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第１３６話

「ほぉ……。俺の名前を、知っているなんて、光栄だな」

　満足げな笑みを、中村が、漏らしている。

「そうでも、ないですよ。僕は、全然、知らなかったんですから。調べて貰って、知りましたから」

　悪びれることもない。

　あっけらかんとした顔を、沖田が、注いでいた。

　逃げている半妖が、いると言う情報が、急遽入り、誰が、その探索をしているのか、リキに探って貰って、初めて、そこで中村と言う存在を、把握したのである。

「……」

　ムッとした顔を、覗かせている中村。

　すると、フリーズしている半妖を支えるように、少し、息が乱れているリキが、姿を現した。

　置いてけぼりされ、必死に追いかけ、たった今、到着したのだ。

「余計なことを、言うなよ」

　抗議しているリキ。

　何を言うのか、わからない沖田だったからだ。

　まだ、目をつけられる訳にはいかない。

　情報屋としては、目立っては、仕事にならないのだった。

「大丈夫だよ」

　口を結び、納得がいかない顔を、リキがしている。

「大丈夫だよ。それよりも、その子のことを、よろしくね」

　どこまでも、沖田が、平然と構えていた。

「わかっているよ」

　沖田とリキの会話で、ようやく、身体を支えられていることを、半妖が把握する。

　敵か、味方か、わからない人間。

　狼狽え、リキのことを、窺っていた。

　支えられていることに、不安しかない。

　身体が、強張らせていることを、感じ取ったリキが、苦笑を浮かべている。

「大丈夫だ。俺たちは、味方だ」

　言葉をかけられても、安堵ができなった。

　何度も、騙されたからだ。

「俺たちは、殺しもしないし、売ろうともしない。だから、安心しろって言っても、無駄か？　とりあえず、ここにいるのは、不味いってことだけは、わかるだろう？　俺について来い」

「……」

　言われた通り、ここにいるのは、不味いと巡らせていた。

　目の前にいる中村に対し、畏怖しかなかったのだ。

　コクリと頷いたことに、リキが、柔らかく笑ってみせた。

　説得を終えたところで、のん気な顔をしている沖田に、顔を巡らせる。

「と言うことで、俺たちは、先にいっている」

「うん。いいよ」

「せっかく。俺が、沖田をやるところを、見物しておけよ」

　沖田たちの会話に、突如、中村が入り込んだ。

「だって、どうする？」

　砕けている沖田の態度だった。

　リキの双眸は、不真面目に、微笑んでいる沖田を、捉えている。

　そして、しつこそうな中村に、視線を巡らせた。

　ねちっこい性格をしていると言う情報を引き出し、段々と、面倒臭くなっていく。

　小さく、リキが息を吐く。

「……いいぞ。ここで、見物している」

　いいの？と言う顔を、半妖が覗かせていた。

　何も、発しないで、しっかりと、リキが、半妖を支えている。

　大丈夫だと。

　見上げていた、虚ろな双眸。

　いつしか、まっすぐに、これから、行われる戦闘になる二人を、見据えていた。

「いつでも、どうぞ」

　挑発する沖田の言葉。

「ところで、お前、いつも、こんなこと、しているのか？」

　これから起こることに、楽しくってしょうがない笑みを、中村が漏らしている。

「つい最近かな」

　首を傾げている沖田だ。

「そうか」

「はい。それよりも、いつ来るんでしょうか？」

　応える形で、狂喜な瞳を宿し、中村が、待っている沖田に向かって、突進していった。

　迎え撃つ姿に、恐れなどない。

　絶やさない笑みのまま、中村の攻撃を、交わしている。

　異様な空間が、辺り一面に広がっていたのだ。

　リキも、半妖も、寒気を生じさせている。

　闇夜にもかかわらず、二人の眼光には、戦う二人を、捉えていたのだった。

　容赦のない、中村の攻撃。

　一太刀でも浴びれば、致命傷になり兼ねない。

　そして、沖田は軽々と交わし、隙あらば、攻撃を仕掛けていったのである。

「胸糞悪いやつだな」

　徐々に、飄々と、軽いノリでいる沖田に対し、中村が、苛立ちを募らせていく。

　どう見ても、自分よりも、余裕があったからだ。

　中村自身、全力を出し切っていた訳ではない。

　まだ、余禄を残していたのである。

　けれど、剣を合わせると、自分よりも数段、余禄を滲ませていることを、感じ取っていたのだった。

「どれだけ、遊んでいたの？」

　微笑む眼光の奥が、憮然としている中村を、射抜いていた。

　背筋が、凍るような感覚だ。

　けれど、怯む訳にはいかない。

　ただの矜持で、対抗している。

「さぁな」

「時間をかけて、ゆっくりと、していたんでしょ？」

「それが、どうした？」

「別に。ただ、そうなったら、命声、上げる？」

「俺を、誰だと、思っている？」

　低くなった、中村の声音。

　その間も、攻撃の手を、休めることもない。

　ひたすら、撃ち込んでいたのである。

　勿論、それを意図も簡単に交わし、数手に一度の間隔で、沖田が、攻撃をしていたのだった。

　軽々と返し、笑顔を崩さない沖田。

　中村の内心では、舌打ちを打っていたのだ。

　少しずつ、中村に、傷を負わせていった。

　最初は、大した傷ではない。

　徐々に、傷の大きさ、深さが広がっていき、動きを鈍らせていく。

　次第に、熱くなっていた頭が、一気に冷えていった。

「……」

「気がついた？」

「てめぇ」

　中村の顔が、酷く、顰めている。

　底知れない、沖田の笑み。

　以前、中村が、そうして相手を弄んでいた。

　今度は、自分が嬲られ、遊ばれていたのだった。

「どんな気持ち？　痛いかな？　それとも、気持ちが、高ぶっているせいで、痛みを感じない？」

　歪ましたまま、中村が、唇を噛み締めている。

　高揚しているせいもあり、沖田から、受けた痛みは、さほど感じない。

　そのせいもあり、気づくのに、若干の遅れを生じさせていた。

「ねぇ、喋れないの？」

　矜持を、ズタズタにされている中村を、嘲ることをやめない沖田。

　執拗に、遊んでいる姿に、リキが呆れていた。

　そして、相当、怒っていることを、察していたのである。

　尋常ならぬ強さに、助けて貰った半妖が、瞠目していたのだ。

　深夜とは言え、都の中で、壮絶な戦闘を、繰り広げていたのである。

　それにもかかわらず、誰一人として、駆けつける者がいない。

　半妖の頭の片隅にある、中村以外に、追っていた者たちは、どうしたんだろうと言う疑念が、ふと、湧き上がっていたのだった。

　中村以外にも、多くの者が、捕まえようと、躍起になったのだ。

　そうした者が、一切、駆けつけない、異常事態だった。

　そわそわと、落ち着きのない半妖。

　ケロッと、リキが、笑っていたのである。

「……」

　余裕なんてものが、ごっそりと、中村の中から、削ぎ落とされていた。

　相手を、殺すと言う以外は。

　ただ、その信念だけで、身体を止めることなく、動かしていたのだった。

　息も、突かぬ攻撃。

　次第に、飽きてきた沖田。

　それに、そろそろ、帰る時間に、なっていたのである。

「もう、家に帰らないと」

「バカにするな」

　乱暴に、吐き捨てた中村だ。

　息も、絶え絶えだった。

　身体全身から、大粒の汗を流している。

「ごめん。見張りの人が、心配するから」

　愛嬌のある笑みを漏らしつつ、強烈で、逃げることが、不可能な一撃を、容赦なく、中村に繰り出していたのだった。

　あっけなく、絶命する中村。

　その場に、崩れ折れた。

　柔和なに微笑んだまま、見下ろしていた。

　こと切れた、中村の遺体に。

「終わったか」

「終わったね。じゃ、帰ろうか」

「だな」

　戦闘が終わり、ビクッと、半妖の身体が震えている。

　自分を襲ってきた相手を、弄んでいた沖田を、捉えている瞳が、揺れていた。

「大丈夫。何もしない」

「……」

「帰る場所に、帰してあげる。もし、ないなら、安心な場所に、つれてってあげるから」

　怯えられても、苦笑している。

「……」

「怖いもの、見せるからだろう」

　ジト目を、リキが注いでいた。

「だって……」

　少し、不貞腐れていたのだ。

　さっきまで、激しい戦いとしていた人間とは思えない。

　拗ねている沖田を放置し、リキが、強張っている半妖に、視線を巡らせていた。

「……そういえば、名前は？」

　視線を、彷徨わせている半妖だ。

「……雪」

　か細い声で、答えていた。

　自分を、痛めつけそうな気がしないからだ。

　先ほどまでの、戦闘を見せられ、全面的に、安心できるかと言えば、できなかったのである。

「雪ね。僕は、沖田宗司。そっちが、リキね」

　構わず、沖田が、自己紹介していた。

「……」

「悪いけど、急いで、戻らないと、いけないから、着くまで、黙っていてね」

　言い終わらないうちに、すぐ、目の前に、沖田がいたのだ。

　雪の眼光が、大きく見開く。

　大きく、見張っている姿に、クスッと笑いつつ、あっという間に、雪をお姫様抱っこしてあげるのだった。

　突然の出来事に、さらに、あんぐりと、口を開けている。

「舌、噛むと、痛いからね」

　物凄いスピードで、雪を抱きかかえ、駆け出していった。

「ソージ……」

　苦々しい顔を覗かせながらも、リキが、その後を追っていったのである。

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