第137話
誰にも、見られることもなく、自宅へと、沖田たちが辿り着く。
勿論、周囲にいる沖田を見張っている者たちも、気づいていなかった。
自宅にもかかわらず、ドアから、入らない。
慣れた手つきで、窓から、侵入していた。
沖田の自宅の周囲には、幾人の見張りが、立っていたのである。
その目を誤魔化すため、一箇所ある死角を使い、自宅に戻ってきたのだった。
死角は、ここに訪れる、ククリたちのためでもあったのだ。
堂々と、ドアから出て、見張りの目を、撒くことも、またに、あったのである。
部屋の中は、明かりが灯されていた。
在宅を、装うためだ。
「大体、時間内に、帰れたかな」
ニッコリと、微笑んでいる沖田だった。
部屋の中は、光之助たちが、定期的に、掃除をしてくれているので、整理整頓がなされていたのである。
光之助たちが、掃除をしなければ、部屋のあり様が、無残なことに陥っていたのだ。
沖田の腕の中には、フリーズしている雪が、お姫様抱っこをされていた。
驚異的な速さと怖さ、不安で、固まっていたのである。
そうした雪の姿に、お構いなしの沖田を、ジト目で、リキが注いでいた。
のほほんと、構えている沖田。
当初の予定は、違っていたのだ。
もう少し、誰にも、知られないように、雪を捜している者たちを排除していき、ある程、数を減らしてから、確保する段取りに、なっていたのである。
リキが、逃げている雪の身代わりとなり、沖田が、徐々に追っている者を、仕留める役になっていたにもかかわらず、急に、その役目を放棄し、スピードを上げ、何も告げず、リキを置いていったことも、多少、不満だった。
雪が、危機的状況だったこともあったので、その辺のことは、緩和されつつあった。
「いい加減、下ろしてあげたら?」
少しだけ、刺々しい言い方に、なっていた。
「そうだった」
未だに、強張っている雪を、素直に、開放してあげる。
所在なさげに、視線を彷徨わせている雪だ。
突然の出来事に、上手く、頭が回転しない。
「ククリたちが来るまで、待っていて」
言われても、雪は、怯えたままだった。
困ったなと言う顔を、沖田が覗かせている。
やれやれと、リキが、首を竦めていた。
「……大丈夫だ。雪の仲間だから」
「……仲間?」
訝しげな表情を、雪が滲ませていた。
勿論、すべての警戒を、解いていない。
「さっきも言ったが、雪の味方だ。だから、もう少し、落ち着け」
安心させるような、リキの表情。
まだ、少し、胡乱げな双眸を、傾けている。
「……そうしていると、疲れるだけだろう?」
黙ったまま、雪が、頷いたのだった。
「とりあえず、これ食べて。お腹、空いているでしょう?」
リキと話している間に、貰っていた食料を、沖田が出していたのである。
大量に出された食料。
目を丸くしている雪だ。
今まで、目にしたこともない量だった。
何度も、食料と沖田の顔を、見比べている。
「大丈夫、食べても」
優しく、沖田が微笑む。
「……」
「減っていない?」
勢いよく、頭を振る雪だった。
素直な行動に、沖田が、小さく笑っている。
「だったら、食べて」
促しても、まだ、動こうとしない。
ただ、物欲しそうな双眸で、食べ物に、巡らせているだけだった。
「これからのことも、考えないと、いけないから、しっかりと食べて、思考を働かせないと」
ようやく、沖田の言葉に促され、じっと、頬を上げている沖田を、眼光で捉えている。
そして、意を決して、雪が、食べ物のところに駆け出し、無心に食べ始めていたのだ。
暖かい眼差しで、二人が、見守っている。
食い散らしても、目くじらを立てない。
気が済むまで、食べ終わるのを、待ってあげていたのだった。
突如、咳き込む雪。
息をつかず、無心に食べていたせいで、喉に詰まらせてしまったのだ。
口に入っていたものが、辺り一面に、飛び散ってしまう。
そんなことになっても、沖田たちの表情は、崩れなかった。
部屋を、汚くしていることを気づくが、咳き込むのが止まらない。
余計に、慌てふためく雪の背中を、さすってあげる。
「大丈夫。後で、誰かが、掃除してくれるから」
少し、涙目な双眸。
柔和な顔をしている沖田に、注いでいた。
雪と沖田のやり取りを、黙ったまま、眺めているリキだ。
(自分で掃除しないで、光之助たちに、やらせるのかよ)
咳が止まるのを待って、雪の口が開く。
「……ありがとう」
「食べてばかりだと、また、むせっちゃうから、飲み物を、飲もうか」
「……うん」
差し出されたペットボトルを、飲み干した。
雪が、食べている最中に、用意していたのだった。
「誰も、取ったりしないから、ゆっくりと、食べると、いいよ」
「……わかった」
応じる姿に、さらに、沖田が、笑みを深めていった。
読んでいただき、ありがとうございます。