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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第149話

 密かに、土方から呼び出され、警邏軍の屋上に、沖田が足を運んでいた。

 地上では、柔らかい風が吹いていた。

 だが、地上よりも、やや強い風が、屋上に吹いていたのである。

 屋上に出た途端、後ろで一つにまとめている髪が、激しく靡いていたのだった。


 無造作に動き回る髪にも、気にしない。

 好きに、させていたのだ。


 呼び出した土方は、すでに、待っていたのである。

 長い白い上着の裾が、棚引いていた。

 誰よりも、馴染みのある気配で、来たことを把握しても、土方は、振り向くことをしない。

 まっすぐに、広がる街並みを、眺めているだけだった。


 勿論、屋上には、沖田と土方しかいない。

 小さな笑みが、隠しきれない沖田である。


(うわっ。凄い、背中だけで、あんな威圧感、出しちゃって)


 沖田の思考を呼んだかのように、負のオーラを、さらに放出していた。

 イライラしている土方の姿。

 ひたすら、面白がっていたのである。


「いいの? そんなに呼び出して? 知られたくないんじゃないの?」

 にこやかに、沖田が軽口を叩いていた。

 近藤との現場を見終わり、深泉組の隊員の存在も、気にすることなく、待機部屋に戻ってきた土方。

 平然と、毛利たちと、談笑していた沖田を睨み、顔を貸せと、無言の圧力を掛けてきたのだった。

 ただ、ここに来る前に、いくつかの段取りだけは、済ませていた。


 弟沖田との関係を、知られたくないこともあり、これまで、極力、接触を図ることは、避けようとしていたのだ。

 だが、本人は、気づいていなかったが、何かあるごとに、土方は、何かとやらかす沖田と、それなりに接触していたのである。

 沖田は気づいていたが、面白かったので、指摘することがなかった。


 ようやく、ブスッとした表情の土方が、振り向く。

 笑顔を覗かせている沖田を、捉えていたのだ。

 微かに、土方のこめかみが、ピクッと、動いていた。


(そんなに怒っていると、早死にするのに)


「呼び出した理由に、見当がつかないのか?」

 目を細め、冷え冷えとした眼差しを注いでいた。

 注がれている当人は、萎縮も、怯えることもない。

 ただ、飄々と、受け止めている。


「つきません。あり過ぎて」

「……」

 茶化すような、沖田の振舞い。

 険しい形相の土方は、動じることもない。

 しっかりと、見据えていたのである。

 何も、見逃さないと言う気迫だけは、漂っていた。


「何のことでしょうか?」

 ニッコリと、微笑む沖田。

 惚けている沖田に、土方が、無意識に、下唇を噛み締めている。

「……ソージ」


 深泉組の隊員のほとんどが、気圧される威力を持っていた。

 けれど、沖田の表情は崩れない。

 互いに、黙ったまま、見つめ合っている。

 一歩も、譲らない要素を、見せていたのだった。


 風だけが、吹き抜けていく。

 乱れている髪も、制服の裾も、気にしない。


(何がしたいんだ? ソージは)


 しばらく、見つめ合った土方が、長い息を吐いた。

 このまま続けても、時間のロスだと、巡らせていたのだった。

「……今朝の件だ」

「毛利さんから、聞いたよ。大量の血があるのに、遺体がないんだって? それも、複数の場所で」


 双眸をそらさず、沖田の顔色を窺っている。

 射抜くようにだ。

 睨まれる形でも、変化は訪れない。


(ダメだよ、それじゃ)


「複数の場所で、大掛かりな戦闘があったって、言うことだよね」

 読み取ることが、一切、できなかった。

 僅かに、土方が、顔を歪ませていた。


 複数の現場を見て、弟の沖田の仕業ではないかと、疑念が膨らんでいたのである。

 そのことを確かめるため、二人だけで、接触を図ったのだ。

 そして、僅かだった疑念が、確信へと、舵を切っていたのである。


(何を考えているんだ? ソージは)


 幼い頃より、沖田は人に対し、気持ちを、読み取らせない能力に、長けていたのだった。

 そうした面が、見受けられる弟を心配で、何かと、気遣っていたのである。

 しかし、沖田も、心配する兄を、煙に撒くことが多かった。


「……お前の仕業だな?」

「僕じゃないよ」

 ケロッとして、悪びれる様子もない。

 じっと、窺っている土方だ。

 表情が変わらず、微笑んだままだった。


 断言はできない。

 だが、五割の予測で、この仕業は、沖田がしたものではないかと、巡らせていたのである。

 確たる証拠は、なかったのだ。

 ただ、勘で、沖田ではないかと。


「……誰を、狙っていた」

「僕じゃないよ」

「嘘をつけ」

「本当だよ」

「信じられない」

「しょうがないな」


 沖田が、やれやれと、肩を竦めている。

 険しい表情が、解かれることがない土方だ。


「何のために、こんな騒ぎを、起こした?」

 シラを切るばかりで、答えることもしない。

「本当に、知らないって」

 困った顔を、覗かせていた。

 じっと、土方が見据えている。


「どうして、僕だって、思うの?」

「……複数の場所で、戦闘が行われていた。偽装は、施されていたが、確実に、一人の人物が、複数相手にしていたことは、容易に、把握できた。そして、偽装が、雑過ぎる。普段が、雑なソージに、そっくりだ。最後に、一つの場所は、相当な相手と対戦したことも、現場の少ない証拠からも、推測できた」

 微笑んだままの沖田に、注がれる眼光。


 二人の距離は、当初のままで、開かない。

 何度も、話しながらも、土方が、圧を送っていたのである。

 緊迫とした空気が、二人の間を、行き来していた。

 まるで、龍と虎が睨み合って、対峙しているかのようだ。


「……俺の勘が、お前じゃないかと、指し示している」

「勘で、犯人にしないでよ、兄さん」

 一ミリも、沖田の笑みが崩れない。

 表情が揺れることも、心拍数が、乱れることもなかった。


 内心では、自分の弟ながら、舌を巻いていたのである。

 けれど、土方も、そうした気持ちを、億尾にも見せない。

 追及の手を、休めることを、しなかったのだった。


「じゃ、どこで、何をしていた」

「仕事が終わって、家にいたけど」

 眉間にしわを寄せている土方に、沖田は首を傾げ、双眸を注いでいた。

 場に似つかない、愛嬌のある顔を、振りまいていたのだ。

 そうした仕草にも、土方は、努めて冷静に、振舞っていたのである。


「証明は?」

「僕を、見張っている人たち?」

「当てにならない。お前だったら、気づかれないように、抜け出す芸当ぐらい、できるだろう?」

「そうだけど」

 抜け出すことが、できることを、あっけなく認めた。


「だったら、証明できないだろう」

「どうすれば、証明できるの?」

「……」

 もっともなことを言われ、ギリッと、土方が歯噛みしている。

 悔しげな表情だ。


 クスッと、沖田が、笑みを零していた。

「兄さん、僕のこと、ずっと、見張っている? それとも、信頼する部下に、見張らせる? 無理だと思うよ、そんなこと。信頼する部下に、見張って貰うにしても、必要とあらば、きっと、僕は、抜け出すし、下手したら、目障りだと思ったら、斬っちゃうかもよ」

 してやったりの顔を、沖田が、滲ませていた。


 ぐうの音も出ない土方。

 沖田が示すように、無理だと判断し、深く、沖田を見張るようには、指示していなかった。

 少ない部下を、減らす真似は、したくなかったのだ。

 それに、自分自身が、沖田に、張り付くことができなかった。

 ますます、苦虫を潰した顔を、滲ませている。


読んでいただき、ありがとうございます。

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