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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第5章 散華 後編
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第126話  散りゆく華2

 外の騒ぎの声で、熟睡していた小梅が、目を醒ましてしまった。

 覚醒していくと、その音が、はっきりと、聞き取れるほどだ。


 ムクッと、暗闇の中を起きると、すでに、芹沢が起きていたのである。

 簡単に、着物を羽織っていたのだった。

 薄暗いが、芹沢の存在を認識し、ホッと安堵している。

 そして、小梅が、乱れている自分の襟を直したのだ。


「……旦那様」

 少し、怯えが混じった声。

 何度か、こうした場面に、遭遇したことがあるが、慣れることがない。

 騒がしい音がする方へと、視線を彷徨わせてしまう。


 恐怖で、耳を抑えたい気持ちを、グッと、堪えていた。

 大切な芹沢に、嫌われないために。


「相当、梃子摺っているようだな」

 どこか、他人事のような芹沢だった。

 だが、その口の端が、上がっていた。


(一人には、なりたくない……、でも……)


「……いかなくっても、いいんですか?」

「どうだろうな」

 訝しげている小梅の問いに、返答しているが、眼光は、外に向けられたままだ。

 隣に、小梅がいることすら、意識がないような声音だった。


 ここにいる者だけで、どうにかしないといけないことは、小梅自身も、理解していたのである。ぽつんと、建っている、ここの別荘は、他の別荘との距離が離れており、何かあっても、他の別荘に、助けを求めることが難しいと巡らせていた。


(誰か、知らせにいっているのかしら?)


「……」

 さらに、音が、大きくなっていく。

 戦闘が、激しくなっていた。


(近づいている?)


 身体を、強張らせている小梅。

 安心させるような真似をしない。

 聞こえてくる音を、楽しんでいたのだ。


 手を合わせ、小梅が、震えている手を、押さえ込んでいる。

 普通の人よりも、争いごとに、小梅自身、不慣れだった。

 けれど、芹沢のため、必死に、そうした衝動を抑えていた。


「……誰か、私のところへ、来るだろう」

 歓喜にしているような声音に、慣れることができない。

 斬り合いに、怯え、震えているだけだ。

 そうした小梅の姿に、芹沢が、慰めることをしない。

 抱きしめてほしいと言う眼差しで、恍惚な芹沢を見上げる。


 けれど、聞こえてくる音を、堪能しているだけだ。

 寂しそうな双眸。

 不意に、唇を噛み締めていた。


「随分と、劣勢のようだな」

 味方が、押されているにもかかわらず、動こうとしない。

 ただ、行方を、楽しんでいるようだ。

 そうした芹沢の行動に、眉を潜めている。

「……お仲間が、減ってしまいますよ」


「構わん。使えないやつがいても、しょうがないからな」

 冷酷な宣告に、小梅が戦慄してしまう。


(旦那様……)


「……誰か、こちらに来るな」

 落ち着いている芹沢に対し、ビクッと、小梅の身体が反応していた。

「あれは……」

 一瞬だけ、芹沢の眼光が、驚愕した。

 そして、嬉しそうに、微笑んでいたのだった。

 じっと、悦が止まらない芹沢。


(……知り合い?)


 微かに、障子に影が映り込む。

 怯える小梅だ。

 騒然とする声。

 遠くで、聞こえるだけで、この辺一体は、静かなものだった。

 この部屋は、他の部屋から、隔離されたような位置にあった。


 身じろぎ一つしないで、芹沢の視線が、その影を捉えたままだ。

 躊躇なく、閉じられていた障子に、手がかけられた。

 暗くて、瞬時に誰か、小梅自身、判別つかない。

 芹沢の頬が、これ以上ないぐらいに、緩んでいた。


「近藤。ようやく、一皮向けたな」

 近藤と言う名に、小梅が瞠目している。

 段々と、障子が、開いていった。

 食い入るように、窺っていると、徐々に、芹沢の仲間でもある近藤の姿を、捉えることができたのだった。


 いつもの制服の姿ではなく、簡素な装いだ。

 けれど、神々しく、輝いている近藤の姿に、小梅が息を呑む。

 名を呼ばれても、近藤は動じることがない。

 ただ、芹沢だけを見据えていた。

 他は、何も、映っていないようだ。


「……はい。そのようです」

「そうか」

 満面な笑みを、覗かせている。

「沖田は、連れてきたのか?」

「いいえ。置いてきました」

「それは、残念」


 仲間でもある近藤に、裏切られてにもかかわらず、芹沢の形相が、怒りに歪むことがない。むしろ、無邪気に、微笑んでいたのだった。

「連れてきたのは、誰だ?」

 芹沢の言葉を受け、この場に連れてきた、メンバーの名前を上げていく。


 全然、両者とも、動こうとはしなかった。

「……随分と、少人数で来たな。それで、梃子摺っているとは、なんて情けないやつらなんだ」

 やれ、やれと、首を横に振っている。


 場違いな会話。

 喧騒とする声が、聞こえなければ、日常的な二人のやり取りのようだった。

 敵対しているようには、見えない。

 不可思議な雰囲気に、きょとんとした顔を、小梅が滲ませている。


 芹沢の仕草に、近藤の口角が、上がっていた。

「昔と比べて、緩ませていたのが、原因かもしれませんね」

「お前の目から見て、緩みが出ていたか?」

「はい。昔でしたら、もう少し、キツく縛っていました」

「そうか。私も、歳をとって、甘くなったのかも、しれないな」


 感慨に耽っている芹沢。

 その間も、騒ぎの音が、静まることがない。

 激しさを、増していたのだった。

 だが、芹沢と近藤の耳には、届いていないような、緩やかな時間だけが流れていった。

 伏せていた顔を上げ、まっすぐに芹沢の眼光が、近藤を捉えている。


 小梅が、瞠目していた。

 目の前にいる芹沢が、初めて見せる顔をしていたからだ。


「お前の甘さは、取れたか?」

「だから、この場に立ったと、思います」

「そうか。それは楽しみだ」

「いつも、注意されてましたからね」

 苦笑している近藤だ。


 二人の雰囲気は、和やかなものだった。

 これから、剣を合わせるなど、考えられないほどに。


「お前の悪い癖だ。ようやく、お前の本気を、見られるのだな?」

「はい。ご存分に、私の本気を、出させてください」

「そうか」

 互いに、微笑んでいた。

 この場に、小梅がいることを、すっかりと忘れていたのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。

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