第138話
雪のお腹を満たした頃、沖田からの頼み事を果たすため、地方で、暮らしていたククリたちが、都に戻ってきていたのである。
慌ただしい都の様子を窺いながら、沖田の自宅を、訪ねていたのだった。
突然、目の前に、知らない人物が現れ、雪の思考が、追いつかない。
ローブを、目深にかぶっている、二人のいでたち。
怯えだしたのだった。
また、自分を追い回すやつらが、来たのかと、勘違いしていたのだ。
「大丈夫。雪に、危害を加える人じゃないから」
言われても、大きく、見開き、怯えが滲む目だった。
小さく、笑みを漏らす沖田を、捉えている。
微笑みが増す姿を、食い入るように、窺っていた。
「凄い、イケメンだよ」
「イケメンじゃない。それに、私は、女だ」
噛み付く声に、ビクッと、してしまう。
そして、ローブで、顔が見えない長身の人に、顔を傾けていた。
顔を、見ることができない。
ただ、殺気立っているのを、ヒシヒシと、感じていたのだった。
そうした気配にも、飄々と、楽しんでいる沖田は、動じることがない。
「イケメンだよ。ククリは」
「イケメンだって言われて、喜ぶ女なんて、いない」
「そうかな」
愛らしく、首を傾げている。
さらに、ククリの沸点が、上がっていった。
「僕は、可愛いよって言われて、嬉しいけど」
「嬉しくない!」
意気込む、ククリの姿だ。
「残念。ククリは、可愛いと言われるのは、嫌いなんだ」
これ見よがしに、残念そうな顔を、覗かせていたのだった。
「ソウ……」
悔しげなに、ククリが、身体を震わせていた。
余裕な顔で、口角を上げている沖田だ。
殺伐しているククリに、心から、愉悦している沖田である。
ククリの脇にいる、同じように、ローブで顔が見えない、もう一人が、あたふたと、どうするべきかと、たじろいでいた。
ククリよりも低く、まだ、子供だと言うことがわかる。
ギラギラと、ククリが、無邪気な沖田を睨んでいた。
異様な空気が、でき上がっていたのだった。
その中で、一番、冷静に、物事を俯瞰していたリキ。
盛大な溜息を吐いている。
「千春だっけ?」
気軽に、リキから、声をかけられ、オロオロしていた千春が、リキを見据えていた。
「気にするな」
「でも……」
怒っているククリに、遊んでいる沖田を、双眸を巡らせている。
千春は、ククリたちがいた見世物小屋で、共に過ごしていた、半妖の仲間で、狩りをしている者たちに、獲物にされそうになった際に、沖田が、助け出した一人だった。
その後、ククリのように、守る側になりたいと念じ、ククリに師事し、彼女の元で、強くなるため、修行を積んでいたのである。
千春は、そうした能力が高く、メキメキと、能力が向上していったのだ。
唸り声を出しつつ、しっかりと、沖田を、捉えているククリ。
「……何で、驚かない?」
「だって、母さんが、ククリたちが、今日の夜辺りに、来るだろうって、教えてくれたから」
にこやかに、笑っている沖田に対し、苦虫を潰したような表情を、滲ませている。
(美和さんか……)
沖田を、驚かせようと気配を消し、部屋に入ってきたにもかかわらず、全然、思うような反応を、示さなかったことに、悔しがっていたのだ。
一泡、吹かせたかったのだった。
(……いつも、いつも、やられているから、やり返そうとしたのに……。ソウのやつ……、いつか、絶対に、驚かせてやる)
今にも、襲い掛かろうとするククリだ。
千春が、しがみつく。
千春にとって、ククリは、見世物小屋にいる時から、面倒を見て貰った人であり、師匠でもあった。そして、沖田は、命を救ってくれた人だった。
二人の争いに、純粋に、心を痛めていたのである。
「……」
しがみつかれ、ようやく、我に返っていった。
一瞬だけ、ケロッとしている沖田を、半眼してから、千春の背中を、ポンポンと、優しく叩いてあげた。
年下の千春に、心配にさせるほど、大人気なかった訳ではない。
ある程度の理性は、持っていたのだ。
ただ、沖田相手だったので、時々、忘れてしまうことが、あるぐらいで。
「大丈夫だ」
顔を上げ、ホント?と言う眼差しを、注いでいる。
「……ソウが、しない限りしない」
ククリの言質を取り、チラリと、千春が、沖田を窺っていた。
「……しないよ」
ようやく、ホッと、胸を撫で下ろす千春だった。
事の成り行きを、窺っている雪である。
思考が追いつかず、目が点になっていたのだ。
「そうだ」
楽しげに手を叩き、立ち尽くしていた雪を、紹介する。
全然、場の空気を考えない、沖田の行動。
「雪だよ」
突如、紹介され、戸惑いしかない。
「「説明、省くんじゃない」」
リキとククリが、噛み付いていた。
瞬時に、ククリの背後に、容易く、沖田が回り込む。
ククリ自身、回り込まれてから、気づいたのだった。
(ちっ!)
そうした行動に、目くじらは立てない。
いつもの沖田の行動だったからだ。
「こっちの大きい方が、イケメン女の子のククリ。ククリに、しがみついている女の子が、千春だよ。お互いに、よろしくね」
もう、沖田の対応に、諦めきった、ククリやリキ。
小さく、千春が、笑っていたのだ。
徐に、千春が、ローブを抜くと、頭に角が生えていた。
大きく、目を見張っている雪だった。
ククリも、ローブを抜いた。
目の前のククリに、見惚れていたのである。
(言っていた通りだ……。凄く、格好いい……)
慣れている視線に、何も、言わないククリだった。
「雪も、もう、わかっただろうけど、ククリと千春は、半妖だよ」
「……」
(この、格好いい人も?)
「服を、脱いで見れば、わかるよ」
雪の心の疑問に、律儀に、沖田が答えていた。
「何も、言っていないぞ、この子は」
憤慨しているククリ。
何か、言う沖田に対し、そのたびに、口に出していた。
そうした姿に、無視を決め込む沖田。
さらに、ククリの怒りが、上がることも、承知の上にだ。
「よろしくね、雪」
ニコッと、千春が、笑顔を覗かせる。
小さな二人のやり取りには、干渉しない。
見慣れていたのだった。
自ら千春が、雪に、近づいていく。
二人の身長は、変わらない。
歳も、似たような歳にも見えた。
「ところで、外の騒ぎは、何だ?」
胡乱げな眼差しを、ククリが、注いでいる。
「何が?」
「惚けるな! 多くのやからが、右往左往していたぞ。お前の仕業だろう?」
「心外だな」
可愛らしく、口を尖らせる沖田に対し、騙されないぞと言う強い双眸を、ククリが傾けていた。
瞬く間に、険悪な空気。
雪だけが、縮こまってしまう。
ククリの話に、自分を追い回していた連中だと、急激に、恐怖が、舞い戻って来ていたのだ。
「正確には、雪を、捜している連中だよ」
先ほど、情報を得て、雪を救出した件を、簡単に、リキが説明したのだった。
「「……」」
ククリが、強張っている雪の頭を、優しく撫でてあげる。
「大丈夫だ。ここにいる限りは、何も、怖がることはない」
ごつごつする手。
とても暖かく、身に染みていった。
伏せていた顔を上げ、穏やかなククリを見つめる。
その瞳に、揺るぎない自信が、漲っていたのだ。
「ソウの強さを、見ただろう? だったら、もう、怯える必要もない。それに、私もいる」
胸を張っている姿に、見入っている。
「……」
ようやく、ホッとし、雪の瞳に、涙が溢れていく。
「泣くな」
困ったような顔を、ククリが、滲ませていた。
コクリと頷き、袖で、涙を拭き取ったのだ。
「ねぇ、雪。雪に、帰る村はあるの?」
今後の雪の居場所を、決めるべきと、沖田が尋ねた。
次第に、顔が渋面していき、雪が首を横に振る。
「そうか。ククリたちが、今いるところは、僕の母さんのところで、そこに、他の半妖も、たくさんいるけど、そこで、暮らしてみる?」
母親の負担を、一切、考えない姿に、ついつい、リキが、ジト目になっていた。
(美和さんの苦労が、少しは鑑みろ)
「……いいの?」
「いいよ。みんなといると、楽しいでしょ」
「……一緒にいた、みんなは?」
「捜してみるけど、死んでいるかも、しれないよ」
衝撃的な言葉に、身体を震わせていた。
「ソウ!」
酷い言葉を、かける沖田を、眉間にしわを寄せた、ククリが窘めた。
沖田同様に、死んでいる可能性もあると、ククリや千春、リキも理解していた。
ただ、口に、できなかっただけで。
無神経な沖田に、リキが、半眼していたのだ。
「嘘をついても、しょうがないでしょう。それに、ククリたちだって、狩りの犠牲になりかけたんだから」
「「……」」
言葉をなくす二人。
二人に対し、同情的な瞳を、リキが浮かべている。
「狩り?」
話に、ついていけていない、雪だった。
きょとんとした顔を、みんなに注ぐが、ククリや千春が、視線をはずしていた。
そして、沖田に顔を巡らす。
「都では、半妖を獲物にした狩りが、流行っているんだ」
包み隠すことなく、置かれている半妖の状況を、説明してあげた。
話の内容に、フリーズしている雪だ。
ククリと千春が、その獲物に、なりかけた件も、戦慄している雪に伝えた。
まさか、都では、半妖が、そうした状況に、置かれているとは、知らなかったのである。
「雪、逃げ出して、どれくらいになる?」
「……一週間ぐらい?」
小さな声で、首を傾げている。
逃げることに、精いっぱいで、どれくらい、経過しているのか、深く考えていなかったのだった。
次第に、経過している日数に、一緒にいた半妖たちは、どうなっているんだろうと、不安だけが膨張していく。
「狩りの獲物として、来ていたならば、もう、死んでいる可能性も、大きいね。でも、どうなっているのか、当たってみるね」
渋面している雪の顔が、コクリと、頷いていた。
平然としている沖田に、ククリが、心配げな双眸を注いでいる。
「何? ククリ」
「大丈夫なのか?」
「半妖の手助けしていること?」
「お前の立場が……」
派手に、動き回ることで、深泉組にいる沖田の立場が、悪くなるのではないかと、危惧していたのだった。
「大丈夫だよ。そんなヘマをしないし、できることしか、していないから」
嘘つけと言う顔を、リキが覗かせているが、見ない振りをしている沖田。
疑り深い眼差しを、注いでいるククリだ。
リキの表情に、気づいていない。
「本当か?」
「本当だよ。それよりも、半妖の赤ちゃんのことを、お願い」
「……わかった」
「赤ちゃん?」
話の内容が、見えない雪が、きょとんとした顔を、滲ませている。
「そう。最近ね、半妖の赤ちゃんが、いるんだ? 当分は、そこで、みんなで、暮らして貰うことになるかな。機会を見計らって、都を出て、僕の母さんがいるところで、ゆっくりと、過ごすと、いいよ。それまでは、みんなの言うことを、聞いてね。一応、たまには、顔を出そうと、思っているけど、仕事が忙しくって、リキたちに、任せることが、多くなっちゃうかも、しれないけど」
「……うん」
戸惑いながらも、沖田の言葉に、返事を返していた。
素直な雪の姿。
いい子と、頭を撫でてあげる沖田だった。
「ソウ。手伝う」
「ありがとう。でも……」
「ダメだ。見張っている連中や、仕事の仲間だって、気づかれるのは、時間の問題だ。いいも悪いも、ソウは、目立つからな」
眉を寄せ、沖田が、小さく笑っている。
事実、そのうち、バレるだろうと、踏んでいたのだ。
「向こうだって」
「あっちには、聖もいる。だから、私が、行き来して、手伝う」
確たる意思が、込められた眼光を、沖田に注いでいたのだ。
ククリが手伝ってくれることは、いろいろとする沖田にとり、大きなプラスの材料となっていたのである。
「ありがとう」
「礼には、及ばない」
「私も、手伝う」
「千春は、ダメだ」
真剣な形相で、ククリが窘めていた。
「ダメ。私も、手伝う」
ククリと同様に、強い眼光を、していたのである。
「わかった。千春にも、手伝って貰うよ。けど、無茶をしちゃダメだよ」
沖田の了承を受け、千春が、嬉しそうな顔を滲ませていた。
「ソウ……」
「仲間はずれは、可哀想だよ」
「……」
「ククリの弟子なんでしょう? 信じてあげたら?」
口角を上げ、やる気になっている千春。
嘆息を、ククリが、漏らしていた。
「無茶をするなよ」
「はい。ククリ」
ククリや千春、雪の移動は、明日か、明後日することにし、今晩は、沖田の部屋で過ごすことにしたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。