第145話
勤皇一派では、とてつもない激震が、走っていた。
まさか、闇の四天王である中村が、仕留められたことにだ。
驚愕と、この後、どうなるのかと、不安が、彼らの中に、広まっていたのである。
西郷の一室では、西郷と大久保だけで、話し合いが行われていた。
「武市は、何をやらせたんだ」
眉間には、深いしわが、でき上がっている大久保だった。
勤皇一派内が、落ち着きがなかったので、連日、いろいろな部署を巡り、仲間たちを宥めていたのである。
それは、西郷も、同じだった。
二人には、慕う同志たちが、多く揃っていたのである。
彼らの動きが速く、徐々に、表面上は、落ち着きを、取り戻しつつあった。
そして、ようやく、今後のことを話し合うため、二人だけで、顔を合わせていたのだ。
「……わからない」
大きな身体で、西郷が、溜息を漏らしている。
次から次へと、頭が痛い出来事に、やりきれない思いを抱いていた。
「一体、誰に、やられたんだ」
吐き捨てた大久保。
不意に、西郷が見上げ、顔を顰めている大久保を捉えている。
同じ疑問を抱いているが、一切、見当がつかない。
勤皇一派の中に置いても、中村ほどの使い手がいなかった。
「調べさせているが、判明するか、わからない」
どこか、声が、弱々しい。
必要不可欠な人物の死に、大きなダメージを、受けていたのである。
性格的に問題があっても、西郷たちは、中村を重宝していたのだった。
彼の腕前を、それほどまで、買っていたのだ。
「……確かに、難しいだろうな」
大久保も、同じ見解を抱いていた。
口では、トコトン、調べたい気持ちを持っていたが、きっと、相手も、一筋縄ではいかないだと、抱いていたのだった。
調査に辺り、人材が、どれほど失われるのかと、大久保は、頭の中で、弾いていたのである。
仕留めた相手も、自分の正体を、隠そうとするはずだったからだ。
西郷よりも、大きな溜息を吐いていた。
「頭が、痛いな」
「そうだな」
西郷も、同意していた。
室内は、曇よりとした空気になっていく。
これらの出来事を、払拭できるほどの、明るい話題もない。
このところ、勤皇一派の中では、暗い話題しかなかったのである。
同時に、嘆息を零していた。
何か、変わる訳ではない。
ただ、嘆息しか、出てこなかったのだった。
「武市は、どうしている?」
「部屋に、こもったままだ」
西郷の元に、持たされた報告を、そのまま伝えた。
「江藤たちは、相当、焦っているようだ。いつもの、冷静な行動ができていない」
西郷の言葉に、大久保が、盛大な溜息を吐いていた。
「こういう時こそ、冷静に、かつ、慎重に動くべきだ」
自分の持論を、西郷が、口に出していたのだ。
「そうだな」
言葉がなくなる。
二人は、また、嘆息を零していた。
まだまだ、中村が亡くなった件で、やることは、山積みになっていたのだ。
多くの仕事が、滞っていたのである。
けれど、西郷の部屋には、大量の書類の束があったのだ。
絶え間なく、書類が、届けられていた。
そして、中村の件で、駆けずり回っている部下たちが、通常の仕事ができない分、西郷が、その分の仕事を、引き受けていたのである。
自分の仕事を、多く抱えていてもだ。
食事や寝る暇を惜しんで、部下たちのところ回ったりして、二人して、様々な仕事を片付けていった。
そうした状況でも、二人で、打ち合わせをする必要性があり、こうして、顔を合わせていたのだった。
「……どうやって、中村の穴埋めをする?」
早急に、中村の代わりとなる人物を、見つけることが、連日の課題でもあったのである。
育てるにしても、発掘するにしても、時間をできるだけ、掛けたくなかったのだ。
「……考えがある」
重苦しい声音で、西郷が口にした。
西郷として、早計だと、抱いていたのだった。
だが、他に、候補がいない。
だからこそ、僅かに、判断を、遅らせていたのである。
(……あれは、まだ、育っていない。だが……)
「考え?」
訝しげな、大久保の表情だ。
彼の中で、誰一人として、候補者となるものが、浮かばない。
「……ああ。まだ、育っていないが……」
苦虫を潰した顔を、西郷が覗かせている。
「まかさ……」
フリーズしつつも、大久保が、巌のような西郷を、見据えていた。
西郷の言葉で、ようやく、誰を、代わりにするのか、導き出したのである。
「その、まさかだ」
決意を示した眼光を、注いでいたのだ。
口に出した時点で、西郷は、ある程度、覚悟を決めていたのだった。
(あれしか、いないのだから……)
「私は、反対だ。中村の二の舞になる」
「大丈夫だ。それよりも、田中を呼んでくれ」
西郷を咎めるような眼差しを、注いでいる大久保だ。
それでも、自分の意見を曲げない。
(何を、考えているんだ、西郷は。あれは、危険過ぎるぞ)
「呼んでくれ」
決して、揺るがない口調だった。
西郷とは、長い付き合いがあるので、こういう時は、意見を曲げることはないと、諦めざるをえなかった。
「……わかった」
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