第153話
備品部の窓口に、立つ斉藤。
備品係の仕事として、訪れていたのである。
隣に、沖田の姿がない。
休暇中のため、備品係の仕事を、一人で行っていたのだった。
窓口を担当する女に、深泉組としての申請書と、自身が必要としている、備品を得るための申請書を提出していたのだ。
とても、詳細に書かれていた。
他のところでは、こうも、綺麗に書かれていないことが多い。
そういう点では、とても、いい利用者でもあったのだった。
「沖田さんのケガの具合は、大丈夫なのですか?」
心配げな眼差しを、窓口を担当する女が、注いでいる。
そして、斉藤が来たことにより、彼女の背後にいる隊員たちも、二人の様子に、注目が集まっていたのだった。
完全に、彼らの手が、止まっていたのである。
よく備品部にも、訪ねてくる沖田のことを、気にかけていたのだ。
「問題ない」
「でも……」
窓口を担当する女の脳裏には、大きなテープを張った沖田の姿が、くっきりと、浮かんでいたのである。
何度か、廊下などで、傷を負った沖田の姿を、垣間見ていたのだ。
そのため、ずっと、気になっていた。
さらに、眉を寄せている、窓口を担当する女。
「ちゃんと、医師に、診せたんですか?」
「そう、聞いたが?」
何とも思っていないような、斉藤の態度。
次第に、窓口を担当する女が、イラついていった。
「聞いたのではなく、上司だったら、きちんと、確かめてください」
僅かに、声を荒げていたのだ。
勿論、彼女の背後にいる、隊員たちの様子も、芳しくはない。
一様に、無表情でいる斉藤に対し、ジト目を注いでいたのだった。
「……そうか。わかった。以後、そうしよう。で、これ……」
「沖田さんは、警邏軍にとって、貴重な存在なんですよ」
「……」
「もっと、大切にしてください」
窓口を担当する女が席を立ち、背後にいる隊員たちの下へ、いってしまう。
仕事を放棄した隊員たち。
沖田のお見舞いを渡そうか、それは何かいいかと、話し込んでしまっていた。
「備品が……」
一人、取り残された斉藤。
その形相は、とても、悲しげだ。
そして、呆然と、立ち尽くしていたのだった。
警邏軍の中で、ひと際、近藤の姿が、多く見られていた。
仕事を、しばらく休んでいた近藤は、戻って早々に、精力的に動いていたのである。
休んでいた分を、挽回しようとだ。
いつもよりも、歩く速度は速い。
だが、早足には、なっていなかった。
見た目は、普通に歩いているようにしか、映っていなかったのだった。
廊下を歩いている近藤に対し、沖田を傷つけた土方に、傾けるような双眸を、向けてくる者がいない。
ただ、時より、沖田のことを、案じる声を、掛けられるだけで。
沖田の件では、非常に、疲れていた近藤だ。
だが、それを、億尾にも見せない。
いつも通りの姿勢を、毅然と、保っていたのである。
声をかけられないように、僅かに、早足に歩いていたのだった。
不意に、広い警邏軍の中を、修理部の課長である黒崎が、近藤に、声を掛けてきた。
立ち止まる二人。
「近藤」
「黒崎さん。お久しぶりです」
礼儀正しく、頭を下げている近藤だ。
「今度の試作の実験のことで、いいか?」
「構いません」
芹沢たちの件があり、試作の実験が、延び延びになっていたのだった。
いかつく、厳しい黒崎と話し始めたことにより、沖田のことを聞きたくても、聞けず、渋々と退散していく、隊員たちが続出している。
安易に、武器を壊す隊員たちに、黒崎の鉄槌が、落とされることが多く、多くの隊員の中では、黒崎の存在は、恐怖の対象でもあったのだ。
一般の隊員では、黒崎を相手にできる者がいないほどの、実力の持ち主なのである。
隊員の中では、強いのに、なぜ、後方支援部隊にいるのだと、首を傾げる者もいたのだった。
(これで、仕事ができる)
「今回、延びた件は、申し訳ありません」
自分たちのせいで、延びてしまったので、平謝るしかなかったのだ。
真面目な近藤に、黒崎の口角が、少しだけ上がっている。
「それはいい。とりあえず、二日後に、頼めるか?」
黒崎の方も、事情が事情だけに、理解を示していたのである。
ある程度、落ち着いたと巡らせ、近藤に声をかけたのだった。
「大丈夫です」
「それは、よかった。で、沖田は、大丈夫なのか? あれのことだから、大したケガじゃないと思うが、うちの連中も、それなりに、親しくしているせいもあり、気になっている者が多いんでな」
(随分と、沖田の信者が、多くなってきた者だな。まさか、黒崎さんまで、聞いてくるとは……)
遠い目をする近藤。
目の前に立つ黒崎は、気づかない。
気になって、仕事も、手につかない部下たちの姿を、思い浮かべていたのだった。
(あいつらにも、困ったものだな。沖田の傷の一つぐらいで、あんなに、大騒ぎするなんて。現場に、出ているやつらには、付き物だろうが……)
遠巻きに、二人の様子を、窺っている者も、ちらほら残っていた。
そうした存在を、気づきながらも、二人は、完全に、無視している。
「沖田も、周りと、溶け込んでいるようで、ホッとしています」
「ま、人懐っこいからな、あれは」
「そうですね」
苦笑している近藤だ。
逆に、周りに溶け込んでいるせいで、近藤たちに、気苦労が耐えなかったのだ。
そんな愚痴を吐露しても、しょうがないと、常に、飲み込んでいたのである。
「土方は、どうしている?」
「目立たないようにと、命じてあります」
「そうか。あれも、災難だったな」
楽しそうに、黒崎が、笑みを零していた。
二人から、離れた場所では、ざわついている。
外野は、笑っている黒崎に、瞠目していたのだった。
「えぇ」
「沖田のやつも、えげつないことをしたもんだ」
「そうですね」
同意しつつも、内心では、嘆息を漏らしていた。
(ホントに、困ったことだ。なかなか、落ち着かないものだ。……もしかすると、休暇も、沖田の策略かもしれないな……)
沖田が休暇と取り、警邏軍の中から見えなくなってから、土方に対する目も酷くなり、深泉組に対し、沖田の様子を聞く声が、多くなっていったのだった。
「土方のやつ、動きを封じ込められ、相当、ストレスが、溜まっているんだろうな」
「……その反動か、部下たちが、稽古につき合わされ、かなりのダメージを、受けているようです」
仕事ができない分、土方は、部下たちに稽古をつけていたのだ。
原田たちも、最初は逃げ回っていたが、このところ、土方に捕まり、何度も稽古をさせられていたのだった。
そのため、深泉組の隊員たちの身体に、生傷が耐えなかったのである。
「近藤。お前が、少し、相手してやれば、いいだろう」
思案する姿勢をみせる近藤。
土方の代わりに、動き回っていたのだ。
「……そうですね。今度、トシと、稽古をしてみましょう」
「二日後には、土方のやつも、連れてきてくれ」
「いいんですか?」
「仕事と、プライベートは、別だ。もし、一緒のやつがいたら、俺が許さない」
「わかりました」
「ところで、近藤、お前は、大丈夫なのか?」
「私ですか?」
首を傾げ、困ったような顔を覗かせている、黒崎を捉えている。
「芹沢たちが亡くなって、すべて、お前の腕に、圧し掛かっているだろう」
「大丈夫です。腕力には、自信があります。ご存知ではないですか」
笑ってみせる近藤である。
そうした笑みが、痛々しくみえる黒崎だった。
黒崎自身も、近藤が、かつて芹沢の部下だったことも承知しているし、深泉組として、互いに隊長になっても、芹沢を庇っている姿を、何度も目撃していた。
「本当か?」
「本当です」
「ならいい」
「はい」
「じゃ、二日後な」
近藤の前から、立ち去っていく黒崎。
黒崎と別れ、次の仕事片付けるために、足を動かしていた。
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