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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第141話

 人通りが多い通りを、器用にすり抜け、一人で、山南が歩いていた。

 誰一人として、深泉組の山南に、目を向ける者がない。

 普通に、歩いていたのだった。


 複数の現場を、山南は見終わった。

 現場までいっても、中まで窺う真似をしない。

 遠くで、眺めている程度だった。

 そして、現場で、山南に気づく者がいなかった。


 突如、とある路地に入り込む。

 誰も、山南が消えても、気づかない。

 それほど、周囲に、溶け込んでいたのだった。


 入り込んだ路地に、もう一人、いたのである。

 単独で、かつての仲間である、特殊組にいる堤と、会っていたのだ。


 ビルの壁に背を預け、堤が寛いでいた。

 待ち合わせている山南が来る間まで、ひと時の休憩を、していたのである。

 何も言わず、山南が堤の正面に、立ち尽くしていたのだった。


 互いに、見詰め合う眼光。

 だが、周囲には、目を配っている。


 通りを歩いている人たちは、山南たちに気づきはしていた。

 けれど、誰一人として、見向きもしない。

 二人の服装は、それぞれの制服を脱ぎ、一般人に紛れるように、平服を着ていたのである。


「どういう見解だ?」

 早々に、山南が、口を開いた。

 長居するつもりが、なかったのだ。

「このところ、勤皇一派が、探索を行っていた」

「半妖か?」


 訝しげる山南だ。

 そうした情報を、山南自身、掴んでいなかった。

 自分の力不足に、唇を噛み締めている。


「わからない。けど、俺たちは、そう見込んでいる」

 まっすぐに、平然と構えている堤に、注がれている眼差し。

 その先の意見を、求めていたのである。

「半妖が逃げ出し、それを、探していたんじゃないのかって」

「なぜ、そう思う?」


「都の中で、逃げ惑っているって言う情報が、つい最近、入り込んでいた。そうした情報を手がかりに、俺たちも、追っていた」

 以前から、堤たち特殊組の元に、都の中で、半妖が逃げ回っていると言う情報が、入り込んでいたのである。

 けれど、その半妖を、確保することが、できなかったのだ。

 逃げ惑っている雪にとって、どの目も、恐ろしくあったのだった。


「捕まえることが、できなかったのか」

「ああ。すばしっこくってな」

「……」

 徐に、山南が思案していた。

 不意に、沖田の顔を、思い浮かべていたのである。


(あれに、変わったところが、なかったが……)


 半妖のことを、友達だと言うぐらいだから、そうした情報があれば、何か動くはずだが、連日の沖田に、変わった様子が、見受けなかったのだ。


(沖田も、情報を手にしていなかったのか? それとも……知っていて、知らぬ振りを通していたのか……、やっぱり、読めないな、沖田のことは)


「そうした中で、俺たち同様に、半妖を追っている連中が、複数いたんだ」

「複数?」

 怪訝そうな山南だった。

「ああ。複数だ」

「根拠は?」


 興味を憶えた山南。

 ニヤリと、堤が、頬を緩ませている。


「衝突していた。実際に、俺の目でも、確かめた」

「……」

「反目しあっていたな」

「……」

「だから、俺たちは複数、捜している連中がいると、判断したんだ」


 逡巡している山南を眺めながら、堤が、鼻で笑い始め出した。

「面白くないか? どこでも、半妖を、手にしようと躍起になって。ま、俺たちも、その一つなんだが」

 堤の言葉を、肯定も、否定もしない。

 ただ、聞きたいことを、口に出している。

「どこに、所属しているのか、把握しているのか」

「いや」


 悔しげな表情を、堤が、滲ませていた。

 所属を調べている最中に、こんな事件が、起きてしまったのだった。


「勤皇一派は、どうしている?」

「あちらでも、動いているようだ」

 行き止まりの状況に、山南が、短い息を漏らしている。

「どこの偉い人も、狩りをしているようで、困った状態だよ」

 おどけてみせる堤に、半眼している山南だ。

 けれど、堤の態度も、変えようとはしない。


 実際、警邏軍の中でも、狩りをしている者がいると、踏んでいるからだ。

 そうした者たちを、山南たちは追っていたが、上司から嫌われ、いつの間にか、山南だけが干され、深泉組に追いやられてしまったのだった。

 けれど、捜査をやめようとはしない。

 いつか、捕まえると、強く誓っていたのである。


「未だに、警邏軍でも、やっている連中を見つけられない。俺たちは、優秀だと思っていたが、随分と、違っていたようだな」

 自嘲している堤に、さらに、顔を顰めていく。

「……どうした?」

「これだけ、探っても、何も、見つからないんでな」

「……」


 歯がゆさを抱いているんだろうと、山南が堤を慮り、心を締め付けられていた。

 特殊組にいる、山南の仲間たちの顔が、掠めていく。


(俺以上に、身動きが、取れないところにいるのに、俺は……)


「俺たちは、何をしているんだろうな」

 目を凝らし、何かないかと捜査しても、いっこうに、闇の中で、模索している状態が、続けられていたのである。

 全然、光が見えない。

 その兆候すら、見出せずにいたのだ。

「……」


 陰りが見える、堤の双眸。

 通りを歩いている人たちに、向けられている。


「もしかすると、あの中にも、狩りで、かかわっている連中が、いるかもな」

「……そうかもしれないし、違うかもしれない……」

「だな。やになるぐらい、上手い連中だよ」

 一理あると、抱く山南。

 無言のままだ。


「どうやったら、あの連中の、上を行くことが、できるんだ……。それとも、俺たちには、無理なことなのか……」

 自棄になっている姿に、自分も、一緒に捜査できない状況に、キツく、拳を握り締めている。

「……寝ていないのか?」

「寝ていないな。だが、そっちだって、似たようなものだろう? 深泉組だって、芹沢や新見が、殺された件で、右往左往している最中だろう?」


「……ああ。そうだな」

 どこか、暗い表情を、山南が覗かせている。

 かつての仲間だろうと、自分も、芹沢たちを、襲撃した一人であることを、告げていない。


(……なんだ、かんだで、芹沢隊長は、それなりに、凄かったと言うことを、死んでから、身に沁みているなんて……。バカバカしい。もう、やめるか)


 芹沢の脅威があったからこそ、ある程度、都の治安が、守られていたことを知らされたのだった。

 傍若無人な芹沢に、助けられていたことに、苦虫を潰したような思いを、募らせていった。

 このところ、都の治安が、すこぶる悪くなりつつあったのだ。

 秩序がなくなり、芹沢が生きていた時よりも、事件の件数が、増加の一方を辿っていったのである。


 顔を歪め、山南が、噛み締めていた。

「……大丈夫か?」

「……大丈夫だ」

「……そうか」

 昔からの付き合いで、決して、山南が弱音を吐かないことを、理解しているので、それ以上の追究をやめた。


「沖田は、どうしている? 何か、掴んでいないかな」

 どこか、縋るような、堤の眼光だ。

 何でもいいから、情報を、欲していたのだった。

「……すんなり、喋るやつではない」

「そうかもしれないが……」

「俺に、気遣うことはない。沖田と、話したいのなら、話せばいいだろう」


「警戒しているだろう?」

 沖田のことを、山南が、警戒いていることもあり、極力、沖田と、コンタクトを、とらないようにしていたのである。

「しているが、話すことで、何かが、見えるかもしれない。沖田も、半妖のことでは、熱心に、調べているんだろう?」

「そのようだ」


 本部のメインコンピューターなどで、何かを、探っている痕跡があった。

 ただ、何を、探っていたのかまでは、追えていない。


「ちなみに、今回の件で、沖田は、かかわっていると、思うか?」

 山南の視線が、堤を捉えている。

「いろいろな組織で、沖田を、見張っていたのだろう?」

 真摯な眼差しを、山南が注いでいた。

 山南自身、深泉組内で、不祥事を、増やしたくなかったのだった。


「らしいな。俺のところも、見張りを置いていたんだが、部屋にいたらしい」

「確認は?」

「していない。それに、やつは、どういうやつなんだ?」

「何が?」

 胡乱げな山南の表情だった。


「見張っている連中に、差し入れをした」

「……」

 堤の話に、深いしわが、くっきりと、でき上がっている。

「お疲れ様ですって、言われたそうだ」

「……」


「ま、気づいているだろうとは、思っていたが、まさか、差し入れするとは、思ってもみなかった。さすがに、拒んでいるやつらも、いたそうだが、無理やり、回り込んで、渡したそうだ」

 頭を抱え込む、山南である。


「面白いやつだと、思うけどな、俺は」

「……どこが、面白い。で、沖田の見張りは、どこの組織も、継続しているのか?」

「規模は、少なくなっているが、まだ、いる」

「……そうか」


読んでいただき、ありがとうございます。

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