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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第128話  散りゆく華4

 穏やかな風だけが、二人の間を流れていった。

 向き合う二人。


 それだけで、他に、何もいらなかった。

 開始の合図など、必要ない。

 芹沢の眼光を見た途端、近藤の身体が動いていた。

 ただ、ひたすらに、とてつもなく、大きな壁に、向かっていくだけだった。


 息をつけぬほどの連打を、繰り出す近藤。

 止められ、交わされても、止め処なく、打ち込んでいた。


 相手の動きを、止めることもできない。

 まして、ケガをさせることも。


 不敵な笑みと共に、ヒョイと、ふくよかな身体の、持ち主でもある芹沢が、交わしている。

 驚異的な、身体能力だった。

 冷静に、近藤も、手を緩めることをしない。

 さらに、加速していくスピード。


 何食わぬ顔で、芹沢が対応していった。

 知り尽くしているとは言え、微かに、顔が歪む。


「もっと、本気を見せろ。これが、お前の限界なのか?」

「……いいえ」

 辛うじて、近藤が返事を返した。


 それほど、芹沢との戦いに、集中していたのだ。

 そして、言われるがまま、今まで、押さえ込んでいた力を、解放していく。


 止まることがない、近藤の攻撃。

 対し、芹沢も、受身だけではない。

 隙あらば、攻撃を仕掛けていった。

 そんなパターンが、幾度も、続けられていたのだ。


 そうした攻撃を、完全に交わすことをしないで、近藤は、攻撃だけに、集中していたのである。致命傷にはならないが、徐々に、近藤の身体に、斬られた跡が増えていった。

 それは、芹沢自身も、同じだった。

 身体の至るところに、傷が増えていったのだ。


 互いしか、見えていない二人。

 激しさを増す、二人だけの戦い。


 のん気に、息など、ついていたならば、即座に、死んでいても、おかしくはない状況だった。

 それほどの戦いを、繰り広げていたのである。


 二人の、凄まじさ攻撃。

 数少ない木々も、折れたり、切断されたり、無残な姿に変貌しつつあった。

 それは、屋敷にも、言えたのだ。

 柱や壁が、破損していたのである。

 そうした状況に陥っても、二人の攻撃が、衰えることがない。

 ますます、切れ味が、増していったのだった。


「どうした? もっと、力を見せろ」

「……」

 慣れぬ戦いに、神経が、磨り減っていく近藤だ。

 半妖としての力を、ここまで、発揮したことがない。

 いつも、力を押さえ、込んでいたのである。

 そして、忌々しい力だと、嫌っていた。


 けれど、その力で、何度も、助けられてきたのも、事実だった。

 窮地に陥った際、何度か、使用したことがある。

 だが、ここまで、力を解き放ったことがない。


 身体の底から、湧き出る力に戸惑い、心の奥底で、歓喜しているような感覚を憶えていた。

 慣れぬ違和感。

 心の中で、近藤が、舌打ちを打っていた。


 完璧に、使えこなせない力。

 徐々に、綻びが出始め、戸惑いが、生じ始めていたのである。

 対峙している相手である芹沢に、いくつもの隙などを、与えていたのだった。

「ここが、がら空きだ」


 近藤のわき腹目掛け、ケリを叩き込む。

 そうした動きを察知するが、僅かに、近藤の動きが鈍い。

 完全に、交わすことができない。


(ちっ)


 ケリを入れられ、衝撃と共に、大きく背後に、後退させられた。

 痛みで、顔を歪める。

 ほら、見ることかと、芹沢が口角を上げていた。


 二人の合間が、広がっている。

 互いに、身体中のあちらこちらに、真新しい傷ができ上がっていたのだ。

 満身創痍な近藤。

 だが、その眼光に、弱々しさがない。

 闘志に溢れ、目の前の芹沢を、捉えている。


 芹沢自身も、大きな攻撃を受けていない。

 けれど、段々と、近藤の攻撃を喰らい、身体の至るところに、傷が目立ち始めていたのだった。


 二人の皮膚から、大量の汗が滲み出ている。

 それらを、拭うともしない。

 ただ、互いに、見つめ合っていたのである。


 それぞれが、纏っているオーラは、何一つ、見逃すことがない。

 隙もなく、神経を、尖らせていたのだった。


「どうした? 隙だらけだったぞ? その力を、自分の思うままに、使えぬのか?」

「……普段は、力を隠していましたので……」

 隠そうとはしないで、真実を吐露した。

 ここに来て、力を、封じていたことに、悔い始めていたのだ。

「バカな真似をしたものだ」

 心底、呆れたような顔を、芹沢が覗かせている。


 嫌っていた半妖としての力。

 段々と、思いつめていた自分が、バカらしくなっていく。

 クスッとした笑みを、漏らしてしまっていた。


「ここは、都ですよ」

 それが、どうしたと言う表情を、滲ませている。


(班長は、班長だったな……)


 誰でもが、忌み嫌っていたのである、半妖としての自分を。

 目の前の人は、違った。

 そんなことは、気にしないと言うスタンスだ。


(気にし過ぎだったんだ、私は)


 半妖としての自分を知った、芹沢の反応を、気にかけていた。

 これまで、受けてきた双眸を、傾けるのではないかと、ずっと、怖がっていたのだ。

 でも、心の底では、そうしたことをしない人だと、抱いていた。

 けれど、どうしても、芹沢に、打ち明けることが、できなかったのである。

 常に、葛藤していたのだった。


「そんなことは、百も承知だ。その力は、おまえ自身のものだ。せっかくの宝物を、捨てているようなものだ、勿体ない」

「……宝物ですか。そう、思ったことは、一度も、なかったです」

「だったら、今後は、大事にするべきだな。ただし、生きていたら、だけどな」


 注がれる、芹沢の眼光。

 そらすことなく、近藤が受け止めている。


「助言、ありがとうございます。こういった失態がないように、今後は、力を意のままに扱えるように、いたします」

「そうか」

 芹沢の頬が、楽しげに、上がっている。

 この戦いを、芹沢は、楽しんでいたのだ。


「楽しみだ」

 小さく、芹沢が呟いていた。

 いつか、近藤の真の姿を、見て見たいと。

 そして、剣を交えたいと、抱いていたのである。


 部下の時代から、近藤には、秘められた力があると、感じていたのだ。

 確信していた訳ではない。

 ただ、芹沢自身の勘が、訴えかけていたのである。

 その力を解放させ、本気の近藤と、対峙したいと。

 念願叶って、ようやく、願いが、届けられた瞬間だった。


「休憩は、終わりだな。次はない」

 ほくそ笑む芹沢だ。

「承知しました」


 指先から、足先まで、さらに神経を尖らせ、近藤が集中させていく。

 纏うオーラが、更なる輝きを見せた。


(どこまで、近藤は伸びる……。笑いが、止まらない)


 ふくよかな腹の底からは、止め処ない歓喜が、溢れ出ていた。

 徐々に、近藤の頭も、心も、空っぽになっていった。

 あるのは、目の前にいる芹沢のことだけ。


 慣れない力に、振り回されても、構うことない。

 たた、まっすぐに、心が赴くまま、身体を動かしていった。


 ギアが、さらに、上がった近藤。

 平然とした顔で、芹沢が受け止める。


 表面に出ていないが、疲労が、かなり溜まっていた。

 身体も、精神もだ。

 それを、億尾も見せない。

 窺わせたら、近藤の心が、鈍るのが、わかっていたからだ。


(強いぞ、こんな力を、隠していたなんて。こんなに、楽しいと、感じたことはない。もっと、戦いたい、戦っていたい。……けれど、俺も、歳をとって、力が、劣り始めたものだ。もう、へばるのも、近いなんて……。最後に、すべての力を叩き込んで、勝敗を決める)


読んでいただき、ありがとうございます。

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