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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第15話  押しつけられた仕事

 芹沢と新見と別れた近藤は厚いファイルを熱心に読み込んでいた。決行となる深夜までに、すべてを把握する必要があり、一秒一分、時間を無駄にできる余裕がなかった。

 物凄い集中力を駆使し、時間が掛かる厚いファイルを短時間で読んでいく。


 使用されてない汚い空き部屋に土方を密かに呼び出した。

 極秘に話したい時に、この部屋を使っていたのである。

「指揮官からの命令だ」

 視線の先は近藤が手にしているファイルだ。

 小栗指揮官からの呼び出し命令と、すぐに目に飛び込んできたファイルで、土方は開く前から仕事が舞い込むことを推察していた。


 余計なことは言わずに、近藤は必要な内容と命令だけを話す。

「本日の深夜、無許可で行われている売春婦たちの取締りを行う。詳細はこのファイルに書かれているが、少し穴があるから至急追加で下調べをしてくれ。それと欠けることなく、全員集めておくように頼む」

 ファイルに書かれている内容に、いくつかの穴を見つけ、近藤は下調べが必要だと感じていた。自分の方で調べてもよかったが、別な案件を抱え、信頼の厚い土方に頼んだのだった。


「わかりました。で、芹沢さんたちは加わるのですか?」

 了承し、淡々と最も重要な事柄だけを確認した。

 いるか、いないでは、大きく違っていたのだ。

「いや。トシにはまた迷惑をかけるが、芹沢隊や新見隊は不参加だ」

「その方がありがたいです。いると厄介ですから」

 本音をズバリは吐露した。

 その顔は悪びれる様子もなく、平然としている。

 そんな姿に近藤は苦笑してしまう。


「そう言うな」

「事実です。事前に打ち合わせしたことも守らず、勝手に動き回って、混乱させます。いない方がどれだけありがたいか、わかりません」

 芹沢隊や新見隊の身勝手な行動で、何度も失敗しかけたことや失敗したことがあった。それを小栗、近藤、土方たちが無理やり処理して事なき終えたのだった。


「それはうちも同じだろう」

 原田たち問題児を指していた。

 芹沢たち同様に打ち合わせと違うことをしばし起こしていた。

「それは予測の範疇です。ですが、あちらは違います。範疇を遥かに超えた行動を取りますから。迷惑極まりないです。いない方が楽です」

 容赦ない意見に、賛同したい面もあった。

 だが、同意する訳にはいなかない。


「……痛いところを突くな。トシは」

「重い荷物は降ろし、身軽な身体で仕事をした方が楽です」

「ま、そうかな……」

「いくら多少は役に立つからと言っても、振り回されては、仕事が失敗します」

「確かに重い荷物を持って、仕事をするのは大変だろうな」

「はい。その通りです」

「でもな、芹沢さんはその気になれば強いぞ」

「……」

 黙り込む土方。

 その耳にも芹沢の名声は聞いていた。


「仕事もできる。そう煙たがるな」

 どうしようもない芹沢を近藤は擁護した。

 これはいつもの近藤の言動だ。

 事あるごとに芹沢をかばって、陰ながら支えていたのである。


「……」

「大変だろうが、頼む」

「わかりました」

 何も言わずに近藤が仕事を引き受けたことを土方は察していた。

 それについて意見を言う真似をしない。


「ところでさっきは助かった。仕事は大丈夫だったか?」

 姿を見せない芹沢たちを見つけて、伝言役を務めてくれたことに感謝した。

 忙しい仕事中にそれを中断させ、無理やりに芹沢たちの捜索に当たらしたのである。

 その命を受けた際、内心ではムッとしていたがその心境を表情に一切出さずに、平静な顔でわかりましたと引き受けたのだった。


 深泉組を乱す芹沢たちが、土方は虫唾が走るほど嫌いだ。

 それでも何も言わない近藤のために、土方自身耐え難い我慢をしていた。

「問題ありません。遊郭で遊んでいました」

「そうか……」

 浮かない近藤の声。


 深泉組の給料だけで遊郭で遊ぶのは難しかった。

「毎日入り浸っています。それも毎回違う遊郭に」

 聞き込んだ内容を包み隠さずに伝えた。

「そうか……」

 馴染みの遊郭にいなかったために、捜索していた土方たちは捜すのに時間が掛かってしまった。それでも根気よく一軒、一軒探し回って、ようやく芹沢たちを見つけ出した経緯があったのだ。


「金の出どころを至急に調べた方が?」

 今後のことを踏まえ、土方は助言を口に出した。

 芹沢隊や新見隊だけでは済まない予感があった。

 遊郭に毎日出入りするほど給料は貰っていないし、商人たちから巻き上げている金も遥かに超えていたと考えられる。それらを鑑みても、芹沢たちが何かまた悪事をして遊ぶ資金を集めている推察したのだった。

「そのようだな。未然に防げるものなら、防ぎたいからな」

「では、そちらも……」

「いや。それは私の方で調べる」

「……」

「トシはとりあえず、こちら側に全力を注いでくれ」

「わかりました。近藤隊長」

 ニコッと近藤は笑った。


 自分の右腕となって働いている土方に常に感謝を抱いていた。

 頼もしい土方がいなければ、すでに深泉組は潰れていた可能性があった。

「優秀なトシがいてくれて助かる。いつも面倒な仕事を頼んで悪いな」

「いいえ。助けていただいた、ご恩がありますから」

「大したことじゃないだろう? それにあれに対する恩だったら、すでに返し終わっているさ。だから、そんなことを思うな。ホントにトシには感謝している」

「いいえ」

 ゆっくりと首を横に振った。


 困ったものだと頑固な土方に呆れてしまう。

 深泉組に二人が入る前に、土方は近藤に助けて貰ったことがある。その恩と、その際に感じた近藤と言う人間の懐の温かさに触れてついてきたのだった。

「じゃ、頼んだ」

「はい」

 二人はそれぞれにやるべき仕事を行うために別れた。




 黙々と人気のない廊下を土方が歩いていると、前から井上と沖田の二人がこちらに向かって歩いてくるのを見かける。

 二人とも土方の存在に気づいているようで、立ち止まって軽く頭を下げてきた。

 土方も合わせる形で立ち止まる。


「仕事ですか?」

 見慣れないファイルに井上の視線が止まっている。

 ファイルの存在に気づいていたが、あえて沖田は何も口に出さなかった。


「ああ。二人は何をしている?」

「井上さんに案内して貰っていました」

「はい。以前に途中になっていたので」

「そうか。では、また中断だ」


「はぁ?」

 ギロッと間抜けな顔をしている井上を睨む。


 すぐさま、二人は背筋を伸ばし、しっかりと無表情の土方に視線を注ぐ。

 命令が下るのを待っていた。

「井上。あいつらを捕獲して外に出さずに待機させていろ。絶対に外に出すな。それと沖田は井上を手伝ってやれ。多少のケガは構わん」

「はい」


 元気よく沖田は返事したものの、井上はどこか浮かない顔だ。

 下された命令を素直に応じることができない。

 原田たちを捕獲するのは、いつものことだった。

 運が悪いことに、日にちがダメだった。

「今日ですよね……」

 上目遣いで恐る恐る窺うように確かめた。


「そうだ」

 厳しい口調だ。

 がっくりと首がうな垂れる井上。

 そんな姿にお構いなしの土方。

 二人のやり取りを見て楽しむ沖田。

「……はい」

 抑揚のない返事を聞き、土方は二人を置いて去ってしまった。




 その足取りは早く、瞬く間に姿が見えなかった。


(大変そうだな、兄さん。あんなに早足で)


 疲れが見える顔を思い出し、沖田は憐れむような顔で後ろ姿を見送っていた。

 落ち込んでいる井上に声をかける。

「手伝いますよ。ですから、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。でも……」

「でも?」

 小さく首を傾げる。


 何を案じているのか、沖田にはわからない。

 厳しい顔をしているからには、何か相当なことがあるのかと巡らしていた。

 ふと、いたずらな笑みが心の中で溢れていた。

「ただ何もない日だったら……、大丈夫だったんですが……」

 根気よく、言葉を紡ぐのを待っている。

「……日は……、とにかくサノさんたちには……、どうしよう……」

 破滅の日を迎えたような悲痛な表情にあっけらかんとした顔を近づけた。

「大丈夫。頑張りましょう」

「ソージさん……」

 瞳を潤ませ、感謝の眼差しを沖田に注ぐ。


 励ましてくれていると信じ込んでいる井上は歓喜極まっているが、ただ沖田の思惑は完全に井上が抱いていることとは別なところにあった。

 面白いことが起こるかもと楽しんでいるに過ぎない。

 そうとは知らずに愛嬌振りまく沖田の両手を取った。

 感激するあまり、勢いよくブンブンと振り回す。

「ホントにありがとう。ソージさんが来てくれて、ホント心強いよ」


 これまで原田たちのお目付け役を一人でこなして、非常に苦労をしてきた井上。

 他の周りの隊員は誰もかかわろうとしなかった。

 井上一人に任せっきりで、放置していたのだ。

 辛うじて島田が時々手伝ってはいたが、常にかかわろうとはしなかった。

 自ら手を差し伸べる沖田に、感謝しつくせないほどの気持ちが溢れていたのである。

「井上さん、頑張りましょうね」

「はい。ソージさん」



読んでいただき、ありがとうございます。

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