第130話 散りゆく華6
「「隊長」」
切羽詰ったような顔で、土方と斉藤が駆けつけていた。
ある程度、仲間だった敵を倒し、一番、気掛かりだった、近藤の元へ、駆けつけていたのだった。
周囲は、見るも無残に荒れ果てていたのだ。
相当な戦闘が、行われた跡が、くっきりと残っている。
中央に、両膝をつけたままの近藤。
抱きかかえられている芹沢の姿があった。
周囲には、大量の血が広がっている。
そして、辺り一面に、血しぶきが飛んでいて、まるで、赤く、くすんだ花びらが散って、二人の姿を、花で添えているようだった。
ピクリとも、動かない二人。
そこだけが、まるで静寂に、包まれているかのようだ。
恐る恐る近づく、土方と斉藤である。
近藤は、何も、反応を示さない。
生きているのか、目を細める二人だ。
さらに、二人が近づいても、近藤は、身じろぎ一つしなかった。
同士討ちなのかと、土方の双眸が、僅かに焦っている。
「近藤隊長……」
擦れた声しかできない。
「……大丈夫だ」
か細く、近藤が口を開いた。
近藤の声音を聞き、安堵の表情を、二人が浮かべている。
近藤と芹沢の周りには、大量の血があったのだ。
古い血は、すでに固まり始めていたのである。
出血多量に陥っているのではと、過ぎらせていた。
「ケガは?」
冷静な表情で、気遣う斉藤。
周囲の様子を窺えば、壮絶な戦いが、繰り広げられたのは、一目瞭然だった。
「大したことはない」
「ですが……」
言い繕う土方だ。
周囲にある血で、相当なダメージを受けていると、至っていたのだ。
動かない近藤の姿と、大量の血に、目がいってしまう。
「私の血じゃない」
「「……」」
「すべて、芹沢……隊長のものだ」
近藤に促され、二人の視線は、大量の血に釘付けだった。
((これが……、芹沢隊長の血なのか))
違うと、否定されても、土方は心配の色が拭えない。
近藤のいでたちは、ボロボロで、満身創痍のように、見受けられたのである。
「疲れているが、私の傷は、大したものはない」
「相当な戦いが、あったようだ」
「斉藤の言う通り、相当な戦いだった。疲れて、ヘトヘトだ」
冷たくなっていく芹沢から、離れようとはしない近藤。
居た堪れない双眸を、土方が滲ませていた。
どれだけ、芹沢を慕っているのか、見に摘まされていたのである。
「……皆は?」
「全員無事です」
「そうか」
「今は、隠れ潜んでいる者を、始末しているところです」
「迷惑をかけて、すまない」
「いいえ」
「外に、逃げた者は?」
「数人いたようです。近藤隊長の命に背きました。外に、山崎を待機させ、逃げ出す者を始末するように、命じました。命に背いた以上、罰をお受けします」
「……いい。トシのことだ。そうすると、予測していたからな。だから範疇内だ」
「……ありがとうございます」
「これで、終わったな」
「まだ、偽装が残っています」
斉藤の意見に、そうかと抱くだけで、思考が追いつかない。
「……」
言質を、待っている二人。
(……まだ、仕事が、残っていたな)
身体を動かさないと巡らせるが、身体が、言うことを聞かない。
身体が、心が、まだ芹沢と離れたくないと、拒絶していたのだった。
(いつまで経っても、女々しいままだな)
労わるような眼差しを、注いだままの土方。
何も、言えなかったのだ。
「隊長。この後の仕事は、土方副隊長と共に、私たちが、やっておきますので」
「……いや……。そうだな、後のことは、二人に任せる」
自分自身で、最後までしようと思うが、身体が動かない。
「滞りなく……」
目を、伏せている土方である。
「頼む。ただ……、芹沢隊長の偽装だけは、しないでくれ」
「「……」」
「それだけは、頼む」
「ですが……」
「これ以上、酷いことは、したくはない」
苦々しい顔を、土方が覗かせている。
死んでも、近藤を、苦しめる芹沢に対しだ。
「……承知しました」
名残惜しそうに、芹沢の遺体を降ろした。
見下ろしている、近藤の双眸。
刻み込むかのように。
(こんな時に、笑っているなんて……)
今にも、溢れ出そうな涙を堪えていた。
二人の前で、見せられない。
隊長としての矜持だった。
静かに、瞳を閉じる。
そして、立ち上がった近藤である。
気遣う二人に、近藤が、優しく微笑んだ。
「悪いな、二人とも。後のことは、良しなに」
「「承知しました」」
振り向くことなく、近藤が、立ち去っていく。
近藤の姿がなくなるまで、土方と斉藤が、見送っていた。
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