人たちから、いろいろと貰うから、それで、生活できるんだよ。それに、自分ひとりじゃ、使えきれない時もあるし、そういう時は、隊員の人に、配ったり、光之助たちにも、配ったりしているんだよ」
そうした話は、たまに、訪れるリキからも、話を聞いていたのだ。
ただ、頻繁に、物資やお金を送ってくれるので、単純に、心配していたのである。
「それなら、いいけど。絶対に、無理に送ってこなくっても、私のお給料だけで、大丈夫なのよ」
高額なお給料を、美和は、貰っていたのである。
仕事人間と言うこともあり、使っていないお金も、かなり溜まっていたのだ。
「こっちこそ、お金は、持っていた方が、いいんじゃないの?」
心配する双眸を、沖田が注いでいる。
地方が荒れている現状を、把握していたからだった。
「確かに、必要だけど。リズちゃんたちも、働いてくれるし、お金には、困っていないのよ。前にも、言っていたでしょう。ちゃんと、蓄えは、持っているから、心配する必要がないって」
リズたちも、少しでも、食い扶持を入れようと、自分たちに、できる仕事を見つけては、働いて、美和に、お金を渡していたのである。
断っていたが、リズたちも、居づらいと巡らせ、貰ったお金を、今後のリズたちに使うために、溜めていたのだった。
「……わかった。でも、物資は、送るね」
「物資は、ありがたく、貰っておくわ。ところで、ソージは、いつまで、ここにいられそうなの?」
「五日ぐらいかな?」
沖田が、首を傾げていた。
「仕事は、大丈夫なの?」
「急に、暇になったから、溜まっていた休みを貰ったんだ。言っておくけど、ちゃんと、上司である斉藤班長には、許可は、貰っているよ。それに、班のメンバーにも、大丈夫ですかって、断っているし」
勝手に来たと、巡らせている美和の眼光を、安心させるために、沖田は、ちゃんと許可を取ってきたことを、告げていたのだ。
「それなら、いいけど」
「ただ、兄さんには、話していないけど」
「それは、大丈夫しょうね」
「でしょう」
話が、尽きることがない。
明け方近くまで、二人のお喋りが続いていた。
読んでいただき、ありがとうございます。