第133話 芹沢の死後3
かつての仲間、八神から、芹沢の遺骨と、妻、祥愛の遺骨を、一緒に、別なところに埋葬したと聞いても、すぐさま、清河は行動に移すことができなかった。
清河の立場もあったし、せっかく、隠匿したのに、埋葬場所を知られる訳には、いかなかったからだ。
誰にも、気づかれないように、清河が、かつての、尊敬する上司の墓参りをし、その帰り道を、トボトボと歩いている。
その顔は、優れない。
このところ、眠れていなかった。
静寂に包まれた道を、ただ、歩いていたのだ。
来た時も、帰る際も、誰一人、会うことがない。
静かで、穏やかな場所である。
(ここなら、静かに、眠って貰いそうだ)
豪快に、笑う芹沢の姿が掠めた。
「くそっ。何で……」
何度も、自問自答するが、納得できない。
酷く、顔を歪めていたのだ。
簡単な検分をするだけで、芹沢たちを襲った、襲撃犯の捜索が、すぐに打ち止めになってしまっていたのである。
それも、粗雑な報告内容だった。
面を喰らい、呆れてしまうほどだ。
犯人を見つけようとしない、上層部の人間たちに、清河が憤っている。
上層部が、取り扱わない以上、別なところへ、頼もうとし、自分が所属している、万燈籠に掛け合ったが、自分の仕事をしろと言うだけで、何の情報も、下りてこなかったのだった。
そして、一度も、葬儀に顔を出さない近藤に対しても、憤慨していたのだ。
何度も、連絡した。
だが、顔を出さなかったのだ。
葬儀にも、墓参りにも、訪れていない。
芹沢の死後、一度も、顔をみせなかったのだった。
八神に、すべて頼み、何もかも、手を出さない、近藤のスタンスに、納得できなかったのである。
「何を、やっているんだ、あいつは……」
唇を噛み締める清河。
眼光も、鋭い。
周りに、人がいれば、怯えられるほどだ。
完全に、引っ込んでしまっている近藤。
無理やりに、つれてこうようとする清河を、八神たちが、止めに入った経緯があったほどだった。
なくなく、近藤を連れてくることを、諦めざるを得なかった。
ふつふつと、尊敬する芹沢を襲った犯人を、頭の中で、蘇らせている。
「絶対に、班長を、やったやつらのことは、許さない……」
瞳には、強い意志が、感じられる。
すべてを投げ捨てる覚悟も、でき上がっていた。
すり替えられた遺骨で、葬儀に参列している間も、頭の中を占めているのは、芹沢たちを襲った犯人たちのことだ。
仕事など、すべてを放り捨て、芹沢たちを襲った犯人を、一人で、辿っていたのである。
そうした状況を心配している、かつての仲間たちが、清河を落ち着かせようと、努力しているが、そうした声を無視し、芹沢たちを襲った犯人を探し出すことに、心血を注いでいた。
銃器組で、清河のことが、問題になりつつあったのだった。
それもかかわらず、未だに、犯人の糸口さえ、見つからない。
芹沢たちを、恨んでいる者たちが、多かったのだ。
それを一つ、一つ、潰していったのだった。
日が、落ちかかる道を、ひたすら、前へ足を進めて行く。
先ほどの木々の風景から、建物が、多く建ち並ぶ光景へと、変貌していたのだった。
辺りは、暗くなり始め、あちらこちらで、灯りが、灯り始めていた。
建物の壁に、背中を預け、清河が、薄暗い空を眺めている。
空虚な眼差しだ。
僅かに、通り過ぎる者も、誰一人として、清河を見ようとしない。
周りの光景に、溶け込んでいた。
誰も、通らなくなっても、清河のいでたちは、変わらない。
そこへ、呼び出された近藤が、姿を現したのだった。
何度か、呼び出しを受けていたが、すべて、断っていたのである。
だが、突如、清河が、強硬手段を使い、呼び出しに応じなければ、俺が、深泉組にいくと言われ、渋々、呼び出しに応じたのだった。
伏せていた視線を上げ、懐かしい友の清河の顔を窺う。
黄昏ている清河。
制服を脱ぎ、街に溶け込んだ服装の近藤が、立ち止まった。
傍から窺うと、二人が、警邏軍の人間だと、わからない。
「何だ?」
食い入るように、清河を捉えている。
その眼光は、どこか不機嫌だった。
対し、清河は、目の前にいる近藤に、視線を傾けない。
「……何で、来なかった」
「……その話をするために、何度も、呼び出したのか?」
冷めたような近藤の口調。
清河が、言いたことは、わかっていた。
そして、自分自身の答えも。
だから、あえて、呼び出しに、応じなかったのだった。
「それもある」
ポツリと、清河が零した。
双眸を、傾けようとしない。
「……私は、もう、部下じゃない」
「……部下じゃないが、仲間だろう」
「……土方を、行かせたじゃないか」
葬儀には、近藤の代理として、土方と、山南、島田が、参列していたのである。小栗指揮官の部下と、土方が中心となって、葬儀を執り行っていたのだった。
葬儀の影で、芹沢のかつての部下の多くが、かかわっていた。
「土方じゃなく、お前が、来るべきだ」
「私は、今後のことで、忙しかった」
「嘘を言え。土方たちが、やっていただろうが」
ようやく、清河の双眸が、近藤に注いでいる。
葬儀以外の、芹沢隊や、新見隊の今後について、動き回っていたのは、副隊長である土方や斉藤だった。
近藤は、一切、何も、していなかったのである。
待機部屋にも顔を出さず、自宅に、籠っていたのだ。
「……そうだ、嘘だ。行きたくなかったから、行かなかった」
「最後の別れだったんだぞ」
「私には、関係ないことだ」
そっぽを向く近藤だ。
(わかっては、いたが……)
必死に、顔を曇るのを、堪えている。
かつての仲間の中でも、一番、親しくしていたのが、清河だった。
互いに、足りないところを、補い、成長していったのだ。
仲間の中でも、互いのことを、分かり合っていた。
「……関係ないだと。お前と、班長は、付き合っていただろうが」
距離をつめ、噛み付く清河。
瞠目した視線を巡らす。
(何で、ハチが……)
まさか、自分たちの関係を、知っているとは、思ってもいなかったのだ。
動けない近藤。
すぐに、思考が動かない。
さらに、清河が言い募る。
「隠していたつもりだろうが、俺は、知っていた」
ばつが悪そうな顔を、清河が滲ませていたのだ。
近藤に、告げるつもりがなかった。
だが、頑なな態度に、ついつい、口に出していたのである。
不意に、八神たち、かつての仲間だった顔を、近藤は、脳裏に掠めていた。
「……皆も?」
擦れた声に、なってしまっていた。
(どうする? どうしたら、いい?)
「……いや。俺だけだろう」
「……そうか」
安堵の表情を、近藤が覗かせていた。
睨むような、清河の眼光。
「なぜ、来ない? お前にとって、大切な人だったんだろう?」
「……昔の話だ」
「割り切れる話じゃないだろう」
「すでに、割り切れている」
清河と、視線を合わせようとしない。
清河も、気づいているが、指摘しなかった。
「嘘付け」
「本当だ。だから、行かなかった」
「割り切れていないから、来なかったの、間違いじゃないのか」
「……好きに、言えばいいだろう」
乱暴に、近藤が吐き捨てた。
無理やりに、近藤の肩を掴み、視線を合わせる。
「お前は、来るべきだった。きちんと、割り切るために」
「……」
ぶつかり合う視線。
互いに、そらすこともない。
(ここで、引く訳にはいかない。私は、前に、進まなくては、いけないんだからな)
「ハチ、とやかく、言われる筋合いはない」
(心を凍らせろ、凍らすんだ……)
「……」
「いろいろと、忙しくなるんだ。戯れ言を言うなら、もう、呼び出すな」
もう、ようは、済んだとばかりに、立ち去ろうとする近藤の背中。
清河の視線が、止まったままだ。
「……お前は、班長を殺した犯人を、見つけないのか?」
背中を向けたまま、立ち止まる。
「しない」
「なぜ? なぜ、しない?」
「自業自得だろう。いろいろと、やり過ぎたんだ。そのつけが、回ってきただけだろう」
僅かに、顔を歪ませているが、清河が見ることができない。
「だからとって、犯人を見つけないのか?」
(……お前を、殺したくない。バカな真似は、しないでくれ……)
「見つけない。ハチ、やめろ。おとなしく、仕事をしているべきだ」
「……」
「納得できない」
(大切な親友でもある、お前まで、失いたくない。……失わせないでくれ)
このところ清河でなく、八神と、定期的に、コンタクトを取っていたのだ。
そして、八神から、清河が単独で、芹沢たちを襲った犯人を、見つけようとしていると言う話は、聞いていたのである。
清河と違い、八神たちは、犯人に対し、憤りを感じつつも、このところの芹沢の行動に対し、しょうがないと言う気持ちもあり、率先して、動き回っている清河のように、犯人探しに、どこか消極的だった。
それに、芹沢の死を悼んで、静かに、送ってあげたいと言う気持ちの方が、勝っていたのだ。
「いいかげん、目を醒ませ」
僅かに、近藤が声を張り上げた。
黙ったままの清河だ。
「ハチの部下たちは、どうするつもりだ? お前を頼って、仕事をしているんだぞ。そうしたやつらのことを、考えるべきだ」
今の部下たちのことを出され、僅かに、狼狽する清河だった。
清河自身、部下たちに対し、すまないと言う気持ちを、抱いていたのだ。
だが、それ以上に、芹沢たちを襲った犯人のことを、許せなかったのである。
「……断る」
眼光を見開き、近藤が清河目掛け、レーザー剣を振り落とす。
目の前の出来事に、息を呑む清河だ。
「「……」」
見つめ合う、二つの双眸。
レーザー剣が、清河の首筋スレスレで、止まっている。
どちらかが動けば、斬れてしまうほどだ。
「これに、反応できないハチに、何ができる?」
有無を言わせぬ、形相だった。
近藤が寸止めしたから、清河の命が助かっただけで、全然、反応できていなかった清河が、この場で殺されても、おかしくなかったのである。
「……確かに、俺は弱い」
苦虫を潰した顔を、清河が覗かせている。
「わかっているなら、目の前にある仕事をしろ」
「班長を、殺したやつらを見つけるのも、仕事だ」
「打ち切りに、なったはずだ」
冷静に、事実を突きつけた。
「だからと言って、引けない。班長は、上からの命令に、素直に従っていたか?」
「……」
「気になることは、自分が納得するまで、動いていた」
(その通りだ)
改まって、清河の言葉を聞き、これまでの芹沢の行動を、振り返ってみた。
逡巡が、止まらない。
微かに、近藤の瞳が、彷徨っている。
(……何かを、探っていた。あの行動は? ……だからとって……、あの行動は……。知りたくば、探れか……、探ったところで……、もう……)
「だから、納得するまで、俺は動く」
揺るがない清河の双眸と、芹沢の双眸が、重なり合う。
不意に、近藤の口元が緩んだ。
怪訝な顔を、清河が滲ませた。
(どんな運命なんだ。私の運命は)
「……辿り着いても、いいことは、ないかもしれないぞ?」
「それでもだ」
「そうか、好きにしろ。私も、好きにする」
「……そうか」
最後まで、分かち合えない二人。
無言のまま、別々な方へ、歩み始めた。
そして、互いに、振り向くことをしない。
ただ、まっすぐに前へ、歩いていく。
二人が、初めて決別した瞬間だった。
読んでいただき、ありがとうございます。