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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第16話  芹沢、商人たちからの接待

 芹沢と新見は近藤に面倒な仕事を押し付けた後、まっすぐに高級な御茶屋に向かった。

 御茶屋で人と会うために、三つの隊でする仕事を近藤に押し付けたのだった。

 その席にはすでに名が知れ渡っている商人たちが顔を揃えている。

 芹沢たちが姿を見せるのを万全の形で待っていた。

 商人たちの顔ぶれは貿易商や織物商、建設関係といった人間、七人だった。

 誰も強欲に満ちた顔をしている。

 海千山千のように荒々しい道のりを渡ってきた者たちだ。


 到着した二人は用意されていた上座に腰を下ろした。

 護衛を兼ねている隊員たちは別室に用意されている酒の席を堪能していた。命を狙われることが多く、護衛を常に身の回りにつけていたのだ。


 商人たちを取りまとめている貿易商の江橋屋が手で合図すると、待っていましたと豪華な料理や酒、華やかな芸子たちが次々と現れだしたのだった。

 一番人気の芸子夏月が芹沢の隣につく。

 妖艶な微笑みに芹沢の目が細くなる。


 空のお猪口を突き出すと、夏月は華麗な仕草で酒を注ぎ淹れた。

 遊郭の女とは毛並みが違う姿に、ニタっといやらしい笑みを零していた。

 芸子は文字通り芸を売るのが商売だが、時には身体を売ることもあった。

 綺麗な芸子がついたと言うのに、新見だけあまりいい顔をしない。

 隣に座ったのが女の芸子だったからだ。

 芸子から注いで貰った酒を不味そうに飲み干した。


 無遠慮な態度に江橋屋は汚らしい笑みと共に話しかける。

「新見様。新見様には後で別な席をきちんと用意していますから。しばらくこちらでお待ちください。新見様が気に入る子は把握しておりますから」

 男色家の新見のために、別な部屋に新見好みの若い男の子を用意しておいた。


 ただ、この席には相応しくなかったので、宴の席には呼ばなかった。新見の好みを把握している江橋屋は借金で苦しむ家から子供を安い金で買い上げて、三人の男の子を別室に待機させていたのだった。

 それも逃げ出さないように数人の見張り役を置いて。

 満足げな笑みを零し、わかったと頷いてみせた。


 その一方、芹沢は……。

「わしにはないのか? 江橋屋」

 少し拗ねたような面白くない顔を浮かべる。

 至れり尽くせりの接待を受けているにもかかわらず、不満が滲む。


 すると、江橋屋の隣に座っていた織物商の巽屋が答える。

 江橋屋に負けないぐらいに強欲が現れている顔つきを滲ませていた。

「ご心配なさらずとも大丈夫です。芹沢様には夏月がお相手いたしますので、ご安心くださいませ」

「そうか。そうか」

 男を脱落へ突き落すかのような微笑みを浮かべている顎を芹沢は軽く持ち上げる。

 左右に動かして、品定めをしていた。

 無粋な仕草にも、夏月の表情は変わらない。

 遊びなれている芹沢の好みは非常にうるさかった。

 時には気に入らないと切って捨てることもあったのだ。

 視線の先は顔から身体へ降りていった。

 多少痩せていたが程よく肉付きもあって、丈夫そうで、まさに芹沢が好む体形をしていた。


「丈夫そうだな。お前のこと、壊したくなったぞ」

「どうぞ。お好きなままに」

 挑んでくる芹沢に、対抗する目で微笑み返した。

 挑戦的な態度にますます夏月を気に入る芹沢。


「夏月。お前の好きなものは何だ?」

「お金です」

 一切の躊躇いもなく、答えた。

「俺もだ」

「同じですね」

 不敵な笑みを夏月は滲ませていた。


 都で評判が悪い芹沢たちを嫌がる者が多い。

 そんなことは億尾にも見せずに、ただたくさんの金が入るだけで付き合おうとしている傲慢な夏月の態度がひどく気に入ったのだ。

「気に入った。今晩、夏月と楽しもうじゃないか」

「今晩だけですか?」

 恨めしげな視線を投げかけた。

 視線一つをとっても、男心をくすぐった。


「いや。末永く楽しむぞ」

「ありがとうございます。旦那様」

 ふくよかな芹沢の胸にしな垂れかかる。

 上目遣いの視線は妖艶そのものだ。


 新見が芹沢に声をかける。

「いいんですか? 小梅は。寂しがりますよ、甘えん坊ですから」

 嶋原に馴染みの遊女小梅がいた。

 嶋原で一番人気の遊女ではないが、芹沢は小梅を可愛がっていたのである。


「心配はいらん。後でしっかりと可愛がるから」

「私がいる前で、他の女の話ですか」

 軽く芹沢の腕をつねった。

「焼きもちか?」

「えぇ。私がここにいながら、他の女の話なんて」

「わしは焼きもち焼く女も好きじゃ」

 ふふふと笑う夏月。

 狐と狸の化け試合を互いに楽しむ。

 互いに利害が一致しただけに過ぎない関係だ。


「今晩が楽しみじゃな」

「寝かせませんよ」

「ああ」

 負けん気が強い夏月から注がれる酒をゴクゴクと飲む。商人たちは頃合いを見計らったように踊り子や演奏者たちを呼び寄せ宴を始めた。

 芹沢たちの機嫌は最高潮に盛り上がっていく。




 宴も中盤に差し掛かった頃、高笑いをしながら拍手している芹沢に怪訝そな新見が話しかける。

「大丈夫でしょうか? 今日の取締り」

 目線は踊り子たちに傾けたままだ。

「珍しいな、仕事を気にするなんて」

「失敗されては、困りますからね」


 今晩行われる仕事は大々的な取締りで、どう考えても近藤隊だけでは人数が足りなかった。それをわかっていて、芹沢も新見も近藤に押し付けたのだった。

 でも、ここに来て、新見は心配になった。

 近藤たちが取締りの仕事に失敗すれば、自分たちにもその火の粉が落とされるからだ。


「近藤に限って、そんなくだらないへまはしない。任せておけば、大丈夫だ。あいつなら、何が何でも何とかするやつだ。これまでも、そうしてきただろう?」

 確固たる自信が芹沢の言葉の中にはあった。

 チラッと芹沢の横顔を窺う。


(すごい自信だ。どうして、そこまで近藤隊長を信頼できるのか? さてさて、どこからくるやら……)


 扇子で口元を隠した。

 芹沢と近藤は以前上司と部下の関係だった。

 深泉組の中でも、すでに知れ渡っている話だ。

 無理だと思われる頼みでも、文句一つ零さずに近藤は引き受けていたのである。


 だが、二人が親しく、話している光景を誰も見ていない。

 二人の間に何があったのだろうか?と言う話は何度も上がるが、そこでたち切れとなる。

 二人は必ずと言っていいほどはぐらかすからだ。

 はぐらかすと言うよりも、そういう雰囲気を絶対に作らない節がみえた。


 深泉組の中でも強く、尋ねる度胸のある者も少なかった。

 無神経な原田たちでさえ、聞こうとはしない。

 芹沢と常に行動を共にしている新見でも、二人の関係が上司と部下だったこと以外、何も知らなかったし、聞けなかったのだ。

 それも噂話の一つとして聞いただけだった。

 機嫌一つで部下を切ってしまう芹沢に、身に危険が迫る話に踏み込む度胸なんて新見にはなかった。


「それでは近藤隊長には頑張って貰いましょうか」

「ああ。大いに頑張って貰いたいものだ」

「それにしても芹沢さん、すごい自信ですね。かつての部下だったからですか?」

 自信に満ちている顔に、不意に新見の好奇心が疼いてしまう。

 それに酔いも廻ったせいもあるかもしれない。

 ほんの一瞬だけ、芹沢の眉間が寄った。


(無理か? ここで引いた方が賢明か?)


 探っていた新見だけが気づいたが、他の者たちは一切気づいていない。

 誰もが舞の踊りに夢中になっていた。

 いつも通りにふくよかに笑っている顔で、新見を垣間見ることなく答える。

「優秀な部下だったからな。誰よりもよく知っている」

「確かに優秀ですね。近藤隊長は」


(おや、珍しい)


 おだてではなく、本気で近藤のことを褒めていた。

 普段の芹沢は本気で部下を褒めたり高く評価したりしない。

 ただ、部下をコントロールするために使うだけだ。

 人の顔色を窺うことに長けていた新見は、しっかりとそんな芹沢を見抜いていた。


「剣の腕前、頭の回転の良さ、決断力、どれをとっても凄いものがありますからね。部下だった時も、近藤隊長はそうだったのですか?」

「今をダイヤモンドだと称すれば、あの当時はまだ原石に過ぎない。けれど、いい匂いは匂わせていた。いい隊長になったものだ」

「ダイヤモンドですか。それほどに買っていたのですね」

「知っているだろう? 近藤の強さを」

 微笑みを絶やさない芹沢は脇にいる新見をまっすぐに捉える。

 ここまで絶賛するとは思っておらず、意外な方面まで来たものだと思う。


「えぇ、知っていますとも。尋常じゃありませんね、あの強さは。ですけど、芹沢さんだって強いじゃないですか? 深泉組の中でもずば抜けていますよ」

「土方も斉藤もなかなかだぞ。それに新人の沖田もな」

「ですが……」

「波があるが、原田たちも悪くはない」

「強いといいますかね、あの連中は」

 納得した様子ではなく、新見は差別の色を濃く出していた。

 ケンカしか能がないと原田たちのことを見ていたのだ。


(確かにそこそこ強いですけど……、ずば抜けて強い訳ではない気がしますね)


「新見、お前よりかは腕が立つぞ」

「……」

 青白い顔が黙っている。


 知能の高さで上に昇りつめていった新見の剣の実力は、深泉組の中では高くない。深泉組のメンバーは素行こそ悪かったり、性格的に問題が多い者ばかりだったが、武力の腕前でいくと、警邏軍の中でもかなり高い位置につけている者たちが多かった。


「私を引き合いに出さないでください」

「そうか」

 興が失せたと芹沢は正面に顔を戻す。

 新見も正面に視線を移した。

 グラスに入っている深めの赤ワインを一気に飲み干す。

 酒よりもワインが新見の好みだった。

 空のグラスに新たなワインを注ごうとした芸子を軽く突き飛ばす。

 ムッとする芸子を江橋屋がたしなめた。


「どうかしましたか?」

 新見のあからさまな芸子をバカにする態度に気づきながらも、夏月は素知らぬふりをして首を傾げて芹沢を見つめている。

「いや。夏月の美しさに見惚れていただけだ」

 豪快に芹沢は笑い飛ばした。

 雲行きが怪しくなり始めた空気を一気に払拭させたのだった。


「嘘ばっかり。他の女の子とでも、考えていたのでは?」

「誰のことだ」

「例えば、踊り子とか? 華麗な踊りでしたから」

「そうだったかな」

「惚けちゃって」

 踊り子たちを見ながら、新見が口にしたことを思い返していた。

 尋常じゃないと近藤を評していたが、その言葉は沖田の方がしっくり合うと頭をよぎらせていたのだ。愛嬌を絶やさない沖田を垣間見た瞬間、雷鳴のような衝撃が芹沢の中に走っていた。


(あやつは、ただ者ではない)


「面白くなりそうだな」

「何がです」

「これからの先のことだよ」

 きょとんとしている夏月の耳に噛みついた。

「好きそうね」




 宴が終わらないうちに、新見は部屋をさっさと出て、江橋屋が用意した部屋にいってしまった。

 残って宴を満喫していた芹沢は商人からの多額の賄賂を受け取って、夏月と共に用意されている部屋に足を伸ばしたのだった。

 この宴の席は芹沢たちのご機嫌伺いと賄賂を渡すために用意されたものだ。

 部屋に入るなり、大きな天蓋のダブルベッドに視線を注ぐ。


「随分と大きいな」

 鼻先で芹沢が笑った。

 普通のダブルベッドよりも、さらに大きかった。

 芹沢の体型と好みに合わせたものである。


「お気に召さなかった?」

「いや」

 不敵な顔で芹沢に近づいて抱きつく。

 懐のある賄賂に視線が止まる。

 したたかさを隠さない夏月に小さく笑った。


「覚悟はいいか」

「えぇ。ご自由に」

 二人は気の済むまま時間を堪能していった。




 大きな枕をいくつもクッション代わりにして、ゆったりと芹沢は背中を預けていた。肥満のぷよぷよとしている上半身が露わになっていた。

 ふと、天蓋の上を眺めていた。

 それをなぜか食い入るように見ていた。

 その脇では夏月が寝そべりながら、キセルを心地よさそうに吹かせている。

 恥じらいもなく、夏月も身体をむき出しにしていた。


 遠い目でキセルを吹かせている姿を凝視する。

「何?」

「キセルか……。いつも吸うのか?」

「旦那様は嫌い? だったら止めるけど?」

「いや。別に構わない。ただいつも吸うのかと思っただけだ」

「普段は吸わないわ。した時に一服吸うだけよ」

「そうか……」

 僅か数秒だけ、芹沢の頬が緩んだ。

 夏月の位置からは、そんな表情が見えない。


「それがどうしたの?」

「いや。どんな気分なのかと思ってな」

「最高の気分にさせてくれるわ。この楽しみがあるから、やめられない」

「そんなものか」

「そういうものよ」

 少し感慨深げな芹沢は笑ってみせただけだった。

 自分が吸っていた愛用のキセルを前へ出した。

「どうぞ。旦那様」

「……」

 断ろうとしたが、なぜか吸いたい気持ちが浮上してキセルを受け取った。


 キセルを深く吸い込む。

 頭の中がすっきりとした気分を味わう。

「どう? 美味しいでしょう? した後が最高においしいの。充実感があるからかしら」

 普段からキセルやタバコ、葉巻などの嗜好品を楽しんでいた。ある時を境に宴の席や人が集まっている時しか吸わなくなっていた。


(あれ以来か……。随分と時が流れているな)


 施錠がしっかりしている金庫が開き、封印していた昔を回想していた。

「最高においしいか……」

 思いに耽りながら芹沢が漏らした。


「どうかしたの?」

「いや。ただ、そうだなと思っただけど」

「そう……」

 そっけなく夏月が返事した。


 綺麗な顔立ちに微かに陰りがさす。

 見上げている夏月の顔を見ようとはしない。

 天蓋の上を見上げているだけだ。

 キセルを片付け、芹沢の身体の上に乗っかった。

「もうひと勝負しましょう」

 嬌笑しながら、甘い声でねだってみせた。 


 女の勘で、昔の女を思い出し慕っていると気づいていたのである。

 自分としておきながら、昔の女を思い出す芹沢に内心憤慨していた。

「負けんぞ」

「それはどうかしら?」



読んでいただき、ありがとうございます。

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