第143話
苦々しい表情を、武市が、滲ませていた。
謹慎している部屋で、部下からの報告を、受けたいたのだった。
未だに、謹慎が解かれず、謹慎をしている屋敷にとどまっていたのである。
日に日に、仕事関係のものが、この屋敷に増えていっていた。
部下が、持ってきた報告。
闇の四天王の一人である、中村の死だ。
勝手に、仕事を奪っていった中村を、部下たちに、捜させていたのである。
けれど、中村自身も、武市の行動を把握し、半妖を捜しつつも、自らも、武市の探索から逃げていた。
そして、待ち受けていた報告が、中村の死だった。
荒れ狂っている内心。
だが、田中や部下がいるまで、無様な真似ができない。
長く、細く、息を吐いている。
少しでも、心を、落ち着かせようとしていた。
武市の前に、立ち尽くしている部下も、落ち着きがなかった。
田中だけが、ソファで、瞑想している。
いつもと、変わらない佇まい。
けれど、怒りや焦りなど、いろいろと、頭を悩ませていた。
現段階で、中村の死は、武市にとり、勤皇一派にとっても、とてつもなく、大打撃だった。
今後の計画が、大幅に狂うことは、容易く、誰の目からしても、明らかだったからだ。
中村の一流の剣の腕は、人格的に問題があっても、勤皇一派にならなくては、ならない存在だった。
必要不可欠な者だったのである。
その穴を埋めるのは、簡単なことではない。
早急に、中村の代わりとなる者が、見つかるか、どうかだった。
見つかる可能性の方が、低かったのだ。
非常に、不味い状況に、武市が、追い込まれていたのである。
そのことに、誰もが、気づいていた。
重い空気が、部屋中に、流れていく。
ピリピリしている武市。
居た堪れない眼差しで、部下が伏せている。
機嫌の悪い武市を、部下が、直視できない。
部屋の外では、いつもに増して、慌しい部下たちの声が、飛び交っていたのだ。
武市に、気遣っていられない。
次から次へと、舞い込む仕事に、忙殺していたのだった。
武市の部下たちが、右往左往しながら、仕事を片付けていたのである。
通常の仕事に加え、探索に、出回っていた仲間たちの処理などや、滞っていた仕事などだ。
中村の遺体や、仲間たちの遺体を、瞬時に回収し、別な場所で安置していた。
他の組織に、中村の死や、勤皇一派が痛手を負ったことを、知られる訳にはいかなかったのである。
そうした仕事に追われ、鬼気迫る顔を、どの部下たちも、覗かせていたのだった。
負傷している仲間に関しては、密かに、医療機関に、連れて行ったりしていたのだ。
部屋にいる仲間たちは、今現在、猫の手も借りたいぐらいに、乱舞していたのである。
ざわつく音。
さらに、武市を、苛立てさせていた。
武市の下で、動きている江藤たちは、動けない武市に代わり、不安がっている武市を支援しているところへ、足を運んでいたのだった。
いつもの冷静さを欠いた結果、江藤たちは、敵味方に、自分たちの慌てふためく様子を、露見することになっていたのだ。
まだ、武市自身、江藤たちの失態に、気付く様子がない。
江藤たちに、時間を割いている暇など、なかったのである。
長い嘆息を、漏らしている武市。
そして、沈痛な顔を上げ、報告してきた部下を、見据えていた。
「……中村は、誰に、やられた?」
もっとも、知りたい情報だった。
「……わかりません」
中村以上の使い手が、都に、野放しになっている状況とも言えたのだ。
(あれ以上の腕か……。一体、誰だ?)
幾人かの顔を、武市が、浮かべている。
けれど、決定打がない。
(違うかもしれない……。と、すると、新たにいると、言うことか……)
大きな敵に、なり得る存在に、解決策が出てこない。
ギリッと、歯を噛み締めていた。
双眸を、部下に巡らせる。
「早急に、調べろ」
「……はい」
「中村の死体は、どうした?」
「回収しました」
「他の遺体は?」
「そちらも、滞りなく」
「そうか……。下がれ」
僅かに、安堵が、形相に表れている。
警邏軍に、自分たちの組織の人間が、やられたことを、知られたくなかったのだ。
隠せるものならば、隠して置きたかったのだった。
遺体を残し、痕跡を調べ上げられ、自分たちが、何をしていたのか、知られる訳にはいかなかったのである。
知られるにしても、時間が、欲しかった。
いくつか、隠す必要なものが、あったからだった。
三つほど、部下に指示し、報告してきた部下が、下がっていく。
部屋に中には、武市と、ソファに座り込んでいた、闇の四天王の一人である田中だけとなった。
表情を崩していないが、田中自身、中村の死に、頭を抱えていた。
暗殺部隊の中で、中村の後を、継げる者が、誰一人、育っていなかったからだ。
人材不足に、悩んでもいたのである。
暗殺家業をしていれば、自分たちも、やられると言う意識は、田中の中でも持っていた。
だが、中村の死は、想定よりも、早かったのだった。
「中村を、仕留めたやつは、相当な手練ですね」
座り込んでいた田中の顔が、武市の顔に、注がれている。
目を合わせようとしない。
「そうだな。どう見る?」
中村を仕留めた者に、武市や田中は、興味を抱いていた。
中村だけではなく、半妖を捜していた者や、中村を捜していた者が、悉く、やられ、武市の部下たちの被害は、甚大だった。
その穴埋めも、しなくては、ならなかったのである。
武市たちは、やることが多く、圧し掛かっていたのだった。
「どこかに、所属している可能性も、踏まえた方が?」
「だとしたら、どこだ?」
乱暴に、武市が、吐き捨てていた。
「……」
思い当たるところがない、田中だ。
仕事の仕業を見ても、どこかに、所属しているとは思えなかった。
「警邏軍か、それとも、天帝家に仕える者か? 考えたくはないが、我々のところか?」
「……うちではないと、思います。これほどの使い手ならば、私どもに、所属するはずですから」
「だな」
忌々しげに、顔を歪めている武市も、同意見だった。
素質がある者を探すため、田中は、目を光らせていたのである。
そして、武市自身も、裏で仕事をしている以上、腕の立つものが、欲しかったこともあり、田中とは別口で、人材を発掘しようとして、いろいろと、探させていたのだった。
「とすると、二つになるが、何か、情報が入っていないのか?」
「入っていません。誰かが、フリーに頼んだと、見るべきでしょう」
「その方が、高いか」
「えぇ」
「一体、誰が、誰に頼んだのか……」
やらなくては、ならないことがあるのに、そうした雑務ばかりが増え、ままならぬ状況に、焦る気持ちだけが、武市の中で、大きく募っていたのだ。
手足となって働く部下たちをやられ、今後の仕事が、大きく、変貌しようとしていた。
頭を悩ますことが多く、重圧が圧し掛かっていたのである。
「西郷さん辺りから、呼び出しが、掛かるだろうな」
何気なく、武市が呟いていた。
「ですね」
背凭れに、背中を預け、天井を見上げる武市。
眼光は、まだ、諦めていない。
段々と、ドス黒く、染まっていく。
そうした姿に、田中は、内心で、嘆息を漏らしていた。
西郷からは、当分の間、おとなしくしているようにと、言われていたにもかかわらず、謹慎しながらも、活動を止めることはなかったのだ。
西郷と、同じ意見だったが、田中が信頼している者から、武市の仕事を手伝うように命じられている以上、止めることができなかった。
(どうしたものか……)
黙ったままになった武市を、田中の瞳が見つめていた。
徐々に、裏目、裏目となっていく現状だ。
武市は、赴く感情のまま、暴れたい衝動を、必死に堪えている。
醜態を見せられないし、武市自身、一人になっても、そんな真似をしたくないと、強く抱いていたのだった。
「半妖の件は、どうするのですか?」
「河上たちに、探らせろ」
「わかりました」
「単独で、依頼など、受けていないかもな」
何気なく、武市が口に出していた。
「そうかもしれません」
「中村を、仕留めた者は、何を考えている? 中村自身を、ターゲットにされたのか、それとも、強者同士が、出逢って戦ったのか……」
思考を埋めつくすのは、また、中村を仕留めた者だった。
中村の性質を、武市も、把握していた。
強い者がいたら、戦わずには、いられなかった。
そういう性質に、何度、武市たちは、辛酸を嘗めさせられたか。
「さぁ、今のところ、何とも言えません」
「確かにな。……もし、こちら側に、つかせることが、できたのなら……」
「そう、上手くいくとは……」
「……」
田中が、言ったように、簡単ではないことは、理解していた。
けれど、中村を失った以上、引き込められる可能性が、少しでもあるなら、やらなくてはならないと、巡らせていたのである。
「そちらでも、中村を仕留めた者を、大至急、突き止めてくれ」
「……わかりました」
黙り込んでいる武市を、双眸に捉えている。
「……そろそろ、岡田を、戻していただけないか?」
中村が死んだ以上、岡田を戻して欲しいと言う願望が、田中にあった。
「無理だ」
あっさりと、断られた。
小さく、嘆息を漏らす田中だ。
「これ以上、岩倉殿の心証を、悪くしたくない」
(私が言えば、戻ってくるだろうが。いや、戻ってきてしまうかもしれない。あれには、釘を刺しておかなければ……)
やることが、もう一つ、追加され、武市は心の中で、溜息を吐いていた。
立ち上がり、頼まれた仕事をするため、部屋を、出て行こうとする田中である。
(もう、この人も、終わりだな)
読んでいただき、ありがとうございます。