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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第152話

 ピリピリとしている、深泉組の待機部屋。

 部屋には、土方も、沖田も、いない。

 それにもかかわらず、部屋の中は、緊張が張りつめていたのである。


 事務である伊達たちが、イライラ感を、撒き散らしていたからだ。

 彼女たちは、きちんと、仕事をしていたが、周囲に、重苦しい空気を拡散していたのだった。


 そうした状況に陥っても、原田たちは変わらない。

 部屋で、酒を飲んでいた。

 だが、その声は、若干、小さかった。

 こちらに、とばっちりが飛ばないように、注意だけは払っていたのだ。


「居心地が悪いな、随分と」

 何度も、伊達が、間違ったところを、やり直している光景を、眺めている原田。

 なぜか、同じ箇所を、間違っているらしく、何か、お願いしたい書類がある、三浦や千葉が、伊達たちの近くで、声も掛けられず、あたふたとしていた。

 誰一人として、助ける者もいない。

 素知らぬ振りを、通していたのだ。


 その光景をつまみに、原田たちが、先ほどから、酒を飲み明かしていたのである。

「三人とも、険があるのは、珍しいな」

 蚊帳の外を、決め込んでいる島田だ。

 こういう状況に陥ってからは、決して、島田自身から、事務の三人組に、話しかけることをしなかったのだった。


 面白い状況を、ただ、観戦していただけだ。

 ただ、原田たちは、何度が、事務の三人組から、返り討ちにあっていた。

 そのたび、バカだなと言う眼差しを、島田が注いでいたのである。


「沖田が、ケガをしたからな」

 冷めた眼差しを、永倉が、巡らせていた。

 仕事上、ケガは、つき物なので、見られている光景でもあった。

 なのに、伊達たちは、過剰なまでの反応を、示していたのだ。

 そして、その影響が、警邏軍や庶民の間でも、広まっていたのである。


「最近、沖田さんのケガの具合は、どうですかって、街の人たちから、よく、聞かれますよ」

「私もだ」

 井上の吐露に、島田も、賛同していた。


 見知った知り合いや、深泉組の制服を着て、街の中を歩いているだけで、一般の庶民から、沖田のケガの具合を、尋ねられることが、日増しに、多くなってきたのである。

 そうした声に、原田たちは、無視したりしていた。

 けれど、何事も、真面目な井上は、律儀に、その一つ一つに、答えていったのだった。


「今までは、深泉組ってだけで、敬遠されていたのに」

「凄い変わりようだよな」

「はい」

「いつまで、続くんだ?」


 原田の問いかけに、誰も、答えることができない。

 全然、予測ができないからだ。

 沈静化するどころか、徐々に、大きな反響となっていた。


 原田たちが、話している間にも、いつの間にか、事務三人組のターゲットに、三浦や千葉がされたようで、がっくりとうな垂れている様子が窺えたのだった。

 三浦と千葉は、事務三人組の口攻撃を、ひたすら、受けていたのである。


(((((悲惨だな)))))


「副隊長殿が、謝れば、収まるんじゃないのか?」

 何気ない、原田の呟きだ。

「バカ。副隊長殿が、頭を下げる訳がないじゃないか?」

 呆れた顔をし、永倉が、突っ込んだのだった。

「無理ですよ。サノさん」

 井上も、永倉に同意見だ。


「そうだな、サノ」

 口にしながら、島田が、上手そうに酒を嗜む。

「でも、それが、手っ取り早いだろう」

 一人で、静かに酒を飲んでいた藤堂が、口を開く。

「どんなに、足掻いても、そんなことは、起こらない」

「……いい案だと、思ったんだけどな……」


「とにかく、静かに、待っていることだな」

 自分には、関係ないことだと言う顔を、滲ませている永倉が、口に出していた。

「それしか、ないですかね……」

 眉を潜めている井上。

「ないな」

 あっけない島田だった。




 原田たちが、くだらない話をしている間、眉間にしわを寄せながら、自分の仕事を片付けた山南が、斉藤班の安富に、声をかけてきたのだった。

「斉藤は、外なのか?」

 困ったような顔を、覗かせている安富だ。

 近くで、事務処理を行っていた牧や保科も、同じような顔を滲ませていた。


 斉藤班では、尽きない事務処理を、行っていたのだった。

 牧や保科同様に、安富も、事務作業に、没頭していたのである。

 そこへ、山南に、声をかけられたのだった。


「……すみません。朝から、見かけておりません。何か、用事ですか?」

 安富の回答を耳にし、軽く、山南が息を吐く。

「……話をしたいことがある。伝言を頼めるか?」

「わかりました。会い次第、伝えます」


 用事を済ませたはずなのに、山南は、いっこうに、自分の席に帰ろうとしない。

 安富の前に、立ち尽くしていたのである。

 牧や保科は、怪訝そうな顔を注いでいた。


「そうしてくれ。ところで、この騒ぎを、どうするつもりなんだ? 斉藤班では?」

「そう、言われましても……」

 この件に関しては、土方と沖田の問題であり、かかわりないと抱く三人だった。

 けれど、山南が頑として、譲らない仕草を、見せていたのである。


「同じ班なのだから、どうにか、するべきだろう?」

 この件の、顛末の処理を言われても、どうしようもないと、牧と保科が抱いていた。

「は……」

 言葉を濁している安富。

 次第に、山南が、目を細めていく。


「安富さんも、沖田さんに、一応、言いましたよ」

 ギロリと、山南の双眸が、声の主である保科を捉えていた。

 注がれた保科がフリーズし、動けない。

 やれやれと、牧が、首を竦めていた。

「何があったのか、知らないが、沖田の方も、腹に据えかねているようだぞ」


 牧たちも、ただ見ていた訳ではない。

 それなりに、探りは入れていたのである。

 ただ、沖田が、のらりくらりと、交わしているだけで。


「……」

「そういう状況ですので、私たちには、どうすることも、できません」

「……で、元凶である沖田は、どうしている? 姿を、見かけていないが?」

 朝に見かけただけで、その後は、見かけていなかったのだ。


「休みを取って、実家がある地方に、帰るそうです」

 安富が答えていた。

 徐々に、渋面になっていく山南。


 内心で、三人は、同時に嘆息を漏らしている。

 ただ、表面には出ていない。


「こんな時にか?」

「はい」

「この状況で、帰すなんて」

「休みなく、働いていたので、大きい休みをいただいて、地方で、一人暮らしをしている父親の様子を、見て来たいと言われたので、許しました。問題は、ないはずです」


 他の組からも、手伝いの依頼も、見回りの仕事もない状況だった。

 何もないので、待機部屋で待機しつつ、訓練期間に入っていたのだ。

 長期間休んでも、腕に自信のある沖田には、何も問題がなかった。

 それに、二つの隊も、機能していない状況なので、他の組からの仕事の応援が、来なかったと言うもの、最大の理由の一つだった。


「だが、こんな状況だぞ」

 芹沢隊や新見隊の存続が、危ぶまれていたのである。

 そして、深泉組も、消滅するのではないかと、警邏軍の中で、飛び交っていたのだ。

 末端の者たちは知らないが、沖田が、深泉組を希望したこともあり、消滅させるのは、どうかと言う意見も、あったのは事実だった。


「わかっています。でも、私たちには、どうすることも、できません」

「諌めることは、必要だったはずだ」

「基本、沖田は、従いますが、これと、思ったことに関しては、一切、引くことがありません。沖田の中には、確固たる意志が、存在しています。それを曲げることは、我々には、到底、無理なことです」

「……」


 顰めっ面の山南に対し、安富は、一歩も引かない。

 お互いに、譲る気がなかった。


 牧や保科が、顔を引きつらせながら、両者の顔を窺っている。

 山南が意見することが、度々あるので、他の者たちは、気にも止めない。

 各々、好き勝手にしていたのだった。


(どいつも、こいつも……)


 これ見よがしに、山南が、盛大な嘆息を零していた。

「わかった。斉藤に言付けを頼む。そして、沖田にも、帰ってきたら、話があると伝えてくれ」

「わかりました」

 安富との話が終わり、山南が戻っていった。

 そして、安富も、止まっていた手を、動き始めたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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