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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第131話  芹沢の死後1

 警邏軍にある、とある部屋。

 暗く、僅かな灯しか、灯していない。

 顔も、判別つかないほどだ。

 とても薄暗い部屋だった。


「呆気ないものだな」

 万燈籠のトップが、呟いていた。

 声に、覇気がない。


 前にいるのは、信頼しているナンバー五である。

 部屋には、二人しかいない。

 報告させていた部下は、すでに下がっていた。


「そうですね」

「誰の手で、芹沢は、やられた?」

 僅かに、声音に、消沈が滲んでいた。

 近いうちに、芹沢が殺されるだろうと抱いていても、突然に訪れた、芹沢の死を、到底、受け止めることが、難しかったのだった。


 痛ましい眼差しを、注がれていることも気にしない。

 ただ、心の底にあるのは、喪失感だけだ。


(まさか、ここまで、芹沢を失っただけで……。芹沢が、ここを出ていった以上に、酷い状況だな)


「……調査中です」

「そうか……」

 目の前にいる、ナンバー五を見ようとしない。

 ただ、途方にくれていたのである。


「芹沢を仕留めるとは、随分な腕前ですね。気になっていると思い、いち早く、沖田のことは、調べましたが、今回の件では、白です。完璧なアリバイがあります」

「……」

 万燈籠のトップの顔が、曇っていた。

 納得できていないと。


「親しくしていると、井上、毛利、水沢の四人で、食事をしていました」

 芹沢が、別荘で襲撃されている前から、四人で食事をしているのを、部下が張り込んでいたのである。

 定期的に、沖田の動向を、調べさせていたのだった。

「撒くなり、殺すなり、できただろう?」

 感情がこもっていない、万燈籠のトップの声音だ。

 彼の中で、芹沢を殺したと思われるトップに、沖田が上げられていた。


「今回は、撒かれることが、ありませんでした」

 まだ、疑いの眼差しが解けない。


(沖田並みに、強いやつがいるのか……)


「それに、その後、原田が合流し、明け方まで、つき合わされていました。五分程度、何回か、離れたのは、確認済みですが、それ以上、席を空けることは、ありませんでした」

「確かに、完璧なアリバイだな」

 素っ気ない態度だ。


 心、ここにあらずといった感じだった。

 次に、誰が、可愛がっていた芹沢を、殺したのかと思考し始めた。


 徐に、ナンバー五が、息を吐く。

「どこの手のものだ……」

 思案を巡らす万燈籠のトップ。


 いくつかの組織を、思い浮かべるが、どこの組織も、決め手に欠いていた。

 剣豪の芹沢を、仕留めるだけの人材を、囲っていない。

 その人材がいれば、すでに芹沢は、殺されていたからだ。


 背もたれに身体を預け、天井を見上げる。

 真っ暗で、何も、見ることができない。

 思考も、グルグルするだけで、結論に至ることができなかった。


(今後のことを考えると、視野を広げる必要があるな)


「芹沢の遺体は、どうなっている?」

「相当な斬り合いが、あったと見られます。身体のあちらこちらに、切り傷が、多数ありました。致命傷となる傷は、一箇所でした」

「相手も、相当、痛手したと、見るべきだな」

「私も、そう思います」


「致命傷となる傷は、一箇所か……」

 眉間にしわを寄せ、万燈籠のトップが、どこか遠くを見ている。

「敵に、回したくありませんね」

「そうだな」


 芹沢の死を知ってから、ここから、動こうとしない万燈籠のトップだ。

 普段なら、何らかの報告を聞くと、ここから姿を消し、表の顔に戻っていく。

 けれど、芹沢の死から、数日、ここに、籠っていたのである。


「身体に、毒です」

「どこにいても、つまらないからな……」

「……」

「芹沢のやつめ。あっさり死におって」


 万燈籠の次のトップとして、育てようと、可愛がっていた。

 けれど、芹沢は、万燈籠と言う組織から、抜けたのだ。

 抜けた以上に、何もする気になれない。


「あの事件が、なければ……」

 事件とは、芹沢の妻の死だ。

 死の原因は、病死ではなく、自殺だった。

 それさえなければ、万燈籠の組織から、抜けることはなかったと、抱いていたのである。

 悔やんでも、悔やみきれない。


(このままにしておけと言ったのに……。あいつは……)


 押し止める、万燈籠のトップを振りきり、妻の自殺の原因となった者たちを、突き止めようとしていたのだった。

 芹沢が去った後、気になり、密かに、信頼している部下に探らせ、ある程度の目星はつけていたのである。

 ただ、決め手となる確証がなかった。


「芹沢の顔は、どうだった?」

「笑っていたそうです」

「……バカが。結局、妻のことよりも、最後は、戦うことを選んだのか」

「……」

「やつらしいと言えば、やつらしいか」




 その頃、別な部屋では、銃器組三番隊長である山下が、自分の部屋で籠っていた。

 部屋は荒れていて、ゴミも、散乱している。

 鼻につく臭いも、漂わせていたのだった。


 部下たちも、最近では近寄らない。

 掃除の人間も、部屋に入れていないほどだ。

 山下以外、誰もいない。


 明かりだけが、煌々と、部屋を照らしている。

 芹沢の脅迫から、部屋に籠っていた。

 充血している眼光。

 大きく見開き、笑いが止まらない。


 部下たちが近寄らないのは臭いだけではなく、このところの山下の奇行に、寄るものが、大きかったのだった。

 さらに、声を上げ、笑い出す。

 このところ、眠れず、言い知れぬ恐怖に、慄いていた。


「あのバカが。組織を脅かすから、こんなことになるんだ」

 笑っているにもかかわらず、形相から、恐怖が拭えていない。

 芹沢が死んだと言う話を聞いた直後は、ザマミロと嘲笑し、安堵していたが、徐々に、不安が膨れ上がっていったのである。

 今度は、失態を起こした、自分の番のではと。


 大きな疑心暗鬼に、捉われていたのだった。

 最近では、部下に仕事を任せ、部屋から出ないほどだ。

 組織に、何度、連絡をとっても、繋がらない状況だった。


「何で、私が、こんな目に、会わないといけないんだ……。何もかも、芹沢のせいだ……」

 乾いた唇を、ギュッと、噛み締める。

 すると、血が流れ出てきた。


 高ぶる感情のまま、机にあったものを、すべて薙ぎ払う。

 物凄い音が響くが、誰一人として、様子を窺う者がいない。


 連日、山下が、部屋の中で、暴れることが、何度かあったので、部下たちも、いつものことかと、誰一人として、興味を持っていなかったのである。

 密かに、隊員たちの中では、芹沢に揺すられていると、囁かれていたので、殺された芹沢の怨霊に、取り付かれているのではないかと、揶揄されていたのだった。


 近くに、転がっているペットボトルに入った水を拾う。

 キャップを開け、ゴクゴクと、一気に流し込んだ。

 口の端からは、大量の水が、零れている。

 昨日、部下に命じて、食べ物や飲み物を、買ってきて貰っていたのだった。


 喉を潤していると、飲んでいた水を吐き出し、床に倒れ込む山下。

 大きく、見開く瞳。

 身体が痙攣し、ピクピクと、動き出す。


 助けを、呼ぼうと足掻くが、声が出ない。

 赤く、充血していた眼光は、さらに、色が増していたのだ。

 苦しげに、もがく。


 だが、誰一人、部屋に来る者がいない。

 音が、僅かに漏れていても、また、暴れているのだろうと、気にも、止めていなかったのである。


 長い時間、もがき苦しみながら、山下は力尽きていた。

 息を引き取っていったのである。

 部下が、山下の死を確認するのは、山下が死んで、三時間後だった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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