第131話 芹沢の死後1
警邏軍にある、とある部屋。
暗く、僅かな灯しか、灯していない。
顔も、判別つかないほどだ。
とても薄暗い部屋だった。
「呆気ないものだな」
万燈籠のトップが、呟いていた。
声に、覇気がない。
前にいるのは、信頼しているナンバー五である。
部屋には、二人しかいない。
報告させていた部下は、すでに下がっていた。
「そうですね」
「誰の手で、芹沢は、やられた?」
僅かに、声音に、消沈が滲んでいた。
近いうちに、芹沢が殺されるだろうと抱いていても、突然に訪れた、芹沢の死を、到底、受け止めることが、難しかったのだった。
痛ましい眼差しを、注がれていることも気にしない。
ただ、心の底にあるのは、喪失感だけだ。
(まさか、ここまで、芹沢を失っただけで……。芹沢が、ここを出ていった以上に、酷い状況だな)
「……調査中です」
「そうか……」
目の前にいる、ナンバー五を見ようとしない。
ただ、途方にくれていたのである。
「芹沢を仕留めるとは、随分な腕前ですね。気になっていると思い、いち早く、沖田のことは、調べましたが、今回の件では、白です。完璧なアリバイがあります」
「……」
万燈籠のトップの顔が、曇っていた。
納得できていないと。
「親しくしていると、井上、毛利、水沢の四人で、食事をしていました」
芹沢が、別荘で襲撃されている前から、四人で食事をしているのを、部下が張り込んでいたのである。
定期的に、沖田の動向を、調べさせていたのだった。
「撒くなり、殺すなり、できただろう?」
感情がこもっていない、万燈籠のトップの声音だ。
彼の中で、芹沢を殺したと思われるトップに、沖田が上げられていた。
「今回は、撒かれることが、ありませんでした」
まだ、疑いの眼差しが解けない。
(沖田並みに、強いやつがいるのか……)
「それに、その後、原田が合流し、明け方まで、つき合わされていました。五分程度、何回か、離れたのは、確認済みですが、それ以上、席を空けることは、ありませんでした」
「確かに、完璧なアリバイだな」
素っ気ない態度だ。
心、ここにあらずといった感じだった。
次に、誰が、可愛がっていた芹沢を、殺したのかと思考し始めた。
徐に、ナンバー五が、息を吐く。
「どこの手のものだ……」
思案を巡らす万燈籠のトップ。
いくつかの組織を、思い浮かべるが、どこの組織も、決め手に欠いていた。
剣豪の芹沢を、仕留めるだけの人材を、囲っていない。
その人材がいれば、すでに芹沢は、殺されていたからだ。
背もたれに身体を預け、天井を見上げる。
真っ暗で、何も、見ることができない。
思考も、グルグルするだけで、結論に至ることができなかった。
(今後のことを考えると、視野を広げる必要があるな)
「芹沢の遺体は、どうなっている?」
「相当な斬り合いが、あったと見られます。身体のあちらこちらに、切り傷が、多数ありました。致命傷となる傷は、一箇所でした」
「相手も、相当、痛手したと、見るべきだな」
「私も、そう思います」
「致命傷となる傷は、一箇所か……」
眉間にしわを寄せ、万燈籠のトップが、どこか遠くを見ている。
「敵に、回したくありませんね」
「そうだな」
芹沢の死を知ってから、ここから、動こうとしない万燈籠のトップだ。
普段なら、何らかの報告を聞くと、ここから姿を消し、表の顔に戻っていく。
けれど、芹沢の死から、数日、ここに、籠っていたのである。
「身体に、毒です」
「どこにいても、つまらないからな……」
「……」
「芹沢のやつめ。あっさり死におって」
万燈籠の次のトップとして、育てようと、可愛がっていた。
けれど、芹沢は、万燈籠と言う組織から、抜けたのだ。
抜けた以上に、何もする気になれない。
「あの事件が、なければ……」
事件とは、芹沢の妻の死だ。
死の原因は、病死ではなく、自殺だった。
それさえなければ、万燈籠の組織から、抜けることはなかったと、抱いていたのである。
悔やんでも、悔やみきれない。
(このままにしておけと言ったのに……。あいつは……)
押し止める、万燈籠のトップを振りきり、妻の自殺の原因となった者たちを、突き止めようとしていたのだった。
芹沢が去った後、気になり、密かに、信頼している部下に探らせ、ある程度の目星はつけていたのである。
ただ、決め手となる確証がなかった。
「芹沢の顔は、どうだった?」
「笑っていたそうです」
「……バカが。結局、妻のことよりも、最後は、戦うことを選んだのか」
「……」
「やつらしいと言えば、やつらしいか」
その頃、別な部屋では、銃器組三番隊長である山下が、自分の部屋で籠っていた。
部屋は荒れていて、ゴミも、散乱している。
鼻につく臭いも、漂わせていたのだった。
部下たちも、最近では近寄らない。
掃除の人間も、部屋に入れていないほどだ。
山下以外、誰もいない。
明かりだけが、煌々と、部屋を照らしている。
芹沢の脅迫から、部屋に籠っていた。
充血している眼光。
大きく見開き、笑いが止まらない。
部下たちが近寄らないのは臭いだけではなく、このところの山下の奇行に、寄るものが、大きかったのだった。
さらに、声を上げ、笑い出す。
このところ、眠れず、言い知れぬ恐怖に、慄いていた。
「あのバカが。組織を脅かすから、こんなことになるんだ」
笑っているにもかかわらず、形相から、恐怖が拭えていない。
芹沢が死んだと言う話を聞いた直後は、ザマミロと嘲笑し、安堵していたが、徐々に、不安が膨れ上がっていったのである。
今度は、失態を起こした、自分の番のではと。
大きな疑心暗鬼に、捉われていたのだった。
最近では、部下に仕事を任せ、部屋から出ないほどだ。
組織に、何度、連絡をとっても、繋がらない状況だった。
「何で、私が、こんな目に、会わないといけないんだ……。何もかも、芹沢のせいだ……」
乾いた唇を、ギュッと、噛み締める。
すると、血が流れ出てきた。
高ぶる感情のまま、机にあったものを、すべて薙ぎ払う。
物凄い音が響くが、誰一人として、様子を窺う者がいない。
連日、山下が、部屋の中で、暴れることが、何度かあったので、部下たちも、いつものことかと、誰一人として、興味を持っていなかったのである。
密かに、隊員たちの中では、芹沢に揺すられていると、囁かれていたので、殺された芹沢の怨霊に、取り付かれているのではないかと、揶揄されていたのだった。
近くに、転がっているペットボトルに入った水を拾う。
キャップを開け、ゴクゴクと、一気に流し込んだ。
口の端からは、大量の水が、零れている。
昨日、部下に命じて、食べ物や飲み物を、買ってきて貰っていたのだった。
喉を潤していると、飲んでいた水を吐き出し、床に倒れ込む山下。
大きく、見開く瞳。
身体が痙攣し、ピクピクと、動き出す。
助けを、呼ぼうと足掻くが、声が出ない。
赤く、充血していた眼光は、さらに、色が増していたのだ。
苦しげに、もがく。
だが、誰一人、部屋に来る者がいない。
音が、僅かに漏れていても、また、暴れているのだろうと、気にも、止めていなかったのである。
長い時間、もがき苦しみながら、山下は力尽きていた。
息を引き取っていったのである。
部下が、山下の死を確認するのは、山下が死んで、三時間後だった。
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