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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第153話

 備品部の窓口に、立つ斉藤。

 備品係の仕事として、訪れていたのである。

 隣に、沖田の姿がない。

 休暇中のため、備品係の仕事を、一人で行っていたのだった。


 窓口を担当する女に、深泉組としての申請書と、自身が必要としている、備品を得るための申請書を提出していたのだ。

 とても、詳細に書かれていた。

 他のところでは、こうも、綺麗に書かれていないことが多い。

 そういう点では、とても、いい利用者でもあったのだった。


「沖田さんのケガの具合は、大丈夫なのですか?」

 心配げな眼差しを、窓口を担当する女が、注いでいる。

 そして、斉藤が来たことにより、彼女の背後にいる隊員たちも、二人の様子に、注目が集まっていたのだった。


 完全に、彼らの手が、止まっていたのである。

 よく備品部にも、訪ねてくる沖田のことを、気にかけていたのだ。


「問題ない」

「でも……」

 窓口を担当する女の脳裏には、大きなテープを張った沖田の姿が、くっきりと、浮かんでいたのである。

 何度か、廊下などで、傷を負った沖田の姿を、垣間見ていたのだ。


 そのため、ずっと、気になっていた。

 さらに、眉を寄せている、窓口を担当する女。


「ちゃんと、医師に、診せたんですか?」

「そう、聞いたが?」

 何とも思っていないような、斉藤の態度。

 次第に、窓口を担当する女が、イラついていった。

「聞いたのではなく、上司だったら、きちんと、確かめてください」

 僅かに、声を荒げていたのだ。


 勿論、彼女の背後にいる、隊員たちの様子も、芳しくはない。

 一様に、無表情でいる斉藤に対し、ジト目を注いでいたのだった。


「……そうか。わかった。以後、そうしよう。で、これ……」

「沖田さんは、警邏軍にとって、貴重な存在なんですよ」

「……」

「もっと、大切にしてください」


 窓口を担当する女が席を立ち、背後にいる隊員たちの下へ、いってしまう。

 仕事を放棄した隊員たち。

 沖田のお見舞いを渡そうか、それは何かいいかと、話し込んでしまっていた。


「備品が……」

 一人、取り残された斉藤。

 その形相は、とても、悲しげだ。

 そして、呆然と、立ち尽くしていたのだった。




 警邏軍の中で、ひと際、近藤の姿が、多く見られていた。

 仕事を、しばらく休んでいた近藤は、戻って早々に、精力的に動いていたのである。

 休んでいた分を、挽回しようとだ。


 いつもよりも、歩く速度は速い。

 だが、早足には、なっていなかった。

 見た目は、普通に歩いているようにしか、映っていなかったのだった。


 廊下を歩いている近藤に対し、沖田を傷つけた土方に、傾けるような双眸を、向けてくる者がいない。

 ただ、時より、沖田のことを、案じる声を、掛けられるだけで。

 沖田の件では、非常に、疲れていた近藤だ。

 だが、それを、億尾にも見せない。

 いつも通りの姿勢を、毅然と、保っていたのである。


 声をかけられないように、僅かに、早足に歩いていたのだった。

 不意に、広い警邏軍の中を、修理部の課長である黒崎が、近藤に、声を掛けてきた。

 立ち止まる二人。

「近藤」


「黒崎さん。お久しぶりです」

 礼儀正しく、頭を下げている近藤だ。

「今度の試作の実験のことで、いいか?」

「構いません」


 芹沢たちの件があり、試作の実験が、延び延びになっていたのだった。

 いかつく、厳しい黒崎と話し始めたことにより、沖田のことを聞きたくても、聞けず、渋々と退散していく、隊員たちが続出している。

 安易に、武器を壊す隊員たちに、黒崎の鉄槌が、落とされることが多く、多くの隊員の中では、黒崎の存在は、恐怖の対象でもあったのだ。


 一般の隊員では、黒崎を相手にできる者がいないほどの、実力の持ち主なのである。

 隊員の中では、強いのに、なぜ、後方支援部隊にいるのだと、首を傾げる者もいたのだった。


(これで、仕事ができる)


「今回、延びた件は、申し訳ありません」

 自分たちのせいで、延びてしまったので、平謝るしかなかったのだ。

 真面目な近藤に、黒崎の口角が、少しだけ上がっている。

「それはいい。とりあえず、二日後に、頼めるか?」


 黒崎の方も、事情が事情だけに、理解を示していたのである。

 ある程度、落ち着いたと巡らせ、近藤に声をかけたのだった。


「大丈夫です」

「それは、よかった。で、沖田は、大丈夫なのか? あれのことだから、大したケガじゃないと思うが、うちの連中も、それなりに、親しくしているせいもあり、気になっている者が多いんでな」


(随分と、沖田の信者が、多くなってきた者だな。まさか、黒崎さんまで、聞いてくるとは……)


 遠い目をする近藤。

 目の前に立つ黒崎は、気づかない。

 気になって、仕事も、手につかない部下たちの姿を、思い浮かべていたのだった。


(あいつらにも、困ったものだな。沖田の傷の一つぐらいで、あんなに、大騒ぎするなんて。現場に、出ているやつらには、付き物だろうが……)


 遠巻きに、二人の様子を、窺っている者も、ちらほら残っていた。

 そうした存在を、気づきながらも、二人は、完全に、無視している。


「沖田も、周りと、溶け込んでいるようで、ホッとしています」

「ま、人懐っこいからな、あれは」

「そうですね」

 苦笑している近藤だ。

 逆に、周りに溶け込んでいるせいで、近藤たちに、気苦労が耐えなかったのだ。

 そんな愚痴を吐露しても、しょうがないと、常に、飲み込んでいたのである。


「土方は、どうしている?」

「目立たないようにと、命じてあります」

「そうか。あれも、災難だったな」

 楽しそうに、黒崎が、笑みを零していた。


 二人から、離れた場所では、ざわついている。

 外野は、笑っている黒崎に、瞠目していたのだった。


「えぇ」

「沖田のやつも、えげつないことをしたもんだ」

「そうですね」

 同意しつつも、内心では、嘆息を漏らしていた。


(ホントに、困ったことだ。なかなか、落ち着かないものだ。……もしかすると、休暇も、沖田の策略かもしれないな……)


 沖田が休暇と取り、警邏軍の中から見えなくなってから、土方に対する目も酷くなり、深泉組に対し、沖田の様子を聞く声が、多くなっていったのだった。

「土方のやつ、動きを封じ込められ、相当、ストレスが、溜まっているんだろうな」

「……その反動か、部下たちが、稽古につき合わされ、かなりのダメージを、受けているようです」


 仕事ができない分、土方は、部下たちに稽古をつけていたのだ。

 原田たちも、最初は逃げ回っていたが、このところ、土方に捕まり、何度も稽古をさせられていたのだった。

 そのため、深泉組の隊員たちの身体に、生傷が耐えなかったのである。


「近藤。お前が、少し、相手してやれば、いいだろう」

 思案する姿勢をみせる近藤。

 土方の代わりに、動き回っていたのだ。

「……そうですね。今度、トシと、稽古をしてみましょう」


「二日後には、土方のやつも、連れてきてくれ」

「いいんですか?」

「仕事と、プライベートは、別だ。もし、一緒のやつがいたら、俺が許さない」

「わかりました」


「ところで、近藤、お前は、大丈夫なのか?」

「私ですか?」

 首を傾げ、困ったような顔を覗かせている、黒崎を捉えている。

「芹沢たちが亡くなって、すべて、お前の腕に、圧し掛かっているだろう」

「大丈夫です。腕力には、自信があります。ご存知ではないですか」


 笑ってみせる近藤である。

 そうした笑みが、痛々しくみえる黒崎だった。

 黒崎自身も、近藤が、かつて芹沢の部下だったことも承知しているし、深泉組として、互いに隊長になっても、芹沢を庇っている姿を、何度も目撃していた。


「本当か?」

「本当です」

「ならいい」

「はい」

「じゃ、二日後な」


 近藤の前から、立ち去っていく黒崎。

 黒崎と別れ、次の仕事片付けるために、足を動かしていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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