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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第133話  芹沢の死後3

 かつての仲間、八神から、芹沢の遺骨と、妻、祥愛の遺骨を、一緒に、別なところに埋葬したと聞いても、すぐさま、清河は行動に移すことができなかった。

 清河の立場もあったし、せっかく、隠匿したのに、埋葬場所を知られる訳には、いかなかったからだ。

 誰にも、気づかれないように、清河が、かつての、尊敬する上司の墓参りをし、その帰り道を、トボトボと歩いている。


 その顔は、優れない。

 このところ、眠れていなかった。


 静寂に包まれた道を、ただ、歩いていたのだ。

 来た時も、帰る際も、誰一人、会うことがない。

 静かで、穏やかな場所である。


(ここなら、静かに、眠って貰いそうだ)


 豪快に、笑う芹沢の姿が掠めた。

「くそっ。何で……」

 何度も、自問自答するが、納得できない。

 酷く、顔を歪めていたのだ。

 

 簡単な検分をするだけで、芹沢たちを襲った、襲撃犯の捜索が、すぐに打ち止めになってしまっていたのである。

 それも、粗雑な報告内容だった。

 面を喰らい、呆れてしまうほどだ。


 犯人を見つけようとしない、上層部の人間たちに、清河が憤っている。

 上層部が、取り扱わない以上、別なところへ、頼もうとし、自分が所属している、万燈籠に掛け合ったが、自分の仕事をしろと言うだけで、何の情報も、下りてこなかったのだった。

 そして、一度も、葬儀に顔を出さない近藤に対しても、憤慨していたのだ。


 何度も、連絡した。

 だが、顔を出さなかったのだ。

 葬儀にも、墓参りにも、訪れていない。

 芹沢の死後、一度も、顔をみせなかったのだった。

 八神に、すべて頼み、何もかも、手を出さない、近藤のスタンスに、納得できなかったのである。


「何を、やっているんだ、あいつは……」

 唇を噛み締める清河。

 眼光も、鋭い。

 周りに、人がいれば、怯えられるほどだ。


 完全に、引っ込んでしまっている近藤。

 無理やりに、つれてこうようとする清河を、八神たちが、止めに入った経緯があったほどだった。

 なくなく、近藤を連れてくることを、諦めざるを得なかった。


 ふつふつと、尊敬する芹沢を襲った犯人を、頭の中で、蘇らせている。

「絶対に、班長を、やったやつらのことは、許さない……」

 瞳には、強い意志が、感じられる。

 すべてを投げ捨てる覚悟も、でき上がっていた。


 すり替えられた遺骨で、葬儀に参列している間も、頭の中を占めているのは、芹沢たちを襲った犯人たちのことだ。

 仕事など、すべてを放り捨て、芹沢たちを襲った犯人を、一人で、辿っていたのである。

 そうした状況を心配している、かつての仲間たちが、清河を落ち着かせようと、努力しているが、そうした声を無視し、芹沢たちを襲った犯人を探し出すことに、心血を注いでいた。


 銃器組で、清河のことが、問題になりつつあったのだった。

 それもかかわらず、未だに、犯人の糸口さえ、見つからない。

 芹沢たちを、恨んでいる者たちが、多かったのだ。

 それを一つ、一つ、潰していったのだった。




 日が、落ちかかる道を、ひたすら、前へ足を進めて行く。

 先ほどの木々の風景から、建物が、多く建ち並ぶ光景へと、変貌していたのだった。


 辺りは、暗くなり始め、あちらこちらで、灯りが、灯り始めていた。

 建物の壁に、背中を預け、清河が、薄暗い空を眺めている。

 空虚な眼差しだ。


 僅かに、通り過ぎる者も、誰一人として、清河を見ようとしない。

 周りの光景に、溶け込んでいた。

 誰も、通らなくなっても、清河のいでたちは、変わらない。


 そこへ、呼び出された近藤が、姿を現したのだった。

 何度か、呼び出しを受けていたが、すべて、断っていたのである。

 だが、突如、清河が、強硬手段を使い、呼び出しに応じなければ、俺が、深泉組にいくと言われ、渋々、呼び出しに応じたのだった。


 伏せていた視線を上げ、懐かしい友の清河の顔を窺う。

 黄昏ている清河。

 制服を脱ぎ、街に溶け込んだ服装の近藤が、立ち止まった。

 傍から窺うと、二人が、警邏軍の人間だと、わからない。


「何だ?」

 食い入るように、清河を捉えている。

 その眼光は、どこか不機嫌だった。

 対し、清河は、目の前にいる近藤に、視線を傾けない。

「……何で、来なかった」


「……その話をするために、何度も、呼び出したのか?」

 冷めたような近藤の口調。

 清河が、言いたことは、わかっていた。

 そして、自分自身の答えも。

 だから、あえて、呼び出しに、応じなかったのだった。


「それもある」

 ポツリと、清河が零した。

 双眸を、傾けようとしない。

「……私は、もう、部下じゃない」

「……部下じゃないが、仲間だろう」

「……土方を、行かせたじゃないか」


 葬儀には、近藤の代理として、土方と、山南、島田が、参列していたのである。小栗指揮官の部下と、土方が中心となって、葬儀を執り行っていたのだった。

 葬儀の影で、芹沢のかつての部下の多くが、かかわっていた。


「土方じゃなく、お前が、来るべきだ」

「私は、今後のことで、忙しかった」

「嘘を言え。土方たちが、やっていただろうが」


 ようやく、清河の双眸が、近藤に注いでいる。

 葬儀以外の、芹沢隊や、新見隊の今後について、動き回っていたのは、副隊長である土方や斉藤だった。

 近藤は、一切、何も、していなかったのである。

 待機部屋にも顔を出さず、自宅に、籠っていたのだ。


「……そうだ、嘘だ。行きたくなかったから、行かなかった」

「最後の別れだったんだぞ」

「私には、関係ないことだ」

 そっぽを向く近藤だ。


(わかっては、いたが……)


 必死に、顔を曇るのを、堪えている。

 かつての仲間の中でも、一番、親しくしていたのが、清河だった。

 互いに、足りないところを、補い、成長していったのだ。

 仲間の中でも、互いのことを、分かり合っていた。


「……関係ないだと。お前と、班長は、付き合っていただろうが」

 距離をつめ、噛み付く清河。

 瞠目した視線を巡らす。


(何で、ハチが……)


 まさか、自分たちの関係を、知っているとは、思ってもいなかったのだ。

 動けない近藤。

 すぐに、思考が動かない。

 さらに、清河が言い募る。

「隠していたつもりだろうが、俺は、知っていた」


 ばつが悪そうな顔を、清河が滲ませていたのだ。

 近藤に、告げるつもりがなかった。

 だが、頑なな態度に、ついつい、口に出していたのである。


 不意に、八神たち、かつての仲間だった顔を、近藤は、脳裏に掠めていた。

「……皆も?」

 擦れた声に、なってしまっていた。


(どうする? どうしたら、いい?)


「……いや。俺だけだろう」

「……そうか」

 安堵の表情を、近藤が覗かせていた。

 睨むような、清河の眼光。

「なぜ、来ない? お前にとって、大切な人だったんだろう?」


「……昔の話だ」

「割り切れる話じゃないだろう」

「すでに、割り切れている」

 清河と、視線を合わせようとしない。

 清河も、気づいているが、指摘しなかった。


「嘘付け」

「本当だ。だから、行かなかった」

「割り切れていないから、来なかったの、間違いじゃないのか」

「……好きに、言えばいいだろう」

 乱暴に、近藤が吐き捨てた。


 無理やりに、近藤の肩を掴み、視線を合わせる。

「お前は、来るべきだった。きちんと、割り切るために」

「……」

 ぶつかり合う視線。

 互いに、そらすこともない。


(ここで、引く訳にはいかない。私は、前に、進まなくては、いけないんだからな)


「ハチ、とやかく、言われる筋合いはない」


(心を凍らせろ、凍らすんだ……)


「……」

「いろいろと、忙しくなるんだ。戯れ言を言うなら、もう、呼び出すな」

 もう、ようは、済んだとばかりに、立ち去ろうとする近藤の背中。

 清河の視線が、止まったままだ。


「……お前は、班長を殺した犯人を、見つけないのか?」

 背中を向けたまま、立ち止まる。

「しない」

「なぜ? なぜ、しない?」

「自業自得だろう。いろいろと、やり過ぎたんだ。そのつけが、回ってきただけだろう」

 僅かに、顔を歪ませているが、清河が見ることができない。

「だからとって、犯人を見つけないのか?」


(……お前を、殺したくない。バカな真似は、しないでくれ……)


「見つけない。ハチ、やめろ。おとなしく、仕事をしているべきだ」

「……」

「納得できない」


(大切な親友でもある、お前まで、失いたくない。……失わせないでくれ)


 このところ清河でなく、八神と、定期的に、コンタクトを取っていたのだ。

 そして、八神から、清河が単独で、芹沢たちを襲った犯人を、見つけようとしていると言う話は、聞いていたのである。


 清河と違い、八神たちは、犯人に対し、憤りを感じつつも、このところの芹沢の行動に対し、しょうがないと言う気持ちもあり、率先して、動き回っている清河のように、犯人探しに、どこか消極的だった。

 それに、芹沢の死を悼んで、静かに、送ってあげたいと言う気持ちの方が、勝っていたのだ。


「いいかげん、目を醒ませ」

 僅かに、近藤が声を張り上げた。

 黙ったままの清河だ。

「ハチの部下たちは、どうするつもりだ? お前を頼って、仕事をしているんだぞ。そうしたやつらのことを、考えるべきだ」


 今の部下たちのことを出され、僅かに、狼狽する清河だった。

 清河自身、部下たちに対し、すまないと言う気持ちを、抱いていたのだ。

 だが、それ以上に、芹沢たちを襲った犯人のことを、許せなかったのである。


「……断る」

 眼光を見開き、近藤が清河目掛け、レーザー剣を振り落とす。

 目の前の出来事に、息を呑む清河だ。


「「……」」

 見つめ合う、二つの双眸。


 レーザー剣が、清河の首筋スレスレで、止まっている。

 どちらかが動けば、斬れてしまうほどだ。


「これに、反応できないハチに、何ができる?」

 有無を言わせぬ、形相だった。

 近藤が寸止めしたから、清河の命が助かっただけで、全然、反応できていなかった清河が、この場で殺されても、おかしくなかったのである。


「……確かに、俺は弱い」

 苦虫を潰した顔を、清河が覗かせている。

「わかっているなら、目の前にある仕事をしろ」

「班長を、殺したやつらを見つけるのも、仕事だ」


「打ち切りに、なったはずだ」

 冷静に、事実を突きつけた。

「だからと言って、引けない。班長は、上からの命令に、素直に従っていたか?」

「……」

「気になることは、自分が納得するまで、動いていた」


(その通りだ)


 改まって、清河の言葉を聞き、これまでの芹沢の行動を、振り返ってみた。

 逡巡が、止まらない。

 微かに、近藤の瞳が、彷徨っている。


(……何かを、探っていた。あの行動は? ……だからとって……、あの行動は……。知りたくば、探れか……、探ったところで……、もう……)


「だから、納得するまで、俺は動く」

 揺るがない清河の双眸と、芹沢の双眸が、重なり合う。

 不意に、近藤の口元が緩んだ。

 怪訝な顔を、清河が滲ませた。


(どんな運命なんだ。私の運命は)


「……辿り着いても、いいことは、ないかもしれないぞ?」

「それでもだ」

「そうか、好きにしろ。私も、好きにする」

「……そうか」


 最後まで、分かち合えない二人。

 無言のまま、別々な方へ、歩み始めた。


 そして、互いに、振り向くことをしない。

 ただ、まっすぐに前へ、歩いていく。

 二人が、初めて決別した瞬間だった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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