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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第6章 双龍 前編
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第138話

 雪のお腹を満たした頃、沖田からの頼み事を果たすため、地方で、暮らしていたククリたちが、都に戻ってきていたのである。

 慌ただしい都の様子を窺いながら、沖田の自宅を、訪ねていたのだった。


 突然、目の前に、知らない人物が現れ、雪の思考が、追いつかない。

 ローブを、目深にかぶっている、二人のいでたち。

 怯えだしたのだった。

 また、自分を追い回すやつらが、来たのかと、勘違いしていたのだ。


「大丈夫。雪に、危害を加える人じゃないから」

 言われても、大きく、見開き、怯えが滲む目だった。

 小さく、笑みを漏らす沖田を、捉えている。

 微笑みが増す姿を、食い入るように、窺っていた。


「凄い、イケメンだよ」

「イケメンじゃない。それに、私は、女だ」

 噛み付く声に、ビクッと、してしまう。

 そして、ローブで、顔が見えない長身の人に、顔を傾けていた。


 顔を、見ることができない。

 ただ、殺気立っているのを、ヒシヒシと、感じていたのだった。

 そうした気配にも、飄々と、楽しんでいる沖田は、動じることがない。


「イケメンだよ。ククリは」

「イケメンだって言われて、喜ぶ女なんて、いない」

「そうかな」

 愛らしく、首を傾げている。

 さらに、ククリの沸点が、上がっていった。


「僕は、可愛いよって言われて、嬉しいけど」

「嬉しくない!」

 意気込む、ククリの姿だ。

「残念。ククリは、可愛いと言われるのは、嫌いなんだ」

 これ見よがしに、残念そうな顔を、覗かせていたのだった。


「ソウ……」

 悔しげなに、ククリが、身体を震わせていた。

 余裕な顔で、口角を上げている沖田だ。

 殺伐しているククリに、心から、愉悦している沖田である。


 ククリの脇にいる、同じように、ローブで顔が見えない、もう一人が、あたふたと、どうするべきかと、たじろいでいた。

 ククリよりも低く、まだ、子供だと言うことがわかる。


 ギラギラと、ククリが、無邪気な沖田を睨んでいた。

 異様な空気が、でき上がっていたのだった。


 その中で、一番、冷静に、物事を俯瞰していたリキ。

 盛大な溜息を吐いている。

「千春だっけ?」

 気軽に、リキから、声をかけられ、オロオロしていた千春が、リキを見据えていた。


「気にするな」

「でも……」

 怒っているククリに、遊んでいる沖田を、双眸を巡らせている。


 千春は、ククリたちがいた見世物小屋で、共に過ごしていた、半妖の仲間で、狩りをしている者たちに、獲物にされそうになった際に、沖田が、助け出した一人だった。

 その後、ククリのように、守る側になりたいと念じ、ククリに師事し、彼女の元で、強くなるため、修行を積んでいたのである。

 千春は、そうした能力が高く、メキメキと、能力が向上していったのだ。


 唸り声を出しつつ、しっかりと、沖田を、捉えているククリ。

「……何で、驚かない?」

「だって、母さんが、ククリたちが、今日の夜辺りに、来るだろうって、教えてくれたから」

 にこやかに、笑っている沖田に対し、苦虫を潰したような表情を、滲ませている。


(美和さんか……)


 沖田を、驚かせようと気配を消し、部屋に入ってきたにもかかわらず、全然、思うような反応を、示さなかったことに、悔しがっていたのだ。

 一泡、吹かせたかったのだった。


(……いつも、いつも、やられているから、やり返そうとしたのに……。ソウのやつ……、いつか、絶対に、驚かせてやる)


 今にも、襲い掛かろうとするククリだ。

 千春が、しがみつく。


 千春にとって、ククリは、見世物小屋にいる時から、面倒を見て貰った人であり、師匠でもあった。そして、沖田は、命を救ってくれた人だった。

 二人の争いに、純粋に、心を痛めていたのである。


「……」

 しがみつかれ、ようやく、我に返っていった。


 一瞬だけ、ケロッとしている沖田を、半眼してから、千春の背中を、ポンポンと、優しく叩いてあげた。

 年下の千春に、心配にさせるほど、大人気なかった訳ではない。

 ある程度の理性は、持っていたのだ。

 ただ、沖田相手だったので、時々、忘れてしまうことが、あるぐらいで。


「大丈夫だ」

 顔を上げ、ホント?と言う眼差しを、注いでいる。

「……ソウが、しない限りしない」

 ククリの言質を取り、チラリと、千春が、沖田を窺っていた。

「……しないよ」

 ようやく、ホッと、胸を撫で下ろす千春だった。


 事の成り行きを、窺っている雪である。

 思考が追いつかず、目が点になっていたのだ。


「そうだ」

 楽しげに手を叩き、立ち尽くしていた雪を、紹介する。

 全然、場の空気を考えない、沖田の行動。

「雪だよ」

 突如、紹介され、戸惑いしかない。


「「説明、省くんじゃない」」

 リキとククリが、噛み付いていた。

 瞬時に、ククリの背後に、容易く、沖田が回り込む。

 ククリ自身、回り込まれてから、気づいたのだった。


(ちっ!)


 そうした行動に、目くじらは立てない。

 いつもの沖田の行動だったからだ。


「こっちの大きい方が、イケメン女の子のククリ。ククリに、しがみついている女の子が、千春だよ。お互いに、よろしくね」

 もう、沖田の対応に、諦めきった、ククリやリキ。

 小さく、千春が、笑っていたのだ。


 徐に、千春が、ローブを抜くと、頭に角が生えていた。

 大きく、目を見張っている雪だった。

 ククリも、ローブを抜いた。

 目の前のククリに、見惚れていたのである。


(言っていた通りだ……。凄く、格好いい……)


 慣れている視線に、何も、言わないククリだった。

「雪も、もう、わかっただろうけど、ククリと千春は、半妖だよ」

「……」


(この、格好いい人も?)


「服を、脱いで見れば、わかるよ」

 雪の心の疑問に、律儀に、沖田が答えていた。

「何も、言っていないぞ、この子は」

 憤慨しているククリ。

 何か、言う沖田に対し、そのたびに、口に出していた。

 そうした姿に、無視を決め込む沖田。

 さらに、ククリの怒りが、上がることも、承知の上にだ。


「よろしくね、雪」

 ニコッと、千春が、笑顔を覗かせる。

 小さな二人のやり取りには、干渉しない。

 見慣れていたのだった。

 自ら千春が、雪に、近づいていく。


 二人の身長は、変わらない。

 歳も、似たような歳にも見えた。


「ところで、外の騒ぎは、何だ?」

 胡乱げな眼差しを、ククリが、注いでいる。

「何が?」

「惚けるな! 多くのやからが、右往左往していたぞ。お前の仕業だろう?」

「心外だな」


 可愛らしく、口を尖らせる沖田に対し、騙されないぞと言う強い双眸を、ククリが傾けていた。

 瞬く間に、険悪な空気。

 雪だけが、縮こまってしまう。

 ククリの話に、自分を追い回していた連中だと、急激に、恐怖が、舞い戻って来ていたのだ。


「正確には、雪を、捜している連中だよ」

 先ほど、情報を得て、雪を救出した件を、簡単に、リキが説明したのだった。

「「……」」

 ククリが、強張っている雪の頭を、優しく撫でてあげる。

「大丈夫だ。ここにいる限りは、何も、怖がることはない」


 ごつごつする手。

 とても暖かく、身に染みていった。


 伏せていた顔を上げ、穏やかなククリを見つめる。

 その瞳に、揺るぎない自信が、漲っていたのだ。


「ソウの強さを、見ただろう? だったら、もう、怯える必要もない。それに、私もいる」

 胸を張っている姿に、見入っている。

「……」

 ようやく、ホッとし、雪の瞳に、涙が溢れていく。

「泣くな」


 困ったような顔を、ククリが、滲ませていた。

 コクリと頷き、袖で、涙を拭き取ったのだ。


「ねぇ、雪。雪に、帰る村はあるの?」

 今後の雪の居場所を、決めるべきと、沖田が尋ねた。

 次第に、顔が渋面していき、雪が首を横に振る。


「そうか。ククリたちが、今いるところは、僕の母さんのところで、そこに、他の半妖も、たくさんいるけど、そこで、暮らしてみる?」

 母親の負担を、一切、考えない姿に、ついつい、リキが、ジト目になっていた。


(美和さんの苦労が、少しは鑑みろ)


「……いいの?」

「いいよ。みんなといると、楽しいでしょ」

「……一緒にいた、みんなは?」

「捜してみるけど、死んでいるかも、しれないよ」

 衝撃的な言葉に、身体を震わせていた。

「ソウ!」


 酷い言葉を、かける沖田を、眉間にしわを寄せた、ククリが窘めた。

 沖田同様に、死んでいる可能性もあると、ククリや千春、リキも理解していた。

 ただ、口に、できなかっただけで。

 無神経な沖田に、リキが、半眼していたのだ。


「嘘をついても、しょうがないでしょう。それに、ククリたちだって、狩りの犠牲になりかけたんだから」

「「……」」

 言葉をなくす二人。

 二人に対し、同情的な瞳を、リキが浮かべている。


「狩り?」

 話に、ついていけていない、雪だった。

 きょとんとした顔を、みんなに注ぐが、ククリや千春が、視線をはずしていた。

 そして、沖田に顔を巡らす。


「都では、半妖を獲物にした狩りが、流行っているんだ」

 包み隠すことなく、置かれている半妖の状況を、説明してあげた。


 話の内容に、フリーズしている雪だ。

 ククリと千春が、その獲物に、なりかけた件も、戦慄している雪に伝えた。

 まさか、都では、半妖が、そうした状況に、置かれているとは、知らなかったのである。


「雪、逃げ出して、どれくらいになる?」

「……一週間ぐらい?」

 小さな声で、首を傾げている。


 逃げることに、精いっぱいで、どれくらい、経過しているのか、深く考えていなかったのだった。

 次第に、経過している日数に、一緒にいた半妖たちは、どうなっているんだろうと、不安だけが膨張していく。


「狩りの獲物として、来ていたならば、もう、死んでいる可能性も、大きいね。でも、どうなっているのか、当たってみるね」

 渋面している雪の顔が、コクリと、頷いていた。

 平然としている沖田に、ククリが、心配げな双眸を注いでいる。


「何? ククリ」

「大丈夫なのか?」

「半妖の手助けしていること?」

「お前の立場が……」

 派手に、動き回ることで、深泉組にいる沖田の立場が、悪くなるのではないかと、危惧していたのだった。


「大丈夫だよ。そんなヘマをしないし、できることしか、していないから」

 嘘つけと言う顔を、リキが覗かせているが、見ない振りをしている沖田。

 疑り深い眼差しを、注いでいるククリだ。

 リキの表情に、気づいていない。


「本当か?」

「本当だよ。それよりも、半妖の赤ちゃんのことを、お願い」

「……わかった」

「赤ちゃん?」

 話の内容が、見えない雪が、きょとんとした顔を、滲ませている。


「そう。最近ね、半妖の赤ちゃんが、いるんだ? 当分は、そこで、みんなで、暮らして貰うことになるかな。機会を見計らって、都を出て、僕の母さんがいるところで、ゆっくりと、過ごすと、いいよ。それまでは、みんなの言うことを、聞いてね。一応、たまには、顔を出そうと、思っているけど、仕事が忙しくって、リキたちに、任せることが、多くなっちゃうかも、しれないけど」

「……うん」

 戸惑いながらも、沖田の言葉に、返事を返していた。


 素直な雪の姿。

 いい子と、頭を撫でてあげる沖田だった。


「ソウ。手伝う」

「ありがとう。でも……」

「ダメだ。見張っている連中や、仕事の仲間だって、気づかれるのは、時間の問題だ。いいも悪いも、ソウは、目立つからな」

 眉を寄せ、沖田が、小さく笑っている。

 事実、そのうち、バレるだろうと、踏んでいたのだ。


「向こうだって」

「あっちには、聖もいる。だから、私が、行き来して、手伝う」

 確たる意思が、込められた眼光を、沖田に注いでいたのだ。

 ククリが手伝ってくれることは、いろいろとする沖田にとり、大きなプラスの材料となっていたのである。


「ありがとう」

「礼には、及ばない」

「私も、手伝う」

「千春は、ダメだ」

 真剣な形相で、ククリが窘めていた。


「ダメ。私も、手伝う」

 ククリと同様に、強い眼光を、していたのである。

「わかった。千春にも、手伝って貰うよ。けど、無茶をしちゃダメだよ」

 沖田の了承を受け、千春が、嬉しそうな顔を滲ませていた。


「ソウ……」

「仲間はずれは、可哀想だよ」

「……」


「ククリの弟子なんでしょう? 信じてあげたら?」

 口角を上げ、やる気になっている千春。

 嘆息を、ククリが、漏らしていた。


「無茶をするなよ」

「はい。ククリ」

 ククリや千春、雪の移動は、明日か、明後日することにし、今晩は、沖田の部屋で過ごすことにしたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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