表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
142/290

第129話  散りゆく華5

 嬉々とする芹沢の眼光が、突如、大きく、見開く。

 そして、目の前の近藤を、捉えていた。


 体型に、似合わない俊敏さ。

 一心不乱に、攻撃を仕掛けていく。

 がらりと、戦うスタイルを変えていった。

 ほぼ、ほぼ、自分自身を、守ることをやめたのだ。


 攻撃だけに、注がれる力。

 攻撃のスタイルが変貌しても、近藤の表情が、揺らぐことがない。

 ただ、真摯に、目の前にいる芹沢に、向かっていたのである。


 二人の時間は、止まったかのようだ。

 周りの雑音も気にせず、ひたすらに、斬り合っていた。

 刻々と過ぎる、時間を惜しむように。


 僅かに、隙を見つけた近藤。

 アグレッシブに動いている芹沢は気づくが、回避できない。

 やられる前に、やると言う気迫だけで、芹沢の速度が、上がっていく。


 近藤の動きの方が、今回は勝っていた。

 芹沢の腹部に、レーザー剣を叩き込んだ。

「「……」」

 勢いよく、血しぶきが、飛び散っていく。

 流れが、止まらない。


 目まぐるしいほど、激しかった二人の動きが、ようやく止まる。

 肩で、息をしている二人。

 動きが止まっても、血は止まらず、流れ出ている。


 互いの耳には、両者の息遣いしか、聞こえない。

 不意に、芹沢が持っていたレーザー剣が、手から離れ、地面に落ちていった。

 近藤は、動かない。

 ただ、じっとしていた。


 徐に、芹沢の身体の力が抜け、自然と、近藤が抱きかかえる。

 芹沢の腹部から、大量の血が出ていた。


 二人の周りに、芹沢の血が、広がっていたのである。

 身じろぎ一つしない。

 呆然とした近藤が、遥か先を見つめていた。




「……でかしたぞ」

 薄れいく、芹沢の意識。

 負けても、その顔は、満足げだ。

「……もっと、強くなれ」

「……」


 近藤は、ピクリとも動かない。

 勝ったと言う顔よりも、表情が、青白かった。

「……なぜ、このような真似を、したのですか?」


(自分を、追い込むような生き方を、なぜ?)


「教える義理は、ないだろう? 知りたくば、お前が、探ればいい」

 ふてぶてしく、芹沢の口角が上がっている。

 死を目前にしても、教える気はなかった。


 知りたくば、探れと、突き放す芹沢。

 そんな姿に、ただ、呆れるしかない。


「……変わらない人ですね」

「俺は、変わらん。こんな生き方しか、できない」

 ぼんやりする視界。

 芹沢が、自嘲していた。

 勿論、そうした顔を覗かせている姿が、容易に、想像できていたのだ。

「……そうですか」


 しっかりと、力が失せている芹沢を、抱きかかえている。

 まだ、離したくなかった。

 久しぶりの、温もりを。

 それに、はっきりと、顔を窺うことが、怖かったのだった。


「……せっかく、いい物を持っているのに、俺の言いなりだったからな。そうしたところは、つまらないところだった。これで、ひと皮向けたな」

 部下の成長に、不満がない。

 純粋に、綻ばしかったのだ。


「……私は、すべて従っていた訳では、ないですよ」

 どういうことだと、訝しげる芹沢。

 思考しても、何一つ、浮かばない。

 浮かぶ姿は、従順な姿ばかりだった。


 思わず、近藤の口角が、上がってしまう。

「……私、一つだけ、班長の命令に、背きました」

 芹沢の死を前にし、近藤が独白した。

「……」

「私は……、私は」


 ここに来て、躊躇う近藤。

 この先、死しかない芹沢。

 語って、いいのだろうかと、足踏みしてしまったのだ。


 身体に、力が入らない芹沢は、どうすることもできない。

 ただ、近藤の心の決着を、待っていたのだ。


(いつまで経っても、こういうところは、変わらないやつだ)


 ようやく、近藤が、踏ん切りをつけた。

 微かに身を屈め、芹沢の耳元に、口元を近づける。

「子供を、下ろすことが、できませんでした」


 瞠目し、絶句している芹沢だった。

 近藤の顔を、見ることができない。

 もどかしさで、僅かに、身体を動かす程度だ。


「……私は、密かに、子供を生みました。申し訳ありませんでした、下ろせと言う、班長の命に背いて」

 衝撃的な事実。

 瞬時に、何を告白したのか、把握していたのだ。

 芹沢は、口をパクパクさせている。


 青白い形相のまま、近藤が遠い目をしていた。

「あの時の私は、班長との子を、下ろすことが、できませんでした。だから、誰にも知られないように、生んでしまいました」

 二人の中で、その時の光景が、ありありと蘇っていた。

 まるで、昨日の出来事のように。

 少しだけ、落ち着きを取り戻した芹沢だ。


(あの時か……)


 下ろしたと言う報告を受けた後、しばらくしてから、近藤が体調を崩し、仕事を一時期、休んでいた時があったのだった。下したことで、体調を崩したんだろうと抱き、深く考えていなかった。

「……子は?」

「班長から紹介された、八木殿に、託しました」

「……」


 好々爺の八木の顔を、掠めていた。

 まさか死を前にして、小憎らしい八木の顔を、思い浮かべるとは、思ってもみないことだった。

 自分に対し、今まで一度も、そうした素振りを見せなかった。


(タヌキめ)


 ふと、芹沢が、小さく笑っている。

「八木殿の孫として、育っています」

「……梨那……」


 脳裏のすべてを、覆いつくしているのが、無邪気に笑っている梨那の姿だった。

 芹沢に懐き、慕っていた。

 そして、芹沢自身、梨那を、こよなく、可愛がっていたのだ。

「私は、班長の言いつけを守る、いい部下では、ありませんでした。申し訳ありませんでした」


(……そうか。梨那が、……私の娘なのか)


 これまでにないぐらい、穏やかな表情の芹沢である。

 だが、近藤から、窺うことができない。


「梨那は、元気に育っているな」

 何気ない、芹沢の呟き。

「……そうなのですか? 産んで、すぐに手放してしまったので……」

「会っていないか?」

「資格は、ないかと」


「バカだな。でも、お前らしいな」

「申し訳ありません」

「私に謝って、どうする」

 呆れが、混じっている芹沢の声音。


 言いつけを守らなかったので、怒られると、懸念していたのだ。

 少しだけ、近藤の心が、軽くなっていた。


 二人が、話している間も、血が止まることはない。

 ただ、流れ出ていたのだった。

 辛うじて見えていた、無残な庭が見えなく、なり始めていたのである。


 失われていく体温。

 別れが、近いことを察する近藤だ。

 思わず、芹沢を抱きしめている手が、強くなる。

 だが、感覚もない、芹沢自身は、気づいていない。


 豪胆な気力だけで、薄れいく意識を、保っていたのである。

 ぼやけていた視界が、段々と、見えなくなり、暗闇になっていた。


(……ここまでか……)


「……思い、残すばかりだ。やりたかったことが、まだまだ、残っている。けど、もう、いい。できないしな。近藤、好きに生きろ。思うがまま、突っ走れ……」

「……」

 がっくりと垂れている、芹沢の頭。

 近藤の胸に、芹沢の頭が、凭れかかっている。

「……班長……」


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ