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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第142話

 都の住人でも、なかなか、入り込まないエリアが、都の中で、複数、存在していた。

 ここは、その中の一つだ。

 多くの人で、溢れている場所でもある。


 もう少しで、昼間に掛かろうとする、時間帯と言うこともあり、若干、人の数が少ない。

 けれど、人と、ぶつかり合わなければ、通れないほど、人が、溢れていたのだった。

 そうした場所にも、いくつもの店が、並んでいたのである。


 とある酒場の二階では、一人の男が、新聞を広げていた。

 一階に比べると、客も、疎らだ。

 呑んでいる客もいれば、寝ている客もいた。


 二階の客は、ほぼ、常連だった。

 朝も、昼も、夜も、休むことなく、店が開いている。

 常に、客も、切れることがない。

 人の出入りがあった。


 男が、読んでいる、記事の内容は、深泉組の沖田の関するものだ。

 話題沸騰中の沖田の記事を、欠かさず読んでいたおり、なおかつ、自分が、愛用している情報屋からも、沖田の情報を得ていたのである。

 みるみる、楽しそうに、口角が緩んでいた。


「潤平さん」

 小刻みよく、階段を、上ってきた少年。

 彼の情報屋の一人だった。

 新聞から、目を離さない。


「ソージの情報か」

「うん」

 潤平と、呼ばれた男。

 顔に、目立つ傷がある。

 右眉の上にある傷と、左頬にある傷だ。

 それを、隠そうとしない。


 遠矢潤平は、かつて、沖田と地方の村で、共に遊んでいた友達でもあった。

 懐かしい友が、都に来たと知ってから、沖田のことを調べ、動向を、常に、把握していたのだった。

 居場所も、わかっているにもかかわらず、潤平から、会いに行くことをしない。

 まだ、そうした時期ではないと、確信していたからだ。


 潤平が都に来て、五年以上は過ぎていた。

 それまでは、地方を転々とし、都に辿り着いたのだった。

 現在は、フリーで、暗殺を生業としていたのである。


「それと、仕事の依頼」

 僅かに、眉間にしわを寄せている。

 そうした姿に、少年が、呆れていた。

 あどけない少年マオは、潤平にとって、情報屋であり、細かい仕事を嫌う、潤平に成り代わり、仕事のマネージメントも、頼んでいたのだった。


 めったに、仕事の腰を、上げない潤平。

 仕事に対し、えり好みをしていたのだ。

 やる気を起こさせるのも、彼の役割でもあったのである。


 もう少し、真面目に仕事の数をこなせば、こんな廃れたところに、住むこともなく、花街で遊ぶこともできたのだ。

 腕としては、一流の凄腕であったが、気分が乗らないと、仕事をしない、厄介な性格の持ち主でもあった。


「武市さんからと、外事軍からの依頼が、入ったよ」

 強い眼差しで、マオが、潤平を捉えていた。

 ここ、半年ぐらい、仕事を、全然していなかったのだ。

「やる気が、起こらない」

「他にも、いくつか、入って来ているよ」

 仕事の依頼書を、無理やりに、潤平に押し込んだ。


「沖田ことも、いいけど。これの、どれかは、仕事をして貰うからね。つけだって、いっぱい溜まって、いるんだから」

 有無を言わせない顔だった。

 やれやれと、無造作に、頭を掻いている潤平である。


「わかった。後で、選んでおく」

「よかった。武市さんからと、外事軍は、至急、返事を、欲しいみたいだから、さっさと、結論を出してよね」

「わかった。で、ソージの情報は?」


「潤平さんのお友達、だいぶ、人気だね。また、刺客や剣術バカに、挑まれたみたい。夜も、朝も、よく絡まれているよ」

 今もなお、沖田に対し、戦いを挑むやからが、多数存在していたのである。

 そうしたやからを、意図も簡単に、沖田は、蹴散らしてきたのだ。


「暇人だな……」

 バカなやつと言う顔を、潤平が覗かせている。

「もう、三桁いくんじゃないの?」

「だろうな」


「ま、変人だよね。自分を、見張っている人たちに、差し入れとか、しちゃうんだから」

「お前の部下たちも、お菓子、貰えるからって、沖田の見張り、やりたがっているんだろう?」

 ふふふと笑っている潤平。


 マオが、ジト目で睨んでいた。

 そのせいで、やりたがる人が増え、まとめるのが大変で、頭を悩ませる出来事でもあったのだった。マオ自身も、そうした旨味のある仕事をしたいが、まとめ役でもある自分が、率先して、やる訳にはいかなかったのだ。


「潤平さんも、変わっているけど、相当、沖田って人、変わっているよね」

「ああ。面白いぐらいに、変わっている。昔から、あれは、俺のお気に入りだ」

「……」


 楽しそうな潤平の顔を、食い入るように、眺めているマオ。

 沖田の話をする際は、いつも、こんな楽しそうな顔を、見せていたのだった。


「で、真面目に、ソージのやつ、部屋にいるのか?」

 射抜くような眼光を、マオに注いでいる。

「わからない。近づくのは、危険だからね」

「そうか」


 残念そうな顔を、潤平が、滲ませていた。

 常に、見張り役に、沖田が、どのように戦っていたのか、見聞きさせていたのである。そして、どれぐらい、強くなったのか、日々、確かめていたのだ。


「何人か近づいた、どこかのバカな組織の連中が、やられているからね」

「あまり、うるさいと、ソージも、やなんだろうな」

 向こうの側に立つ潤平に、目を細めているマオ。


「悪い」

「だったら、仕事と、関係ないんだから、やらせないでよね」

「それは、ダメだ。ソージを、見張ってろ」

 頑なな潤平である。


 潤平の頼みではなかったら、ずっと、こんな仕事をさせていない。

 手広く、情報を仕入れ、それを売っていたからだった。

 不満げな顔を、マオが、滲ませていたのだ。

 手下にしている者たちを、本来の仕事に回したいと、抱いていたのである。

 けれど、潤平のダメ出しに、盛大な嘆息を吐いていた。


「わかったよ」

「お菓子も、貰えるんだ。あいつらだって、こんな美味しい仕事は、ないんだろう」

 茶目っ気たっぷりな顔を、浮かべている。

「……」


「後、三十分したら、仕事を選んでおくから、顔を出してくれ」

 これ以上、マオの機嫌を、損ねる真似はできなかった。

「わかった」

 勢いよく、マオが、階段を駆け下りていった。


 潤平の視線が、新聞に掲載されている沖田に、注がれている。

 掲載されている写真は、屈託ない笑みを、漏らしていたのだった。


「さらに、強くなっているんだろうな。ホント、ソージに会うのが、楽しみだ」

 弾けるような、潤平の笑顔を携えていた。

 脳裏には、村で、いろいろと、いたずらして、駆けずり回っていた思い出が、色濃く蘇っていたのである。

 沖田の存在を知るまでは、忘れ去っていた、思い出たちだ。


 住んでいる村を、捨て去る際に、そうした思い出を、すべて消し去ったはずだった。

 けれど、沖田を思い出したことにより、昔の思い出が、鮮明に、ふとした瞬間に、思い出されるのだった。

「ホント。楽しみだよ、ソージ。もっと、強くなれ。もっと、もっとだ」



読んでいただき、ありがとうございます。

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