第132話 芹沢の死後2
久しぶりに、近藤が、小栗指揮官の部屋に呼ばれていた。
芹沢たちが、滞在している別荘を襲撃後、土方が近藤に代理で、小栗指揮官に、報告などを行っていたのである。
代理で訪れた土方を、問い詰めることはなかった。
近藤の心情を思い、土方の報告に、耳を傾けていたのだ。
小栗指揮官自身、芹沢の部下であり、近藤が、どれだけ芹沢を慕っていることも、承知していたのだった。
だからこそ、近藤の不在を、見逃していたのである。
本人は、大丈夫だと、連呼していたが、身体の傷や、精神的なダメージを踏まえ、土方たちが、極力、不安定な近藤に、仕事をさせなかったのだった。
静かな、小栗指揮官の部屋だ。
チラリと、近藤の様子を窺っている。
見た目は、以前と、あまり変わらない。
僅かに、違うのは、近藤の表情だった。
どこか、作り物のような、気がしていたのだ。
(顔色が、悪いことを隠すために、繕っているのか? ……だが、違う気がする……)
「芹沢の葬儀は、質素だった」
「そうですか」
仕事の合間を見て、小栗指揮官は、芹沢の葬儀に、少しだけ、顔を出していたのである。
「近藤は、行かなかったのか?」
「はい」
意外だなと抱くが、小栗指揮官は、表情に出さない。
「そうか。来ていたのは、かつての部下、数人と、知り合いらしき者だな」
僅かしか、葬儀に参列していなかったが、簡単に説明を行った。
亡くなった芹沢たちの、現在の部下は、数人しか、顔を出していなかったのだ。
襲撃で、亡くなった者もいるが、かなりの部下が、残っていたのである。
それにもかかわらず、ほぼ、参列していなかったのだった。
雲隠れしたりし、多くの部下たちが、逃げ惑っていた。
自分たちを、甘やかせてくれた、芹沢も、新見も、亡くなっていたのである。
「そうですか」
淡白な声音だ。
平静な、近藤の表情。
食い入るように、小栗指揮官が窺っている。
まるで、遥か虚空を、見つめているようだった。
(大丈夫なのか? 近藤は)
「身体の方は、どうだ?」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
「そうか」
いつも以上に、会話が進まない。
なんて、声をかければいいのか、考えあぐねでいたからだ。
そして、命じた側として、何も、声をかけない方が、賢明だと至った。
「今すぐに、仕事だと言われても、大丈夫です」
「無理はするな」
(こんなことしか、言えないとは……)
苦虫を潰したような思いを、心の中で、小栗指揮官が抱いていたのである。
「わかりました」
「芹沢隊、新見隊にも、残っている者も多い。後で、編成し直さないとな」
頭が痛いことが、まだ、いくつも、残っていたのだ。
素行の悪い芹沢隊や、新見隊を解体し、新しく編成し直すことが、近々の課題と、なっていたのである。
「残っている者、すべてを、組み込むのですか」
「いや。素行の悪過ぎる者は、除外する」
その言葉で、ある程度、線引きをすることを察していた。
芹沢隊や新見隊には、すこぶる隊員として、問題の多い者が集まっていたのである。
そうした者たちは、捕獲し、罰したり、やめさせる必要性があったのだ。
「承知しました」
もう一度、しっかりと、目の前に、立っている近藤を捉えた。
「遺骨を、別に、移したと聞いたが?」
土方から、報告を受けていたのである。
「……はい。遺骨が、何者かに、狙われる恐れもあるかと思い、移しました」
愛妻と、ゆっくりと過ごして貰いたいと抱き、穏やかで、静かな、別な場所に、誰にも気づかれないように、両者の遺骨を移していたのだった。
「どこへ?」
「奥方様と、一緒に埋葬しました。場所は、ご容赦ください」
土方も、知らない。
かつての同僚だった、八神に、お願いしたからだ。
葬儀に、置かれていたものはダミーだった。
そのダミーの遺骨を、表向きの芹沢の墓に、埋葬したのである。
「そうか……」
いつも以上に、静かな佇まいの近藤。
小栗指揮官が、心の中で、嘆息を漏らしていたのだった。
(息が詰まるな……)
「……当分は、深泉組に、仕事を回すことは、ないだろう。何せ、ゴタゴタしているからな。皆に、十分、休養させるように。後、近藤と土方には、芹沢隊と、新見隊に、残っている者で、使える者がいるのか、どうか、リストアップしておいてくれ」
「わかりました」
物静かな近藤が気になるが、グッと、堪えている。
「……近藤。十分過ぎるほど、働いたんだ、お前も、きちんと、休息を取るように」
「……承知しました」
深々と、小栗指揮官に頭を下げ、近藤が、部屋から退室していった。
一人になった部屋。
小栗指揮官が、大きく嘆息を吐いている。
「疲れた……」
その夜、自宅に戻ってきていた沖田。
大して、用事もないので、自分を探っている者たちを、自由にさせていたのだった。
そのお陰か、芹沢を襲撃した犯人として、すぐさま、外れることができたのだ。
外れても、つき纏いが、なくなることがない。
現在も、複数の者たちが、なおも、沖田を尾行していたのだった。
部屋の中に、リキの存在を、感じ取っていたのである。
扉を開け、すぐに、明かりを灯さない。
「来ていたんだね」
暗闇の中、微笑む沖田。
悔しげな顔を、リキが覗かせていた。
驚かせようと、毎回、試みていたのである。
ぎゃふんと、沖田に言わせたかった。
けれど、結果は、いつも同じで、気づかれていたのだ。
完璧に、気配を消していたつもりだった。
だが、沖田に、気づかれていたのである。
先祖返りの半妖の血が、濃く残っているにもかかわらずだ。
沖田の代わりに、苦々しい顔で、明かりを灯した。
「いつから?」
「エレベーターから、出てきたから?」
首を傾げ、いつからだろうと巡らせている姿に、リキが首を竦めていた。
「芹沢の遺体を見ることは、できたの?」
自分の家のように、我が物顔で、リキがソファに腰掛けた。
部屋は、きちんと清掃されている。
定期的に、光之助たちが、物臭な沖田に代わり、綺麗に部屋を、片づけていたのだった。
「勿論。でも、大変だったけど」
「頼まないで、潜んだのかよ」
眉間にしわを寄せているリキだ。
「面倒だったよ。厳重で」
茶目っ気たっぷりに、笑っている。
盛大な溜息を、リキが漏らした。
深泉組で、同じ仲間であり、階級が、少尉と言う立場でもあるから、頼めば、容易に遺体を検分することは、可能だったのである。それにもかかわらず、沖田は、誰にも頼まず、芹沢が、安置されている場所を突き止め、密かに潜り込んで、芹沢の遺体を、検分していたのだった。
「たぶん。副隊長辺りは、気づいているかもしれないけど。会っても、何も、言ってこないから、大丈夫でしょう」
悪びれる様子もない。
ただ、ニコッと、微笑んでいる。
ついつい、ジト目になるリキだ。
(笑顔なのに、悪人顔にしか、見えない……)
不意に、兄である土方の顔を、沖田が思い浮かべていた。
葬儀に参列している際、何度も、無言で、睨めつけられていたのだった。
そうした仕草も、涼しい顔で、やり過ごしていたのだ。
(あれは、あれで、面白かったな)
「呆れた。その副隊長殿辺りに、頼めば、もっと、簡単に見ることも、できたんじゃないの?」
「どうだろう……。でも、ダメだって、言われそう」
無造作に、着ていた上着を投げ捨て、リキの前に座り込んだ。
芹沢が襲撃され、死んだこともあり、ずっと、沖田は、自宅に戻っていなかった。
「そうなのか? 見逃してくれたのに?」
「素直じゃないから」
「……ふん」
納得いかない、リキの顔だった。
「それより、これからが、大変そう」
困った顔を覗かせている沖田だ。
「確かに。芹沢が、揺すっていた山下って言う男が、死んだことだろう。表向きは、病死になっているけど」
警邏軍でも話題となっており、深泉組でも、話題になっていたのである。
警邏軍では、芹沢に、揺すられていた人間がおり、芹沢が亡くなってから、死人が出たことで、極々、一部の人間たちからは、芹沢の呪いではないかと、密かに囁かれていたのだった。
「ま、用済みになったから、切られたってことでしょうね」
「だろうな。どこから、攻める?」
身体を動かし、いつになく、やる気になっているリキ。
「……炙り出そうかな。きっと、芹沢隊長が死んで、これで、終わったと、思っている連中に、少しは、危機感を与えないと」
楽しげな沖田だ。
ガクッと、うな垂れるリキである。
「正体、すぐに、バレそうだな」
嫌味しか、出てこない。
「大丈夫。僕には、リキがいるしね」
「……俺のこと、こき使い過ぎ」
「頼むよ、リキ」
「好きにしろ」
「ありがとう。で、頼んでいた報告、お願い」
「わかった」
頼まれていた、依頼の報告をし始めるリキだった。
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