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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第151話

 気遣う山崎の双眸が、隣にいる土方を、捉えている。

 ヒソヒソ話が漂う、警邏軍の廊下を、二人で、歩いていたのだった。

 そして、いつも以上に、土方たちを遠巻きで、窺っている状況が、でき上がっていた。

 周囲の視線が、ブスッとしている土方に、突き刺さっていたのだ。


 不機嫌さを、土方が、隠そうとしない。

 連日、このような視線に、土方は、苛まれていたのである。

 沖田の頬を斬った件からだ。


 あっという間に拡散し、警邏軍だけではなく、普通の民間人からも、そうした類の視線を、向けられていたのだった。

 花街に行っても、そうした視線に、注がれていたのである。

 無鉄砲な民間人から、闇討ちに、会うことも、しばしだった。


「大丈夫ですか?」

 恐る恐る、山崎が、声を掛けていた。

「大丈夫だ」

「ですが……」


 他の組からの視線も、注がれている。

 だが、深泉組内部においても、そうした視線が、起こっていたのだ。

 特に、事務三人組からの視線は、強烈だった。

 態度も、刺々しさを、醸し出していた。

 あからさまな態度を、取っていたのだ。


 けれど、仕事に、支障がない以上、土方は、何も口にしない。

 黙って、耐えていたのだった。

 島田辺りからは、憐れむような眼差しを傾けられていたが、土方自身、無視を決め込んでいたのである。


 遠巻きで、見られていることもあり、土方の声は、若干、低めだ。

「それよりも、変わった動きを見せる者が、いるか?」

「特には。ただ、芹沢隊長たちが、亡くなったことで、安堵している者たちが、動き出した程度です」

 警邏軍の内部を、探らせていたので、その報告を、聞いていたのである。


「そうか。一応、その者たちを、見張っているように」

「承知しました」

「他に、何かあるか?」

「他の組織の者たちも、芹沢隊長たちが、誰に、やられたのかと、探っている連中もおります」

「目を光らせておけ」

「承知しました。……沖田は、そのままで、よろしいのですか?」


「……以前も言ったが、沖田には、構うな」

「ですが……」

 何か、言いたげな、山崎の表情。


 信頼している土方がコケにされ、ずっと、納得できなかったのである。

 これを機に、山崎としても、動き出したかったのだ。


「お前が、相手にできる相手ではない」

 語気が強い土方だ。

 顔を伏せている山崎。

 悔しげに、唇を噛み締めている。


 山崎自身も、頭の中では、理解できていたのだ。

 信頼する土方でも、振舞わされる沖田だけに、自分では、太刀打ちできないことを。

 それでも、一矢を報いたいと、巡らせていたのだった。


「沖田には、手出しするな」

「……承知しました」

「送った者の探索は、どうなっている?」

「始まったばかりですが、変化はありません」


 沖田からデータを貰い、すぐさま、山崎を始めとする手下たちに、探るように命じていたのだった。

 こういう状況に陥っても、土方は、行動するべきことを、迅速に動いていたのである。

 残念そうな表情を、滲ませていた。

 いち早く、新たな情報を、欲していたのだった。


「継続して、動きを確かめろ」

「承知しました」

 用件を終えた山崎。

 歩き速度が、変わらない土方から、徐々に、離脱していく。

 軽く、頭を下げ、土方の背中が見えなくなってから、その場を、離れていった。




 一人になった土方は、敵意剥き出しの視線に、臆することない。

 堂々と、廊下を、歩き続けていた。

 誰も、土方の実力を把握しているので、警邏軍の中で、何かを仕掛けてくる、バカな者はいない。

 ただ、遠巻きに、ヒソヒソと、喋っているだけだった。


 少しずつ、そうした視線が、少なくなっていく。

 そして、次第に、なくなっていった。

 あえて、人気がない場所を歩き、煙に巻いていたのだ。


 立ち止まり、長い息を漏らしている。

 山崎に対し、大丈夫と答えたものの、かなり、疲弊していたのだった。


(ソージの奴……)


 気持ちを切り替えてから、神経を研ぎ澄まし、自分を探っていないか、確かめてから、歩き出し、とある会議室に入り込んだ。

 すでに、近藤が、待っていたのである。

 待機部屋でも、話せないことを話すために、誰にも、気づかれないように、落ち合っていたのだ。


「待たして、すみません」

 頭を下げる土方だった。

 幾人もの双眸から、逃れるため、警邏軍の中を、意味もなく、歩いていたのだ。


 二人で、会っていることを、見られたくないからだ。

 自分たちがしていることを、気取られたく、なかったのである。

 そのため、こんな回りクドい行動を、とっていたのだった。


「気にするな。状況は、わかっている」

 山崎と同じように、気遣う眼差しを注いでいる。

 ますます、居た堪れなくなっていった。

 沖田の頬の件がなければ、もっと、スムーズに、落ち合うこともできたのだ。


「沖田の影響は、凄いものだな。予想以上だ」

「……そのようです」

 近藤や土方は、甘く見ていたのだ。

 すぐに、沈静化するだろうと。

 だが、沈静化するどころか、広まっていたのである。

 このところの様子は、看過できない状況に、なりつつあった。


「ま、これに懲りて、沖田の安い挑発には、乗らないことだ」

「……はい」

 苦虫を潰したような形相を、土方が、漂わせていた。

 土方を捉えながら、飄々と、いつも通りに、振舞っている沖田の姿を、近藤が思い返していたのである。


 傷つけられた場所には、大きなテープが、貼られていた。

 遠くからでも、目立っていたのである。

 そして、隠そうともしない。

 誰かに問われるたびに、土方から受けたと、答えていたのだった。

 勿論、近くに、土方がいてもだ。


「さてさて、沖田は、何を考えているのだろうな」

 理解不能な沖田の行動に、近藤は、悩まされている。

 ふと、短い息が、漏れていた。

「……わかりません」

「だが、怒っているのは、確かなようだな」

「……」


 眉間のしわが、濃くなっていく土方。

 唇を噛み締めていた。


「あからさまだしな」

「……」

「気づいたのか?」

 問うている眼差し。


 何を聞かれているのか、瞬時に、土方は、理解できていたのである。

「……違うと思います。芹沢隊長たちの捜査を、きちんとしないことへの、報復かと、思います」

 苦々しい声音で、土方が、口に出していた。


「それで、この騒ぎか」

 呆れた顔を、覗かせている近藤だった。

 芹沢たちを襲撃したのは、自分たちだと、嗅ぎつかれてのことかと巡らせていた。

 だが、違うことに、僅かに安堵している。


「申し訳ございません」

「トシが、気にすることじゃない。それよりも、何かあったのか?」

「……先に、報告が送れたことを、詫びときます」

 深々と頭を下げ、ゆっくりと、上げていく。

 双眸に捉えているのは、きょとんとした、近藤の顔だ。


「沖田から、預かったものです」

 徐に、小型のタブレットを出し、近藤に見せる。

「亡くなる少し前に、芹沢隊長から、貰ったものだそうです」

「……」


 身体が強張り、恐る恐るといった瞳で、渡されたものを凝視していた。

 中身を把握した途端、フリーズしていたのだった。

 全然、予想だのつかない状況に、頭が追いつかない。

 半妖のことや、警邏軍などがかかわっている、不正している内容が、載っていたのである。


 食い入るように、眺めている近藤を、眉間にしわができている土方が、巡らせていた。

「一応、確かめてからと思い、報告が、今に、なってしまいました」

「……事実なのか?」

 絞り出すような声だ。

「はい。偽りはないのかと」

「……」


 小型のタブレットを持つ手が、若干、震えていた。

 気づいていたが、土方は、指摘することはない。


(……芹沢班長は、こんなことを、していたのか……)


 半妖のことや、不正にかかわっていた人物として、載っている多くは、清廉潔白と、評されている者が多くいたのだった。

 そして、書かれている内容が、一年や二年で、調べたものではなく、何年もかけて、情報を得たものだと言うことが、読んでいくと、理解できてしまっていたのである。


(コツコツと集めて……。何で、手伝わせて、くれなかったんだ……。私たちは、そんなに、信用できなかったのか?)


 悔しげに、近藤が、顔を歪ませている。

「沖田の推察だと、この手の情報が、もっと、あるはずだと、言っておりました。近藤隊長は、芹沢隊長の隠しそうな場所に、何かありませんか?」

 期待を込めた眼差しを、注いでいた。

 ゆっくりと、横に振る近藤だ。


 落胆する表情が、土方から、見て取れていたのだ。

 かつて上司と部下だった近藤だったら、何か、隠し場所に、心当たりがあるかもしれないと、淡い期待を寄せていたのである。


「そうですか……」

「すまない」

「いえ」

「芹沢隊長は、部下にも、そうした情報を、話す人ではなかった」

「……」


(あるいは、八木殿なら、話している可能性があるが、私に、話してくれるのか……。それに、八木殿にも、話していない可能性もあるし……。ホント、困った人だ。死んでも、私たちを、困らせるのだからな)


「沖田は、探っているのか?」

「はい。ですが、沖田の方も、これ以上の情報を、手に入れてないようです。ただ、本人が、口にしていただけで、嘘をついて、他に、何か持っている可能性も、否定できませんが……」

 仏頂面を、土方が、覗かせていた。

 それに対し、近藤が、苦笑している。


「その可能性もあるな。沖田の部屋を、家捜しするのか?」

 軽口を叩くような声音だった。

 けれど、その瞳は、土方を射抜いている。


「いいえ。たぶん、置いていないと。置いていたとしても、すでに、沖田を見張っている者が、取っているものかと」

「だろうな。あの部屋は、常に、見張られているようだし。わざわざ、そんな場所に、置いて置くこともあるまい」

「はい」

「そのことを問い質して、あんなことに、なったんだな」

 土方の口が重い。


「無理をするな。今後、このことに関して、沖田を、問い詰めることを禁じる」

「近藤隊長」

「これ以上、仲間を、失いたくない」

「……」

「とりあえず、得た情報だけで、探ってくれ」

「わかりました」


読んでいただき、ありがとうございます。

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