第139話
出勤時間より、だいぶ遅れて、沖田が、深泉組の待機部屋に出勤してきた。
室内は、閑散として、人が少ない。
芹沢隊や新見隊の生き残っている隊員たちは、銃器組に捕まったり、逃げ出したりして、その人数を、減らしていたのだった。
辛うじて、残っている隊員たちも、現在は、自宅待機になっていた。
待機部屋には、近藤隊しか、いなかったのだ。
(閑散としているな)
部屋には、毛利の他に、藤川や千葉、三浦、安富、ノール、保科に加え、事務三人組しかいなかったのである。
部屋に、残っている者たちは、事務作業したり、昇進のための勉強したりと、各々で、時間を費やしていたのだった。
銃器組の手伝いの仕事すら、あまり、入ってこない状況に陥っている。
「皆さんは?」
首を傾げ、室内を、見渡している沖田。
「隊長や副隊長は、きっと、外でしょうね。他の人は……」
苦笑している毛利である。
原田班や永倉班は、純粋な遅刻だろうと、抱いていたのだ。
いつものことでもあるので、何も言わない。
ただ、毛利の言葉に、引っ掛かりを憶え、それを口に出していたのである。
「外? 何か、あったんですか?」
「どうも、随分な数の遺体が、あったようです」
疑問の答えを、毛利が、口にしていた。
「随分な数の遺体が、あったよう?」
「形跡があっても、遺体が、ないようです」
何とも言えぬ顔を、毛利が、覗かせていた。
「ケガではなく?」
「それにしては、かなりの血が、残っていたと、言うことです」
「なるほど」
ようやく、合点がいく顔を、沖田が、滲ませていたのだ。
すでに、親しい銃器組の人から、話を聞き込んでいたのである。
「知りませんでしたか? 随分と、外で、銃器組が、動き回っていたようですが?」
深泉組以外の銃器組を初めとして、各組が、朝早くから、騒がしく活発な動きを、見せていたのだ。
そのせいもあり、警邏軍では、かなり、ピリピリした状況になっていたのだった。
逆に、毛利の表情に、疑問が滲んでいる。
あれだけの騒ぎに、気づかないのかと。
「確かに。今日は、仕事をしているんだなって」
沖田の言葉に、少し困ったような顔を、覗かせていた。
先日まで、従来の仕事を放り出し、人捜しだけしか、各組が、してこなかったからだ。
愛嬌のある顔とは違い、辛辣な沖田の姿に、何とも言えなくなっていたのだった。
「もしかすると、斉藤班長なども、いっている可能性も、ありますね」
「そうかも、しれません」
ついつい、沖田が持っている物に、目がいってしまう。
「それにしても……。相変わらず、凄い量ですね」
沖田の腕には、大量の物で、溢れていたのである。
食べ物や服、そして、貴金属などだ。
それらの物は、すべて、出勤している間に、贈られた物だった。
未だに、人気が劣らず、ますますの人気ぶりに、毛利が圧倒されている。
「大丈夫ですって、断っているんですが……、どうしてもって、言われて……」
「……日に日に増えて、いないですか?」
若干、昨日よりも、増えていたのだ。
「そうなんです。副隊長にも、受け取るなって、キツく、言われているんですが……」
困った顔を、滲ませている沖田だ。
つい先日、土方から、物を受け取るなと、注意を言われていたのである。
眉を寄せているものの、実際は、ケロッとしていたのだった。
注意を受けたので、一度は断るが、しっかりと、受けっていたのだった。
渡す人たちが、多かったのだ。
副隊長と言う言葉に、青筋を立て、凄んでいる土方の姿を掠め、毛利が身を震わせている。
「……大変ですね」
気遣う双眸を、巡らせていた。
鬼と称されるほど、とても厳しく、そうした姿を、毛利は、何度も垣間見ていたのだ。
そのため、毛利の中で、怒らせては、いけない人のリストの中で、トップに、名前が刻まれていたのである。
「ですから、少し、貰ってください」
「ですが、先日も、いただいたばかりですし……」
躊躇う毛利。
ついこないだ、毛利たちは、沖田が貰った頂き物を、貰ったばかりだった。
「お願いします。副隊長が、戻ってこないうちに」
大量の贈り物を、捉えていた。
どう考えても、叱責を受ける量だった。
「では、少しだけ」
「ありがとうございます」
ニッコリと、沖田が微笑む。
「ところで、遺体が、なくなっているって、話ですが? まったく、ないんですか? 一体も?」
毛利の机に、貰ってくれた物を置きながら、沖田が尋ねてきた。
積まれていく量に、あたふたとしている。
「……えぇ。一体も、ないようですよ。ところで……」
これ以上は、貰えないと、断ろうとする口を、質問で塞ぐ。
「珍しい事件ですね。一体、誰が、そんな真似を?」
「さぁ」
「遺体が、ないと言うことは、誰なのかも、不明って、ことですね」
畳み掛けてくる質問。
次第に、目の前にある物の意識が、薄れていった。
「そうなるでしょうね。でも、銃器組では、勤皇一派では、ないかと、踏んでいるようです」
「勤皇一派……。また、どうして?」
まっすぐに、毛利を、見据えている沖田だ。
二人の会話に、部屋に残っていた仲間たちも、耳を傾けていた。
外の騒がしい様子が、それなりに、気になっていたのだ。
試験勉強の手を止め、聞き耳を立てている千葉や、三浦の姿に、クスッと、沖田が笑みを漏らしていた。
けれど、それが、表情に出ることがない。
「このところ、動き回っていたようです」
「何を、していたんでしょうか?」
「さぁ。そこまでは、掴んでいないようです」
少し、思案してみせる沖田を、じっと、窺っている。
「……興味が、おありですか?」
「少しだけ」
「では、少しだけ、銃器組や、他のところにも、当たってみましょうか?」
「お願いできますか?」
「それぐらいでしたら」
「ありがとうございます」
その後、沖田は、まだ残っている貰い物を、部屋にいる人たちに、配っていったのだった。
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