第154話
マリアたちを、匿っている小屋では、微妙な空気が流れている。
あまり、大きくない小屋に、ククリたちも、滞在していた。
ここには、マリアたちの他に、ククリたち一行もいて、マリアたちの面倒を見るために、光之助たちも、頻繁に通っていたのである。
さらに、小屋が、狭くなっていたのだ。
何よりも、慣れない半妖に、マリアたちが狼狽え、戸惑っていた。
萌は、半妖の子を生んだこともあり、過敏に怯えていたのだった。
その仲を、取り持とうとする光之助や葵。
必死に、動き回っていたが、マリアたちは、ククリたちと、距離を置いていたのである。
そんなピリピリとする時間を、幾日か、過ごしていた。
二組を心配し、光之助と葵は、マリアたちの時よりも、こまめに、顔を出していたのだった。
無造作に、頭を掻きながら、ククリが息を零している。
小屋の中で、端と端で別れ、腰掛けている状況だった。
ククリと千春、雪の三人は、用意してあった保存食を食べていた。
光之助と葵は、マリアたちに、付き添っている。
ククリたちは、こうした反応に、慣れていたのだ。
だが、気遣う光之助たちに、ついつい、憐れみな眼差しを、傾けていたのだった。
千春も、雪も、おとなしく食べている。
ただ、雪だけが、マリアたちを気にしていたが。
「光之助、葵。私たちは、大丈夫だ。私たちは、こっちの端で、休ませて貰うから、お前たちは、おまえたちの仕事をしてくれ」
ククリは昼夜関係なく、動くことができるが、千春や雪は、そうはいかない。
ローブを被っている分には、誤魔化すこともできるが、不測の事態がおき、いつローブが抜けるのか、わからなかった。
千春たちを連れ、目立つ昼に、動く訳には、いかなかったのだ。
だから、現在動けず、小屋にいたのである。
(早く、夜に、ならないのか)
心の中で、嘆息を零すククリだった。
自分たちの息抜きと、マリアたちのために、夜は、小屋から出て、訓練や都の情報を探っていた。
当初、嘆息をするだけでも、萌が、ビクッと、反応していたせいで、極力、ククリたちは、無になろうと、心掛けていたのである。
勿論、小屋の中にいても、千春と雪は、マリアたちに見えないように、ローブを被っていたのだった。
「けど……」
困った顔を、覗かせる光之助と葵。
チラリと、光之助たちの双眸が、強張っている萌を捉えている。
同じように、マリアたちも、怯える萌を窺っていたのだ。
マリアや乃里は、困惑しつつも、ククリたちに対し、申し訳ないと、抱いていたのだった。
萌一人だけが、頑なに、拒絶している。
意を決したような顔をし、乃里が、ククリたちに顔を傾けていた。
「あの……」
「気にしないで……」
「そうじゃなく、……地方では、は、半妖が多いって、それで、普通に、歩いているって、聞いたんだけど。本当なの?」
彼女なりに、現状を打破しようと、していたのである。
少しでも、半妖のことを知り、自分たちも含め、萌にも、半妖のことを理解して貰おうとしていたのだ。
質問されたククリは、いやな顔一つしない。
真摯に、地方での半妖の姿を、口に出す。
「都から、離れている場所では、普通に、村人と半妖が、共存している。それが、当たり前だからな。地方によっては、半妖が、多いことだってある」
「「「「「……」」」」」
「都と、近ければ、近いほど、半妖が、避けられている。ま、半妖を、見たこともない都の人間からすれば、怖いのかもな」
自分たちのことを、話しているにもかかわらず、ククリは、何でもないような顔を覗かせていたのである。
「「「「「……」」」」」
「でも、この子たちからすれば、人間の方が、怖いのさ」
まだ、幼さが残る千春と雪に対し、優しい眼差しを注いでいた。
千春と雪は、少しだけ、しょげている。
「「「「「……」」」」」
ククリの言葉に促されるように、千春と雪に、注目が集まっていたのだ。
徐々に、マリアたちは、ククリの言葉が、ストンと、胸の中に落ちていった。
((この子たちにすれば、私たちのことを、怖がっても、当たり前じゃないの。それも、慣れない場所だし……。バカね……。そんなことにも、気づかないなんて))
「ソウは、何も、詳しいことを、話していないだろうが、あんたらが、行く場所も、半妖が、普通に、生活している場所でもある。だから、できるだけ、慣れておいた方が、いいよ」
「「「……」」」
萌が怯え、マリアと乃里は、身が引き締まっていく。
「地方では、荒れているって、聞いているけど」
胡乱げな双眸で、光之助が聞いてきた。
都で生まれ、育った者や、地方でも、都の近くだったため、大して半妖に対し、免疫がなかった者たちだったので、半妖や、地方のことを、何も、詳しく理解できていなかったのだった。
少しでも、都のことを知ろうと、光之助が尋ねたのである。
「昔から、いざこざは、絶えなかったが、さらに、いざこざは、大きくなっている。そうした模様が広がり、こちらにも、段々と、近づいている気がするよ。これは旅をして、回ってきた者の、感想としての意見だけどね」
ククリの言葉に、絶句している面々。
思ってもみない状況だった。
都では、徳川宗家と勤皇一派が争い、荒れていたが、それ以上に、都の外では荒んでいるとは、考えてもいなかったのだ。
都で、住んでいる人々は、都の外にある地方のことに、かなり疎かったのである。
「じゃ、近いうちに、都も、戦になるの?」
不安げな眼光を、マリアが、揺らめかせていた。
(……一体、どうなるの?)
「それは、わからない。役に立たない、外事軍が、どこまで、押さえられるかじゃないのか?」
嘲笑するような、ククリの声音。
まるで、外事軍が、全然、役に立つとは思っていない姿に、困惑するしかない。
一気に、小屋の中が、沈んでいった。
「役に立たないって」
眉を下げている葵。
「言っておくが、外事軍に、期待していない方が、いい。外事軍の多くが、賄賂を送らないと、助けてくれないからな。それに、戦闘になっても、弱いぞ。金や物の無駄遣いだな、あれは」
さらに、嘲りが含む笑みを、零しているククリだ。
「……ホントなのか? それは?」
眉間にしわを寄せている、光之助である。
いまいち、ククリの言葉が、信じられない。
確かに、お願いしても、助けてくれる人間は少ないが、親身になって、動いてくれる人たちも、いてくれたのだった。
「嘘言って、どうする? 私たちや、ソウは、そうしたところを、何度も、見ている。あんな連中は、絶対に、許せるものか」
殺気の籠もった双眸。
マリアたちが瞠目し、萌が、怯えていた。
「悪い」
ばつの悪い顔をし、一気に霧散していく。
困ったような顔をして、首を振る、マリアと乃里。
「……何か、あったの? 外事軍と」
気遣う乃里に、苦笑いを浮かべているククリだ。
「まぁな」
認めつつも、それ以上のことを、口にしない。
そうした姿勢からも、話したくないのだろうと抱き、誰も、聞こうとしなかった。
「私たちが、行くところって、治安は、大丈夫なの?」
自分たちが、行くであろう場所の状況を、マリアが尋ねてきた。
以前から、どこで、落ち着くのだろうかと、それなりに、気になっていたのである。
「治安は、それほど、悪い訳ではない。だが、安全とは、限らないから、それなりに、用心をしておいた方が、いいだろうな」
「そうなの……」
やや沈んだ顔を、マリアが、覗かせていたのだ。
「だが、心配することはない。向こうには、私たちの仲間もいて、周囲も、警戒している、それほど、危険と言うことではないから」
少し、安堵の表情を、マリアと乃里が滲ませていた。
ククリたちが、話している間も、萌一人だけが、ずっと、身体を強張らせていたのである。
気づきながらも、あえて、ククリたちは、無視していたのだった。
指摘したところで、萌が、気を緩めるとは、思えなかったからだ。
萌が生んだ子供は、ずっと、乃里が抱いていた。
スヤスヤと、眠っていたのである。
先ほど、ククリが殺気を醸しても、平気で、眠り込んでいたのだった。
突如、ドアが開く。
先ほどまでの空気が、霧散していったのだ。
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