第142話
都の住人でも、なかなか、入り込まないエリアが、都の中で、複数、存在していた。
ここは、その中の一つだ。
多くの人で、溢れている場所でもある。
もう少しで、昼間に掛かろうとする、時間帯と言うこともあり、若干、人の数が少ない。
けれど、人と、ぶつかり合わなければ、通れないほど、人が、溢れていたのだった。
そうした場所にも、いくつもの店が、並んでいたのである。
とある酒場の二階では、一人の男が、新聞を広げていた。
一階に比べると、客も、疎らだ。
呑んでいる客もいれば、寝ている客もいた。
二階の客は、ほぼ、常連だった。
朝も、昼も、夜も、休むことなく、店が開いている。
常に、客も、切れることがない。
人の出入りがあった。
男が、読んでいる、記事の内容は、深泉組の沖田の関するものだ。
話題沸騰中の沖田の記事を、欠かさず読んでいたおり、なおかつ、自分が、愛用している情報屋からも、沖田の情報を得ていたのである。
みるみる、楽しそうに、口角が緩んでいた。
「潤平さん」
小刻みよく、階段を、上ってきた少年。
彼の情報屋の一人だった。
新聞から、目を離さない。
「ソージの情報か」
「うん」
潤平と、呼ばれた男。
顔に、目立つ傷がある。
右眉の上にある傷と、左頬にある傷だ。
それを、隠そうとしない。
遠矢潤平は、かつて、沖田と地方の村で、共に遊んでいた友達でもあった。
懐かしい友が、都に来たと知ってから、沖田のことを調べ、動向を、常に、把握していたのだった。
居場所も、わかっているにもかかわらず、潤平から、会いに行くことをしない。
まだ、そうした時期ではないと、確信していたからだ。
潤平が都に来て、五年以上は過ぎていた。
それまでは、地方を転々とし、都に辿り着いたのだった。
現在は、フリーで、暗殺を生業としていたのである。
「それと、仕事の依頼」
僅かに、眉間にしわを寄せている。
そうした姿に、少年が、呆れていた。
あどけない少年マオは、潤平にとって、情報屋であり、細かい仕事を嫌う、潤平に成り代わり、仕事のマネージメントも、頼んでいたのだった。
めったに、仕事の腰を、上げない潤平。
仕事に対し、えり好みをしていたのだ。
やる気を起こさせるのも、彼の役割でもあったのである。
もう少し、真面目に仕事の数をこなせば、こんな廃れたところに、住むこともなく、花街で遊ぶこともできたのだ。
腕としては、一流の凄腕であったが、気分が乗らないと、仕事をしない、厄介な性格の持ち主でもあった。
「武市さんからと、外事軍からの依頼が、入ったよ」
強い眼差しで、マオが、潤平を捉えていた。
ここ、半年ぐらい、仕事を、全然していなかったのだ。
「やる気が、起こらない」
「他にも、いくつか、入って来ているよ」
仕事の依頼書を、無理やりに、潤平に押し込んだ。
「沖田ことも、いいけど。これの、どれかは、仕事をして貰うからね。つけだって、いっぱい溜まって、いるんだから」
有無を言わせない顔だった。
やれやれと、無造作に、頭を掻いている潤平である。
「わかった。後で、選んでおく」
「よかった。武市さんからと、外事軍は、至急、返事を、欲しいみたいだから、さっさと、結論を出してよね」
「わかった。で、ソージの情報は?」
「潤平さんのお友達、だいぶ、人気だね。また、刺客や剣術バカに、挑まれたみたい。夜も、朝も、よく絡まれているよ」
今もなお、沖田に対し、戦いを挑むやからが、多数存在していたのである。
そうしたやからを、意図も簡単に、沖田は、蹴散らしてきたのだ。
「暇人だな……」
バカなやつと言う顔を、潤平が覗かせている。
「もう、三桁いくんじゃないの?」
「だろうな」
「ま、変人だよね。自分を、見張っている人たちに、差し入れとか、しちゃうんだから」
「お前の部下たちも、お菓子、貰えるからって、沖田の見張り、やりたがっているんだろう?」
ふふふと笑っている潤平。
マオが、ジト目で睨んでいた。
そのせいで、やりたがる人が増え、まとめるのが大変で、頭を悩ませる出来事でもあったのだった。マオ自身も、そうした旨味のある仕事をしたいが、まとめ役でもある自分が、率先して、やる訳にはいかなかったのだ。
「潤平さんも、変わっているけど、相当、沖田って人、変わっているよね」
「ああ。面白いぐらいに、変わっている。昔から、あれは、俺のお気に入りだ」
「……」
楽しそうな潤平の顔を、食い入るように、眺めているマオ。
沖田の話をする際は、いつも、こんな楽しそうな顔を、見せていたのだった。
「で、真面目に、ソージのやつ、部屋にいるのか?」
射抜くような眼光を、マオに注いでいる。
「わからない。近づくのは、危険だからね」
「そうか」
残念そうな顔を、潤平が、滲ませていた。
常に、見張り役に、沖田が、どのように戦っていたのか、見聞きさせていたのである。そして、どれぐらい、強くなったのか、日々、確かめていたのだ。
「何人か近づいた、どこかのバカな組織の連中が、やられているからね」
「あまり、うるさいと、ソージも、やなんだろうな」
向こうの側に立つ潤平に、目を細めているマオ。
「悪い」
「だったら、仕事と、関係ないんだから、やらせないでよね」
「それは、ダメだ。ソージを、見張ってろ」
頑なな潤平である。
潤平の頼みではなかったら、ずっと、こんな仕事をさせていない。
手広く、情報を仕入れ、それを売っていたからだった。
不満げな顔を、マオが、滲ませていたのだ。
手下にしている者たちを、本来の仕事に回したいと、抱いていたのである。
けれど、潤平のダメ出しに、盛大な嘆息を吐いていた。
「わかったよ」
「お菓子も、貰えるんだ。あいつらだって、こんな美味しい仕事は、ないんだろう」
茶目っ気たっぷりな顔を、浮かべている。
「……」
「後、三十分したら、仕事を選んでおくから、顔を出してくれ」
これ以上、マオの機嫌を、損ねる真似はできなかった。
「わかった」
勢いよく、マオが、階段を駆け下りていった。
潤平の視線が、新聞に掲載されている沖田に、注がれている。
掲載されている写真は、屈託ない笑みを、漏らしていたのだった。
「さらに、強くなっているんだろうな。ホント、ソージに会うのが、楽しみだ」
弾けるような、潤平の笑顔を携えていた。
脳裏には、村で、いろいろと、いたずらして、駆けずり回っていた思い出が、色濃く蘇っていたのである。
沖田の存在を知るまでは、忘れ去っていた、思い出たちだ。
住んでいる村を、捨て去る際に、そうした思い出を、すべて消し去ったはずだった。
けれど、沖田を思い出したことにより、昔の思い出が、鮮明に、ふとした瞬間に、思い出されるのだった。
「ホント。楽しみだよ、ソージ。もっと、強くなれ。もっと、もっとだ」
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