第128話 散りゆく華4
穏やかな風だけが、二人の間を流れていった。
向き合う二人。
それだけで、他に、何もいらなかった。
開始の合図など、必要ない。
芹沢の眼光を見た途端、近藤の身体が動いていた。
ただ、ひたすらに、とてつもなく、大きな壁に、向かっていくだけだった。
息をつけぬほどの連打を、繰り出す近藤。
止められ、交わされても、止め処なく、打ち込んでいた。
相手の動きを、止めることもできない。
まして、ケガをさせることも。
不敵な笑みと共に、ヒョイと、ふくよかな身体の、持ち主でもある芹沢が、交わしている。
驚異的な、身体能力だった。
冷静に、近藤も、手を緩めることをしない。
さらに、加速していくスピード。
何食わぬ顔で、芹沢が対応していった。
知り尽くしているとは言え、微かに、顔が歪む。
「もっと、本気を見せろ。これが、お前の限界なのか?」
「……いいえ」
辛うじて、近藤が返事を返した。
それほど、芹沢との戦いに、集中していたのだ。
そして、言われるがまま、今まで、押さえ込んでいた力を、解放していく。
止まることがない、近藤の攻撃。
対し、芹沢も、受身だけではない。
隙あらば、攻撃を仕掛けていった。
そんなパターンが、幾度も、続けられていたのだ。
そうした攻撃を、完全に交わすことをしないで、近藤は、攻撃だけに、集中していたのである。致命傷にはならないが、徐々に、近藤の身体に、斬られた跡が増えていった。
それは、芹沢自身も、同じだった。
身体の至るところに、傷が増えていったのだ。
互いしか、見えていない二人。
激しさを増す、二人だけの戦い。
のん気に、息など、ついていたならば、即座に、死んでいても、おかしくはない状況だった。
それほどの戦いを、繰り広げていたのである。
二人の、凄まじさ攻撃。
数少ない木々も、折れたり、切断されたり、無残な姿に変貌しつつあった。
それは、屋敷にも、言えたのだ。
柱や壁が、破損していたのである。
そうした状況に陥っても、二人の攻撃が、衰えることがない。
ますます、切れ味が、増していったのだった。
「どうした? もっと、力を見せろ」
「……」
慣れぬ戦いに、神経が、磨り減っていく近藤だ。
半妖としての力を、ここまで、発揮したことがない。
いつも、力を押さえ、込んでいたのである。
そして、忌々しい力だと、嫌っていた。
けれど、その力で、何度も、助けられてきたのも、事実だった。
窮地に陥った際、何度か、使用したことがある。
だが、ここまで、力を解き放ったことがない。
身体の底から、湧き出る力に戸惑い、心の奥底で、歓喜しているような感覚を憶えていた。
慣れぬ違和感。
心の中で、近藤が、舌打ちを打っていた。
完璧に、使えこなせない力。
徐々に、綻びが出始め、戸惑いが、生じ始めていたのである。
対峙している相手である芹沢に、いくつもの隙などを、与えていたのだった。
「ここが、がら空きだ」
近藤のわき腹目掛け、ケリを叩き込む。
そうした動きを察知するが、僅かに、近藤の動きが鈍い。
完全に、交わすことができない。
(ちっ)
ケリを入れられ、衝撃と共に、大きく背後に、後退させられた。
痛みで、顔を歪める。
ほら、見ることかと、芹沢が口角を上げていた。
二人の合間が、広がっている。
互いに、身体中のあちらこちらに、真新しい傷ができ上がっていたのだ。
満身創痍な近藤。
だが、その眼光に、弱々しさがない。
闘志に溢れ、目の前の芹沢を、捉えている。
芹沢自身も、大きな攻撃を受けていない。
けれど、段々と、近藤の攻撃を喰らい、身体の至るところに、傷が目立ち始めていたのだった。
二人の皮膚から、大量の汗が滲み出ている。
それらを、拭うともしない。
ただ、互いに、見つめ合っていたのである。
それぞれが、纏っているオーラは、何一つ、見逃すことがない。
隙もなく、神経を、尖らせていたのだった。
「どうした? 隙だらけだったぞ? その力を、自分の思うままに、使えぬのか?」
「……普段は、力を隠していましたので……」
隠そうとはしないで、真実を吐露した。
ここに来て、力を、封じていたことに、悔い始めていたのだ。
「バカな真似をしたものだ」
心底、呆れたような顔を、芹沢が覗かせている。
嫌っていた半妖としての力。
段々と、思いつめていた自分が、バカらしくなっていく。
クスッとした笑みを、漏らしてしまっていた。
「ここは、都ですよ」
それが、どうしたと言う表情を、滲ませている。
(班長は、班長だったな……)
誰でもが、忌み嫌っていたのである、半妖としての自分を。
目の前の人は、違った。
そんなことは、気にしないと言うスタンスだ。
(気にし過ぎだったんだ、私は)
半妖としての自分を知った、芹沢の反応を、気にかけていた。
これまで、受けてきた双眸を、傾けるのではないかと、ずっと、怖がっていたのだ。
でも、心の底では、そうしたことをしない人だと、抱いていた。
けれど、どうしても、芹沢に、打ち明けることが、できなかったのである。
常に、葛藤していたのだった。
「そんなことは、百も承知だ。その力は、おまえ自身のものだ。せっかくの宝物を、捨てているようなものだ、勿体ない」
「……宝物ですか。そう、思ったことは、一度も、なかったです」
「だったら、今後は、大事にするべきだな。ただし、生きていたら、だけどな」
注がれる、芹沢の眼光。
そらすことなく、近藤が受け止めている。
「助言、ありがとうございます。こういった失態がないように、今後は、力を意のままに扱えるように、いたします」
「そうか」
芹沢の頬が、楽しげに、上がっている。
この戦いを、芹沢は、楽しんでいたのだ。
「楽しみだ」
小さく、芹沢が呟いていた。
いつか、近藤の真の姿を、見て見たいと。
そして、剣を交えたいと、抱いていたのである。
部下の時代から、近藤には、秘められた力があると、感じていたのだ。
確信していた訳ではない。
ただ、芹沢自身の勘が、訴えかけていたのである。
その力を解放させ、本気の近藤と、対峙したいと。
念願叶って、ようやく、願いが、届けられた瞬間だった。
「休憩は、終わりだな。次はない」
ほくそ笑む芹沢だ。
「承知しました」
指先から、足先まで、さらに神経を尖らせ、近藤が集中させていく。
纏うオーラが、更なる輝きを見せた。
(どこまで、近藤は伸びる……。笑いが、止まらない)
ふくよかな腹の底からは、止め処ない歓喜が、溢れ出ていた。
徐々に、近藤の頭も、心も、空っぽになっていった。
あるのは、目の前にいる芹沢のことだけ。
慣れない力に、振り回されても、構うことない。
たた、まっすぐに、心が赴くまま、身体を動かしていった。
ギアが、さらに、上がった近藤。
平然とした顔で、芹沢が受け止める。
表面に出ていないが、疲労が、かなり溜まっていた。
身体も、精神もだ。
それを、億尾も見せない。
窺わせたら、近藤の心が、鈍るのが、わかっていたからだ。
(強いぞ、こんな力を、隠していたなんて。こんなに、楽しいと、感じたことはない。もっと、戦いたい、戦っていたい。……けれど、俺も、歳をとって、力が、劣り始めたものだ。もう、へばるのも、近いなんて……。最後に、すべての力を叩き込んで、勝敗を決める)
読んでいただき、ありがとうございます。