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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第132話  芹沢の死後2

 久しぶりに、近藤が、小栗指揮官の部屋に呼ばれていた。

 芹沢たちが、滞在している別荘を襲撃後、土方が近藤に代理で、小栗指揮官に、報告などを行っていたのである。

 代理で訪れた土方を、問い詰めることはなかった。

 近藤の心情を思い、土方の報告に、耳を傾けていたのだ。


 小栗指揮官自身、芹沢の部下であり、近藤が、どれだけ芹沢を慕っていることも、承知していたのだった。

 だからこそ、近藤の不在を、見逃していたのである。

 本人は、大丈夫だと、連呼していたが、身体の傷や、精神的なダメージを踏まえ、土方たちが、極力、不安定な近藤に、仕事をさせなかったのだった。


 静かな、小栗指揮官の部屋だ。

 チラリと、近藤の様子を窺っている。

 見た目は、以前と、あまり変わらない。

 僅かに、違うのは、近藤の表情だった。

 どこか、作り物のような、気がしていたのだ。


(顔色が、悪いことを隠すために、繕っているのか? ……だが、違う気がする……)


「芹沢の葬儀は、質素だった」

「そうですか」

 仕事の合間を見て、小栗指揮官は、芹沢の葬儀に、少しだけ、顔を出していたのである。

「近藤は、行かなかったのか?」

「はい」

 意外だなと抱くが、小栗指揮官は、表情に出さない。


「そうか。来ていたのは、かつての部下、数人と、知り合いらしき者だな」

 僅かしか、葬儀に参列していなかったが、簡単に説明を行った。

 亡くなった芹沢たちの、現在の部下は、数人しか、顔を出していなかったのだ。


 襲撃で、亡くなった者もいるが、かなりの部下が、残っていたのである。

 それにもかかわらず、ほぼ、参列していなかったのだった。

 雲隠れしたりし、多くの部下たちが、逃げ惑っていた。

 自分たちを、甘やかせてくれた、芹沢も、新見も、亡くなっていたのである。


「そうですか」

 淡白な声音だ。

 平静な、近藤の表情。


 食い入るように、小栗指揮官が窺っている。

 まるで、遥か虚空を、見つめているようだった。


(大丈夫なのか? 近藤は)


「身体の方は、どうだ?」

「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

「そうか」


 いつも以上に、会話が進まない。

 なんて、声をかければいいのか、考えあぐねでいたからだ。

 そして、命じた側として、何も、声をかけない方が、賢明だと至った。


「今すぐに、仕事だと言われても、大丈夫です」

「無理はするな」


(こんなことしか、言えないとは……)


 苦虫を潰したような思いを、心の中で、小栗指揮官が抱いていたのである。

「わかりました」

「芹沢隊、新見隊にも、残っている者も多い。後で、編成し直さないとな」

 頭が痛いことが、まだ、いくつも、残っていたのだ。

 素行の悪い芹沢隊や、新見隊を解体し、新しく編成し直すことが、近々の課題と、なっていたのである。


「残っている者、すべてを、組み込むのですか」

「いや。素行の悪過ぎる者は、除外する」

 その言葉で、ある程度、線引きをすることを察していた。


 芹沢隊や新見隊には、すこぶる隊員として、問題の多い者が集まっていたのである。

 そうした者たちは、捕獲し、罰したり、やめさせる必要性があったのだ。


「承知しました」

 もう一度、しっかりと、目の前に、立っている近藤を捉えた。

「遺骨を、別に、移したと聞いたが?」

 土方から、報告を受けていたのである。

「……はい。遺骨が、何者かに、狙われる恐れもあるかと思い、移しました」

 愛妻と、ゆっくりと過ごして貰いたいと抱き、穏やかで、静かな、別な場所に、誰にも気づかれないように、両者の遺骨を移していたのだった。


「どこへ?」

「奥方様と、一緒に埋葬しました。場所は、ご容赦ください」

 土方も、知らない。

 かつての同僚だった、八神に、お願いしたからだ。


 葬儀に、置かれていたものはダミーだった。

 そのダミーの遺骨を、表向きの芹沢の墓に、埋葬したのである。


「そうか……」

 いつも以上に、静かな佇まいの近藤。

 小栗指揮官が、心の中で、嘆息を漏らしていたのだった。


(息が詰まるな……)


「……当分は、深泉組に、仕事を回すことは、ないだろう。何せ、ゴタゴタしているからな。皆に、十分、休養させるように。後、近藤と土方には、芹沢隊と、新見隊に、残っている者で、使える者がいるのか、どうか、リストアップしておいてくれ」

「わかりました」

 物静かな近藤が気になるが、グッと、堪えている。


「……近藤。十分過ぎるほど、働いたんだ、お前も、きちんと、休息を取るように」

「……承知しました」

 深々と、小栗指揮官に頭を下げ、近藤が、部屋から退室していった。


 一人になった部屋。

 小栗指揮官が、大きく嘆息を吐いている。

「疲れた……」




 その夜、自宅に戻ってきていた沖田。

 大して、用事もないので、自分を探っている者たちを、自由にさせていたのだった。

 そのお陰か、芹沢を襲撃した犯人として、すぐさま、外れることができたのだ。

 外れても、つき纏いが、なくなることがない。

 現在も、複数の者たちが、なおも、沖田を尾行していたのだった。


 部屋の中に、リキの存在を、感じ取っていたのである。

 扉を開け、すぐに、明かりを灯さない。


「来ていたんだね」

 暗闇の中、微笑む沖田。


 悔しげな顔を、リキが覗かせていた。

 驚かせようと、毎回、試みていたのである。

 ぎゃふんと、沖田に言わせたかった。

 けれど、結果は、いつも同じで、気づかれていたのだ。


 完璧に、気配を消していたつもりだった。

 だが、沖田に、気づかれていたのである。

 先祖返りの半妖の血が、濃く残っているにもかかわらずだ。

 沖田の代わりに、苦々しい顔で、明かりを灯した。


「いつから?」

「エレベーターから、出てきたから?」

 首を傾げ、いつからだろうと巡らせている姿に、リキが首を竦めていた。

「芹沢の遺体を見ることは、できたの?」

 自分の家のように、我が物顔で、リキがソファに腰掛けた。


 部屋は、きちんと清掃されている。

 定期的に、光之助たちが、物臭な沖田に代わり、綺麗に部屋を、片づけていたのだった。


「勿論。でも、大変だったけど」

「頼まないで、潜んだのかよ」

 眉間にしわを寄せているリキだ。

「面倒だったよ。厳重で」

 茶目っ気たっぷりに、笑っている。


 盛大な溜息を、リキが漏らした。

 深泉組で、同じ仲間であり、階級が、少尉と言う立場でもあるから、頼めば、容易に遺体を検分することは、可能だったのである。それにもかかわらず、沖田は、誰にも頼まず、芹沢が、安置されている場所を突き止め、密かに潜り込んで、芹沢の遺体を、検分していたのだった。


「たぶん。副隊長辺りは、気づいているかもしれないけど。会っても、何も、言ってこないから、大丈夫でしょう」

 悪びれる様子もない。

 ただ、ニコッと、微笑んでいる。

 ついつい、ジト目になるリキだ。


(笑顔なのに、悪人顔にしか、見えない……)


 不意に、兄である土方の顔を、沖田が思い浮かべていた。

 葬儀に参列している際、何度も、無言で、睨めつけられていたのだった。

 そうした仕草も、涼しい顔で、やり過ごしていたのだ。


(あれは、あれで、面白かったな)


「呆れた。その副隊長殿辺りに、頼めば、もっと、簡単に見ることも、できたんじゃないの?」

「どうだろう……。でも、ダメだって、言われそう」

 無造作に、着ていた上着を投げ捨て、リキの前に座り込んだ。

 芹沢が襲撃され、死んだこともあり、ずっと、沖田は、自宅に戻っていなかった。


「そうなのか? 見逃してくれたのに?」

「素直じゃないから」

「……ふん」

 納得いかない、リキの顔だった。


「それより、これからが、大変そう」

 困った顔を覗かせている沖田だ。

「確かに。芹沢が、揺すっていた山下って言う男が、死んだことだろう。表向きは、病死になっているけど」


 警邏軍でも話題となっており、深泉組でも、話題になっていたのである。

 警邏軍では、芹沢に、揺すられていた人間がおり、芹沢が亡くなってから、死人が出たことで、極々、一部の人間たちからは、芹沢の呪いではないかと、密かに囁かれていたのだった。


「ま、用済みになったから、切られたってことでしょうね」

「だろうな。どこから、攻める?」

 身体を動かし、いつになく、やる気になっているリキ。

「……炙り出そうかな。きっと、芹沢隊長が死んで、これで、終わったと、思っている連中に、少しは、危機感を与えないと」


 楽しげな沖田だ。

 ガクッと、うな垂れるリキである。


「正体、すぐに、バレそうだな」

 嫌味しか、出てこない。

「大丈夫。僕には、リキがいるしね」

「……俺のこと、こき使い過ぎ」

「頼むよ、リキ」


「好きにしろ」

「ありがとう。で、頼んでいた報告、お願い」

「わかった」

 頼まれていた、依頼の報告をし始めるリキだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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