第151話
気遣う山崎の双眸が、隣にいる土方を、捉えている。
ヒソヒソ話が漂う、警邏軍の廊下を、二人で、歩いていたのだった。
そして、いつも以上に、土方たちを遠巻きで、窺っている状況が、でき上がっていた。
周囲の視線が、ブスッとしている土方に、突き刺さっていたのだ。
不機嫌さを、土方が、隠そうとしない。
連日、このような視線に、土方は、苛まれていたのである。
沖田の頬を斬った件からだ。
あっという間に拡散し、警邏軍だけではなく、普通の民間人からも、そうした類の視線を、向けられていたのだった。
花街に行っても、そうした視線に、注がれていたのである。
無鉄砲な民間人から、闇討ちに、会うことも、しばしだった。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る、山崎が、声を掛けていた。
「大丈夫だ」
「ですが……」
他の組からの視線も、注がれている。
だが、深泉組内部においても、そうした視線が、起こっていたのだ。
特に、事務三人組からの視線は、強烈だった。
態度も、刺々しさを、醸し出していた。
あからさまな態度を、取っていたのだ。
けれど、仕事に、支障がない以上、土方は、何も口にしない。
黙って、耐えていたのだった。
島田辺りからは、憐れむような眼差しを傾けられていたが、土方自身、無視を決め込んでいたのである。
遠巻きで、見られていることもあり、土方の声は、若干、低めだ。
「それよりも、変わった動きを見せる者が、いるか?」
「特には。ただ、芹沢隊長たちが、亡くなったことで、安堵している者たちが、動き出した程度です」
警邏軍の内部を、探らせていたので、その報告を、聞いていたのである。
「そうか。一応、その者たちを、見張っているように」
「承知しました」
「他に、何かあるか?」
「他の組織の者たちも、芹沢隊長たちが、誰に、やられたのかと、探っている連中もおります」
「目を光らせておけ」
「承知しました。……沖田は、そのままで、よろしいのですか?」
「……以前も言ったが、沖田には、構うな」
「ですが……」
何か、言いたげな、山崎の表情。
信頼している土方がコケにされ、ずっと、納得できなかったのである。
これを機に、山崎としても、動き出したかったのだ。
「お前が、相手にできる相手ではない」
語気が強い土方だ。
顔を伏せている山崎。
悔しげに、唇を噛み締めている。
山崎自身も、頭の中では、理解できていたのだ。
信頼する土方でも、振舞わされる沖田だけに、自分では、太刀打ちできないことを。
それでも、一矢を報いたいと、巡らせていたのだった。
「沖田には、手出しするな」
「……承知しました」
「送った者の探索は、どうなっている?」
「始まったばかりですが、変化はありません」
沖田からデータを貰い、すぐさま、山崎を始めとする手下たちに、探るように命じていたのだった。
こういう状況に陥っても、土方は、行動するべきことを、迅速に動いていたのである。
残念そうな表情を、滲ませていた。
いち早く、新たな情報を、欲していたのだった。
「継続して、動きを確かめろ」
「承知しました」
用件を終えた山崎。
歩き速度が、変わらない土方から、徐々に、離脱していく。
軽く、頭を下げ、土方の背中が見えなくなってから、その場を、離れていった。
一人になった土方は、敵意剥き出しの視線に、臆することない。
堂々と、廊下を、歩き続けていた。
誰も、土方の実力を把握しているので、警邏軍の中で、何かを仕掛けてくる、バカな者はいない。
ただ、遠巻きに、ヒソヒソと、喋っているだけだった。
少しずつ、そうした視線が、少なくなっていく。
そして、次第に、なくなっていった。
あえて、人気がない場所を歩き、煙に巻いていたのだ。
立ち止まり、長い息を漏らしている。
山崎に対し、大丈夫と答えたものの、かなり、疲弊していたのだった。
(ソージの奴……)
気持ちを切り替えてから、神経を研ぎ澄まし、自分を探っていないか、確かめてから、歩き出し、とある会議室に入り込んだ。
すでに、近藤が、待っていたのである。
待機部屋でも、話せないことを話すために、誰にも、気づかれないように、落ち合っていたのだ。
「待たして、すみません」
頭を下げる土方だった。
幾人もの双眸から、逃れるため、警邏軍の中を、意味もなく、歩いていたのだ。
二人で、会っていることを、見られたくないからだ。
自分たちがしていることを、気取られたく、なかったのである。
そのため、こんな回りクドい行動を、とっていたのだった。
「気にするな。状況は、わかっている」
山崎と同じように、気遣う眼差しを注いでいる。
ますます、居た堪れなくなっていった。
沖田の頬の件がなければ、もっと、スムーズに、落ち合うこともできたのだ。
「沖田の影響は、凄いものだな。予想以上だ」
「……そのようです」
近藤や土方は、甘く見ていたのだ。
すぐに、沈静化するだろうと。
だが、沈静化するどころか、広まっていたのである。
このところの様子は、看過できない状況に、なりつつあった。
「ま、これに懲りて、沖田の安い挑発には、乗らないことだ」
「……はい」
苦虫を潰したような形相を、土方が、漂わせていた。
土方を捉えながら、飄々と、いつも通りに、振舞っている沖田の姿を、近藤が思い返していたのである。
傷つけられた場所には、大きなテープが、貼られていた。
遠くからでも、目立っていたのである。
そして、隠そうともしない。
誰かに問われるたびに、土方から受けたと、答えていたのだった。
勿論、近くに、土方がいてもだ。
「さてさて、沖田は、何を考えているのだろうな」
理解不能な沖田の行動に、近藤は、悩まされている。
ふと、短い息が、漏れていた。
「……わかりません」
「だが、怒っているのは、確かなようだな」
「……」
眉間のしわが、濃くなっていく土方。
唇を噛み締めていた。
「あからさまだしな」
「……」
「気づいたのか?」
問うている眼差し。
何を聞かれているのか、瞬時に、土方は、理解できていたのである。
「……違うと思います。芹沢隊長たちの捜査を、きちんとしないことへの、報復かと、思います」
苦々しい声音で、土方が、口に出していた。
「それで、この騒ぎか」
呆れた顔を、覗かせている近藤だった。
芹沢たちを襲撃したのは、自分たちだと、嗅ぎつかれてのことかと巡らせていた。
だが、違うことに、僅かに安堵している。
「申し訳ございません」
「トシが、気にすることじゃない。それよりも、何かあったのか?」
「……先に、報告が送れたことを、詫びときます」
深々と頭を下げ、ゆっくりと、上げていく。
双眸に捉えているのは、きょとんとした、近藤の顔だ。
「沖田から、預かったものです」
徐に、小型のタブレットを出し、近藤に見せる。
「亡くなる少し前に、芹沢隊長から、貰ったものだそうです」
「……」
身体が強張り、恐る恐るといった瞳で、渡されたものを凝視していた。
中身を把握した途端、フリーズしていたのだった。
全然、予想だのつかない状況に、頭が追いつかない。
半妖のことや、警邏軍などがかかわっている、不正している内容が、載っていたのである。
食い入るように、眺めている近藤を、眉間にしわができている土方が、巡らせていた。
「一応、確かめてからと思い、報告が、今に、なってしまいました」
「……事実なのか?」
絞り出すような声だ。
「はい。偽りはないのかと」
「……」
小型のタブレットを持つ手が、若干、震えていた。
気づいていたが、土方は、指摘することはない。
(……芹沢班長は、こんなことを、していたのか……)
半妖のことや、不正にかかわっていた人物として、載っている多くは、清廉潔白と、評されている者が多くいたのだった。
そして、書かれている内容が、一年や二年で、調べたものではなく、何年もかけて、情報を得たものだと言うことが、読んでいくと、理解できてしまっていたのである。
(コツコツと集めて……。何で、手伝わせて、くれなかったんだ……。私たちは、そんなに、信用できなかったのか?)
悔しげに、近藤が、顔を歪ませている。
「沖田の推察だと、この手の情報が、もっと、あるはずだと、言っておりました。近藤隊長は、芹沢隊長の隠しそうな場所に、何かありませんか?」
期待を込めた眼差しを、注いでいた。
ゆっくりと、横に振る近藤だ。
落胆する表情が、土方から、見て取れていたのだ。
かつて上司と部下だった近藤だったら、何か、隠し場所に、心当たりがあるかもしれないと、淡い期待を寄せていたのである。
「そうですか……」
「すまない」
「いえ」
「芹沢隊長は、部下にも、そうした情報を、話す人ではなかった」
「……」
(あるいは、八木殿なら、話している可能性があるが、私に、話してくれるのか……。それに、八木殿にも、話していない可能性もあるし……。ホント、困った人だ。死んでも、私たちを、困らせるのだからな)
「沖田は、探っているのか?」
「はい。ですが、沖田の方も、これ以上の情報を、手に入れてないようです。ただ、本人が、口にしていただけで、嘘をついて、他に、何か持っている可能性も、否定できませんが……」
仏頂面を、土方が、覗かせていた。
それに対し、近藤が、苦笑している。
「その可能性もあるな。沖田の部屋を、家捜しするのか?」
軽口を叩くような声音だった。
けれど、その瞳は、土方を射抜いている。
「いいえ。たぶん、置いていないと。置いていたとしても、すでに、沖田を見張っている者が、取っているものかと」
「だろうな。あの部屋は、常に、見張られているようだし。わざわざ、そんな場所に、置いて置くこともあるまい」
「はい」
「そのことを問い質して、あんなことに、なったんだな」
土方の口が重い。
「無理をするな。今後、このことに関して、沖田を、問い詰めることを禁じる」
「近藤隊長」
「これ以上、仲間を、失いたくない」
「……」
「とりあえず、得た情報だけで、探ってくれ」
「わかりました」
読んでいただき、ありがとうございます。