第127話 散りゆく華3
躊躇することなく、ずっしりと、重い柄を取り出し、近藤がスイッチを入れる。
瞬く間に、レーザー剣となったのだ。
煌々と、妖しげな光。
惹きつけられる光に、思わず、息を呑む小梅。
ぞくりと、悪寒を走らせていた。
ゆったりとした動作で、近藤が、一歩、踏み出す。
その表情に、色がない。
すると、ベッドに座り込んでいた小梅が動き出し、動かない芹沢を庇う形で、近藤の前に躍り出たのだった。
大きく手を広げ、目の前にいる近藤を睨めつける。
動きを止め、目の前に、立ちはだかる小梅を見据えていた。
着崩れ、肩や太ももが見えている。
小梅の身体が、震えていた。
だが、眼光には、強い意志が宿っている。
平然と、見つめているだけの近藤だ。
感情が、表に出されていない。
何を考えているのか、読むことができなかった。
「旦那様とは、仲間のはずなのに……。どうして、こんな真似を」
声を振り絞って、問い質すが、近藤の表情が、揺らぐことがない。
ただ、平静な双眸で、睨んでいる小梅を、眺めているだけだ。
「近藤様!」
「……こうなる運命だったのでしょう」
覇気のない近藤の声音。
その意味が、理解できない小梅だった。
「運命?」
「そうです」
「……」
表情を歪むことなく、止めていた足を、さらに、近藤が踏み出した。
躊躇うこともなく、前に進んでいく。
そして、目の前にいる小梅を、一太刀で斬り捨ていた。
あっという間の出来事だった。
声を漏らすことや、目を見開く間さえ、与えない。
ただ、鮮やかな剣捌きで、目の前に立ちはだかる小梅の息の根を、止めたのだ。
緩慢とした動きで、力を失っていく小梅の身体。
完全に力を失った小梅の身体が、その場に倒れ込む。
スローモーションのように、小梅が倒れ込む瞬間を、近藤が眺めていた。
同じように、芹沢も、静観している。
助けることもできたはずなのに、動こうとはしなかった。
ただ、二人の成り行きを、窺っていたのである。
愛人である小梅を、斬り捨てられたにもかかわらず、芹沢の表情が崩れることはない。
まるで、赤の他人を、見つめている眼差しだった。
眼光に、一切の情がなかったのだ。
「相変わらず、綺麗な一太刀だな」
「ありがとうございます」
見ていたのは、庇った小梅ではない。
彼女に、死をもたらした、刻まれた太刀筋を、見入っていたのである。
これまでにないぐらいに、綺麗な太刀筋だった。
何度も、近藤の太刀筋を見てきた中でも、小梅の身体に、刻まれている太刀筋は、五本の指に、入れてもいいぐらいに、美しく、見事なものだ。
(さすがだ。今日は、揺らいでいないな。近藤の太刀筋は、精神的な状態で、変わるからな。今日のは、ホント上出来だ)
綺麗な太刀筋に、芹沢が見惚れていたのである。
けれど、満足がいかない芹沢。
矛先を太刀筋から、その場に、立ち尽くしている近藤に移していた。
その双眸が、語っている。
まだ、先があるだろうと。
「これが、お前の本気か?」
「まさか」
微かに、近藤が笑っていた。
芹沢の瞳には、妖艶な姿に、映っていたのである。
「だろうな。これでは、俺に勝てないぞ」
「わかっています」
「そうか」
「小梅の遺体は、そのままで、いいですか?」
「構わん」
(班長らしい、言動だ)
立ち上がり、緩慢とした動作さで、動き始める芹沢だった。
隙だらけに見えても、そこに、一切の隙がない。
研ぎ澄まされたオーラを、常に、纏っていたのである。
油断も、隙もない芹沢だ。
動かない近藤の前を通り過ぎ、味気ない庭に、出ていった。
当初、庭には、様々な植物や、木々に植えられていたが、この別荘を使う芹沢により、すべて排除され、何もない状態に、なってしまったのだった。
一見、隙だらけに見える、芹沢の背中から、庭へと、視線を巡らす。
よくよく窺うと、辛うじて、古い戦闘の傷跡が、残されていたのだ。
そして、地面を見下ろす。
何人もの人間の血が、染み込んでいたのだった。
(餌食にされた跡か……)
思わず、近藤の口角が、上がっている。
(バカな人たちだ)
芹沢が、小梅を顧みることがない。
近藤との対戦だけに、心躍らせていたのである。
他のことは、一切、頭の中にない。
ただ、近藤とやりあえる、喜びだけだった。
まだ、暖かいだろう小梅に一瞥し、近藤が、芹沢の後に続いて、庭先に出て行った。
間合いを取り、互いに、見つめ合う。
着物を着ているとは言え、かなり乱れていた。
「大丈夫ですか? その格好で」
「支障はない。あると思うのか? お前は」
「……いいえ。そんな細かいことには、拘らないと」
「そうだ」
間違っていない返答に、芹沢が嬉しそうだ。
スイッチを入れ、レーザー剣を出している。
だが、芹沢は、構えようとはしない。
「本気を見せろ、近藤」
「勿論です」
目を閉じ、近藤が、纏っていたオーラが、たちまち、変化していく。
これまでに、感じたことがない殺気だ。
ぞくぞくさせ、芹沢の頬が緩んでいる。
これから始まる戦闘に、これまでにないぐらいに、強烈な悦を漏らしていた。
見開いた瞬間、芹沢が息を呑んだ。
綺麗な、深紅の瞳に。
(今まで見てきた中でも、一番の輝きだ)
「綺麗な色だな」
「……」
普通の人間には、ない変化だ。
普通の人間は、瞳の色が、突如、変わらない。
近藤の姿を垣間見た時、芹沢は、すべてのことを把握したのだった。
近藤勇巳が半妖であり、そのことが警邏軍の上層部にバレて、特殊組から左遷されたことを。
(バカ者が、こんなことを隠しておいて)
「これが、お前が、隠していたことか?」
「はい」
「特徴は、目だけなのか?」
食い入るような、芹沢の眼光。
視線をそらすことなく、近藤が受け止めている。
「はい」
「上層部も、バカな真似をしたものだ。そんな粗末な理由で、お前を左遷させるとは」
うんざりとした表情だ。
クスッと、近藤が小さく笑っていた。
「粗末なことでは、ありませんでしたよ。大騒動になっていました、あの時は。上層部では、私を捕まえようと、考えていた上層部も、いたようです。ですが、このことが、他のところに知られてしまえば、警邏軍の恥と思ったようで、捕まえるのではなく、深泉組に移動させることにしたようです」
その時の状況を思い出し、首を竦めていた。
今、思い出すと、とても滑稽な光景に、見えていたのだ。
ただ、その時は、どうしようと、慌てふためいていたが。
ふと、芹沢に視線を戻すと、冷めた顔になっている。
「飼い殺しか。いつ、死んでもいい。むしろ、死んでくれた方が、いいと思ったのか?」
「そのようですね。思う通りに、いかないようで、迷惑をかけているしだいです」
探るような、芹沢の視線。
「上層部から、命を狙われたことは?」
「ありません。それは」
意外な質問に、僅かに、近藤が瞠目している。
「……そうか」
まだ、どこか、思案している顔を覗かせていた。
「……こんなこと、考える必要もないか」
急に、芹沢が笑い、きょとんとしている近藤を捉えている。
この場に、二人しかいない。
互いに、戦うために。
「これが、本来の姿なのか?」
「いいえ。普段の姿も、私です」
「そうか」
「はい」
「聞きたいことも、終わった。そろそろ、戦うと、するか」
軽く、身体をほぐしている。
「……はい」
真摯に近藤が答え、まっすぐに、目の前にいる芹沢を見つめている。
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