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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第146話

 しばらくすると、大久保が、闇の四天王の田中をつれ、西郷の部屋に、戻ってきていた。

 田中は、武市のところから、いったん、呼び戻されたのである。


 固い表情の田中だ。

 やや、疲れも滲んでいる。

 けれど、背筋を伸ばし、威厳だけは保っていた。

 暗殺部隊のトップを、張っていたのである。


 田中は、武市でも、西郷の側でもない。

 勤皇一派の別な人間に、仕えていたのだった。


 大久保と田中は、机で、仕事をしていた西郷の前に立つ。

 僅かな時間でも、休憩を取ることもなく、律儀に、仕事を少しでも、片づけていたのだ。

 微かに、眉を潜めている大久保。


(先ほどよりも、書類が増えている……)


 いったん、大久保が下がっている間も、西郷の下には、次々と、書類の束が舞い込んでいたのである。

 休んでいる暇なんて、なかったのだ。

 細い息を漏らし、大久保の脳裏には、自分の机の上にも、書類が置かれていることを、掠めていたのだった。


「武市の様子は、どうだ?」

「芳しくはない」

「そうか……。武市は、中村に、どんな仕事を、命じていたんだ?」

 核心を突く西郷。


「……」

 問いかけられたのに、キツく、結ばれたままの田中の口だ。

 ただ、無表情で、射抜くような西郷の顔を、見下ろしている。

 そして、西郷も、田中の顔を、見据えていた。

 大久保は、黙ったままだ。


 田中は、仕事に対し、忠実だった。

 仕事の口は、非常に、堅かったのである。

 そういう田中の仕事の姿勢を、西郷も、大久保も、気に入っているところではあった。

 だが、今回は、反対の面で、作用していたのだった。


「今後のこともある」

「報告書は、提出してある」

「ああ。中村が、何者かに、殺されたとな。でも、中村が、何を、命じられていたのかは、書かれていない」


 簡単な報告書が、西郷たち上層部に、上がっていたのだ。

 勤皇一派、特に、闇の四天王がらみの仕事の報告書は、仕事柄、簡単な報告書となっていたのである。中には、詳細に記載されているものもあるが、ほとんどが、簡単な報告書となっていたのだった。

 それが、通例となっていた。


 各々で、仕事をしていたのである。

 勤皇一派も、一枚岩ではなかったのだ。

 同じ思想を抱いても、やり方が、各自、違っていたのだった。


「書く必要も、ないだろう。そういうことに、なっている」

「だが、これは、重要だ」

 圧を掛け続けている、西郷の眼光。

 あたふたとする姿勢を、窺わせない田中である。

「私は、仕事をしたまでだ」

 自分のスタンスを、一切、田中が崩さない。


 睨み合う、西郷と田中。

 バチバチと、火花を散らし合う。

 どちらも、動こうとしなかった。

 互いに、譲れないものを、持ち合わせていたのだった。

 チラチラと、両者の顔色を、大久保が窺っている。


(どうする? 西郷)


 気が気ではない状況に、居た堪れない。

 部屋の温度が、一気に、下がっていく。

 依然として、二人は、黙ったままだ。


 微かに、大久保の額には、汗も滲んでいたのである。

 先に、その均衡を破ったのは、西郷だった。

「……話すつもりは、ないんだな」

 声音が低い。


「勿論だ。仕事の内容は、口にしない」

 声のトーンは、いつもと、変わらなかった。

「……」

 鋭い眼光を、互いに、送っている。

 部屋の中に、底冷えする緊張が、走っていた。


(……不味いぞ)


 部屋の中は、一触即発な状況に、陥っていたのだ。

 いつ、一撃を出しても、おかしくなかった。

 そんな空気感を、互いに、醸し出していたのである。


「……田中。お前だって、わかっているはずだ、この状況が、不味いことを。そして、よくないことも」

 大久保が、口を割ろうとしない田中に、詰め寄っていた。

 二人の存在は必要であり、どちらか一方が、失われることは、受け入れられなかったのである。

 そして、これ以上の問題を、起こさせないためだ。

 これ以上の内輪揉めは、勤皇一派により、痛手だった。


「田中」

 もう一度、何か言うように、大久保が促した。

 二人から、問い詰められているにもかかわらず、田中の表情が変わらない。

 闇の四天王を、束ねているだけの器を、持っていたのである。


「……何と言われようが、仕事の内容は、決して、口にしない。これは、私の流儀だ」

 目を細め、顰めっ面の大久保を、見つめている。

 盛大な溜息を吐く、西郷だ。


 この論争を続けても、絶対に、田中が、話すとは思えない。

 諦めるしか、なかったのである。

 けれど、やすやすと、諦めることはできなかった。


「半妖と、何か、関係があるのか?」

 持っている手札を、切り出した。

 まっすぐに、注がれる西郷の視線を、田中が受け止めている。

 じっと、西郷の眼光が、田中の挙動を窺っている。


 一切、田中は、動じることもない。

 ただ、びくとも動かない西郷を、見下ろしていた。


(……やはり。動かないか……。さすがだな。だが、これで……)


「武市は、都で、行われている狩りに、かかわりがあるのか?」

「知らない」

「情報が、入っている」

「知らない」

「田中、狩りに、手を染めているのか?」

「私は、していない」


「武市が、独断でしているとは、思わない。誰かが、背後にいるんだろうな。で、その背後の依頼を受け、武市が、何かしていたんだろうな」

 情報を元に、西郷が、推測を重ねていった。

「知らない」

「「「……」」」


 部屋の中が、静寂に、包まれている。

 暗い空気を、打ち破ったのは、田中だった。

「私を、呼んだのは、それを、聞かせるためか?」

「いや」

「では、さっさと、用件を言ってくれ。私も、暇ではない」

 武市の護衛を、部下に任せ、西郷のところまで、来ていたのである。


 中村が死に、岡田も、河上も、仕事で、不在でいるため、いろいろと、田中自身も、身動きが取れず、忙しかったのだった。

 やらなくては、いけないことが多いにもかかわらず、武市の護衛をしていることも、いいとは思っていなかったのである。

 だが、仕えている者から、武市を助けてやれと、命じられている以上、仕事として、しているだけだった。


 頭を切り替える西郷。

 少しだけ、西郷の表情が、緩んでいたのだ。

「中村の代わりとなる者が、育っているのか?」

「……いや」

 渋い表情を、田中が、覗かせている。

 その件が、悩み事の比重を、多く占めていたからだ。


「では、一人、預けたい者がいる」

 田中の眼光が、見開いていた。

 願ってもない、申し出だった。


 探しているが、中村の代わりとなる者が、見つかっていなかった。

 喉から、手が出る申し出。

 けれど、どうしても、すんなりと、受ける気になれない。


(……どうする?)


 逡巡している田中。

 西郷の口角が、僅かに上がっている。

「ものは、確かだ」


「信用できぬと、言ったら?」

 刺すような、田中の双眸。

 西郷の表情は、崩れることがない。


「確かに。紹介する者は、原石だ。だが、誰よりも、素質はある」

 自信に満ちた声音だ。

 そのせいもあり、田中の心は、激しく、揺れていた。


「気になるか?」

「……気になる」

 互いに、見つめ合う眼光である。


読んでいただき、ありがとうございます。

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