閑話9
第百十六話目の後の話です。
いつものように、大量のお菓子を携えながら、沖田は自宅へ向かって歩いている。
いでたちは、白の制服を纏ったままだ。
制服着用で、帰ることを禁じられているにもかかわらず、深泉組のほとんどがしていた。
また、湧き出た人たちにより、貰うお菓子の量が増えていく。
何気なく、沖田が、歩いているだけで、このような出来事が、続けられていたのだ。
そして、沖田から離れているところでは。
見張っている、各組織に所属している者たちが、その様子を呆れた眼差しや賞賛する眼差しなど、様々な視線の渦で、窺っていたのだった。
ようやく、自宅前に辿り着く。
通常掛かる、時間の三倍から、四倍にかけて、着いたのだ。
彼らの顔に、疲労感が滲んでいる。
不意に、歩いていた足を止めた沖田。
見張っている者たちも、気づかれないように、次々に、隠れていく。
バレていると抱きつつも、彼らにも、小さいが矜持と言う物が、存在していたのだ。
「どうしたんだ? 急に?」
小声で、男が呟いてしまった。
上司からの命令で、沖田の動向を、常に、探っていたのである。
連日の仕事で、男の目の下に、クマができ上がっていたのだった。
いつもとは違う、沖田の行動。
首を傾げるしかない。
(撒かれるのか?)
何度か、撒かれた経緯があった。
それは、自分以外に、沖田を見張っている者たちも、同じだった。
張りつめる者たち。
目を凝らし、対象者の沖田を、視界から逃さないようにしている。
そんな彼らのことなんて、全然、気にした様子もない。
華麗に、方向を回転させ、見張っている者たちと、距離を縮めていった。
「はぁ!」
思わず、仰け反ってしまう。
男の目の前に、対象者である、沖田の綺麗な顔があった。
突然の出来事に、フリーズしている。
いつの間にか、ここまで距離を詰められていたのだ。
予想以上の速い動きで、男たちとの距離を、あっと言う間に、縮めてしまっていたのである。
「どうして?」
瞠目している眼光は、沖田を捉えたままだ。
「はい。これ」
ニコニコ顔を、沖田が覗かせている。
沖田から、出されたものを、男は、思わず、受け取っていた。
男の手に、帰宅の途中で、いろいろな人から、受け取ったお菓子の一つが、握られていたのである。
握られてしまったお菓子と、沖田の顔を、何度も行き交っていた。
「……」
「美味しいですよ」
「……」
突然の沖田の行動に絶句し、見張っている者たちは、対処できない。
ぽかんと、口を開けている者たちに、次々と、お菓子を渡していく。
「いつも、ご苦労様です」
「「「「「……」」」」」
「食べてくださいね」
「「「「「……」」」」」
「疲れている時に、甘いものがいいですよ」
「「「「「……」」」」」
とうとう、沖田を見張っていた者たちに、お菓子を配り終えたのだった。
逃げ出す者も、しっかりと追いかけ、捕まえ、律儀に渡していたのだ。
捕まった者たちは、渋面しつつ、お菓子を握らされてしまう、結果になっていた。
「ふぅー」
充実感に満ちた顔だ。
以前から、気になっていることをやり遂げたのである。
いい笑顔の沖田の姿に、誰もが、見惚れていた。
かなりの人数がいたので、予測していた時間より、時間が掛かってしまう。
「これで、全員に渡し終えたかな」
もう一度、周囲を見渡す。
「うん。大丈夫」
さらに、やり切った笑顔を滲ませ、沖田は、自宅へ帰って行く。
そして、残された者たちは、これを、上司に報告するべきか、顰めっ面で、思い悩むのだった。
手には、沖田から、貰ったお菓子が握らされていた。
「「「「「……」」」」」
熟睡する沖田部屋の前では、悩みの決着できず、ただ、ただ、渡されたお菓子を凝視していた彼らは、そのまま、朝を迎えていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。